「ちくしょう……チクショォ……」
カルデアの食堂で酒瓶に直接口を付けて呑んだくれているレインヴェルが居た。今は召喚されたサーヴァントたちとの交流を深めることと冬木の特異点を解決した慰労という名目で軽いパーティーを開いていた。
パーティーとは言っても参加しているのはマスターの三人とサーヴァントたち、それとオルガマリーとロマンだけ。他のカルデアのスタッフたちはカルデアの復旧作業に勤しんでいて、その作業が終わってから別で慰労会をするという話になっている。
そしてレインヴェルが呑んだくれている理由は一つだけ、サーヴァントを召喚する予定だったのに概念礼装を召喚してしまったことだった。オルガマリーとロマンのサポートでサーヴァントの召喚の確率が極力まで引き上げられていて概念礼装の召喚の確率は数値にすれば5%以下だった。その確率で概念礼装を引いてしまったレインヴェルは運が良いのか悪いのか、レインヴェルは後者だと考えている様だ。
そもそもレインヴェルはすでに礼装を幾つか用意していて、召喚でサーヴァントを喚んで戦力を強化することを目的としていた。なのに来たのは概念礼装。真偽は分からない物の、予想出来るその日本刀の銘は兼定、〝兵闘ニ臨ム者ハ皆陣列前ニ在リ〟という九字が刻まれている五百年クラスの古刀。魔術的な加工こそされていないが古刀とは平安の中期から慶長以前に鍛えられた刀を差す。そして歴史を積み重ねた武器はそれだけで魔術に対抗できる神秘になる。つまりはこの重要文化財クラスの歴史を持つ日本刀は神秘に対抗する手段となり得る。
だが日本刀というのは武器としては優れているとは言い難い。確かにその切れ味に関しては刀剣類の中でも群を抜いている。しかしその分脆くあるのだ。名人が使ったとしても五人も斬れば刃毀れを起こし、毀れなかったとしても血糊で使い物にならなくなる。敵の数が判明しているのなら有用な手段として使えるのだが、不特定多数の敵を相手にするには使い難いとしか言えない。その事からレインヴェルはサーヴァントには通じるが使い物にならないと判断して落ち込んでいるのだ。
レインヴェルは気落ちして暗い雰囲気を出しているが周りを気遣ってか極力まで気配を押し殺して落ち込んでいるのでパーティーの空気を阻害する事は無い。エミヤはいつの間にか厨房に引き篭もり、クー・フーリンは黒野とロマンに愚痴を吐き出し、美冬はキャスターとマシュと会話に花を咲かせている。
そんなレインヴェルの姿に気がついた人物がいたーーーオルガマリーである。
「(うぅ……あいつがあんなに落ち込んでるのって私のせいよね?慰めた方が良いのかしら……)」
オルガマリーはレインヴェルが落ち込んでいるのは自分のせいだと考えていた。だが、彼女に非があるのかと聞かれると素直には頷けない。
理論上ではサーヴァントと概念礼装を召喚出来るカルデアの召喚システムだが確率としては後者の方が高いのだ。それをロマンと共にサポートしたからと言えども5%以下まで概念礼装が召喚される確率を引き下げたのは彼女の功績である。前もって極力まで抑えるが礼装が召喚される可能性はゼロにはならないと通達してあり、レインヴェルもそれを了解して召喚に臨んだのだ。オルガマリーには非はない、だがレインヴェルにも非はない。客観的に見ればどちらも悪くない状況だがら、彼女は自分が悪いのではないかと考えてしまっていた。
答えの出ない自問自答を長々と続け、オルガマリーはレインヴェルを励ます事を決意した。自分の口調がキツイことは分かっているがそれでも愚痴を聞くぐらきなら出来るだろうと考えていた。
意を決して立ち上がり、レインヴェルの所に向かおうとしてーーー
「ーーーおい貴様、ちょっと来い」
「えっ!?ちょ」
ーーー背後からやって来たアルトリアに掴まれて、食堂から連れ出された。
アルトリアに連れられてやって来たのは空き部屋。空き部屋とは言ってもここへマスター候補生に与えられた部屋の一つで、その候補生が現在冷凍保存されているから空いているというだけなのだが。
近くに誰もいない事を確認してからアルトリアはオルガマリーを解放して、部屋の入り口の壁に身体を預ける。
