断頭颶風の神殺し   作:春秋

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日本列島から船で進んだ離れ島。

住人はおらず動物は本能で退避し、中心に立つのは二つの人影。

 

闘気のぶつかり合いで吹き荒ぶ風は、彼らの勝利を叫ぶ観客の声。

ぶつかり合う視線は火花を散らし、彼らに渦巻く超常の力は闘気の物理的な衝突を起こしている。

 

一人は女、緋色の装甲を身に付けた妙齢の女性。

 

大和人の特色たる黒の虹彩頭髪。

袖はなく足の付け根を露出した独特の和装に、結い髪の先の毬が良く映える。

 

――西方、まつろわぬ神。

 

「――蜃気楼、玖錠紫織」

 

名乗り上げと同時に像がぶれる(・・・・・)

立ち眩みでも起こしたかと錯覚してしまいそうな現象に、しかし相対者はうろたえない。

 

その名乗りを聞いたときからこうなる事は当然に過ぎないと予測していた。

ある意味で期待した通り、幾重もの虚像が実体として地を踏みしめる。

 

「いざ尋常に……」

 

 

 

 

一人は男、紋付を纏い右に和刀を下げた少年。

 

日本人らしい黒の瞳にミディアムヘアの黒髪。

この相手に然るべき出で立ちをと、石上流の戦装束に身を包む。

 

――東方、神殺しの王。

 

「――石上神道流、石上鉄也」

 

名乗り上げと同時に風が凪ぐ。

否、風を薙ぐ。

 

風を殺す。空気を殺す。天を殺す――神を斬る。

 

空を静める斬の意、殺の念。

この神を斬り殺すのだという激烈な意思が胎動する。

 

「いざ尋常に……」

 

 

 

 

お前の命運は自分のものだと拳を握り。

 

お前の命運は自分が断つのだと剣を執り。

 

「「推して参るッ!」」

 

既視感を覚える流血舞踏が幕を開けた。

 

 

 

 

共に武芸者、己の武威を誇る者。

己の借りている絶世の武威を誇る者同士、互いに初撃は譲らぬと前に出る。

 

滅刃の魔王は鋭き嵐とでも形容すべき暴風の一刀を振るい。

陽炎の神は落雷の爆撃とでも形容すべき拳打の一撃を放ち。

 

それぞれの存在を主張すべくぶつけ合った。

 

「破ぁああああああああああああッ!」

「雄ぉおおおおおおおおおおおおッ!」

 

風刃雷神両雄激突。

一刀と一撃は互いの威力を殺しあったが、鉄也の方に余裕は無い。

 

なぜなら敵手は虚実の揺蕩う霞の化身。

自分は剣の一振りなれど、眼前の女性はそうではない。

 

武術家たる彼女の武器はその四肢すべて。

 

両の拳は人体など容易く葬る自在の重機。

両の足は鞭となって刀となって、大地を砕き空を裂く。

 

だけでなく、なにより重要なのはその特性。

 

正体不明ゆえに発揮する異能は可能性の拡大。

別次元に同時存在する己という、世界の壁を超えた像すら具現できる。

 

即ち敵は彼女一人だが、決して一対一には成り得ない。

 

「――やるぅ!」

「でも、まだまだ」

「私の芯には届かないよ!」

 

新たに紡がれた可能性が追撃に迫る。

一人が二人、二人が三人、三人が四人と。

揺らぎ揺らいで、像がぶれて重なり幾重にも分かれる。

 

正面から殴打が来たと思いきや、背後からも同一の気配が襲い来る。

 

流石は蜃気楼だと鉄也は胸に感嘆を抱いた。

同時、実際に戦うとこうも厄介なのかと舌打ちし、身体を捻りながらその両方を斬り捌く。

 

颶風(かぜ)よッ!」

 

曲芸の如き宙返りでの回転斬り、そのままの勢いで残りの蜃気楼(しおり)に殺風を浴びせた。

 

