断頭颶風の神殺し   作:春秋

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「あがー」

 

まつろわぬヘリオスとの戦いから三日。

体力気力共にすっかり快復した鉄也は、だからこそやり場のない戦意を持て余していた。

 

食卓に突っ伏していると、見かねた母がポンと頭を(はた)く。

 

「はいはい、()だってないで山に行って暴れるなり神獣狩って暴れるなりしてきなさい」

「暴れてばっかじゃねーかよー」

「アンタ、暴れる以外に能ないでしょ?」

「……否定できない」

 

そもそも、今の職場とて神殺しだから実現したもの。

生まれ育ちの関係で神仏の知識はそこそこだが、その道のベテランに比べると吹けば飛ぶ塵のようなものでしかない。

 

現にギリシア神話に属するヘリオスの事も知らなかったし、件のヘカテーとて図書館で調べて正体が分かったのだ。

例えばラーフの一件でその見識を見せつけた甘粕冬馬などと比べれば、無言で頭を下げるしかない有様である。

 

「ったく、なら修業でもしてくれば? まつろわぬヘリオスから簒奪した新しい権能も分かってないんでしょう?」

「カンピオーネに修業なんて意味ねーの。魔獣みたいな生態だから実戦じゃないと成長しない……って、たしか義母(ママ)が言ってた気がする」

 

その言葉を聞いて、母は思わず後ずさる。

突然の行動を不信に思った鉄也は疑念の眼差しを向けた。

 

「――ぁんだよ?」

「アンタ、その年でママって……」

 

話の流れで神殺しの統括たるパンドラを指すのだという事は理解した。

が、他所の女を云々というのですらなく、純粋に息子のママ呼びを気味悪がっただけである。

 

「……本人がそう呼べって言ってた……ような気がするんだから仕方ないだろ? それに、このママは継母(ママはは)のママだ。甘えるような意味は断じて込めていない」

「まあ、そう言うんならいいんだけどね。うん」

「信じてねーだろおい」

「……そんなことないわよ~」

 

多少の間こそあったものの、普段通りの表情と声音で答える母。

流石に年の功というべき――でもないなうん。

 

途中で細められた目に怯え、鉄也は即座に思考を逸らす。

 

「さぁて、久々にパラロス(せいしょ)でも読むかなぁ……」

 

そっぽを向いて口笛でも吹き出しそうな大根の息子に、母はもう一発平手打ちを見舞ってやる。

 

「あいたっ!」

「ところで、新しい神様の方はどうなってんの?」

 

決闘を申し込まれたんでしょう、と尋ねられた鉄也は、苦々しい顔つきに変わる。

 

「うん、まあちょっと……」

 

言い淀み胸中で思い出す。

二度と現れぬ絶世の敵手であり、斬滅を誓った天敵たる彼女(・・)との一幕を。

 

 

 

 

 

その顔にはニヤけた笑みを浮かべ、鉄也の反応を面白そうに見つめる女性。

髪に結わえられた球体には摩利支天(まりしてん)だから(マリ)、という製作者の遊び心が見て取れる。

 

「玖錠、紫織……なんで――ッ!」

 

顔を引き吊らせながら呼んだ名前に、しかし彼女は予想と違った反応をみせる。

 

「玖錠……紫織――そっか、それが私の名前ってことね」

 

紫織、紫織、と口ずさむ女性の姿に、鉄也も(いぶか)しげな表情を浮かべた。

 

「アンタいったい……彼女(・・)じゃない、のか……?」

「ん? あははっ」

 

対する女性も不思議そうな顔をしたのち、軽快な笑い声を上げた。

 

「この様子だと、やっぱりいるかな自己紹介?」

「――――ああ、そうしてくれるとありがたい」

 

些か以上に放心気味な鉄也は、しかし次の発言で自分を取り戻した。

 

「私は(しん)、蜃気楼の神なんだ。だからこの姿もあんたが蜃気楼(わたし)に対して抱いてる印象を具現化したもの。あんたが相手だからこの姿なんであって、他の相手なら多分、龍とか(ハマグリ)とかになるんじゃないかな?」

 

蜃とは、中国及び日本で語り継がれる霊獣。

蜃気楼とは「『蜃』が『気』を吐いて『楼』閣(ろうかく)を出現させるという」説から生まれた言葉。

 

その姿は大ハマグリとも、龍の一種であるとも言われて謎めいている。

 

「――なるほど、なるほど。本人じゃなくて、俺の記憶の再現って訳ね、なるほど」

 

ああ、ならば良かった。

もし彼女本人がご降臨召されたのであれば、俺は平身低頭して命乞いをしなければいけなくなっていた所だ。

 

なに、情けないだと?

そんな訳があるか! 相手を誰だと思っている……玖錠紫織だぞ!