「ーーーもう、いきなりなんなのよ!!」
「すまなかったな、貴様に聞きたい事があったから強引に連れ出させてもらった」
「……聞きたい事?」
アルトリアに掴まれていた手を摩りながらオルガマリーは聞き返す。生憎だがオルガマリーにはアルトリアに何か聞かれるような事がある心当たりは無かった。二人の出会いは冬木の特異点、短い付き合いで人気の無いところに連れ出されてまで聞かれるような事があるとは考えられなかった。
「貴様ーーーいや、オルガマリー・アニムスフィア」
「お前、レインヴェルに惚れているな?」
「ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!?!?」
予想外の言葉にオルガマリーは吹き出す。幾つかの質問を予想していたがこの質問は流石に予想外だったらしい。
「な、なななな何言ってるのよ貴女は!?」
動揺でどもりながら、そして顔をこれまでに無い程に赤面させながらオルガマリーは何とか言葉を出した。
「……その反応、やはりか」
その反応かろオルガマリーがレインヴェルに気がある事が知れた。そもそも何かしらの感情を抱いて居なければ過剰な反応を見せるはずが無い。マシュに聞いたとしても「は?何言ってるんですか?」の冷たい一言で終わるだろう。
えっと、やその、などと取り繕うとオルガマリーは努力する物の、アルトリアの眼光に耐えられなくなったのか溜息を付いて、これから先使われる事は無いであろうベッドに腰を下ろした。
「はぁ……誰にも言わないで貰えるかしら?」
「あぁ、私の闇落ちした聖剣に誓おう」
「それって魔剣じゃないかしら?……その、た、確かに私はレインヴェルの事を異性として見ているわ」
若干薄れたものの、赤い顔のままでオルガマリーはレインヴェルの事を男として見ていると告発した。だがアルトリアの眼光は鋭いまま、どうやら理由を言えと訴えているようだった。
「……知っていると思うけどレインヴェルってキチガイの癖して案外周りの空気を読む奴なのよね」
「それは冬木で理解している」
冬木の特異点でもレインヴェルのキチガイっぷりは変わらなかった。主にキャスターだったクー・フーリンが被害にあっていた。それはランサーとして召喚された今でも変わらなかったりするがここでは放置しておこう。
空気を読まずにキチガイ発言をしているようにしか見えなかったが付き合いの長いオルガマリーと王としてブリテンを治めていたアルトリアはそれが空気を改善するためだと理解していた。
黒野とマシュ、本来なら時間をかけて育成していくはずの二人が緊急事態だとはいえ前線に立たされた事で知らず知らずの内にストレスを溜め込んでいた。レインヴェルはそれを察知して、わざとキチガイ発言をする事でストレスを発散させたのだった。あのまま戦いを続けさせていたらいつか何処かで破裂するだろうと考えての行動だったと二人は考えている。
レインヴェルはキチガイである。それは自他共に認める事だが決して空気の読めない人間では無いのだ。
「私は幼い頃からアニムスフィア家の当主となるべくして育てられたわ。来る日も来る日も魔術に勤しんで……それだけでは足りないと考えて科学にも手を出して……そんな時にレインヴェルと出会ったわ。私が行き詰まった時にあいつったら馬鹿して私の事を怒らせて……でもそのお陰で分からなかったはずの事が簡単に理解出来たり、新しい考えを思い付いたりして……そんな事を続けられている内にやっと彼が気分転換の為に私の事を怒らせているってわかったの」
オルガマリーは存外に行き詰まってしまうと混乱して、足を止めてしまうタイプの人間だ。レインヴェルはその事を理解していたからわざと彼女を怒らせるような発言や行動を行なうことでオルガマリーの注意を自分に向けさせて、彼女の目を一旦その問題から目を逸らさせていた。その結果、オルガマリーは行き詰まってしまった問題を解決する事ができた。簡単に言ってしまえば袋小路だと混乱していたオルガマリーの注意を引くことで落ち着かせて、袋小路では無いと気が付かせていたのだ。
