「ーーー」
意識が浮上する。覚醒して一番初めに認識出来たのは鼻に付く強いアルコールーーー消毒液の匂い。そして視界に広がる白い天井。
寝起き特有の心地良さを堪能してーーーオルガマリーの意識は一気に覚醒した。何故ならここはカルデア、レフの企みによる爆発で死んだはずのオルガマリーが二度と帰ることが出来ないはずの空間だった。
なのに、彼女はこうしてカルデアの医療室にいるし、服装は病人が着る様な服に変わっているがしっかりと身体を持っている。
「これは……どういう事なの……?」
オルガマリーの呟きに応える者はない。彼女の耳に届くのは一定のリズムで反応を見せている心電図の音だけ。
事態を把握するために誰かに会おうと彼女は決め、近くに置いてあったカーディガンを羽織ってベッドから降りた。その時に少しだが身体が動かし難かった気がしたが、気にならない程度のものだったので無視する事にした。
そして外と遮るためのカーテンを開けて彼女の目に入ってきたのはーーー医療室に備え付けられていたソファーの上で横になって眠っているレインヴェルの姿だった。寝息は静かで、僅かに動いている胸に気がつかなければ死んでいると間違えていたかもしれない。
自分を助けてくれた時のレインヴェルの姿を思い出して簡単にだがレインヴェルを診てみる。オルガマリーの触診に気が付かない程にレインヴェルは熟睡していたがどうやら治療済みである様だ。その事にオルガマリーは安堵し、テーブルの上にあった置き手紙に気がつく。そこにはレインヴェルの文字で、
『疲れたからしばらく寝る、起こさないでくれ。詳しい話はロマンに聞いてくれ』
とだけ書かれてあった。
あまりにも簡潔だが現状の説明が出来そうなのはレインヴェルとロマンだけ、その片方がこうして寝ているのであれば残る片方に聞くしかない。
サーヴァントと戦い、ボロボロになりながらも自分を助けてくれたレインヴェルの顔に掛かる髪をそっと掻き分けて、
「ーーーありがとう、レインヴェル」
それだけを告げてオルガマリーは医療室から出て行った。その時彼女の耳が赤く染まっていた事は彼女以外誰も知る事はないだろう。
そしてオルガマリーは一人、静かなカルデアの中を歩く。爆発があった割には綺麗に見える廊下だが嗅覚に集中すれば僅かに焦げ臭く、視覚に集中すれば壁に綻びが見える。どうやら綺麗なのは表面上だけで、なんとか応急処置をすませた程度のものなのだろう。
そうして歩いていると、静かだった廊下に響く声が聞こえた。耳をすませばその声は複数人のもので、何やら賑わっている様に思える。
オルガマリーは誘われる様にその声の元に向かう。着いた先はカルデアの食堂。そして聞こえてくるのは悲鳴と笑い声と何かを食べている咀嚼音。この先に何があるのか気圧されるが、気合を入れて食堂の扉を開ける。
するとそこにはーーー
「ハグハグハグハグハグハグハグハグハグハグ……!!!!」
「止めてよぉ!!僕のお菓子が無くなるから!!」
「美味しいねマシュ、ドクターの悲鳴を聞きながら食べるお菓子って」
「先輩、ドクターの悲鳴とお菓子が美味しいのとは何か関係があるのでしょうか?」
一心不乱にお菓子を食べ続けるアルトリアの姿と泣きながらアルトリアを止めようとしているロマンの姿、そしてそれを見ながらお菓子を頬張っている黒野とマシュの姿だった。
「……どうなっているのかしら?」
オルガマリーがやって来た事に彼らが気づいたのはそれから数分後の事だった。
「で、落ち着いたかしら?ロマニ?」
「は、はひ……お手数おかけしました……」
顔をパンパンに腫れさせて正座をしているロマンの姿とそれを見下しながら椅子に座っているオルガマリーの姿がそこにはあった。それに関わりたくないのか黒野とマシュは静観し、アルトリアはお菓子を貪り続け、姿の見えないアサシンのサーヴァントの佐々木小次郎の所在を聞くと訓練室で剣を振るっているとの事だ。
「……とりあえず現在のカルデアの状況を教えてくれるかしら?」
「は、はい!!現在のカルデアはーーー」
ロマニからの話を纏めると現在のカルデアは世界から孤立した存在らしい。
