断頭颶風の神殺し   作:春秋

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まつろわぬ神の顕現を感知した鉄也は、毎度お世話になっている専用の警察車両(タクシー)に乗って移動していた。

 

車両はサイレンを鳴らして車道を全力で爆走していく。

運転手の女性も委員会の息が掛かっているだけあって呪術師なのだろう、車を追い越す時やカーブを曲がる度に呪力を発しているのが分かる。

 

乗り込んでから一度も減速していないのは、この運転手の呪術手腕ゆえだ。

法外で常識外な速度の割に乗り心地はそう悪くないので、彼女の片桐という名前は覚えておこうと思う。

 

ところで、横を覗き見るかぎり時速180kmのメーターをとうに振り切っているのだが、改造でもしているのか術で強化でもしているのか。

 

「おおっ!」

 

聞いてみたいと思っていたところで、地震のような揺れが伝わってきた。

 

いや、力の波動からして神の攻撃の余波か。

鉄也は運転手にここまででいいと告げて下ろしてもらう。

 

「大丈夫ですよ、ここまで来れば俺一人の方が速い(・・)ですから」

 

三峯(みつみね)神社での戦いで自覚したラーフの権能。

そう、神速の権能を使う時が来たのだ。

 

ラーフ=ケートゥは太陽と月を呑み、日蝕・月蝕を引き起こす神。

空に浮かぶべき二つの天体が消え去れば、それが太陽暦にせよ太陰暦にせよ、(じかん)が流れなくなってしまう。

 

何ともこじ付けがましい理屈だが、それが通ってしまったのだから仕方がない。

そして、この権能を何より喜んだのは他でもない鉄也本人だ。

 

権能の利便性云々ではなく、ただその能力が使える事が何よりも嬉しくて。

 

「日は古より変わらず星と競い、定められた道を雷鳴のごとく疾走する。そして速く、何より速く、永劫の円環を駆け抜けよう」

 

詠唱と共に『跳躍』の術で地を蹴ると、景色の流れがどんどん加速していく。

 

速く、速く――何より速く。

雷光の進む速さで駆け抜ける鉄也には、世界のすべてが止まって見える。

 

「光となって破壊しろ、その一撃で燃やし尽くせ。そは誰も知らず、届かぬ、至高の創造。我が渇望こそが原初の荘厳――」

 

この一瞬を永遠に味わいたい、そう願った事は数多い。

それを叶える無限加速こそこの異能。

 

歌劇の主演が叫んだその創造(せかい)の名は……

 

Eine Faust Ouvertüre(美麗刹那・序曲)!」

 

秒を幾百幾千、万に億にと斬り刻み刹那を引き伸ばす異界法則。

 

まつろわぬ神に呼応している今の彼は最高潮まで高まっている。

故に加速倍率は四桁(1000)の大台に乗っており、常人の目には影すら捉えられないだろう。

 

「あっはははははははははははは――ッ!!」

 

爽快だ、痛快だ。

この術理(わざ)でもって時を加速する(止める)ことが出来るなんて!

 

刹那の瞬きで数キロメートルを駆け抜ける。

直感に従って進んでいくと、山中にいくつかの姿を捉えた。

 

まず横たわった巨体。

全長は何百メートルになるだろうかという龍が重傷を負っている。

 

次に金髪の美男子。

見るからに神々しい洋風の男、感じる感覚からしても神に間違いない。

 

次に黒髪の少女。

恐らく清秋院恵那だろう彼女は、手の神刀を掲げもせず棒立ちになっている。

 

(――ちっ、流石に神の射撃には反応出来なかったか)

 

或いは万全の状態ならば回避か防御も出来ただろうが、龍との戦闘後の消耗した状態でまつろわぬ神の相手は、いくら彼女とて荷が重かったのだろう。

 

序曲(しんそく)の加速率が落ちてきたのを感じ、鉄也はならばと走力を上げる。

無価値(まじん)主演(せつな)ではなく、益荒男(パシリ)あたりなら抱き上げて助けたりするのだろうが、流石にそんな余裕はない。

 

少女を庇って傷を負うリスクを背負うなど、美談的だが戦士としては許容できない。

故に選択は迫る矢の方に対処することだ。

 

媛巫女の横から飛び出し、限界を迎えた神速の代わりに冥府の死に風を召喚する。

 

「石上神道流、丙の第三――首飛ばしの颶風(かぜ)

