「ーーーフッ、どこか私も慢心していたらしい。この様な稚拙な策で討たれるとはな……」
佐々木小次郎の燕返しによって霊核を砕かれたセイバーが膝を着きながら残念そうに言った。大聖杯という無限に等しい魔力を保有する魔術炉心を持っていたとしても霊核を砕かれたのであるなら意味は無い。幾ら魔力を注いだところで入れ物に穴が空いていたら溢れるのは当たり前の事だ。
「聖杯を守り通すつもりでいたが、己が執着に傾いた挙句に敗北してしまった。結局、運命がどう変わろうと、私一人では同じ結末を迎えるという事か……」
そう自虐気味に語るセイバーの脳裏に思い浮かんだのは聖杯の泥に飲まれながらも自我を失わずに聖杯のーーー嫌、セイバーの守護をしてくれていた弓兵の背中。もし、彼と共に戦っていたら。そんなifを考えてーーー即座に否定した。幾ら考えようとも所詮ifは可能性の話でしか無いから。己の敗北は既に決まっていて、覆す事は出来ない。
「あ?そりゃあどういう意味だ?テメェ、何を知ってやがる」
「いずれ貴様も知る、アイルランドの光の神子よ。【グランドオーダー】ーーー聖杯を巡る戦いは、まだ始まったばかりだという事をな」
「オイ待て、それはどういうーーー」
そうして意味ありげな言葉を遺して、セイバーは消滅した。霊核を砕かれてなお、言葉を残せるだけの間現界を続けられていたのは偏にセイバーの意思が強かったからだろう。
そしてセイバーのいた場所に謎の水晶体が現れーーーキャスターが光に包まれた。
セイバーが倒された事でこの特異点で行われていた聖杯戦争はキャスターが生き残ったという結末を迎えた。なら、キャスターも後を追う様に消滅する事は定められた事だ。
「ーーーおぉお!?やべぇ、ここで強制送還かよ!!チッ、納得いかねぇが坊主、後は任せたぜ!!次があるなら、そん時はランサーとして喚んでくれやーーーあ、後あのキチガイ抑えてくれよ!!」
「ごめん、それは無理」
「チクショォォォォォォォォォォォォ!!!!」
「ーーーセイバー、キャスターの消滅を共に確認しました……私たちの勝利なのですか?」
『あぁ、よくやってくれたマシュ、黒野!!所長もさぞ喜んでくれ……あれ、所長は?』
「ーーー
初めての特異点の攻略に成功した事を喜んでいたロマンだったがオルガマリーが静かだった事に疑問を抱く。そのオルガマリーはセイバーが遺していた【
「所長、どうかしましたか?」
「ーーーえ?そ、そうね。良くやったわ、黒野、マシュ。不明な点は多いですがここでミッションを終了とします。まずはあの水晶体を回収しましょう。セイバーがおかしくなったーーーいえ、この冬木の地が特異点になっていた原因はどう見てもアレの様だし」
「ーーーあっ!!そうだ、レインヴェルさんは!?」
黒野が思い出したのはアーチャーと戦っていたはずのレインヴェルのこと。人間の身でありながらサーヴァントと戦っているはずの彼の事を今頃になって思い出した。数分前までセイバーと一瞬たりとも気を抜けない死闘を繰り広げていたからその事を責めるのは酷だろう。
『えっと……大丈夫、生体反応はあるから生きてるよ。だけど少し弱いな……サーヴァントと戦ったから当たり前といったら当たり前何だけど』
「……そうだったわね。それじゃあ水晶体を回収してからレインヴェルと合流してカルデアにーーー」
これからの方針を支持しているオルガマリーの言葉を遮る様にして乾いた音が響く。それは手と手を叩く音ーーー拍手だった。黒野たちの話し声以外の音がしてこの場にいる全員が拍手の音源ーーー冬木の大聖杯のある方向を見る。