レインヴェルがそうしたのは一度や二度では無い。オルガマリーが行き詰まり、混乱しているとどこからともなく現れて、その場をかき乱して去っていった。そんなことが何度もあれば、どんな人間だって気がつく。
再びレインヴェルがやって来た時にオルガマリーはその事について追求したーーーどうして自分を助けてくれるのかと。始めはのらりくらりとはぐらかそうとしていたレインヴェルだったがオルガマリーの追求のしつこさに諦めたようで、照れ臭そうに頬を掻きながら、
『そりゃああれだよ……好きな奴が困ってたら助けたいと思うだろうが』
と、告げた。レインヴェルの言う好きというのは友人としてという意味で、そのことをオルガマリーも理解していたつもりだった。だが、歳の近い上に色眼鏡無しで自分を見てくれる人間ということもあってこの日からオルガマリーはレインヴェルの事を友人としてでは無く異性として意識するようになった。
その後、オルガマリーは時計塔へと進学し、レインヴェルは見聞を広める為に旅行に出た事もあって互いに疎遠になった。再会したのはカルデアで、 周りからの目を気にして自分のことを所長と地位で呼ばせるようになったがオルガマリーのレインヴェルに対する気持ちは薄れてはいなかった。冬木の特異点でカルデアスに吸い込まれそうになって助けてもらった時には昔のようにマリーと呼んでもらえて密かに嬉しかったりする。
「ーーーとまぁ、こんなところよ。今日では珍しくも無い話だわ」
羞恥心で熱くなった顔を冷ますために手で扇ぐ。オルガマリーの言葉を聞き、そしてよく吟味して、アルトリアは口を開いた。
「ーーー私は、召喚されてすぐにレインヴェルからプロポーズされた」
オルガマリーの動きが止まる。片思いしている相手が別の相手にプロポーズしたと聞かされればそうなるのは仕方ないだろう。
「その時は互いのことをよく知らないからという理由で断ったが……短かい付き合いでも分かる、あれは良い男だ。強く、優しく、そして曲げない信念を持っている。言動こそあれだが円卓連中に比べればまだ許容出来る」
「ちょっと待って、円卓連中って円卓の騎士達のこと?」
「大半が戦闘狂、ロリコンが一人、NTRが一人、常識人二人、あと
「まともな奴が居ないじゃない……!!」
アーサー王の円卓が混沌としていた事に頭を抱える。戦闘狂は時代背景からすれば仕方がないかもしれないがそのあとの二つがアウトだ。現代でも許されない。
「もう一度プロポーズされれば私は受け入れるだろうな」
「ーーーそ、う……」
「あぁ……だからお前は第二婦人で我慢しろ」
「ーーーは?」
レインヴェルがアルトリアと結ばれている姿を思い描いて心を痛めていたオルガマリーだったが、アルトリアの第二婦人という言葉に現実に戻される。
「む?おかしなことを言ったか?」
「言ったわよ!!何第二婦人って!?え、二人?二人なの?」
「おかしくは無いだろう。世継ぎの残すためには何人か側室を迎えるものでは無いのか?」
「現代じゃ一夫一妻制が普通だから!!」
アルトリアの言いたいことは分かる。ブリテンに限らず戦乱の世では血筋を絶やさぬように複数の妻を持っているのが普通だったりする。だが現代ではそれは適応されていない。現代知識が与えられているはずなのにそれをまったく無視した発言だった。
「まぁ、知りたかったのはお前がレインヴェルに惚れているかで、言いたかったのは私は別に気にしないということだ。私は愛してくれるなら順番など気にしないがな。お前はどうだ?」
「ムグゥ……何人も相手がいるってのはあれだけど……私も愛し、愛されたい。レインヴェルに、友人としてでは無く一人の異性としてみてもらいたい」
それはレインヴェルという男性を想っている二人の嘘偽りの無い本音だった。共通点はレインヴェルのことを想っている事、相違点は複数を許すかどうかという事だ。
「ーーー第一婦人は私がもらう」
「ーーーそうはさせないわ。私がレインヴェルとくっ付けばそんな制度は破棄してやるわ」
ーーーここに、正妻戦争の幕が上がる。
あっちでもこっちでも正妻戦争。ただし、男は蚊帳の外の模様。
次からオルレアン突入予定。