 

神号・摩利支天、玖錠降神流、玖錠紫織。

己の可能性を求めた果てに神へ至った求道神、有形無限の蜃気楼。

 

その拳は宇宙を砕き、その足は世界を揺るがす。

よしんば神域に至っていないとしても、人の彼女は岩を粉砕する生身の重機か爆撃機。

 

実際問題として勝てる見込みがないし、一信者として戦いたくないし、彼女の伴侶に(あやか)っている身としては助命嘆願するしかない。

 

例えその行動によって見限られたとしても、石上鉄也はそうせずにはいられない。

なので本当に、本当に……本人でなくて良かった本当に。

 

そう安堵に胸を撫で下ろすと同時、神にすら己の趣味を(あげつら)われる羽目になるとは思わなんだと、少しばかり泣きたくもなった。

 

その様をおかしく思ったのか、からかう様な忍び笑いを漏らす。

 

「ひひひ、変なやつだねあんた。さっきのまでとは大違いだよ」

「俺からしたらお前のほうが変な存在なんだけどなぁ……」

 

文字通りに想像の中から飛び出た存在。

空想の具現であり、空洞の権現(ごんげん)

 

鍍金ですらない彼女は、中に何も詰まっていない(かすみ)の集合体。

 

殴ったら拡散したりしないだろうかと、少しばかり的外れな懸念すら浮かんでくる。

 

「大丈夫、あんたの前じゃこれで固定されてるから、殴られたらちゃんと吹っ飛ぶよ」

「……親切にどうも」

 

心の内を読んでいたかのような発言にギクリとする。

自分の空想から生まれただけに、そういう古明地姉(サトリ)的な能力があっても不思議ではないと思ったのだ。

 

だがしかし、彼女は尚も否定してくる。

 

「ああ、心配は要らないよ。蜃気楼(わたし)がそういう状態で固定されたら心象を覗き見るくらいは出来るんだろうけどさ、玖錠紫織(いまのわたし)にそんな力はないって」

 

あまりに心中を言い当てた対応に疑わしくすらあるが、真偽がどうあれ警戒などするだけ無駄だ。

読心が出来るならそもそもの意味がないし、出来ないならばそれもまた杞憂に終わる。

 

開き直った方が得策と思考をまとめ、鉄也は立ち上がって向き直る。

 

「石上鉄也、神殺しをやっている」

 

憧れの姿をしているからだろうか。

なんとなく、彼女に名乗りたくなった。

 

それを受けた(しおり)はニヤァと、どこか猛獣めいた笑みを浮かべる。

 

「まつろわぬ蜃気楼、知っての通りすっごく強い神様だよ」

 

己こそ神であり至高の唯我。

そんな天狗道に即した自愛発言だが、事実そのままなのでまったく笑えない。

 

その容貌には(いや)が応にも苦手意識を持たざるを得ず、そこに加えて本人曰くの性質を鑑みた結果、まさしく摩利支天そのままの可能性拡大をも実現しそうな予感がある。

 

色々な意味でかつてない、そして二度と現れ得ないであろう強敵。

嫌だ嫌だと憂鬱になる思考と裏腹、心と体は澄み渡って燃え滾る。

意味のない代償行為というのは理解していても、(はや)る心が止められない。

 

――この蜃気楼(おんな)を斬り捌ければ、剣神(かれ)に誇れる(じぶん)になれる。

 

鉄也の心境を要約するなら、そんなところだ。

まつろわぬ神との二連戦という窮地で、どこまでも愚かしい求道の(さが)

 

そんな神殺しを前に、しかし仇敵たる神は両手を上げる。

戦意がないのだと誇示するように。

 

「活きがいいのは結構だけど、自分の身体を見てから言いなよ。塞いだとはいえ胸を射抜かれてるんだからさ、そんな状態で私に敵う訳がないでしょ?」

 

どこまでも傲岸不遜な神の宣告。

それが絶対の事実だと確信しているがゆえに、彼女はこの場では戦わない。

 

「だから今日は顔見せだけにしておくよ。そんな状態のあんたを殺したら、私が矮小に見られてしまう(・・・・・・・・・・・・)からね」

 

どこまでも天狗を地で行く彼女は、それこそ本質を表している。

神楽を舞っていない玖錠紫織は天狗道の住人なのだから、この姿こそが当然なのだと。

 

どこまでも己を持たない事が己の証。

故に自分は誰でもないが、同時に誰もが自分そのもの。

 

そんな幻影の体現たる彼女は笑いながら去って行った。

満身創痍の鉄也を抱き上げ、そばの神社に運ぶという律儀な真似をして。

 

「じゃあね鉄也、また逢おうよ。今度は私たちも、アレ(・・)と同じような舞闘を演じよう」

 

そうすることで真に摩利支天になるのだと、最後にそれを言い残して。

 

 

 

 





口調がおかしかったりするのは作者の力不そk……まつろわぬ神としての歪みが現れているからですええ。
……だってぶっちゃけ、人によって話し方が変わるような所がある彼女は難しいんですよ。どんな口調で打っても簡単に脳内再生できてしまう彼女の万能さがいけない。

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