大空洞の中で響き渡るのは硬いものがぶつかり合う甲高い音。両の手に両刃の長剣を振るうのは黒に染まりながらも自我を残したアーチャーーーーかつて正義の味方を志し、その理想を叶えようとした成れの果て、英霊エミヤ。サーヴァントとして呼ばれたエミヤと対峙するのは黄土色のコートを身に纏い、マグナムとナイフを持った青年レインヴェル。
互いの距離はほとんど無く、一歩踏み出せばナイフを持つレインヴェルの、一歩離れれば長剣を持つエミヤの距離になるのだが二人ともそれを理解しているからか互いに牽制し合い、付かず離れずの膠着状態になっている。
その時、エミヤの持つ長剣がナイフに切り裂かれた。一合ぶつかり合うだけで剣身が欠けるあのナイフを相手によく持ってくれたと感謝をしながらエミヤは二本の長剣をレインヴェルに向かって投げ捨てる。そしてその剣はレインヴェルの目の前で爆発した。火薬などによる科学的な爆発では無く長剣に込められていた魔力を暴走させての魔術的な爆発。だがそれをレインヴェルは読んでいたのか爆発する直前で後方に向けて跳躍、結果爆風と同速度でエミヤから距離を取ることとなる。
現段階では互いに無傷、レインヴェルは撃ち尽くしたマグナムのマガジンを捨てて新たな弾丸を装填し、エミヤは最初に切り裂かれた夫婦剣を手に握っていた。
無から剣を作っているのでは無い。これこそがエミヤが生前から使っていた魔術。その魔術は投影、本来なら儀礼用に使用されて戦闘用になど使えないはずのそれはエミヤのとある特性により本物と変わらぬ姿で編み出される。
それをレインヴェルは知っていたので特に驚きもせす、嬉しそうに笑いながらエミヤに問うた。
「良い顔してるじゃないかエミヤ、前にやった時には苦悩に満ち溢れて親とはぐれた子供みたいな顔してたのによぉ」
「完全な人間を目指している一族の出身なだけはある、人間観察は得意の様だな」
レインヴェルの笑いに応える様に、エミヤも頬を緩めた。
以前レインヴェルがエミヤと戦った時、エミヤの顔は苦悩に満ち溢れていたものだった。これで良いのか?本当に良かったのか?間違っていなかったか?……そんな答えの無い自問自答を繰り返していた。
レインヴェルと出逢った頃、エミヤは自分の生き方が正しいのか疑問に思っていたのだ。幼い頃に養父に聞かされた彼の夢、その時の姿があまりに綺麗だったから、彼に救われた自分は誰かを助けなければならないという脅迫概念に襲われていたから、他の選択肢があったかもしれないのに養父と同じ手段で“正義の味方”になることを選んでしまった。
“正義の味方”は全てを救えるなどというのはただの妄想に過ぎない。誰かを救うという行為は、誰かを切り捨てるという行為に他ならないから。救う為には、犠牲という名の対価を支払わなければならないのだ。
それに気がついたエミヤは、養父と同じ“正義の味方”となった。それは多数を生かす為に少数を殺し尽くすという行為。故に、エミヤは誰かを救えば救うほどに人を殺す術に長けていった。
十を救う為に一を切り捨てる。
百を救う為に十を切り捨てる。
千を救う為に百を切り捨てる。
万を救う為に千を切り捨てる。
紛争地帯に赴き、敵の指揮官を狙撃した。都市に被害を出さない為にハイジャックされた飛行機を撃墜した。たった一人の危険人物を殺す為に一般市民を巻き添いにして殺した。ただ多くの人を救いたいが為に少数を犠牲にし続けた。
手段を問わず、目的の是非を問わず、ただ無謬の天秤であれとーーーエミヤは分け隔てなく人々を救い、分け隔てなく殺していった。
そんな中、どうしようも無い事態に見舞われて、エミヤは阿頼耶と契約を結ぶ。己の死後を預ける代わりに、この場を貰い受けたいと。それこそがエミヤが霊長類の守護者となる切っ掛け、己を犠牲にして千に満たない人の命を救った。これでより多くの人間を救えるのならと願って、これで犠牲無く人々を救えると信じて。
そしてエミヤは死後、守護者として使われる。その手段はーーー生前と同じ、少数を切り捨てることだった。
「確かに、私は後悔していた。本当にこれで良かったのかと、守護者と成り果ててもこんな手段しか取れないのかと、私は正義の味方などならなければ良かったと後悔していたんだ」
エミヤが感情を持たない機械の様な人間だったのなら良かったのだろう。若い心を凍らせて壊死させ、血も涙も無い救済装置として自身を完成させていたのならそんな苦悩も無かっただろう。だが、エミヤは感情を持っていた。誰かが救われて歓喜する笑顔は彼の心を満たし、誰かが切り捨てられて慟哭する声は彼の心を震わせた。“正義の味方”という名の救済装置となるには、エミヤはあまりにも人間らし過ぎたのだ。
