断頭颶風の神殺し   作:春秋

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それから半時間弱、鉄也はブツブツと呟いては唸っていた。

 

「素直に爾子(にこ)と名付けるべきか……いやコイツは雄だしな、だからって丁禮(ていれい)も違うし。そもそも神獣状態ならともかく、このちっこいのにシュライバーは合わないか」

「ガウッ!」

「おっと喰らうかぁ!」

 

ちっこいに反応しやがった。

ホントに初期の龍水かよこのちんちくりん。

 

「よしよし分かった、チビ呼ばわりしなくていいように名前を考えてるんだからな」

「グゥ~……キュゥ~ン」

 

うーん、ならば良し。

とでも言うような返答に苦笑いしか浮かばない。

 

こういった感じで主従仲のいい両者だが、主の方は必死に頭を捻っている最中だ。

 

内容はやり取りからわかるように、彼の式神(ペット)となった子犬の名前。

日本の魔王が連れる日本の子犬に横文字の名を与えるのは体裁が悪く、だからといって日本的な名前となれば中々の難題である。

 

こうして名付ける立場になってみると、世のお父さんお母さんの苦労も忍ばれるというものだ。

よく有りそうな名前とか思っててごめんなさいと、鉄也は胸中で両親に向けて謝罪した。

 

「にしても、本当にどうするかなぁ。中身的に龍水関係を見繕うにしても、それっぽいのは見当たらないし」

 

夜行は摩多羅神として童子の丁禮多(ていれいた)爾子多(にした)を従えた三尊であり、それぞれが仏教の三毒たる(とん)(じん)()を象徴するという題材が存在している。

 

しかし龍水のモチーフと目される思兼神(おもいかねのかみ)には、丁度いい名前の象徴がない。

 

「だからって普通に犬として名付けるのも、なんか違う気がするんだよなぁ……」

 

それは将来的に開花するかもしれない才覚を、無意識にでも見透かしているからか。

なおも唸る鉄也に助け舟を出したのは、様子を見守っていた馨だった。

 

「石上さん、何も無理に探す事もないのでは? 聞いている限り主軸としている物があるようですし、関係するものではなくそのものから名前を取ってみては?」

「なるほど……ふむ、まあそれが妥当なのか?」

 

言われてみれば確かに、名前なのだから呼びやすい事が第一。

変に凝った物を持ってくるより、一部拝借という方が適しているだろう。

 

そうなるとどう持ってくるか、鉄也は思案の末に一つの名を決めた。

 

「よし、お前はコロだ。八意(やごころ)思兼神(おもいかねのかみ)だから、それから取ってコロ」

 

あくまで本当の意味は八意であり、愛称がコロ。

コロコロしていて犬っぽい名前だし、我ながら悪くないんじゃないかと思う。

 

あと恋姫で言う真名(まな)とか英霊の真名(しんめい)とかみたく、そういう伏せ名みたいで格好良いし!

 

「って事で名前はコロ……じゃ、ダメか?」

「フゥ~」

「うわコイツため息吐きやがった!」

「ワンワン」

「はいはいそれでいいよ、って感じで鳴かれた……」

 

あまりに人間臭く、そして心を抉る反応に泣きそうになる。

しかし名前の件そのものは認めてくれたらしい。

 

「それじゃ、よろしくなコロ」

「ワンッ!」

 

最後は仲良く元気よく、一人と一匹は主従(かぞく)になった。

 

「明日までには事務所の方もペット可にしておきますから、安心しておいて下さいね」

「ホンっっっトに何から何まですみません沙耶宮室長、どうぞよろしくお願いします」

「はい、お任せ下さい」

「……フゥ」

 

最後のコロのため息には、締まらねーなコイツという意思が感じられたらしい。

 

 

 

 

 

コロを引き連れて帰宅した鉄也の姿に、両親は特に驚く様子もなく対応したのだった。

 

まず鉄也が風呂場で体を洗っている内に、母は最低限のペット用品を買い揃えて来た。

対する父はと言えば、ちょっとした日曜大工で専用の木製トイレを作ったかと思えば、凶事避けの呪符を家の各所に貼って回ったりと、色々気を利かせてくれたようだ。

 

流石は両者ともに術者だけあって、ひと目でコロの特異性を見抜いていたらしい。

そのきっかけとして、神殺し(むすこ)が連れて来たのだからただの動物な訳が無い、という確信的な先入観があったことは否めない。

 

結果として何も間違っていないので、その非常識な息子も反論のしようがなかった。

 

「唐突だったけど、ありがとう二人共」

「何言ってんの、アンタが唐突で無茶苦茶なのは今に始まったことじゃないでしょ?」

「はい、返す言葉もありません」

 

ヨーロッパ留学から途中帰国し、言い放ったのが「なんか神殺しやっちゃった」である。

いくら言葉に窮していたから茶目っ気を出してみたといっても、思い返せばアレはなかったと後悔している。

 

「それにね、コロちゃんの事情を聞いて、少しホッとしてるのよ」

「って言うと?」

 

首を傾げる息子に、母は普段通りの声音で語りかける。

これは語っておかなければならない事だと、己自身をも(さと)すように。

 

「まあ十年、二十年くらいは先の話になるだろうけど、人間どうしたって寿命って物があるじゃない。順当に考えれば、私やお父さんはアンタより先に人生を終える」

「……まぁ、だよな」

 

まだ遠い先の話だと考えたくもない事だが、それは否定の出来ない事実だろう。

 

「それにアンタの場合、侯爵や教主の例を見るにいつまで生きるか分かったもんじゃないでしょ? 母親としては息子の長生きは嬉しいけど、これでもそこそこ人生経験積んできた方だと思うから、先に逝かれて残される辛さも知ってる」

 

巫女の系譜としてかつて幾度となく戦場に出ていた彼女は、その過程で幾人もの知人友人を無くしているのだろう。

鉄也もまた呪術者、人死にを見た事がないでもないし――余人ではそうそうない経験もしてしまっている。

 

「だからね、コロちゃんがアンタの式としてそばにいるなら、少しくらいは寂しさも紛れるかなって安心したの」

 

無論、彼女とて理解している。

神獣の成れの果て、神狼の雛形でもある八意(コロ)は、いずれ戦場に立つだろう。

そしてその時の相手は、まず間違いなくまつろわぬ神々か神殺しの魔王になるということも。

 

そうなれば果てる可能性も爆発的に跳ね上がるということも、もちろん理解しているとも。

 

だが、そこは人間(じぶん)には関与出来ない領域だ。

故に息子を信じるしかない、信じていると言わせてほしい。

 

既に大空へ羽ばたいてしまった若き息子へ、それしか出来ない母親の(意地)だ。

 

「このバカ息子をよろしくね、コロちゃん」

「クゥ~ンク~ン」

 

分かったから安心してね。

しみじみと母の足に擦り寄る姿からは、そんな心境が伝わって来そうだった。

 

 

 

 

「ところで鉄也、コロが神獣化していた時の事なんだが……どうだった?」

「すごく、シュライバーでした」

 

斬撃の檻を回避した一幕などを身振り手振りに伝えると、父は感動と興奮を覚えたらしい。

 

「そうかそうか、俺も見たかった物だなぁ」

「ま、コロが育ったらいつかは見れるんじゃないの?」

「そうだよな。よしコロ、よく食べてよく育って俺にも見せてくれよぉ」

「クゥー」

 

件のコロからは、コイツらはまったく……とでも言いたげな視線を向けられた気がした。

 

 

 


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