剣の魔人が腹を括った。
ひしひしと伝わってくる威圧感から怨敵の威勢を感じ取った
そうだ、そうでなければこの戦いの意味がない。
斬神の神楽を舞い踊り、天狗の自愛を脱却すること。
そうして変異した性質に便乗し、
この
常に揺蕩いまつろわぬ蜃気楼。
故に求むる、実態なき自己の脱却を。
故に求むる、確固たる自己の確立を。
本来ならば霞と揺らぐ様こそが本質なれど、まつろわぬその身は反発せずにはいられない。
そこで示した行動が陽炎への転化というのは、本末転倒と嗜めるべきだろうか、それでこそだと是正するべきだろうか。
どちらにせよ彼女は取り合わない。
それこそが蜃気楼であり、玖錠紫織より受け継いだ性質なのだから。
だからこそ――
「私は理想の私を追い求め続けるッ!」
常に最高の自分でありたいと、そう願うのだ。
「太極――無間叫喚」
そんな蜃気楼の
「全然使ってないから半分忘れてたけど、俺って実は悪路の真似事できるんだよね」
天魔・悪路。
彼が掲げし祈りは、大切な人たちが美しくあるよう、全ての穢れを己が引き受けるという救済。
その清らかな渇望が生み出すは、己に触れたものを悉く腐り落とす埋葬の地獄。
殴りかかって来た
「ッ――ァアアアアアアアアアアアア!!」
その地獄の名に相応しい絶叫を上げる女。
飛び掛からなかった可能性へと逃れる彼女に、腐食の魔王は冷めた目を向ける。
それは眼前の敵を見下すものではなく……
「ああ、知っていながら解かってなかった。ただ予想外の相手が現れた事に興奮して、本質が全く見えちゃいなかった」
それは、己に対する自責。
興奮で
「そうだ、それが玖錠紫織なんだ」
皇主光明帝直属禁軍兵――玖錠降神流。
天狗道に生まれ自愛に浸った武門の求道者。
そう、それこそが玖錠紫織――摩利支天ではない彼女。
「お前はまさに彼女の生き写しだよ蜃気楼。今なら解かる、玖錠紫織と呼んで差し支えない」
玖錠紫織という女は神座絵巻において。
求道の果てに神へ至り、利己と利他を共有することで天狗道を脱却した。
故に、摩利支天ならぬ彼女は狂天狗を仰ぐ掃き溜めの
「お前には自分しか見えていない。自己愛に傾倒している木偶でしかないんだ」
今ならば一端くらいは分かる。
波旬の走狗、薄汚い波旬の細胞、ただ酔いに酔い狂った亡者共。
黄昏の残影たちが口々に貶し、散々に忌み嫌っていた化外たち。
自分だけを愛する者は確かに強靭だ。
他から影響を受けない外郭の硬さは恐るべきものだ。
だがだからこそ、
「人は一人じゃ生きられない」
そう悟り他者を認めた剣鬼がいた。
その根底を築いた渇望の基――第六天波旬とて他者を強く意識したから最強になった。
誰もが唯我ではいられない。どれだけ望もうと、誰も孤独ではいられないのだ。
「それを知らないような人格障害者が、
故に無間叫喚地獄。
腐って見える、だから腐れ。
そんな単純な理屈でと思わないでもないが、相手もまた自分が最高だからお前はその糧となれと、傲岸不遜に突き付けてくる無法者だ。
そう考えればやはり自分たちは似た手合いなのかも知れない。
などと薄く笑う鉄也は、しかし女神への愛ゆえに容赦なく権能を振るう。
「血の道と、血の道と、其の血の道返し畏み給おう。禍災に悩むこの病毒を、この加持に今吹き払う呪いの神風」
自己収束の求道だけでなく、他者染色を含めた叫喚地獄。
体内に展開していた腐海が徐々に大気を汚染し始める。
「橘の小戸の禊を始めにて、今も清むる吾が身なりけり」
その様を見て危険だと判断したのだろう。
己の可能性を細分化し、四方八方にと散開していく。
だが、それを呆然と見過ごす鉄也ではない。
「千早振る神の御末の吾なれば 祈りしことの叶わぬは無し」
祝詞の完成と共に腐食の風を抜き放つ。
一陣の颶風が戦場を翔け、飛び交う蜃気楼を切断、あるいは腐敗させる。
更に刀を一振り、また一振り。
逃げ惑う化身たちを神速で追い詰めてはまた一振りと。
血みどろの鬼ごっこが繰り広げられた。
鉄也が蜃気楼を追い掛ける島の反対側。
目視すらも欺く隠形によって潜んでいた
神速によって距離を詰める魔王が駆けつける前に、少しでも必殺性を高めようと画策していた。
「今さらに雪降らめやも
体内に循環する膨大な生命力――まつろわぬ神たる身においては神力と呼称すべきかも知れないが――を統率し、頭の先からつま先までの流れを把握する。
流れを速め圧を高め、より透き通るように精錬し。
気脈が氾濫しないように手綱を握りつつも圧縮していく。
刻々と迫り来る斬滅の未来を遠ざけるように、いくつもの可能性を向かわせる。
「
紡ぎ上げた旋律に乗せ拳を振るう。
正面には示し合わせたように鉄也の姿があった。
膨大な力を感じて向かった先で、鉄也は驚愕を露わにしていた。
(経路を誘導されたっ!?)
途中で幾人もの
文字通りに腐っても敵はまつろわぬ神。
一筋縄ではいかぬことが分かっていたろうに。
そんな戸惑いは、押し寄せる生命圧にかき消される。
「
全身から迸る
背筋に怖気が走った。
考えるまでもなく食らえば死ねる。
あれが原典そのままだとしたら、同規模以上の気力と体力で応じなければ相殺すら不可能。
防御すればそれごと貫かれる。
回避などこの相手には考えるだけ無駄だ。
ならば答えはひとつ――
(全力で迎撃するしかない)
いや、むしろ分かりやすくて結構だ。
刀を振るう鉄也の顔は、剣鬼によく似たものだった。
振るうは石上神道流甲のニ、己と剣鬼の代名詞。
「蝿声ェ――ッ!」
腐食の風を纏ったままの斬撃。
首飛ばしの颶風の体を取ってはいるが、その実態は少し違う。
序曲による時間操作の恩恵あってこそだが、放たれたのは無拍子の剣。
これを更に錬磨し最高位に至れば、
流派奥義のその一端、石上鉄也はこの一刀で以って遂に触れたのだ。
「
「
極大の闘気がぶつかり合い、生命の白と冥府の黒が反発する。
日本列島の地図から一つの無人島が消失した。
正史編纂委員会の皆さま、事後処理ご苦労様です。
嫁アテナでも思ったけど、何で君たちは思ったのと別の方向にいくの?
蜃気楼さんの内情を描写したら鉄也が無間叫喚とか言い出して……
神無月の宴会で盛り上がったと思ったら、夜刀様の流出詠唱が入って東征軍が死んだ! って感じのイメージになってしまいました。
それではイブですけど、メリークルシミマス!
あれ、なんか違う?