断頭颶風の神殺し   作:春秋

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笑う嗤う嘲笑(わら)狂笑(わら)哄笑(わら)う。

神殺しは独り天狗笑を上げ、この戦場に生まれ直した。

 

「かはははっ、クッハハハハッハハハハハッハハハハハハハハハハ――ッ!!」

 

いくら神咒神威(たいきょく)などと息巻いたところで、ここは神座絵巻の中ではない。

そも抱いた渇望が神域の念だなんて本人ですら思っていないのだから、宇宙を己へ染め己を宇宙と成す太極には至れない。

 

しかし、祝詞(ことば)には(しゅ)が宿る。

言の葉には(たましい)が乗る。

 

――掛け巻くも(かしこ)き、神殿(かんどの)()神魂(かみむすび)に願い給う。

 

『不死の領域』へと還った女神への祈り。

それを己の上位に坐す義母へと捧げ(こいねが)う。

 

どうかこの渇望(たましい)寿(ことほ)いでくれと。

 

それが叶えられたのか、それとも自我の高まりに呼応しただけなのかは分からない。

ただ事実を述べるなら、石上鉄也の存在強度が跳ね上がったという結果のみ。

 

蜃の胸を捌いても劍の臓腑を潰しても死にはしない。

皇獣の心臓を刺したところで、針でつついた程度の傷でしかない。

 

針の一本でも人は殺せるが、それでは山は崩せない。

人間一人を殺せる程度で、斬神刀(石上鉄也)は壊れない。

 

「ああ、なんて清々しい気分なんだ――」

 

思えば、最近は馬鹿なことばかりを考えていたものだ。

 

――本当にこの世界は現実なのか?

 

知るか失せろよどうでもいいんだ。

ここが現実でも幻想でも、永遠でも刹那でも、俺は神殺しであればそれでいい。

 

――蝿声が神以外に対しての欠陥品?

 

だからどうした本望だろう。

神殺しの刃たるこの身は、ただ神のみを斬る刃であればいいのだから。

 

斬滅の剣鬼、上等だ。

 

もうあんな思いはしたくない、なんてバカバカしい。

あんな思いを他の誰にもさせたくないから、俺がこの手で殺すんだろうッ!

 

疫病の遠矢を克服し、胸の矢を引き抜く。

シャツとスーツに血が滲むが、活力を与える霊刀の力を借りて『治療』を施す。

 

「――またまた驚いた。芸達者な上に生き汚いんだなぁ、君は」

「お生憎、俺は生き足掻くと彼女に誓ったものでな……」

 

それは忘れていた訳じゃない。

しかしどうしたことか、曇っていた。

 

かつて人であり、今も人を脱していない俺に、絆を永遠になど出来はしない。

 

だから刹那よ、黄昏よ。

朽ちる事なきあなた達のその愛を、俺にもどうか習わせてほしい。

 

口ずさむのは忌まわしき(うるわしき)血のリフレイン。

 

「血、血、血、血が欲しい。ギロチンに注ごう、飲み物を――」

 

武神の霊剣を冥神の処刑刀へと変生させる。

 

斬る、ただ斬る。

この身は神殺しの刃たる故に、そこに怨嗟も逡巡もない。

 

「ギロチンの渇きを癒すために、欲しいのは血、血、血」

 

神聖な光沢を放っていた布都御魂が黒く透き通る光を纏い、冥府の加護を得てギロチンへ変わる。

 

同時に、今度は神速も合わせて発動した。

美麗刹那・序曲――Eine Faust Ouvertüre(アイン・ファウスト・オーベルテューレ)

 

先ほどまでなら両立は出来なかったそれ、権能の同時発動。

今の鉄也は苦もなく実現してみせ、遂に超越者(ツァラトゥストラ)の戦闘を再現できる域に達していた。

 

「――()ァッ!」

 

即座に戦闘を終わらせようと近寄る鉄也。

だがそれを妨げたのは、金色の毛並みを持つ四頭の馬だった。

 