「ーーーいや、まさか君たちがここまでやるとはね。計画の想定外にして、私の寛容さの許容外だ。48人目のマスター適正者、まったく見込みの無い子供だからと見逃してあげた私の失態だよ」
拍手を送っているのは黒く染まった大聖杯の前に立つ人物。質の良いスーツとシルクハットを被った姿は一見すれば紳士と見間違う。そしてその人物は、ここにいる全員が知っている人物だった。
「ーーーレフ教授!?」
『レフ!?レフ教授だって!?彼が彼がそこに居るのかい!?』
そこに居たのはレフ・ライノール・フラウロス。カルデアの爆発事故に巻き込まれて死んだと思われていた人物だったがオルガマリーと同じ様に生身でレイシフトに成功してここに来たのだろうと黒野とマシュとロマンは喜んでいた。だが、黒野とマシュの前に佐々木小次郎が立ち、険しい顔をしたオルガマリーがその横に並んだ事で喜びは曇る事になる。
「所長?小次郎?」
「ーーー下がれマスター、あの者は人に非ず。魔性の類だ」
「レインヴェルから言われていて半信半疑だったけど本当だったとはね……」
「レインヴェル……あのキチガイか!!あいつがいたせいで私の!!私たちの計画に狂いが生じかけた!!ロマ二も私の指示に従わずに管制室には来ていない様だしーーーまったく、どいつもこいつも統制のとれていないクズばかりで吐き気が止まらないなぁ!!」
レフの人の良さそうな笑みが崩れ、邪悪な顔になる。そんなレフを見て凍ったのは黒野とマシュとロマンの三人。彼らが知るレフはこんな顔を、そんな乱暴な言葉遣いをする人物では無かった。
そしてレフの事を知らない佐々木小次郎と、レフの事をよく知っているはずのオルガマリーだけが冷静でいた。ただ、オルガマリーは苦虫を噛み潰した様な顔になっていたが。
「おやオルガ、然程動揺しないのだね?そこのサーヴァントは私の事を知らないから別として、君の事だから彼らの様に取り乱すか私が生きていたと喜ぶかと思っていたのだが」
「……前々からレインヴェルに言われていたのよ。『レフには気をつけろ、あいつは必ず裏切る』ってね」
「またしてもレインヴェルか……!!」
レインヴェルの名が出た事でレフの顔が歪む。
レインヴェルは初めて会った時からレフは味方のフリをしていて、どこかで裏切るだろうと予想していた。だがその事を広げてカルデアを混乱させる訳にもいかず、苦肉の策としてオルガマリーにレフが裏切る可能性がある事を告げていたのだ。
「あぁクソッ!!予想外の事ばかりで本当に頭に来るーーーその中でも最も予想外なのは君だよ、オルガ」
「……私?」
「
「ーーーえ?」
レフの言葉に耳を疑う。あの事故の犯人がレフだというのはまだ予想できる範囲だ。だが、問題はその爆弾の設置場所。レフの言葉が本当なら、爆弾はオルガマリーの足元で爆発した事になる。数多くの死傷者を出したあの爆発、ならその中心にいたオルガマリーは
「いや、生きている、というのは違うな。君はもう死んでいる、肉体はあの爆発によって粉々になった。トリスメギストスはご丁寧にも残留思念になった君をこの地に転移させてしまったんだ」
「……う、そ……嘘、嘘嘘嘘嘘ッ!!そんなはずはーーー」
「嘘では無いさ。
「あ……ああ……」
「っ!?所長!!」
崩れ落ちるオルガマリー。計画していた彼女だから分かる、レフの言葉は嘘では無いと。オルガマリーにはレイシフトの適性は存在しなかった。肉体と魂を転移するレイシフトには。
なら、肉体が存在しなかったら?魂だけのレイシフトなら?