 

普段のように薄く鋭く研ぎ澄ますのではなく、敢えて斬気を拡散して広範囲に影響を及ぼすようにして放った。

 

常人ならざる鉄也の眼には見えていたのだ。

一矢の影に揺らめく、今まさに広がろうとしている神力のうねりが。

 

その証拠に、閃断の颶風が斬り払った矢は総数五本。

飛び道具の分裂などタチが悪い、どこの手裏剣影分身だという話だ。

 

「あっ、王様……?」

「清秋院恵那だな? 返事はいい、下がってろ。動けるなら山を降りて養生しておけ」

 

背に庇った少女がコクンと頷く気配を感じた。

そんな化物じみている自分の感覚に苦笑を覚えながらも、顔に現れるのは獰猛な笑み。

 

背を見つめて何を納得したのか、少女は一礼して走り去った。

 

あの様子だと間を置かずとも戦闘域から離脱するだろう。

鉄也は庇護者がいなくなったことを確認し、真に眼前の神へと目を向けた。

 

「アンタ、見るからに西洋の神だな。なぜこの国に顕現したんだ?」

「ん? それは僕が東の果てに宮殿を構える神だからさ。この極東の国も、一応は僕の活動圏内に入るのだよ」

 

にこやかに答える男神は、朗らかな雰囲気を崩さない。

だが、それは戦意がない事を意味しない。

 

先ほどの恵那に向けた一矢だって、この優しげな笑みのまま放ったものだ。

 

これは狩人の微笑み。

殺意を内に溜め込み、獲物を仕留める一瞬に全力を注ぐ猟師の貫禄だ。

 

「名前を教えてくれ、って言ったら答えてくれるかい?」

「んー、別に答えた所で不利益を被るとも思えないけど……なんか気分じゃないから教えない」

 

言って爽やかに笑う神。

流れるような動作で、ついでのように矢を穿つ。

 

鉄也もまた焼き回しのように斬り払う。

 

「う~ん、その権能……僕ら(・・)の冥府に似てるねぇ」

「――アンタ、ギリシア神話の神か」

 

海外の有名どころと言えばギリシア神話やローマ神話、ケルト神話や北欧神話といった神話体系が根強いイメージがある。

洋風だった所からギリシア神話かローマ神話の類だろうとアタリをつけていたが、どうやらその通りだったらしい。

 

「ああ、そうだよ。じゃあやっぱり、君のそれは同郷の神から簒奪したんだねぇ」

 

これはちょっと、()る気が出てきたかな。

そう呟いたギリシアの神は、更なる矢を番える。

 

「太陽の導きのもと、我が標的を射殺したまえ」

 

物騒な聖句とともに神の弓矢が襲い来る。

 

放たれた矢は一矢だが、迫り来る射撃は十数発。

それぞれが太陽の輝きを宿し、神速に近しい速度を打ち出している。

 

鉄也もそれに対抗すべく再び神速に入る。

 

「時よ止まれ――おまえは美しい!」

 

美麗な刹那を止めたい。

聖句(せんせい)の通りに周囲は静止し、これで難なく回避できるとそう思った。

 

だが、現実はそう簡単にはいかない。

黄金に輝く十数の(やじり)が、割断された時の中を変わらぬ速度で進んで来る。

 

(ギャー! 矢も神速に入りやがったーぁ!)

 

心中では絶叫しながらも表情は冷徹なまま、両手に握った布都御魂を振り回す。

 

驚異の動体視力で軌道を見極め、一つ一つを的確に対処していく。

初めに到達する三発は斬り上げで処理し、間髪入れずに斬り返して二発を叩き落とす。

 

振り切る前に左手を外し、体を捻って手刀で一気に五発を折り捌けば、勢いのままの回転斬りで残りも一掃した。

 

手刀の際に呪力を割り振って強化した事により体感時間も戻ったが、権能に力を注ぎ再び神速化して近付く。

 

彼の領域にはまだ及ばないが、鉄也が思い描くのは美麗なる剣士(アサシン)

首飛ばしの颶風と布都御魂による同時二撃と、冥府の風刃の一撃による同時三連斬。

 

「偽剣・燕返し――ッ!」

 

秘剣にも魔剣にも至らぬ偽りの剣技が、弓の神に斬りかかる。

 

 

 

 





最後はネタに走りました(笑)

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