断頭颶風の神殺し   作:春秋

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古来の日本において、狼とは即ち大神。

害獣を駆逐する山犬たちは、山の神の使いとして考えられていた。

 

そして狼その物が信仰を受ける場合がある。

害獣を退け悪しき者を噛み砕く魔伏せの神、真神(まかみ)――大口(おおぐち)真神として神格化されているのだ。

 

三峯(みつみね)神社ではその大口真神を祀っており、この神獣もまたその系譜なのだろう。

 

故にこの大狼は放っておけばまつろわぬ神になるかもしれず、そうなれば後世の「人と家畜を襲う獰猛な獣」というイメージにより性質が歪み、海外の血脈や文明が入り混じった現代の人間社会を外敵と見做し、暴虐の限りを尽くすはず。

 

まつろわぬ神とは、そうせずにはいられない(・・・・・・・・・・・)のだ。

その事は痛いほどよく知っている。

 

「……だから、俺のやることは変わらない」

 

斬る。ただ斬る。ただ斬るのだ。

神を殺す羅刹の化身、戦いに生きる天性の戦士。

 

それこそが石上鉄也(カンピオーネ)という生き物だろう。

 

「石上神道流・甲の第二、蝿声」

 

もはや自身の代名詞とすら言える剣閃を再度放つ。

一条、二条、三四五六――その場に留まったまま剣気を飛ばす。

 

『グォオオオオオオオオオオオオオオオン――ッ!』

 

一度見た技だと嘲るように、大狼は瞬足で回避する。

どのような術理が働いているのか、巨体を捻って斬滅の檻をくぐり抜けている。

 

「お前は本当にシュライバーかよ……」

 

狂乱の檻に囚われた暴狼、と言えば間違ってはいない。

接触忌避による絶対回避とまではいかないらしいが、それでも驚異の速度と回避率だ。

 

決して広くない境内を縦横無尽に駆け巡り、右側面から襲いかかってくる。

 

『ガァアアアアアアアアア!!』

 

そのまま右前足を大きく振り上げ、上から押し潰す勢いで叩き付けた。

 

『跳躍』の術で危なげなく回避したが、タイミングがずれていたら危なかっただろう。

先程まで鉄也が立っていた場所は、その巨体に見合った大きな爪で抉り取られていた。

 

流石に洒落にならない威力だと感じたのか、彼も自分から前に出る。

 

地を蹴って一息で迫り、布都御魂を右に薙ぐ。

人間の首程度なら二つ三つどころか十か二十は軽く飛ばせる斬の強撃。

 

霊刀の加護もあって疾風の速度で成した高速斬術。

 

しかし巨狼はまたしても、紙一重ながら避け切った。

それで終わらず、鉄也の周囲を円を描くようにして旋回を始める。

 

どこかで見たような構図だ。

具体的には淡海の辺りで爾子と丁禮がやったアレを思わせる。

 

「でもまぁ、白騎士(あそこまで)じゃないなら――って、え?」

 

斬滅の意をもって呪力を高めると、急激に敵の動作が鈍くなる。

果ては踏み込みの振動や風を切る音と共に静止してしまった。

 

大口真神の化身は名前の通りに大口を開けて、真正面から迫って来ていたようだ。

 

急な出来事に鉄也も混乱を露にする。

何が起こったかは分かるが、なぜ起こったのかが分からない。

 

(……いや、そうか。なるほどこれなら)

 

鉄也は散歩でもするように近付くと――まるで事のついでのような気軽さで首を撥ねた。

 

「この程度で片付くよな」

 

そこで、時間の流れが元に戻った(・・・・・・・・・・・)

後に残ったのは石畳の破壊痕と……

 

「なして?」

 

鉄也が首を傾げた先にあるのは、両手で抱えられそうな灰色の毛玉。

 

「クゥ~ン」

 

仔犬の大きさとなった神獣の成れの果てであった。

 

 

 

 

調べてみれば、仔犬は神獣の核として機能していた寄り代だったらしい。

どこからか迷い込んだ山犬の子供が、神社の内部にあった大口真神を象った器物に接触し、その結果として凶獣変生(ああなった)と。

 