可能性があったかもしれないがそんな馬鹿な事を考える事を彼女はしなかった。何故ならーーー肉体が無ければ、それは死んでいるのと同じだから。
「だから、君はカルデアには戻れない。カルデアに戻った時点で君の意識は消滅する」
魂だけのオルガマリーが存在していられるのは特異点にいるからだ。現実であるカルデアに戻った瞬間、肉体を失っている残留思念に過ぎない彼女は消滅する事になる。
オルガマリーもその事に気付いているのだろう。レフはそんな彼女の姿を見て嬉しそうにニヤニヤと笑っていた
「い、や……嫌……!!私、こんなところで死にたくなんか無い!!」
「ーーーそうだ、最後に私からの贈り物だ。現在のカルデアがどうなっているか見せてあげよう」
レフの手の中にセイバーが持っていた物と同じ水晶体が現れて、輝く。すると空間に穴が開き、
「なーーーカルデアスが真っ赤に……?」
「よく見たまえアニムスフィアの末裔!!人類の生存を示す青色など一片も無い、あるのは燃え盛る赤色だけだ!!あれが今回のミッションが引き起こした結果だ!!よく見るが良い!!今回も君の至らなさが悲劇を引き起こしたワケだ!!」
オルガマリーの顔は絶望一色になっていた。元よりこのミッションは人類を救う為に始めたもの。だというのに、レフが言っているのが本当なら、
「さて、君をこのまま殺すのは簡単だが……それでは芸が無い、最後に君の望みを叶えてあげようじゃないか」
「なっ!?身体が宙に!?」
オルガマリーの身体が浮かび、徐々にカルデアスに引き寄せられていく。
「最後にカルデアスに触れると良い。なに、私からの慈悲だと思ってくれたまえ」
「ーーー」
レフはカルデアスに触れろと言った。そんな事が出来るはずが無い。カルデアスとは超密度の情報体、次元が異なる領域。ブラックホールや太陽と変わりの無い存在。そんなものに人間が触れてしまえば分子レベルで分解される地獄の具現に等しい。レフは慈悲だと言いながら地獄を味わえと言ってのけたのだ。
このままではマズイと思ったマシュと佐々木小次郎がオルガマリーの元に向かおうとするが近づく事が出来ない。彼らとの間に障壁が張られているのだ。それはマシュの盾や佐々木小次郎の剣技を持ってしても揺るがない。
「いや……いや……!!誰か、誰か助けて!!私、こんなところで死にたく無い!!」
浮いている身体を無理矢理に下に向けて地面にしがみつく。浮かぶ力が強くなっているのか掴んでいる地面に爪痕を残しながらもオルガマリーは必死に抗っていた。
「だってまだ褒められていない!!まだ誰も私の事を認めてくれてないじゃない!!」
オルガマリーはオルガマリーとして見られた事が無かった。他の魔術師から見られるとしてもそれはアニムスフィアの魔術師ーーー先代である父という色眼鏡を通して。誰も自分の事を見てくれなかった。だからこの計画を遂行する事で、父の七光りなどではなくオルガマリーとして認められたかった、褒められたかった。
「誰も私を評価してくれなかった!!皆、私を嫌っていた!!やだ、止めて、いやいやいやいやいや……!!だってまだ何もしていない!!生まれてからずっと、ただの一度も、誰にも認めてもらえなかったのにーーー」
まだ何も成していない。このまま死んでも、それは先代の娘が死んだとしか見られずに、当代のオルガマリーが死んだと捉えられない。だから、死にたくない。爪が剥がれて、指先が削れて血が噴き出して、みっともないと見られようともオルガマリーは死にたく無かった。
「あーーー」
だが、彼女の努力は報われない。しがみついていた地面が崩れてオルガマリーの身体が宙に浮き上がる。慌てて手を伸ばしても、地面には届かない。
「所長ーーー!!」
黒野が手を伸ばしても届くはずがない。このままでは彼女は真っ赤に燃え盛るカルデアスに飛び込む事になる。
「ーーー助けて、レインヴェル」
彼女が最後に救いを求めたのは狂人の様な言動をよくする知人の名前。だがその彼の姿はここには無かった。助けに来るはずがないと聡明な彼女は分かっていたが、それでも助けを求めずにいられなかった。
そしてオルガマリーの身体がカルデアスに飛び込むーーー
ーーーその直前、マシュと佐々木小次郎の攻撃を防いでいた障壁に一本のナイフが突き刺さった。そして
「何だとーーー」
「ーーーマリィィィィィィィイ!!!!」
サーヴァント二騎の攻撃を防いでいた障壁が崩れたのを見てレフが驚愕する。だがその下手人はそんな事に構っていられないと、英霊との戦いで限界を超え、ボロボロになった身体を酷使して縮地で移動し、カルデアスに触れる寸前だったオルガマリーを救出した。
「ーーーおい、三下。誰に手ぇ出してるんだ」
限界を超えた身体の酷使によって口や目から血を流しながら、下手人はレフを睨む。
「何人の
下手人の正体はレインヴェル。彼はボロボロになりながらもオルガマリーの事を殺そうとしていたレフの事を誰も見た事もない様な憤怒の表情で睨み付けていた。
「(あぁーーーやっぱり、助けに来てくれた……)」
自分が困った時には必ずレインヴェルは助けに来てくれた。今回もそうだったと、オルガマリーは安堵して、レインヴェルの腕の中で意識を失った。
┏(┏≖‿ゝ○)┓「マリーと聞いて、来てやったぞ」
(∴)「お呼びじゃないのでお帰りください」