――だが。

目に見える全ての彼女を殺したはずなのに、突如として出現した勇姿には傷の一つもありはしない。

 

「だあああァッ!」

 

真っ向からぶつかってくる神はお返しとばかり突きを放ってくる。

 

見た目はただの正拳突きだが、神殺しの直感が警報を鳴らしている。

そして鉄也自身の理性もまた同じく。

 

故に迎撃でも防御でもなく、選択するのは回避行動。

 

初手から剣を振るってしまえば後に続かないから。

その選択は功を奏することになる。

 

正面から来る右の拳打を左に躱すと、進行方向に右の拳が待ち構えていた(・・・・・・・・・・・)

 

その場で足を止め背後に跳ぶ。

すると追い討ちを掛けるように腹へ衝撃を喰らう。

 

二撃目の可能性から枝分かれした膝蹴りだ。

 

「――ぅぐっ!」

 

痛みに気が緩んだ隙を突き、両肩に踵まで落とされた。

その勢いで膝を付くことになり――そこで打撃の連続が中断される。

 

――止まってくれ(Verweile doch)

 

神速によって違う世界(じかん)に逃れた鉄也は、拳撃足刀の包囲網から脱出する。

原型たる美麗刹那・序曲から「加速率は精神状況に左右される」という性質まで受け継いでいるため、攻撃に晒されていた中での加速度は精々が十数倍といった程度。

 

しかし、至近距離での格闘戦でそれほどの時間差が生まれれば、形勢を立て直す隙は十分に生まれる。

 

紫織の近くにいては陽炎に囚われるからと。

可能性を呼び出せないであろう射程外に飛び退り、元の時間流に身を委ねた。

 

(序曲は性能が(まば)らだからって出し渋らずに、最初から使っておけば良かったかな……)

 

先に述べた様に、鉄也の神速は出力が適度に安定しない。

 

発動の度に加速率は違ってくるし、使用中とて増減の変化は付き物だ。

随所随所で決定打の後押しにはなるのだが、恒常的な戦闘力の底上げは難しい。

 

刀を振るう瞬間に時間が伸び、或いは縮めば距離感や力の入れ具合も狂ってくる。

使い続ければ慣れて行くのかも知れないが、今の鉄也にそこまでの掌握は望めない。

 

そのあたりは、まだまだ若輩ゆえの経験不足という事だろう。

 

「それが神速、極限の時間加速なわけだ。実際に相手してみると中々に厄介だよねあんたって」

「……お前が言うなし。陀羅尼(だらに)摩利支天(まりしてん)の可能性拡大、敵に回ると厄介この上ない」

 

天魔・奴奈比売(ルサルカ)が蜃気楼の異能を使っているのを見て「これなんて無理ゲー」と呟いた過去に想いを馳せる。

 

その異能、強度はともかく継戦能力では群を抜く。

まつろわぬ神の存在強度でそれを使われると、単なる不死身などより余程タチが悪い。

 

それを解決する打倒案自体は作中でも示されている。

百の剣を百発振るうのではなく、一つの億を叩き込むこと。

 

即ち、あらゆる可能性を手繰り寄せても絶対に回避できない至高の一撃を放てばいい。

 

――のだが、現実問題として実行に移せるかは別の話。

実現不可能と言っていい結論を導き出した鉄也は、しかしその思考を鼻で笑う。

 

(だけどまぁいい。とりあえず斬って斬って斬って斬って、斬ってみれば結果は出るよな……)

 

段々と剣鬼に染まってきた事を自覚する鉄也。

それを喜ぶべきか危ぶむべきか。

 

喜悦の裏に苦笑を隠し、魔王は斬神へ気を昂ぶらせた。

 

 

 

 





紫織の戦闘って実際に書くとなると難しすぎる。
原作みたく映像があって初めて分かりやすく認識できる、文章の難しさを再認識いたしました。

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