森の中にへと逃げ込み、日も暮れてきたのでそこで一夜を明かす事にした。森の中には特異点となった影響なのか魔獣が存在していたが問題にはならない。魔獣とは神秘を宿した獣でしか無い。なら極限に飢えた状態にならなければ強者であるサーヴァントを連れているカルデアのマスターたちを襲わないから。
そんな中、レインヴェルは一人キャンプ地から離れた場所にいた。日中は人を馬鹿にしたような笑みを浮かべてへらへらとしていたレインヴェルだが今の彼の顔色は青を超えて真っ白、息も絶え絶えで滝の様な汗をかいている。
「うぐっ……オェェェ……」
込み上げてきた猛烈な吐き気を抑えようと口を手で塞ぐが間に合わずにレインヴェルは嘔吐した。夕食として口にしたスープと胃液、それに血液がビチャビチャと吐き出される。一度吐き出し、少しは楽になったと油断すればまた吐き出す。それを何度も繰り返していた。
「オェェェ……」
「ーーーっ!?だ、大丈夫ですか!?」
そんなレインヴェルを心配してやって来たのはジャンヌダルクだった。夕食後、寝るまでの間に話していた時にレインヴェルの姿が見えなくなった事に気付いた。カルデアのマスターはレインヴェルなら心配無いと、サーヴァントたちからは行く必要が無いと言われていたが何も言わずに姿を消したレインヴェルを心配して探しに来たのだ。その結果、この光景を目撃する事になる。
止まらない嘔吐に戸惑いながらも背中を摩る事で落ち着かせようとする。そんな時間が数分続き、胃の中身が空っぽになってようやくレインヴェルの容体は落ち着いた。息絶え絶えで汗を滝の様にかいているが顔色は白から青に変わっている。
「水を飲んで下さい」
「あぁ……どうも」
震える手でジャンヌから水筒を受け取り、口を濯いでから水を飲む。その時に水筒の縁に口を付けないようにする事を忘れない。水を飲んで落ち着いたのか、レインヴェルの呼吸は少しずつ安定していった。
「あぁ〜落ち着いてきた〜」
「病気ですか?それとも毒が……」
レインヴェルの状態は普通ではなかった。なら疑うのはその二つだ。フランスで病に罹ったか、それとも敵の武器に毒があってそれに犯されているのかと尋ねたジャンヌだが、レインヴェルは首を横に振ってそれを否定した。
「これはツケだよ、頑張り過ぎたツケが回ってきたんだ」
阿片擬きを取り出して吸おうとしたが考え直し、ジャンヌに原因を告げる事にした。
特異点Fでエミヤ相手に限界を超える力を行使した、それが治りきらぬままにオルレアンにやって来て阿片擬きで誤魔化しながら何とかここまで来た。その代償として身体が衰弱した。それだけならレインヴェルはどうってことは無いがその上に魔術刻印が暴走し始めているのだ。レインヴェルが引き継いだ魔術刻印の能力は【学習】、それは人の技術だけでなく人の感情や考えまで学習する。
人の技術や感情、考えまでも学習し続けた結果……この魔術刻印は
それはごく単純、魔術刻印の人格に身体を乗っ取られぬように、
魔術刻印を保持しているレインヴェルも、例外では無い。常時は人並み外れた精神力で魔術刻印の人格を抑えていたが、身体が弱っている隙を突かれて不安定になっていたのだ。
身体と精神力の衰弱が先ほどの嘔吐と吐血の原因だとレインヴェルはまるで世間話でもするかの様に気軽に語った。それを聞いてジャンヌは唖然とするしか無い。乗っ取られぬ様に心を強く持ちながら、人間の身でサーヴァントに立ち向かい死にかけながら、人理の制定を行おうとしているレインヴェルの姿は……控え目に言って狂っている様にしか見えないのだから。
「……他の皆さんは知っているのですか?」
「所長には教えてある、ロマは教えてないけど察している、サーヴァントたちは気が付いてるだろうな……知らないのはマスターの二人だけだよ」
「……っ!!何故!?」
「教えられて、察して、気がついているのに何も言わないのか?簡単だよ……
「なら……!!」
ジャンヌはキャンプ地に戻ろうとする。例えカルデアの二人が、サーヴァントたちが何も言わないとしてもマスターの二人が真実を知ればきっとレインヴェルを止めてくれるだろうと信じて。
「ーーーそれはさせんよ」
だがそれは他ならぬレインヴェルの手によって防がれる。景色が回り、気がつけばレインヴェルにうつ伏せの体勢で組み敷かれた状態になっていた。抜け出そうとするが首にナイフが突きつけられていて動くことが出来ない。