ヘリオスは馬車に乗って空を移動する太陽神、彼を乗せる馬車の引き手なのだろう。

(いなな)きと共に主を取り囲み、その本来の役目たる馬車を召喚していたのだ。

 

踏み込みは神速の速さだが、相手もまたそれに追従するもの。

斬首の一刀はひらりと躱され、馬車は光の尾を引いて空へ逃れる。

 

斬の神威に至らぬ鉄也は、概念の斬滅にまで至っていないため回避されてしまう。

 

「やあやあ、神殺しは油断も隙もないなぁ。いや、君に限ってはさっきまで隙があったんだけど、どうやら克服しちゃったらしいねぇ」

 

揚々と語るのは、馬車に乗った事で神速に適応化したヘリオス。

空を東から西へと翔けるこの状態こそ、彼という神の本来あるべき姿。

 

つまり、まつろわぬヘリオスの本領である。

空へと上がった馬車は上空にて旋回し、鉄也目掛けて一気に降下しだした。

 

「いざ往こう、僕らの突撃で仕留めてあげるよ!」

 

黄金に輝くその様は流星の如く。

鉄也に言わせれば、こう表現するだろう。

 

騎英の手綱(ベルレフォーン)かよっ」

 

驚嘆する鉄也は星の聖剣(エクスカリバー)など持ってはいない。

だが、そこに不安はなかった。

 

――斬ればいいだけだ。

 

純粋に、当然のようにそう思った。

だから当たり前の流れとして納刀し、腰を落として抜刀の構えに入る。

 

駿馬たちの嘶き、車輪の回る音、空気との摩擦音。

すべてが重なって流星の轟音となっているそれが近付いて来る。

 

着激の一瞬に、文字通りの神速抜刀が閃く。

 

鯉口を鳴らし、刀身を抜き放つ。

鞘走りと共に引いていた左足を踏み込み、更なる加速を。

 

緋色の流浪人(るろうに)が誇った最速の抜刀術――天翔龍閃(あまかけるりゅうのひらめき)の再現。

 

(オレ)を思い出させてくれた礼だ、首はいらん――権能(いのち)だけ置いてけッ!!」

 

ここで話は逸れるが、神速の元となったラーフは太陽と月を憎む神だ。

彼の権能の影響下にある神速状態ならば、僅かばかりだがその属性を持つ相手への特攻性を得る。

 

疫病の遠矢のように神そのものによる攻撃には効果がなくとも、その眷属である馬ならば力を食い散らして障害にもならない。

 

鉄也の自己暗示に巻き込まれた布都御魂(さじのかみ)も、主に呼応して霊格を引き上げている。

馬車の骨組みなど滑るように斬り流し、遂には内部のまつろわぬ神へと。

 

昇り龍の斬閃が、太陽の流星を斬り穿った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勝利を祝う誰かの拍手(パチパチパチパチッ)

 

その音が聞こえてきたのは、権能獲得の重みを感じて座り込んだあと。

疲労困憊の身でありながら戦意が膨れ上がる異常事態に、鉄也は呆れと疲れと困惑を覚えた。

 

まつろわぬ神との連戦など勘弁してくれ、と。

立ち上がりやすいように膝を立ててから背後を振り返る。

 

「――――え?」

 

その姿に目を奪われた。

あまりに見覚えがあって、しかしそれは絶対にありえない姿で。

 

「いやあ、あんた強いんだね。流星を斬ったのを見た時はびっくりしたよ」

 

大和人特有の黒髪黒目。

異様に長い髪は後ろで編んで、毛先には手鞠らしき球体が結わえ付けられている。

 

握りこぶしを阻害しないように出来ている紅色の手甲は、彼女が拳闘家である証左。

 

「初めまして、自己紹介は必要かな?」

 

――玖錠(くじょう)紫織(しおり)が、そこにいた。

 

 

 

 

 





太極を言わせる相手がいないなら、言える奴を出せばいいじゃない(暴論)

ということで、覚醒してボコった直後に強敵出現というオサレ的な展開をやってみました。反省はしていないが、少し後悔はしている。

詳しいことは次回を待て!

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