カルデアスによると人類史はすでに焼却済みで、カルデアスの磁場によって守られているものの外は冬木の特異点と同じ様に滅んでいる。数人のスタッフで外の調査を命じたらしいが、そのスタッフはカルデアから外に出た瞬間に
カルデアの現状は通常の時間軸に無い状態、崩壊直前の歴史に踏み止まっているというのがロマンの見解だった。それはコレまでの話を聞く限りは間違っていないとオルガマリーも考えている。
その原因を探すべく、ロマンはシバを使い過去の地球をスキャンした。これまでカルデアスが赤く染まる原因だと考えられていた冬木の特異点は解決した。だというのに人類が滅んだ事という結果は不変のまま。なら、その原因は過去にあるのではないかと仮定したのだ。
その結果は当たりだった。狂った世界地図に冬木とは比べ物にならない時空の乱れが観測されたのだ。それも一つや二つでは無く七つも。たった七つで人類が滅びる様な事になるのかと思うだろう。実際、歴史には修正力というものが存在して、たった一人二人を救った程度ではその時代が迎える決定的な結末は変わる事は無い。だが発生した特異点はどれもが歴史上におけるターニングポイントなのだ。
ーーーこの戦争が終わらなかったら?
ーーーこの航海が成功していなかったら?
ーーーこの発明が間違っていたら?
ーーーこの国が独立出来ていなかったら?
そういった現在の人類を決定付けた究極の選択点。それが崩されるという事は人類史の土台を崩されることと同じだ。今回のスキャンで発見された特異点はどれもがそのターニングポイントに発生したもので、特異点が発生したことで未来が決定してしまったーーー人類に2016年はやって来ない。
だが、手段がなくなった訳ではない。人類が滅んだ中でもここにある事を許されているカルデアだけが崩された特異点を修復するチャンスがある。冬木の特異点でやった時と同じ様に各特異点へレイシフトし、歴史を正しい形に戻す。それだけが滅びが決定された人類を救う手段なのだから。
現時点で発見出来ているのはオルレアンとローマの特異点だけだが、時間をかければ直ぐに新しい特異点が見つかるだろう。まずは挙がった二つの特異点を解決し、それと並行して新たな特異点を捜索するというのがロマンの考えている計画らしい。
「ーーー新たに出現した七つの特異点、なるほどね……よくやってくれましたロマニ。私が決定したとしても貴方と同じ判断をしていたでしょう。それと、もう一つ、
その質問はおかしいと思うかもしれないが間違っていない。冬木の特異点でレフからオルガマリーは死んだ事を告げられていたのだった。レフの言っていたことが嘘だったとも考えられるがそれなら爆発があった管制室にいたというのに火傷一つ無く無傷なのはおかしい。
「えっと、レインヴェルは?」
「彼なら医療室のソファーで寝ているわ。相当疲れていた様子で私が動いた事にも気付かなかったわ」
「それはそうだろうね。実はーーー」
ロマニの話は信じられない物だった。冬木の特異点が崩壊する直前で何とかレイシフトで帰還に成功したレインヴェルたち。そこには当然の如くオルガマリーの姿は無かった。その事にオルガマリーは本当に死んだと思い、気落ちするロマニだったが、レインヴェルはサーヴァントと戦ってボロボロな身体のままにカルデアの倉庫に足を運んだ。
カルデアの倉庫には食料品や衣料品などに始まり、マスター候補生達の持ち込んだ魔術的な品物まで管理されている。レインヴェルは事前に送り込んでいた自分の荷物を漁り、そこから一体の人形を取り出した。説明を求めるロマニを無視して、レインヴェルは工房を兼ねている自室に人形と一緒に引き篭もり、一時間後には人形の代わりにオルガマリーと共に部屋から出てきた。
死んだはずのオルガマリーが現れてロマニは混乱し、再度レインヴェルに説明を求めた。ペットボトルに詰められたミネラルウォーターをガブ飲みしながら、今度はレインヴェルは質問に応じた。
