「やったね、お揃いだよ」と言うと殴られました。冗談を理解しない姉です。
うちの家系は巨乳がデフォルトですが、私はまだ小学生。つるぺた、ストンとした体型です。その道を極めた紳士には極上の美の化身に見えるかもしれないと束姉さんが言ってました。しかし小学生の嗜好では顔が第一です。あ、世の中、大人になってもそこは変わらないかも知れませんね。
うん。私は姉の箒ほど目付きはきつくない。だけど戦闘技能は劣っています。
我が家は一子相伝の暗殺拳を持つ暗殺者集団──って訳ではないのですが、みんな戦闘能力が高い。姉の束はさらに天才的な頭脳とナイスなバディーを持っており、身内だからこそ余計に嫉妬を覚えます。
一方で人付き合いが下手と言うか、他者との交流を好まず無関心で分裂病質人格障害と言われた事もあります。
華やかな家族に相反して私は惨めな学校生活を送っていました。いじめです。
「束お姉ちゃん、学校でいじめられた」
私が可愛いとか好きって言う感情ならまだ良い。意味のわからないいじめでした。
いじめは放置すると悪化します。子供でもその事は分かっていました。でも私は喧嘩に強くありません。
血は血でしか贖罪はできない。やられたらやり返す。マヤゲス号事件でジョン・フォード大統領は断固とした決断を下しました。私に求められるのも断固とした決断と行動です。
「モップちゃんをいじめるなんて許せない愚民だよ。お姉ちゃんがすぐに一家皆殺しにしてあげるね!」
我が姉も同じ結論に達したそうです。まあ私が誘導したとも言えますが。
「うん!」
頼もしい姉は人工衛星をハッキングしてそいつの家に落下させました。
敵を殲滅する。元を絶つのは良いことだけど、考えれば分かる事で、同じ学校と言う事は同じ校区、つまりは近所と言う事だ。ピンポイント爆撃をするには難しく、衛星の被害範囲に我が家が入っていました。
落下する衛星が、幼心に宇宙世紀のコロニー落としの様に見えました。
(リアルのブリティッシュ作戦ってか……。いやマジであかんやん)
なぜか関西弁。
そして目が覚めると布団の上でした。
「またですか……」
夢落ちではなく小学生の頃に実際に体験した事件で、何度か夢で追体験をしました。落下させた人工衛星が中国製と言う事で、親中派のマスコミは口をつぐみうやむやになったけど、我が姉ながら恐ろしい事を平然とした物です。
束姉さんがISを開発すると私は束姉さんにくっついて世界を回りました。あるときは油田を掘り当て、ある時は王子様に求婚され、ある時は殺し屋に狙われたり、乗っていた旅客機が撃墜されたり、砂漠で目玉焼きを焼いたりとハードな青春を絶賛過ごしています。
両親は育児放棄した時点で毒親です。縁は切っていますよ。
「モップちゃん、ご飯だよ」
嫌な寝汗をぬぐうと束姉さんの声が聞こえました。朝食の時間です。
今日から高校1年生。
ですが私には束姉さんのようなチート能力はありません。
世の中、学歴なので普通校に進学する積もりでした。だけど姉さんの親友である千冬さんが「お前があいつの妹である以上、普通に生きていく事は無理だ。諦めろ」と言ってIS学園入学の書類に署名させられました。自分の意思に関係なくレールが敷かれていたって奴です。
私は素敵な旦那様と結婚して、平凡でも幸せな家庭が欲しいだけで、この人たちみたいに世界を動かしたい訳ではない。
(絶対、姉さん関連で絡まれる……憂鬱だ……)
食卓に並んだ朝御飯は束姉さん特製。料理まで器用にこなす才能が羨ましい。
『イスラム国はシリア軍から入手したISを運用しており、これはISのIS、ISISと呼ばれます──』
中東情勢のニュースを聞き流しながら味噌汁をすすります。豆腐がうめえ。女として悔しい。
「忘れ物はない?」
「今日は入学式だけで授業はないよ」
そう返して食事を進めます。だらだらして遅刻は洒落にならない。
食事を終えるとニンジン型ロケットで学校に向かいました。寮に入ると言う事で着替えやお風呂セットとか色々積んでいます。
え、ロケットは撃墜されないかって? 北朝鮮のミサイルで手こずってる自衛隊ですよ。海上自衛隊ご自慢のイージス艦、航空自衛隊の防空網も束姉さんの前ではスカスカ同然です。
そんな豆知識は、束姉さんが、日経平均株価が下がった地政学的要因の一つとして、北のミサイルをあげつらっていたので覚えました。
IS学園、そこは某マリア様みたいにきゃっきゃっ、ウフフな乙女の園でした。今までは。
同じクラスには我が姉の箒や、初の男性IS操縦者である一夏さん、イギリスの代表候補生などが居ました。担任は千冬さんだし、色々な事情が絡んでそうですね。
「箒姉さん」
ホームルームが始まる前の空き時間、マイシスターにご挨拶に行きました。顔を直に会わせるのは久しぶりです。箒姉さんは机の前に立った私に視線を向けて呟きました。
「モップ……」
「ご無沙汰してます。掃除道具姉妹、再結成ですね」
妹のささやかな冗談なのに凄い目で睨まれた。殴らないだけ成長したのでしょうか?
