「ーーーんぁ」
そんな間の抜けた声と共に目を覚ます。寝ていたことで固まっていた身体を伸びをして解すとあちらこちらからコキコキと小気味の良い音が聞こえる。
「ふぅ……」
ついでと言わんばかりに首を回して立ち上がり、眠気を完全に排除した目で周囲を見渡し、
「……なんじゃこりゃ」
思わず絶句してしまう。それはそうだろう、目を覚ましたと思ったらそこは見慣れた場所ではなく荒れた地面と崩れた建物、そして煌々と燃えさかる炎で照らされている夜空だった。
そこから立ち込めるのは焼ける匂い、土の匂い、腐る匂い、紛れも無い死の匂い。気を緩めてしまえば一秒後にも死んでしまうような濃密な死を放つ世界。しかし彼はそんなことは気にしていなかった。何故なら彼にとって死の世界というのは自分が産まれた場所であり、自分が育った場所であり、自分が完成した場所でもあるからだ。死から逃れようとする警戒心とこの世界に帰ってきたという安心感の決して交わることの無い二つが彼の中にある。
「えっと……装備は大丈夫だな」
警戒しながら彼は自分の着ていたロングコートを弄る。黄土色のロングコートの内ポケットには
何があるのか分からないこの状況ではこの装備では心許ない気がするが無いよりかはましかと前向きに考えることにする。ひとまず周囲に自分を害するような存在が無いことを確認した後、彼はどうしてここにいるのかを思い出す事にした。起きてからそこそこに時間が経ったからか頭が働いてきている。
「なにがあったっけな……」
『ロマァ!!お前の菓子は俺がいただいたぁ!!』
『キサマァ!!』
「違う」
『ブゥッ!?私のコーヒーに墨汁を入れたのは誰だぁ!?』
『わ た し だ ! !』
『キサマァ!!』
「コレでも無い」
『所長殿ぉ?マスター適性が無くてさぞ悔しいでしょうねぇ?いえいえ!!別に貴女のことを非難している訳ではないのですよ!!でもカルデアの栄えある所長の貴女がマスター適性もレイシフト適性も無いだなんて……私にはありましたよ?マスター適性もレイシフト適性も。悔しいでしょうね』
『』プルプル
『(あらやだ、可愛い)』
「あれは楽しかった……でも違うな……あぁ!!そうだ!!思い出した!!確かドッキリ仕掛けようと思ってレイシフトの装置の中に忍び込んだんだっけ」
彼が思い出したのはレイシフトと呼ばれる装置を使う任務の前のこと。自分を含めた四十八人の魔術師たちがその任務に向かう前にいち早く準備を終えていた彼は暇だったので他の魔術師たちを驚かせようとその装置の中に忍び込んで待っていたのだ。しかし暗くて密室の環境が妙な安堵を与えてしまい、彼はそのまま眠ってしまったのだ。
「んで、眠ったままでレイシフトさせられたと。気づいてくれたなら起こしてくれても良かったのに、起こさないでレイシフトさせるとかカルデアまじブラック企業。これは起訴不可避ですわ」
眠ってしまった自分と眠った状態でレイシフトさせてくれたカルデルに呆れるしか無かった。しかしレイシフトさせたとなると何故自分一人しかいないのか?予定では全員を纏めてシフトさせる予定だったというのにここにいるのは自分一人だけ。何かトラブルがあったとしても何も連絡が無いのはおかしい。
「確か……レイシフトに成功したらサーヴァントを召喚しろとか言ってたような」
彼がズボンのポケットを漁るとそこには虹色に輝く不思議な石があった。これは聖晶石と名付けられた石でこれを使うことでサーヴァントという過去に偉業を成し遂げた英雄を呼び出すことができる。昔ならば召喚用の陣を書き、詠唱をしなければならなかったが今ではこれ一つでサーヴァントを召喚することが可能になっている。これだけを聞けば進歩があるようだがこの聖晶石を使った召喚方法には一つだけ欠点がある。それは召喚するサーヴァントは完全にランダムだという点だ。昔の陣を用いた召喚方法なら呼び出したいサーヴァントの所縁のある遺物や召喚者と相性の良いサーヴァントが呼び出されたりしていたのだが聖晶石の召喚ではそれらは一切意味をなさない。
つまりは完全に運任せ。相性の良い激強サーヴァントを引くことがあればソリの合わない激弱サーヴァントを引くこともある。