こんなことならば正義の味方になんてならなければ良かったという後悔と自責の念。そんな中、エミヤはサーヴァントとして現在から見て過去の聖杯戦争に召喚される事になった。
その聖杯戦争では、エミヤはまだ正義の味方を志しているだけの少年でしか無かった。その自分の姿を見た時にエミヤはとある手段を思いつく。
それは過去の自分の殺害。自分の手で自分を殺すというパラドックスを起こす事で英霊エミヤの存在を無くそうとしていた。
「ーーー無理だな」
エミヤの計画をレインヴェルは無理だと断じた。例えその時点のエミヤを殺したとしてもすでに英霊エミヤは存在し、世界からは別人だと認識されている。故に、エミヤを殺したとしても英霊エミヤの存在は無かった事にはならない。
「あぁ、今考えればそうなんだがな。それだけ私が追い詰められていたと思ってくれ」
過去にその聖杯戦争を経験していたというアドバンテージを生かし、英霊エミヤは自分を殺すための計画を進めた。そして、過去の自分と戦いーーー敗れた。
「その中で、私は教えられたんだ」
私は、間違っていなかったと。柔らかな顔でエミヤは言った。その聖杯戦争で何があったのかを知ることはレインヴェルには出来ない。だがエミヤのその顔で、彼が後悔を無くし、答えを得たことを知って彼も柔らかな笑みを浮かべた。
「そっか……それは良かったな」
「あぁ……そして私からお前に聞きたい事がある」
「なんだい?」
「レインヴェル・イザヨイ……お前は、後悔していないか?完成な人間になろうというのはお前では無く魔術師としての悲願だ。お前が求めた願いでも無いそれを追いかけ続けて、お前は後悔をしていないか?」
きっと他の誰かがそう言ったとしてもレインヴェルは生返事をするだけで終わらせてしまうだろうがエミヤの心は不思議と心に響いた。それは“正義の味方”を目指して磨耗したエミヤだから重みのある言葉だった。
エミヤは養父の夢を、レインヴェルは魔術師の悲願をという相違点はあるものの、似通っていたからエミヤは問うたのだろう。
ーーーお前は、私の様に後悔していないのかと。
「後悔はしていないさ、この生き方を俺は楽しんでる。例えしたとしても、後悔を抱いて前に進む。何故かって?それが俺の目指している人間だからさ」
エミヤの問いにレインヴェルは不敵に笑いながら答えた。強がりや固められた固定概念などでは無く、レインヴェルとしての言葉で。
「人間ってのは生きているとどうしても儘ならない現実って奴に見舞われちまう。だけどよ、それでも胸張って歩いていけるのが人間ってやつだろうが。不幸に見舞われて、やって来たことに後悔して……それでも前向いて歩いていく。それが人間だと思ってるし、そんな生き様を心掛けているつもりさ。だからエミヤ、俺からも言わせてくれ」
「お前は正しいよ。その生き方も、その後悔も、全部纏めて間違っちゃいないさ」
「ーーー」
その言葉にエミヤは胸を打たれた。レインヴェルの持論は正直言って矛盾している。マトモな感性の持ち主ならおかしいと彼のことを糾弾するだろう。それでもーーー真っ直ぐに自分のことを見つめているレインヴェルの姿にーーーエミヤはーーーあの日の■■■■の姿を幻視してーーー
「そう、か……」
目頭に集まってくる熱を夫婦剣を握る力を強めることで誤魔化す。そうしなければ彼に情けない姿を見せてしまいそうになったから。
「ーーーI am the bone of my sword.」
エミヤは静かに、それでいてはっきりと己の心象を詠唱として謳った。エミヤを中心として炎が走る。それは瞬く間に広がり、世界を侵食して書き換える。
そしてーーー数秒後には、そこは剣の丘となっていた。空は黄昏時、錆び付いた歯車が軋みを上げながら回転し、大地にはまるで墓標の様に古今東西の様々な剣が乱立している。
これこそがエミヤの特徴、魔術師にとって大禁呪とされている固有結界。そしてーーー彼が“正義の味方”として生きて来たその果てに得た世界。
「ならば加減はせん。レインヴェル・イザヨイ、貴様が真に完成された人間を目指すというのならばーーー俺の剣戟を超えて行けぇ!!!!」
「ーーー上等だ、一本残らず叩き斬ってやるよぉ!!!!」
そして答えを得た守護者と完成された人間を目指す魔術師は剣の丘でぶつかり合った。