「確かにあの二人に報告すれば止めようとするだろうな……だけど、それは駄目だ。あの二人はまだ幼い。魔術師としても、人としても。そんな二人だけに任せればいつか折れてしまう。だからバラしてくれるな。衰弱して魔術刻印に飲み込まれそうになっていたレインヴェルでなく、いつもヘラヘラとしてキチガイのレインヴェルでいさせてくれ」
「でも、それでは貴方が……!!」
「あぁ、ジャンヌダルクならきっとそう言うと思ったよ……だから、告げ口出来ない様に犯してしまおう」
そう言ってレインヴェルの空いている手がジャンヌの身体を弄った。太腿を、尻を、胸をジャンヌが嫌悪感を抱く様に撫でまわす。
「俺の一族は戦闘や魔術方面だけじゃなくて房中の方も取り入れていてな、まぁ女一人を色に狂わせる程度なら簡単だ。サーヴァント相手ってのは初めてだが……どうにかなるだろう」
レインヴェルの声色から感情が抜け落ちていく。レインヴェルがどういう一族の出身なのかを知らされているジャンヌはレインヴェルの言葉が嘘では無いと判断してしまう。男性経験の無いジャンヌなどレインヴェルは簡単に狂わせてしまうだろう。そうなればレインヴェルの思惑通りにマスター二人に告げ口する事は叶わなくなる。
そんな貞操の危機にある中でジャンヌはーーー
「嘘、ですね」
ーーー迷う事なくレインヴェルの言葉を嘘だと断じた。一切の迷いを感じられないジャンヌの啖呵にレインヴェルの手が止まる。
「何故、そう言う?」
「ーーー勘です」
証拠を一切告げずに、ジャンヌは自らの勘を信じていると口にした。確かにレインヴェルは簡単に自分を色に狂わせる事が出来るだろう……だが、その大前提である自分を犯す事をレインヴェルはしないのだと直感で理解したのだ。【啓示】でも無く、スキルにすらなっていない自分の直感で。
「……ハハッ、なんだそりゃ」
ジャンヌの啖呵に毒気が抜かれたのかレインヴェルは呆れた様に笑い、ジャンヌの上から退いた。すでに体調は回復したのだろう、顔色は元通りになって汗は引いている。
「はぁ……なんか馬鹿馬鹿しくなってくるなぁおい。これが聖女様の力か?」
「……私は、聖女などではありません」
「ジャンヌがそう思うんだったらそうなんだろうよ、お前の中ではな。俺の中ではジャンヌダルクは聖女なんだ。例え自分の行いが聖女と呼べるものではないと思っていたとしても、俺の中では
そう言いながらレインヴェルはジャンヌを立ち上がらせる。投げた時に手加減をしたのかジャンヌの身体には傷一つ無く、汚れを払う程度ですぐに綺麗になった。
「それにお前は俺が死に急いでいる様に思ってるかもしれないが違うからな?俺は死ぬつもりは無い」
「なら、何故」
「さっきも言った通りにマスター二人の為だ。黒野んと美冬ちゃんはまだまだ未熟だ、誰かが支えてやらないと簡単に折れてしまう。だから俺が支えてやるんだよ。それにまだまだやりたい事は沢山あるしな」
そう言いながらヘラヘラと笑うレインヴェルにはさっきまで弱っていた面影は全く無かった。そしてジャンヌはふと思った……マスター二人をレインヴェルが支えるというのなら、レインヴェルは誰に支えられているのだろうかと。短い付き合いとはいえレインヴェルの事はなんと無く理解出来てしまった。きっと彼はそんなものは必要無いと煽りながら追い払ってしまうだろう。その光景を想像して、違和感の無さに思わず噴き出してしまう。
なら、自分が彼を支えよう。なんでも出来る不器用な彼を私が支えよう。
「そうですか……分かりました。私からは彼らには言いません」
「分かってくれたならそれで良いよ」
「それでは戻りましょう。あまり時間をかけ過ぎると心配はされなくても怪しまれますよ」
「分かってるよ……って、なんで俺の手握ってるの?なんで引っ張ってるの?」
「暗いですからね、サーヴァントである私なら暗がりでも視界が利きますから」
「夜目が利くから問題無いけどな……」
そう文句を言いながらもレインヴェルは抵抗する事無くジャンヌに引かれていく。表面上では元に戻っている様に見えるが中はまだ本調子では無いらしい。
この特異点だけの時間とはいえ、不器用で意地っ張りで優しい彼の支えになろうとジャンヌは固く誓った。
経験を積む魔術刻印にデメリットが無いと思ったか!!
精神力が低過ぎると魔術刻印に乗っ取られるというデメリット。なお初めて乗っ取られた当主の次からは乗っ取られた当主はいない。完成人間を目指すのなら精神も強靭でなくてはならない。
そしてひっそりとコミュニケーションを重ねるジャンヌ。これはあざとい(確信)