ぬっころす   作:キューブケーキ

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鈴さんの場合

 クラス代表がセシリアさんに決まりクラスの空気も落ち着いて来た頃、隣のクラスに転入生がやって来ました。

 元気な子で、中国代表候補生の凰鈴音さん。一夏さんの小学校時代の同級生だそうです。

 小柄で可愛らしい子ですが、うちの姉は何やら対抗意識を燃やしていてため息しかでません。

 お昼の食事で食堂に行くと、あの子がラーメン片手に待っていました。勿論、一夏さんの事でしょう。

「モップ、一緒に座って良いか?」

 セシリアさんと向かい合って食事を取っていると、一夏さんが話しかけてきました。

 ちらりと一夏さんの背後を窺うと箒姉さんと中華娘が居ます。

 2+3=5。パーソナルスペースを考えると密着はしたくありません。

「嫌ですよ。他の席に行って下さい」

 それに、『一夏とのひとときを邪魔するな』と言う二人の視線を浴びれば断るのも当然ですが、一夏さんは「そんな事言うなよ」と笑顔で隣に座ってきます。むぅ。わりと本気で睨んでくる後ろの二人、貴女達が怖い。

 そして無頓着な一夏さん。私の意見を聞かないなら、初めから訊くふりをするなとイラッとしました。

 そんな私を観察していたあの子が手を差し出して来ました。

「知ってると思うけど隣のクラスに転校して来た凰鈴音よ」

 あんたは他の子達とは違うのね、と言われました。一夏さん関連の事です。

「そっち方面では、そうかもしれません」

 身近に一夏さんの事が好きすぎてたまらないと言う姉が居たので、逆にさめたのかもしれません。その事を答えると「鈴で良いわ」と言われました。

「──所で、一つよろしいですか? そのラーメン、伸びてますけど食べるんですか」

 一夏さんを待つ間にスープを吸って伸びたラーメンは、細うどんぐらいに膨張しており不味そうでした。

 

 

 放課後から次の日の起床まで大切な時間です。

 ですが私達の部屋に訪問客がありました。

(なんだこりゃ……)

 泣きじゃくる鈴さんを受け止めながら考えます。姉二人と違い胸の豊かではない私だと安定性が悪そうだと。

「何ですの」ちらりと向けた私の視線にセシリアさんは訝しげな表情を浮かべました。

「いえ、持つ者と持たざる者の違いについて考えていました」

 ビクッと、体を震わせた鈴さん。ん、泣き止みましたか。

「あんたまで私を馬鹿にしてるの?」

 何ですか、今にも人を殺しそうな目をして。

「あ」

 閃いて分かりました。

 鈴さんも胸を気にしていたんですね。でもそこには触れません。

「大丈夫ですよ」

 鈴さんの手を握り締めて言いました。

「きっと一夏さんと仲直り出来ます」

 要約すると、鈴さんは初恋相手の一夏さんと再会したけど、告白の意味を込めた約束を勘違いされており喧嘩をしてしまった、と言う愚痴を聞かされていました。泣くほどの事なのでしょうか?

 とりあえず火山の噴火を回避する為に、ずれた話題を元に戻しただけです。

 鈴さんはうちの姉と違って理想と現実の違いを正しく認識しています。告白がスルーされたのなら、次は相手に好かれる努力をして意識してもらう。関係の改善を彼女に勧めました。

「女性に対してはアスペルガーかと思うほど鈍感な一夏さんですから、最悪の場合は、一発ぶん殴って拉致して媚薬でも使って既成事実を作ってからの方が話は早いかもしれません」

 やっぱり同じ舞台に引き込まないとお話になりません。ま、暴力や拉致は最後の手段ですね。

「あんたって、良いやつね」

 話を聞いていた事をアピールして鈴さんはころっと納得しました。こいつもチョロいぜ。

「それはどうも」

 性格のきつい姉二人に比べれば凡人ではありますが、私もそれなりに周りと協調しようとは努力をしています。

 中国は尖閣諸島の領有権を巡って日本と揉めていましたが、鈴さんは盲目的な共産主義者と言うわけでも無さそうです。

 まあ中国人の中にも日本好きは居ますし全員が全員、反日の共産主義者な訳が無いですよね。

 前に護衛をしてくれた自衛官の方がおっしゃっていましたが、自衛隊の中で過ごした人は世間と常識が違うそうです。同じ様に中国で育った人は共産党政権に都合の良い教育を受けています。

 鈴さんの場合、子供の頃は日本で過ごしていたそうですし、一夏さんの事が好きと言う事は、政治的姿勢より恋を優先ですよね。だって結婚がゴールですから。

 鈴さんが帰るとセシリアさんは読んでいた本から顔を上げて言いました。

「アカの連中はハニートラップで、織斑さんを狙ってるかも知れませんよ」

 アカとは共産主義者の事で、この場合は中国の共産党、中共を意味します。

「まさか」

 セシリアさんの発言は危険な内容を孕んでいます。ですが、鈴さんと恋中になれば一夏さんを取り込めるのも事実です。

「私も国から出来るだけ仲良くするように言われてましたから」

 例の決闘は、そこから来る反感もあったそうです。

「他の国もそうだと思いますよ」

「うわ、聞きたくなかった。そんな裏側は」

 貴重な男性を自国に囲い込む事が出来れば国際社会で優位に立てます。それも当然の事でした。でも過保護な千冬さんの事ですから、そんな謀略は許さないでしょう。

 

 

 一夜明けて、箒姉さんに「ウェーッヘッヘッ、昨夜はお楽しみでしたね」と朝の挨拶をすると、下品な笑い方をするなと殴られました。相変わらず硬い人です。

 で、まあ、朝食を終えてセシリアさんとだべりながら帰っているとおしっこがしたくなりました。

「ちょっとトイレに行ってきます」

 生きてれば食べるし排泄もする。自然な行為です。

 セシリアさんには先に帰って貰い、途中のトイレに行きました。個室に入って、さあ用を足すぞと思った所で、トイレの扉が大きな音を立てました。

(な、何ですか?)