ギャンブル要素の強いこの召喚方法なのだが意外なことに彼はこの召喚方法を気に入っていた。別に自分のことを運の良い人間だとも運の悪い人間だとも思っていない。当たるも八卦、当たらぬも八卦、弄ることが出来ない天賦の才である運が試されるという点を気に入っているのだ。
さてサーヴァントの召喚をと思い立ったところで、彼の警戒に引っかかるものがあった。他の魔術師たちかと思いそちらを見れば……そこにいたのは骸骨だった。人の中にあって人を支えるべきそれが、人からでてそれだけで歩き回っている。しかも一体ではない。そこいらの廃墟から取ったのだろう廃材を手にした三体の骸骨がまるで生者を怨む死者のように彼に敵意を向けている。
「……まさか骸骨と戦う日が来るとはね。
骸骨が歩いている状況に驚きながらも彼は左手にマグナムを、右手にナイフを持ち意識を戦闘用に切り替えて骸骨に突貫して行った。彼の行動につられるように骸骨たちが動く。ガシャンガシャンと音を立てながら骸骨の一体が彼に向かっていき廃材を振り下ろす。その速度に内心彼は驚いていた。見た目から遅いのだろうと考えていたが骸骨は思いの外速いスピードで動いていたからだ。
それでも、彼の中で戦ったことのある
そして一体を相手にしている内に倒れていた二体が起き上がる、がそちらはすでに済んでいる。その理由は骸骨たちの足元に投げられた一つの宝石。
「
彼の口から出たキーワードと共に宝石に込められていた魔術ーーー爆破魔術が起動して宝石が爆ぜる。ほぼゼロ距離での爆風を骸骨たちに避けられる訳もなく、二体の骸骨たちも一体目のようにバラバラになって霧散して消えた。どうやら頭部を破壊するか全員を砕いてしまえば骸骨を殺す事は出来るらしいと彼は学んだ。
「やっぱりIKUSABAは偉大だな。いろんな事を学ばせてくれる」
骸骨三体の撃退に成功し、他にもいないかと確認するが彼の警戒に引っかかるようなものは無い。偵察なのかまたまた来ただけなのかは分からないがどうやらあの三体で打ち止めのようだ。
「さて、邪魔の入らない内にサーヴァントを呼び出しますかね」
そう言って彼はマグナムとナイフをしまい、聖晶石を投げる。サーヴァントの召喚にしては適当かと思われるかもしれないがこれが正式な使い方なのだから仕方のないことだ。もしサーヴァントにこの事をしられたらこんな雑な方法で呼び出したのかと殴られるかもしれない。もしかすると暴力を捨てる事を説いたガンジーですら助走をつけたドロップキックを決めてくるかもしれない。
投げられた聖晶石が地面に落ちて強い光を放つ。閃光手榴弾を使う事もあって強い光には慣れているつもりだったがその光の強さに思わず目が眩みそうになる。
そして光が止んだ時……そこには一人の女性がいた。その事は別に不思議な事では無い。サーヴァントに選ばれる英雄の中には男性だけではなく女性もいる。
しかしそれでも彼は目を見開き、張り巡らせていた警戒を解く事になる。それは驚きではなく……現れた女性に見惚れていたからだ。
現れた女性は黒いドレスの様な鎧に身を包み、絹の様な金髪を低い位置で纏めていわゆるポニーテールにしている。手には赤い葉脈の様なラインの入った黒い剣を持ち、爬虫類を思わせる様な目で自身を呼び出したであろう彼の事を見据えた。
「ーーー問おう、貴様が私を呼び出したのか?」
高く凛とした声は現代で生きて王を知らない彼にも彼女が王であることを確信させるほどに威厳に溢れていた。
「ーーー何度でも言える、やっぱりIKUSABAは偉大だ。俺にこんな素敵な出会いを与えてくれるなんて」
だが、そんな事は今の彼にとってどうでも良かった。ただ、この死の溢れる世界で呼び出した彼女が言葉に言い表せないほどに美しかった。彼女を一目見た時から煩い心臓の鼓動は彼にある感情を抱かせたと確信させるのには十分すぎるほどだ。
そして彼は迷う事なく行動する。離れていた距離を詰め、片膝をつき、下から見上げながら手を差し伸ばしーーー
「一目惚れです!!結婚を前提に付き合って下さい!!」
「ーーーふぇ?」
一秒後に死が訪れてもおかしくない世界で、プロポーズをした。
これは存在しないはずのキャストの
いるはずのない一人の魔術師と一騎のサーヴァントによって紡がれる物語。
そこにはまだ別の者が現れるのだが……それは今ではない。
それではーーーこの