断頭颶風の神殺し   作:春秋

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剣の魔人が腹を括った。

ひしひしと伝わってくる威圧感から怨敵の威勢を感じ取った蜃気楼(しおり)は、それでこそ我が好敵手たる者だと歓喜の笑みを浮かべる。

 

そうだ、そうでなければこの戦いの意味がない。

 

斬神の神楽を舞い踊り、天狗の自愛を脱却すること。

そうして変異した性質に便乗し、摩利支天の神格を獲得すること(・・・・・・・・・・・・・・)

 

この蜃気楼(わたし)はそのために戦場(ココ)にいる。

 

常に揺蕩いまつろわぬ蜃気楼。

故に求むる、実態なき自己の脱却を。

故に求むる、確固たる自己の確立を。

 

本来ならば霞と揺らぐ様こそが本質なれど、まつろわぬその身は反発せずにはいられない。

そこで示した行動が陽炎への転化というのは、本末転倒と嗜めるべきだろうか、それでこそだと是正するべきだろうか。

 

どちらにせよ彼女は取り合わない。

それこそが蜃気楼であり、玖錠紫織より受け継いだ性質なのだから。

 

だからこそ――

 

「私は理想の私を追い求め続けるッ!」

 

常に最高の自分でありたいと、そう願うのだ。

 

 

 

 

「太極――無間叫喚」

 

そんな蜃気楼の求道(いのり)を嘲笑うように、魔王は毒の腐海を展開した。

 

「全然使ってないから半分忘れてたけど、俺って実は悪路の真似事できるんだよね」

 

天魔・悪路。

彼が掲げし祈りは、大切な人たちが美しくあるよう、全ての穢れを己が引き受けるという救済。

その清らかな渇望が生み出すは、己に触れたものを悉く腐り落とす埋葬の地獄。

 

殴りかかって来た(しおり)の腕を掴み取り、接触により腐り落した。

 

「ッ――ァアアアアアアアアアアアア!!」

 

その地獄の名に相応しい絶叫を上げる女。

飛び掛からなかった可能性へと逃れる彼女に、腐食の魔王は冷めた目を向ける。

 

それは眼前の敵を見下すものではなく……

 

「ああ、知っていながら解かってなかった。ただ予想外の相手が現れた事に興奮して、本質が全く見えちゃいなかった」

 

それは、己に対する自責。

興奮で()しいていた自身への落胆。

 

「そうだ、それが玖錠紫織なんだ」

 

皇主光明帝直属禁軍兵――玖錠降神流。

天狗道に生まれ自愛に浸った武門の求道者。

 

そう、それこそが玖錠紫織――摩利支天ではない彼女。

 

「お前はまさに彼女の生き写しだよ蜃気楼。今なら解かる、玖錠紫織と呼んで差し支えない」

 

玖錠紫織という女は神座絵巻において。

求道の果てに神へ至り、利己と利他を共有することで天狗道を脱却した。

 

故に、摩利支天ならぬ彼女は狂天狗を仰ぐ掃き溜めの(ゴミ)だ。

 

「お前には自分しか見えていない。自己愛に傾倒している木偶でしかないんだ」

 

今ならば一端くらいは分かる。

波旬の走狗、薄汚い波旬の細胞、ただ酔いに酔い狂った亡者共。

 

黄昏の残影たちが口々に貶し、散々に忌み嫌っていた化外たち。

 

自分だけを愛する者は確かに強靭だ。

他から影響を受けない外郭の硬さは恐るべきものだ。

 

だがだからこそ、無間叫喚(こんなもの)で終わってしまう。

 

「人は一人じゃ生きられない」

 

そう悟り他者を認めた剣鬼がいた。

その根底を築いた渇望の基――第六天波旬とて他者を強く意識したから最強になった。

 

誰もが唯我ではいられない。どれだけ望もうと、誰も孤独ではいられないのだ。

 

「それを知らないような人格障害者が、(オレ)好敵手(ライバル)を名乗ろうなんて許さない」

 

故に無間叫喚地獄。

腐って見える、だから腐れ。

 

そんな単純な理屈でと思わないでもないが、相手もまた自分が最高だからお前はその糧となれと、傲岸不遜に突き付けてくる無法者だ。

 

そう考えればやはり自分たちは似た手合いなのかも知れない。

などと薄く笑う鉄也は、しかし女神への愛ゆえに容赦なく権能を振るう。

 

「血の道と、血の道と、其の血の道返し畏み給おう。禍災に悩むこの病毒を、この加持に今吹き払う呪いの神風」

 