おっと先生がやって来ました。席に戻ります。
一夏さんの視線を感じたので会釈だけしておきました。姉さんからの強い視線を感じます。
ああ、一夏さんが居たから手を出すのを我慢したんだ。やれやれ、相変わらずですね。
巨乳なのに小柄な先生が自己紹介と挨拶をしました。
山田真耶先生。副担任だそうです。
ひらがなで書くと上から読んでも下から読んでもやまだまや。年上ですが可愛らしい方です。
さて、唯一の男性である一夏さんはと言うと──。
(うーわ……)
一夏さん、ガン見し過ぎです。周りの女子は気づいていますよ。
思春期のリビドーってやつですね。
男の子にとってここの生活は色々と大変かも知れません。この後、一夏さんは遅れてやって来た千冬さんに「教師を邪な目で見るな」と殴り倒されていました。あれは痛そうと言うより、三途の川を渡って逝けそうですね。
(ひっ!)
千冬さんに睨まれました。貴女はエスパーですか! 相変わらす人間離れしてますね。
ホームルームの自己紹介が織斑家のコントで終わると、学園生活の説明が行われました。食堂の利用からトイレの使い方に至るまで、あれこれです。
(うーむ、私も箒姉さんとナイスなボケとツッコミをやらねば)
今日は簡単な顔合わせだけだったので、帰って居室の整理です。
同室になったのはイギリス代表候補生のセシリア・オルコットさん。でっかいベットは何でしょうか?
箒姉さんと部屋が違うのは保安上の理由で、束姉さんの親族である私達に対する誘拐や要人テロのリスクを分散させる為でしょうか?
「こんにちは、オルコットさん。これからよろしくお願いしますね。私は篠ノ之縺傅。姉の箒とファミリーネームが被るのでモップで良いですよ」
どうせ黙っていてもばれる事だから私がISの生みの親である束姉さんの妹である事を告白した。
「とりあえず、しばらくは内緒でお願いしますね。騒がれるのは面倒なので」
人と人は信頼関係で成り立っています。最初に大きな秘密を明かせば信頼に答えようとしてくれます。
「分かりました、モップさん。私の事もセシリアと呼んでください」
チョロいぜ。
「ありがとうございます」
仲良くやれそうです。
授業の合間にも、なんやかんや、あれやこれやと行事があり決める事は沢山ありました。
クラス代表の選抜でセシリアさんは、一夏さんに売り言葉の買い言で決闘を申し込みました。
居室に戻ったセシリアさんは激怒プンプンでした。
「まったく男と言うだけでクラス代表だなんてふざけてますわ」
ティーカップをお皿に乱暴に置きましたが、音を出さないのはさすがです。
「まあまあ」
お気に入りのニポポ人形とビリケンさんを飾っていた私は、セシリアさんを慰めながらも、皆が悪ふざけで調子に乗っていたのは確かだと思いました。
ISが戦闘兵器である証拠にこの学園は、戦技競技会で力を示す事が求められておりました。それなのに物珍しさから、一夏さんはISを操縦出来る初の男性と言うだけでクラス代表に推薦されました。努力をして国の代表候補生になったセシリアさんには耐えられない事です。
推薦が不純な動機である事は明白で、一夏さん自身も力不足だったのでセシリアさんは反対しました。初対面で黄色い猿と言う程のレイシストではなかったので、理論整然と訴えました。千冬さんは「ISを扱う者に弱者はいらない。強者のみが発言権を持つ」と楽しそうに決闘を勧めました。野蛮ですね。
千冬さんにしてみれば一夏さんを鍛えるチャンスと考えたのでしょう。セシリアさんはあえてその提案に乗りました。
「そう言えば、イギリスでは決闘の際、ソックスを投げつけると聞いたのですが本当ですか?」
きょとんとするセシリアさんが可愛いです。
「いえ、それは手袋で──」
よしよし、怒りをそらす事が出来た。
でも、今日の一夏さんを見ていたら異性に好奇心はあるようですし、ソックスを投げられたら懐にしまって後でクンカクンカするのでしょうか?