神獣相手だからと死の権能を使わなかった判断を褒めてやりたい。

もし処刑刀で斬首していれば、死の呪いで仔犬まで死んでいただろう。

 

納刀と共に安堵のため息を吐く。

 

そして同時に、これからの処遇に思いを馳せる。

仮にも神獣の寄り代、神狼の化身として変生した存在だ。

軽率には扱えないし扱うべきでもなく、過激な思考の者(リアリスト)なら処分してしまうのが当然の対応だとする者もいるはずだ。

 

しかし、石上鉄也はそこに物申す。

鉄也が実は犬好きだったとか可愛いは正義とか理由は色々とあるが、彼が言いたい事はただ一つ。

 

――そんな後味の悪い結末を認めてたまるか。

 

ただこれに尽きる。

 

だから子犬の助命は決定事項として、できるだけ軋轢(あつれき)を生まない解決方法を模索した結果が、最初の一言に行き着いたのだ。

即ち、使い魔(しきがみ)という名目で羅刹王(じぶん)が保護してしまえば済む話ではないかと。

 

事実として、誰もその意向に反して手を出すような輩はいない。

黄昏の抱擁がウザいからと覇道神三柱の連合に殴りこめるような怪物も命知らずも、日本呪術界には存在しないのだから。

 

「という事でTake2……この仔を式神にしてやりたいんですが、かまいませんねっ!」

「まぁ、その理由を聞いて断固拒否とはなりませんよ。それに結局のところ、あなたの意思に背く勇気は僕にない」

 

苦笑ともに両手を上げて賛同してくれた馨。

とか何とか言いつつ、本当に譲らない一線に踏み込めば面従腹背で裏から手を回すくらいは普通にやってのけそうな彼女だが、今回の事情からしてそういう行動に出る事はないだろう。

 

方々にもそのように伝えると言ってくれた彼女、鉄也は眉目秀麗な麗人に感謝した。

 

「良かったなぁチビ助」

「キャンッ!」

「ってぇ!」

 

抱えていた件の子犬に話し掛けると、ガリッと腕を噛まれてしまう。

思わず振り落としてしまった鉄也だが、本(にん)はすまし顔で着地した。

 

「いきなりどうしたんだよチビ助ぇ」

「ガウッ!」

「っとぉ!」

 

再び話し掛けると、次は足首の周辺を引っ掻きに来た。

流石に今度は回避するが、ここに来て鉄也も感付き始める。

 

「なにお前、もしかしてチビって呼んだの怒ってる?」

「ワンッ」

「え、なに、どういうこと?」

 

状況の変遷に興味を抱いたのか、馨も交えていくらかの検証を行った。

 

その結果として分かったことは、一時的に神獣として上位の存在に上がっていた影響か、子犬に何やら知性が垣間見えるのだ。

 

チビという言葉に反応して怒り、ちんちくりんと呼べば噛み付く。

あまりに人間的な態度を見て鉄也が思ったのはただ一つ。

 

「……お前は龍水か」

「クゥ?」

 

流石にゲームキャラまでは知らなかったらしい。

シュライバーかと思えば中身は龍水だったとか、確かに夜行繋がりで関係がないでもないが。

 

ここまでのやり取りを見て馨の決意も固くなったようだ。

 

「これは非常に興味深い、石上さんが引き取る方向で間違っていなかったようですね」

「……まぁ、流石にこういうのは予想してませんでしたけど」

「フフッ……これも魔王閣下のお導き、この子の行く先が楽しみだ」

 

苦笑する神殺しを尻目に、その右腕は訪れる未来図を模索し始める。

 

何とも愉快な立場と現状で飽きが来ないとご満悦な彼女。

主たる鉄也も似たような考えを持っていたが、これは似たもの同士の一種なのだろうか。

 

話のタネは、不思議そうな表情で両者を見上げていた。

 

 

 

 





さて、この子の名前はどうしようかしら。
あえてシュライバーではなく龍水繋がりで八意(やごころ)とか考えたりしてますが……

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