自己収束の求道だけでなく、他者染色を含めた叫喚地獄。

体内に展開していた腐海が徐々に大気を汚染し始める。

 

「橘の小戸の禊を始めにて、今も清むる吾が身なりけり」

 

その様を見て危険だと判断したのだろう。

己の可能性を細分化し、四方八方にと散開していく。

 

だが、それを呆然と見過ごす鉄也ではない。

 

「千早振る神の御末の吾なれば 祈りしことの叶わぬは無し」

 

祝詞の完成と共に腐食の風を抜き放つ。

一陣の颶風が戦場を翔け、飛び交う蜃気楼を切断、あるいは腐敗させる。

 

更に刀を一振り、また一振り。

 

逃げ惑う化身たちを神速で追い詰めてはまた一振りと。

血みどろの鬼ごっこが繰り広げられた。

 

 

 

 

鉄也が蜃気楼を追い掛ける島の反対側。

目視すらも欺く隠形によって潜んでいた蜃気楼(しおり)が気を練り上げる。

 

神速によって距離を詰める魔王が駆けつける前に、少しでも必殺性を高めようと画策していた。

 

「今さらに雪降らめやも陽炎(かぎろい)の、燃ゆる春へと成りにしものを――」

 

体内に循環する膨大な生命力――まつろわぬ神たる身においては神力と呼称すべきかも知れないが――を統率し、頭の先からつま先までの流れを把握する。

 

流れを速め圧を高め、より透き通るように精錬し。

気脈が氾濫しないように手綱を握りつつも圧縮していく。

 

刻々と迫り来る斬滅の未来を遠ざけるように、いくつもの可能性を向かわせる。

 

(オン)摩利支曳(マリシエイ)薩婆訶(ソワカ)――玖錠降神流」

 

紡ぎ上げた旋律に乗せ拳を振るう。

正面には示し合わせたように鉄也の姿があった。

 

 

 

 

膨大な力を感じて向かった先で、鉄也は驚愕を露わにしていた。

 

(経路を誘導されたっ!?)

 

途中で幾人もの蜃気楼(しおり)を斬り捨て、あるいは無視して来たが、それらによって出現箇所を巧みに操作されたことを悟る。

 

文字通りに腐っても敵はまつろわぬ神。

一筋縄ではいかぬことが分かっていたろうに。

 

そんな戸惑いは、押し寄せる生命圧にかき消される。

 

陀羅尼孔雀王(だらにくじゃくおう)ォオオオオオオオオオオ――ッ!!」

 

全身から迸る(おびただ)しい生命力は、拳に流れ込み(まばゆ)い輝きを発している。

 

背筋に怖気が走った。

考えるまでもなく食らえば死ねる。

 

あれが原典そのままだとしたら、同規模以上の気力と体力で応じなければ相殺すら不可能。

 

防御すればそれごと貫かれる。

回避などこの相手には考えるだけ無駄だ。

 

ならば答えはひとつ――

 

(全力で迎撃するしかない)

 

いや、むしろ分かりやすくて結構だ。

刀を振るう鉄也の顔は、剣鬼によく似たものだった。

 

振るうは石上神道流甲のニ、己と剣鬼の代名詞。

 

「蝿声ェ――ッ!」

 

腐食の風を纏ったままの斬撃。

首飛ばしの颶風の体を取ってはいるが、その実態は少し違う。

 

序曲による時間操作の恩恵あってこそだが、放たれたのは無拍子の剣。

これを更に錬磨し最高位に至れば、級長戸辺颶風(しなとべのかぜ)と呼ばれるようになる。

 

流派奥義のその一端、石上鉄也はこの一刀で以って遂に触れたのだ。

 

玖錠降神流・陀羅尼孔雀王(おおおおおおおおおおおおぉ)ッ!」

石上神道流・首飛ばしの颶風(ああああああああああああぁ)ッ!」

 

極大の闘気がぶつかり合い、生命の白と冥府の黒が反発する。

日本列島の地図から一つの無人島が消失した。

 

 

 




正史編纂委員会の皆さま、事後処理ご苦労様です。
嫁アテナでも思ったけど、何で君たちは思ったのと別の方向にいくの?

蜃気楼さんの内情を描写したら鉄也が無間叫喚とか言い出して……
神無月の宴会で盛り上がったと思ったら、夜刀様の流出詠唱が入って東征軍が死んだ! って感じのイメージになってしまいました。

それではイブですけど、メリークルシミマス!
あれ、なんか違う?

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