その後はイギリスの文化や趣味の話に移り楽しく過ごせました。
セシリアさんとお風呂に行った私は先に上がって束姉さんと電話でお喋りをしていました。
だって彼女はゆっくりと浸かる長風呂ですから。
姉さんとの会話は秘話装置の付いた専用回線ですので盗聴の恐れはありません。
便利さを考えてISの専用機を頼めばくれそうですが、身に過ぎた力はいりません。専用機を狙った強盗が現れるかもしれませんしね。だから私は携帯でファミ割です。
『モップちゃん、学校は上手くやってる?』
「私は姉さん達より人付き合い上手いからバッチリです」
いじめられた過去? ああ、死人に口無しです。
『箒ちゃんはどう?』
ISの発表後、テロ対策で住所移転を余儀なくされた箒姉さんは、原因を作った束姉さんを恨んで絶縁中です。やっぱり大好きな初恋相手の一夏さんと別れる事になったのが大きな理由なのでしょうか。乙女心は複雑ですね。
「相変わらず他人を寄せ付けない空気を発散してますよ」
一夏さんに対する態度はツンデレのツンしかありませんし、それで好きになって貰えると思っているならおめでたい頭をしています。やっぱり家族だから手助けをしてあげたいのですが、寝る時は枕刀を置くぐらい古風な姉なので、色々と頑固なのが難点です。
『あはは、箒ちゃんらしいね』
セシリアさんが浴場から出てきたので電話の終了を告げる。
「それではまた」
『うい。またね』
入り口を出てきょろきょろしたセシリアさんに手を上げて椅子から立ち上がる。
「お待たせしました」
血行の良くなったセシリアさんはなんだか色気を感じます。きっとボディーソープもお高いのでしょうね。
「いえいえ」
お風呂上がりは売店で買ったアイスクリームでリラックスタイムです。
と言う事でさくさく部屋に戻ります。
「おっと、その前に」
自販機コーナーでフルーツ牛乳を買うとセシリアさんに一本差し出しました。
「日本のお風呂上がりの伝統です」
怪訝な顔をしながらセシリアさんは受け取ってくれました。
フフフ、湯上がりのフルーツ牛乳は美味かろう。
セシリアさんがグビグビと飲み干した瓶は、その筋に売れば高値で取引されるでしょう。ですが、せっかく知り合ったルームメートを売る真似はしません。私の飲んだ瓶と一緒に再利用で業者に回収されました。
「モップさんは、織斑君と知り合いなんですって?」
「一夏さんについてですか? そうですね、織斑一夏さんは幼い頃から周囲に過剰な暴力を受けていました。その結果、耳に障害を受けて難聴になっているそうですよ」
クラスメートにデマ情報を流したりしながらなんやかんやと過ごし、あれよあれよと言う間に時間は流れていきます。
一週間後に行われたクラス代表の選抜は、打鉄を纏ったセシリアさんと専用機白式を纏った一夏さんの試合で決まりました。
これがご都合主義のラブコメなら、一夏さんは男らしさを見せてセシリアさんはころっと惚れている所ですが、そうは行きませんでした。
「背中や腹に目が付いたみたいで気持ち悪い」とぼやく一夏さんに対して、セシリアさんは堂々としています。
専用機持ちのセシリアさんが第3世代ISのブルー・ティアーズではなく第2世代ISの打鉄を使ったのは、素人に対するハンディキャップだそうです。
代表候補生として教育されてきたセシリアさんと一夏さんでは確かに年期が違います。
「ISの性能の違いが戦力の決定的差ではないと言うことを教えて差し上げますわ」
「ちょ……おま──」
そう言ってセシリアさんは、何か答えようとした一夏さんをけちょんけちょんに叩きのめしました。白式を開発した倉持技研の技術者さん達も涙目で見ていました。あまりにも一夏さんが無惨だったので、私も目から何かが流れ落ちそうな気分になりました。哀れみで。
イギリス人と言う事でSASで教育でもされて来たんですか、と帰って来たセシリアさんに後で冗談混じりに訊けば、第16空中強襲旅団で訓練されイラク戦争にも従軍したと言ってました。ISの戦争利用はダメだったはずですが?
「調べれば分かる事ですが、戦闘状況下でIS運用の情報収集が目的でした。私は他の代表候補生と共に交代要員として送られました。幸いにして実際に人を殺す事はありませんでしたが、戦場の緊張感を経験出来ました」
やぶ蛇をつついたみたいです。そんな悲しそうな顔をさせたかった訳では無いのですが。
いざ有事になればISで人を殺す覚悟をセシリアさんはしていました。一夏さんにはない国家の代表候補生としての誇りと自覚から来る覚悟です。
若くして多くの重荷を背負ったセシリアさんですが、この学園にいる間は楽しく過ごせると良いなと思いました。