断頭颶風の神殺し   作:春秋

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前回はネタに走り過ぎたので、今回は本筋に戻します。



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「ううぅ……」

 

清秋院恵那は死にかけていた。

ただ暇を持て余しているだけなのだが、本人としては至って真面目に、このままでは退屈に殺されると思考していた。

 

事の始まりは先月の一件。

奥多摩に出現した龍との戦闘に始まり、まつろわぬヘリオスと対峙したことによる消耗は大きかった。

 

あれからまだ僅かほどしか経っていないとはいえ、人類最強格と分類していい彼女が未だに本調子ではないのだ。

まつろわぬ神の偉大さ、強靭さは推して知るべしということだろう。

 

そして、龍と交戦したばかりか神と対峙し、羅刹王の到着まで僅かなりとも時間を稼いだ功績。

うら若き少女が人の身で成したその偉業に報いるべく、政府内の老骨共も枯れ果てた良心から幾らかの温情を捻出した。

 

そうした気遣いから少女は個室を宛がわれていたのだが、逆に退屈を煽られて不満だったというのは、小さな親切大きなお世話という諺の通りと言える。

 

「あ~あ~。せめて話し相手でもいればなぁ~……」

 

これがもし大部屋なら、奔放な気質と獣染みた直感によって生まれる天衣無縫の振る舞いでもって、同室の病人たちと仲睦まじく交流していたことだろうに。

 

加えて言うなら、呪術行使を禁じられているというのも辛い。

特に封印を施されている訳でなければ身体に支障があるという訳でもないのだが、彼女の場合は神おろしという特異性により内側からも神力に蝕まれる。

 

その後遺症とでも言うべき影響を危惧され、顔馴染みでもある沙耶宮馨から「安静にしているように(大人しく寝ていろ)」と釘を刺されたばかりだ。

 

アレもダメ、これもダメと。

野生児な面もある彼女には気が滅入る環境に嵌まっていた。

 

――コンコンコンッ。

 

そんな折、彼女の個室にノックが一つ。

少女の無聊を慰める――退屈を叩き壊す者が扉を叩いた。

 

恵那も渡りに船と喜色を露わに、しかし落ち着いて返事を返す。

 

「はい。どうぞ」

「――失礼します」

 

そうして開かれた戸より現れた男を目にし、傍目にも大袈裟な程に驚嘆した。

 

「突然の訪問失礼する。傷の具合はどうだ清秋院恵那?」

「……王様?」

 

石上鉄也。

魔王。羅刹王。神殺しの王。

アメリカでは堕天使、イタリアではカンピオーネと称される超常の戦士。

 

前の一件ですれ違った護国の覇王が入室する。

……と表現すると壮大な印象を受けるが、要は単なる見舞いである。

 

「そう畏まらなくて……いや、畏まってるのか? まぁ、普通に名前で呼んでくれて構わないよ」

「じゃあ、石上さん?」

「それ却下。沙耶宮室長と甘粕さんで間に合ってるから」

 

無難な答えを敢え無く切り捨てられ、ならばと順当にファーストネームに移行する。

 

「なら鉄也さん?」

「よしそれでいこう」

「だったら、恵那も名前でいいよ」

「そうか? じゃあお言葉に甘えて、よろしく恵那ちゃん」

 

ゴホンと咳払いをしてから、気安い王様は姿勢を正す。

 

「改めて、石上鉄也だ。以後よろしく」

「清秋院家嫡子、恵那で御座います。こちらこそ、末永くお付き合いをさせて頂きたく存じます」

 

ベッドの上ながら正座し礼儀として頭を下げる。

そこに先程までの気怠さは微塵も窺えず、大和撫子の面目躍如といったところか。

 

しかし、それもここまで。

天性の気質でもって彼我の適切な距離感を看破し、故に馴れ馴れしいとすら言える態度で接し始めた。

 

跳ねるような軽やかさで飛び上がると、部屋の隅に追いやられていたパイプ椅子を並べる。

 

「はい鉄也さん、お話ししよう! 恵那ってばやることなくて退屈だったんだ!」

「お前病人だろうに」

 

とは言いつつ、鉄也もこの様子では問題なさそうだと判断して大人しく従う。

 

「それで、恵那に何か用でもあったの?」

「いやただの見舞いだよ。昨日の昼に甘粕さんと会ってね、物のついでと入院場所を教えてくれたんだ。っていうか、甘粕さん知ってる? 胡散臭い笑顔の甘粕冬馬さん」

「うん。知ってるよ甘粕さん、忍者な人だよね?」

「そうそう。いつも足音消して歩くのが癖になってるあの人」

 

とは言え、恐らく時と場合に応じて癖や習慣すらも偽ってのけるのだろうが。

 

彼はNINJAではなく忍びであるのだから当然だ。

などと鉄也の中で甘粕冬馬という男がどんどん美化されていくが、それでも実像を超えていないように思えるから不思議なものだ。

 

或いはそれも正体を掴ませぬ隠密の内なのだろうか。

 

「つまり甘粕さんは凄いんだよ」

「……鉄也さん、なんなのその甘粕さんリスペクト。ちょっとあの人のこと好きすぎない?」

「恵那ちゃん、男の子は誰しも一度は忍者に憧れるものなんだよ」

 

忍者と侍は日本が誇る文化であると。

そう宣う彼は、古来より剣術を伝える一族の末裔なのであった。

 

ある種の自画自賛か?

 

「あとアレも憧れるな。着物の帯を引っ張るやつ」

「あーぁれーぇ、ってやつ? やりたいならやらせたげるよ? 家に着物なんて燃やすほどあるし」

「…………非常にありがたく興味がそそられる提案ではあるが、流石に現役女子高生が相手となると犯罪臭がするので辞退させてもらいます」

 

泣く泣く提案を蹴った鉄也の態度が可笑しかったのか、少女は盛大に笑声を上げた。

 

そうして両者が談笑をしていた頃。

海の向こうでは一風変わった出会いがあった。

 

 

 

 

 

――中華大陸は南部に位置する廬山(ろざん)の奥地。

 

厳しく険しい自然の風景。

峰々が織りなす風景の雄大さは感嘆を齎し、荘厳な空気が吹き抜けていく。

 

世界文化遺産にも登録されている高山の、人が踏み入ること敵わぬ高高度にひとつの(いおり)が鎮座している。

 

原始的な草ぶきの小屋だが、それでも文明を匂わせる異物。

だというのに周囲の環境に溶け込んでいる不可思議な光景だった。

 

そこに更なる異物が足を踏み入れる。

 

いや、これもまた異物と言うには明らかに馴染んでいる。

それもこの僻地に踏み込んできた異物――彼女の真実からすれば当然だろう。

 

其れは(きり)。其れは(かすみ)。其れは(もや)

 

「頼もう。羅豪教主は御在宅かな」

 

軽挙でありながら厳かに。

蜃気楼と呼ばれた女は告げた。

 

呼応するように霧中から現れたのは、鋭い眼光を向ける麗明なる佳人。

 

「この庵に侵入する不届き者。我が名を知りますか、拳武の神よ」

 

まつろわぬ蜃気楼と神殺し羅翠蓮が相対した。

 

 

 


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