特異点が崩壊する直前でレインヴェルは手持ちにあった宝石を全て使ぅてオルガマリーの魂を保存し、カルデアへと帰還した。これでオルガマリーはカルデアに戻っても消滅する事は無くなったが宝石によって保存されているのでは瀕死の状態で冷凍保存されたマスター候補生たちと変わりが無い。そこで使ったのが倉庫から取り出した人形だ。何でも縁のあった封印指定を受けた魔術師から譲り受けた素体だったらしい。特別な機能を持たないプレーンな素体。だからこそ、何を入れたとしても容れ物として機能する万能な素体。それにオルガマリーの魂を入れる事で動ける身体を与えたとのことだった。
そしてレインヴェルはオルガマリーを蘇生させたその足で冷凍保存されているマスター候補生の元に向かい、現在の備品で治療可能なマスター候補生一人を治療した。流石にこれは無茶をし過ぎていると思いロマンも止めようとしたのだが制止も聞かずに執刀するレインヴェルの姿を見て黙らざるを得なかった。
完成された人間を目指している魔術師の出なだけあって、レインヴェルの実家には人類の最先端の技術が集まっている。それは医療方面に関しても例外では無い。その医療技術を余すこと無く使い、限られた備品でレインヴェルはマスター候補生一人を完治させた。オルガマリーは気付かなかったが彼女の隣で眠っていて、時期に目を覚ますだろうとの事だった。そしてマスター候補生一人を治療して、レインヴェルは力尽きて眠ったーーー本当だったら、彼の治療を優先しなければならないのに。
レインヴェルは言うまでも無く過去現在のカルデアの中で最優秀な魔術師である。どちらかと言えば魔術使いによっている物の、それでも尚、単騎でサーヴァント相手に戦って勝利できる程に優秀だった。だが、今回のレイシフトで無茶をした。限度を超えた強引な治療魔術のせいで魔術回路の一割が焼き付き、一割が滅茶苦茶に繋がれてしまった。焼き付いた魔術回路はまだどうにかなりそうだが滅茶苦茶に繋がった魔術回路は手の施しようが無い程に酷い事になっていた。ロマンの見立てではその魔術回路は使えなくは無いが使うと常人なら発狂する程の痛みが走るそうだ。レインヴェルの魔術回路はメインサブを合わせて460本、その一割が実質使えず一割が焼き付いていて現在使用が出来なくなっている為に368本。それでも並みの魔術師に比べれば圧倒的に多いのだがレインヴェルの戦力が落ちた事には違い無い。
ロマンからの説明を受けてオルガマリーは無意識に溜息を吐いた。
「全く……あいつは本当に馬鹿なんだから……」
「所長、それだけで済ませて良いんですか?事が終わってから彼の実家から抗議とか来るんじゃ……」
「多分大丈夫よ。彼の実家は基本的には放任主義で何かやっても自己責任ってスタンスを取ってるから。魔術回路が減ったって聞かされてもまた増やせばいいとでも考えるんじゃないかしら?」
「それでいいのか魔術師……!!」
色々とレインヴェルがやらかしてくれたせいでオルガマリーの頭痛が心なしか酷くなった気がした。だがレインヴェルがやらかしてくれたおかげでマスター候補生の一人が復帰可能な状態になり、そして自分はまたカルデアに帰ることができた。
状況はかなり悪い。ギリギリのところまで追い詰められて一歩間違った判断をすれば人類の救済だなんて出来なくなってしまうーーーだが、
レフの爆発によってカルデアに大きなダメージは受けたもののまだ機能は生きている。人類が滅びてしまったが、こうして生きている者たちがいる。
限りなく悪い状況ではあるが最悪ではない。なら、まだ望みはある。
故に止まらない。希望があるのなら、足を進めることが出来るから。
マリー所長生存+新マスターの追加。ただしレインヴェルの魔術回路の減少というペナルティーあり。それでも絶望しない。きっとこのカルデアにいる人間たちはステータスに不屈とか持っているに違い無い。
現在で発見されている特異点は|ジャンヌゥゥゥゥゥ!!とローマであるっ!!これは作者がFGOを開始した時点で配信されていたというしょうもない理由から。新しい特異点はローマであるっ!!をクリアしたら発見されます。
特異点Fはこれで終了。新戦力の導入などで二、三話使ってからオルレアンに突入します。