「ご機嫌麗しく、石上王。わたしは正史編纂委員会東京分室室長、そして沙耶宮家次期当主の馨と申す者。この度は拝顔の栄誉賜り恐悦至極にて、御身の御健勝を心よりお祝い申し上げます」
そんな回りくどい程に
それも分室長にして四家の次期当主という、超がいくつも付く大物であった。
「早々の挨拶ご苦労であった……とでも言えばいいんですかね?」
「ははっ、有り難き幸せ……とでも返しておきましょうか」
目を見合わせ、同時に吹き出す。
仰々しい肩書きや噂からキザったいエリートを想像していたが、思ったより茶目っ気のある女性らしい。
沙耶宮馨。
智慧と謀略で有名な日本呪術会屈指の旧家。
その跡取りはあちこちで浮き名を流す遊び人であり、数々の巫女を虜にする男装の麗人だという。
「くくくっ、別に普通に喋って貰って構いませんよ。俺なんか下っ端の見習いですから」
「そんな恐れ多い、王たる方に失礼を働くなど、臆病なわたくしにはとてもとても」
「おやおや、だったら王様らしく命令と行きましょうか。心労を減らすべく只人として扱え、と」
「いや、そこまで仰るなら従わない訳には行きませんね」
某越後屋とお代官様を思わせるお約束の様式美を終わらせ、両者は笑顔のまま本題に入った。
「では改めて、沙耶宮馨です。はじめまして石上さん」
「はじめまして沙耶宮室長、思ったよりお茶目な人で驚きました」
「こちらも、某カンピオーネ方のような性格ではないらしく安心しましたよ」
「まぁ仮にも護国の任に就こうとしてきましたからね、そうそう権能で大暴れとはなりませんよ。まぁ、神様でも来ない限りはね」
石上鉄也は日和見主義者である。
事を荒立てるのを嫌い、火事が起これば対岸に避難する。
しかし、だからこそ凶事は力ずくでも素早く片付けようとする武力主義者の面も持っている。
安寧を求める市民にして、武力を振るう神殺しの戦士。
それが彼のスタンス、石上鉄也の王道。
「なるほどつまり――」
「俺は権力なんていらない。委員会には今まで通りに活動してもらって、俺はそこに対神部門として所属する。まぁ名目だけなら王様として統治してもいいですけど、これと言った支配はしない。今のままで十分回ってるんだから、下手に手を出したくないんですよ」
正史編纂委員会は帝に仕える政権側の組織。
現在まで日本呪術会を統括してきた実績がある。
上手くいっているのだからそれでいい。
玉座に君臨して権力闘争が勃発し、組織機能が狂うなどしたら目も当てられない。
それが鉄也が考えた結論である。
「つまり、イタリアのサルバトーレ卿と同じ要領ですね。名前だけ貸して部下に運営は任せると」
「そうそう。それで普通に働いて普通に給料貰って、
度を越えた権力も財力も必要ない。
ただ国を守り己の領分を護るだけ、それだけでいい。
彼女に貰った
「了解しました、ではそのように計らいます」
「よろしくお願いします」
自宅近くにある山中の修練場。
石上鉄也は、そこで斬気を高めていた。
腰の帯刀に手を添えて、静かに風を受け立ち尽くす。
ともすれば数十、数百倍に増えた膨大な呪力。
風呂桶が湖になったかのような浮ついた認識を正すべく、現在の
「
その言霊は斬り尽くすという誓い、現れたるは切断の事象。
石上神道流、
「――
蝿声とは悪意の総称であり、すなわち凶気。
呪術によって捻じ曲げられた吉凶が、物理的な殺傷力すら持って飛翔する。
本来の形は剣気をぶつけて気勢を削ぐ、威嚇に近い技なのだ。
が、彼の身に渦巻く混沌とした呪力がそれを飛ぶ斬撃にまで昇華している。
それ自体は鉄也がとある創作物より着想を得て、以前から多用していた技なのだが。
「……これは、凄まじい威力になってるな。具体的には御前試合から
超常の破壊力を得た斬滅の念は、便利な飛び道具から遠距離必殺の絶技にまで強化されていた。
人間の何人かを同時に斬り殺す程度の威力だったのだが、その何十倍の威力を連発すら可能な余裕を秘めている。
周辺への影響を考えて上空に浮かべた的に放ったのは正解だった。
もしこれが大地に着弾していたら、小規模な地割れの類すら起きかねない。
自分でやっておきながら、鉄也は胸を撫で下ろした。
「――だから鉄也、蝿声はそんな技じゃないと何度言わせるんだ」
「あ、父さん」
背後からかけられた声に振り返る。
父が何度目か分からない呆れた顔で立っていた。
「だって、石上流の剣鬼が使ってたから」
「それゲームのキャラクターだよな……」
壬生宗次郎という生ける剣神。
求道の果てに神となる以前から、彼は天下無双を目指す剣鬼だった。
その彼が修めていた流派こそ、石上神道流の剣術。
初めて宗次郎というキャラの剣技を知って、鉄也は天啓を受けたように感じたのだ。
己と同じ流派の同じ技を、己の色で染め上げ昇華しているその姿。
彼に感銘を受け、鉄也は剣術修行に励んだ。
それはもう病的なまでに励んだ。
思春期の少年がゲームのキャラを真似るというのは、世に有り触れた光景だ。
だがしかし、石上鉄也は本物だった。
それを実現できる下地があり、後に神殺しを成し遂げる彼の根気は並外れていた。
そして練習から僅か半年――実践可能な域にまで鍛え上げたのだ。
「あの頃は若かった……」
「今も十分に若いだろうが」
それをきっかけにあのシリーズにハマり、三部作をこよなく愛する立派なオタクになったのである。
「初めは宗次郎一択だったはずが、今ではすっかり黄金閣下と刹那の虜だけどな」
「俺は
「プレイしてたのかよっ!!」
思わぬ所に同好の士を生み出してしまったと、戦慄と共に若干の罪悪感を抱いたのだった。