 外から、しばらく出て来るな、そして聞くなと声をかけられました。

 トイレを不穏な空気が取り巻いています。

「何よ」

 と鈴さんの声が聞こえてきました。相手は複数居るようです。

(ふんふん。あー、これはアレですね)

 出る杭は打たれると言いますが、転校して初日にクラス代表をもぎ取り、さらには唯一の男性である一夏さんに宣戦布告。目立ちすぎでした。

「ちょっと調子に乗ってるんじゃないの?」と先輩に絡まれました。ですが、人民解放軍で鍛えられた鈴さんは徒手格闘で先輩を制圧してしまいました。

 そっと扉の隙間から除くと倒れ伏した先輩が数人居ました。ファイティングポーズの鈴さんは拳を赤く染めています。何だろう、絵の具かな? 何てボケる余裕はありません。

(代表候補生、怖っ!)

 チビりかけたので出す物を出しました。

 トイレから出た私と視線を合わせた鈴さんは、えへっと可愛く笑って誤魔化しました。

 えっと、集団でいじめようとしていたのは確かで、彼女は被害者です。一応は。

「正当防衛の証言はしてあげますよ」

「ありがとう」

 気絶した先輩達を個室に放り込むのを手伝うと、鈴さんは拳にこびりついた血を洗面台で流しました。隠蔽工作の手際は見事です。

 でも学園に報告した方が使えるカードになると思うのですが、色々と彼女にも考えがあるのでしょう。

 聞く所によると、鈴さんにのされた連中はクラス対抗戦での復讐と妨害工作を計画してるそうです。ここは治外法権なので大変な事にならないか心配です。

 

 

 噂が広まるのは早い。良い噂、悪い噂、嘘の噂。どれでも同じです。

 クラス対抗戦で優勝すると一夏さんと交際出来ると言う噂──と言うより願望でしょうか、そんな話が私の耳にまで聞こえてきました。

「篠ノ之さん、箒さんが一夏さんと付き合ってと約束していたのよ」

「へぇ、箒姉さんが」

 箒姉さんにしては中々やるじゃないかと思いました。

 普段の箒姉さんは金魚の糞みたいに一夏さんに付きまとっていますがアピールとしてはいまいちです。男は縛られる事を嫌うと言いますし、逆効果ではないでしょうか?

 そんな都合の良い話は無いわと思いましたが、何だか浮かれている姉の様子を見ると約束したのは本当の様です。

(でもな……相手はあの一夏さんだし……。鈴さんのパターンだと、違う解釈してそう)

 また後で一夏さんに話を聞くかと授業に集中しました。

「モップ、一緒に飯食わないか」

「良いですよ」

 お昼を一夏さんに誘われて、セシリアさんと一緒に適当に買うと屋上に上がりました。一夏さんを挟んでうちの姉と鈴さんが居ます。

「あ、鈴さん」

 私の声に鈴さんは笑顔を向けて来ました。

 昨日の今日で早いですが、お昼を一緒する位は仲直りしたようです。

「はい、一夏」

「おう、サンキュー」

 鈴さん手作りの酢豚を渡された一夏さんは美味しそうに食べています。

 さすがチャイニーズ、中華料理は特技ですか。手料理の上手い女子と言うのはポイントが高いですね。うちの姉の対抗馬としては侮れません。

 箒姉さんはぐぬぬぬ、と声を漏らしてそんな一夏さんと酢豚さんを睨んでいます。その顔は止めろと言いたいですが、うちの姉は感情表現が下手なので無駄でしょう。

「箒姉さんも料理を練習して一夏さんにお弁当を作ってあげてはどうですか?」

 そう言うと眉間にシワを寄せてウンウン悩んでいます。ここはもう一押しですね。

「美味しそうですね、私にも一口貰えませんか」

 そう言うと鈴さんは酢豚をお箸で挟んで差し出して来ました。

「はい、あーん」

「いただきます」

 これを一夏さんにやってあげれば良いのにと思いながらいただきました。

「ご飯が欲しくなりますね」

「だよな」と同意する一夏さん。私が買ってきたのは焼きそばパンとチョココロネなので酢豚には合いません。お握りにすれば良かった。

 恋敵の料理を誉める私と一夏さんの言葉に、箒姉さんは決意を込めた眼差しをしていました。よし良いぞ。

 うんうん、やっぱり、嫉妬するよりも自分を磨く方が大事ですね。

 そう言えば、うちの姉さんはISにはとんと興味が無いようです。欲しいと言えば手に入れられる。競争相手にも対抗出来る。それなのに力を求めない。

 奥手なのも考え物ですね。ここは私から、束姉さんに製作の依頼を出すべきか、姉妹でも余計な御世話にならないか思案中です。

 赤の他人を助けるのに理由は必要ですが、身内なら無条件で手を差し延ばす。それが家族と言う物ですから。

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