羅刹王、或いは堕天使。
神殺しの魔王、或いは戦士。
人類最強のチャンピオン、或いはカンピオーネ。
そう呼ばれる人種が、世界に七人だけ存在している。
一世紀に一人もいない時代も過去にはあったので、今世紀は豊作と言っていい。
ただし、それが人類のためとは言えないのだが。
彼らはトラブルメーカーだ。
騒動の火種を見つけるのが得意であり、意識せずともそれを爆発させる傍迷惑な存在。
そんな者の一人が彼、石上鉄也。
七人目のカンピオーネとなった、齢十八歳の少年である。
高校の卒業を間近に控えた彼だが、国包みの内定が確約されているので受験勉強とは縁がない。
その代わりに命を掛けて戦っているが、それも魔王の生態を思えば困難ではない。
彼は転生後も変わらず、順調に生活を送っている。
しかし彼もまた騒動に愛された神殺し。
往く先々で事件が起きてしまうのは、避けようがない運命なのであった。まる」
「何を言ってんですか石上さん?」
「いやだって、現実逃避の一つもしたくなるでしょうよ甘粕さん」
石上鉄也と甘粕冬馬。
二人して呆然と空を見上げながら、力なく会話を繰り返す。
「俺ってばまだ奈良に着いたばっかりなんですよ?」
「まあそうですね。私も一緒に乗ってましたから、良く知っていますとも」
新幹線やら特急やらを乗り継いで東京からやって来た二人。
駅を降りて迎えの車を待っていたらこれである。
頭上から膨大な呪力が降り注いで来たのだ。
咄嗟に見上げると、上空に人頭龍尾の怪物が遊泳しているではないか。
それを目視した瞬間、肉体が活性化して思考が研ぎ澄まされた。
(まつろわぬ神ですね、分かりたくありません)
そうして澄んだ思考をわざと曇らせ、何とか現実逃避を始めたのだった。
「俺もともと本流の
「ならバチが当たったんじゃないですか? 御神体を神殺しが振り回そうだなんて、暴挙も暴挙ですからねぇ」
確かにその通りだが、鉄也とて何の理由もなしにそんな暴挙に出た訳ではない。
彼の愛刀は女神を斬った事で死に侵され、風化し崩れ落ちている。
新たに何処かから仕入れようにも、そもそも神との戦いで耐えうる代物など望めない。
これでは戦力低下が免れないため、沙耶宮馨を交えて話し合ったのだ。
そして父の意見もあり、展望が決まった。
そうだ、神刀を借りればいいじゃないか!
という父の暴論を受けて馨が乗った。
こうして鉄也本人と縁がある石上神宮で、神体として祀られる布都御魂剣を借り受ける手筈が整ったのだった。
その裏に、とある媛巫女を通じて「配神たる天羽々斬を新たな神宝とする」という作が講じられた事を、鉄也は知らない。
「俺が剣鬼的に美味しい武器だとか思ったのがいけなかったんでしょうか」
「私も太極的に美味しい設定が増えたと喜んだのがいけなかったんでしょうか」
どっちもどっちである。
「ところで甘粕さん、アレの正体って分かりますか?」
「見たところ龍っぽいですが、後はさっぱりですな。強いて言うなら奈良県東大寺の大仏から連想して、仏教関連かもしれないと言った所でしょうか」
「あんまり役に立ちませんねー」
「面目ないですねー」
などとダラダラ会話を続けていた両者だが、そこで鉄也がある事に気付く。
「――甘粕さん、なんだか
冬馬はハッとして辺りを見回す。
確かに、先程までと比べ明らかに光度が下がっている。
鉄也はその原因を目ざとく見つけた。
「太陽が陰っている……?」
「皆既日食、ですか?」
日蝕や月蝕という現象は稀である。
故に各神話体系においても、象徴する神格は数少ない。
そして先ほど言った仏教関連という事から、冬馬はもしかしたらと一つの名を告げた。
もしこの名が正答だとするなら、龍のような体をしながらも頭だけが人の顔である事に納得がいく。
いやむしろ龍の胴体こそが後付けと言っていい。
それを聞いて鉄也は首を傾げる。
「それって仏教の神様ですか? 発音的に漢字が当てはまると思えないんですけど」
「ええ、元はインド神話から流れた神ですよ。アスラ――三面の戦神と有名な阿修羅の原型、その内の一体です。彼の胴体はケートゥと呼ばれ、凶星として空に上がりました」
冬馬は、こう言うと親しみ安いかも知れませんねと続ける。
「夜行様、ですよ」
「――っああ! 計都・天墜、計都星ですか!」
「不死を得た彼は頭と胴に別れながらも、その原因となった神への復讐として日蝕と月蝕を引き起こすのですよ」
なるほど確かに親しみやすい。
そしてやはり、この男は博識だ。
甘粕冬馬の有能さを噛み締めながら、鉄也は遂に現実と向き合う。
「甘粕さんが格好良い所を見せてくれたので、俺もそれらしい所を見せましょうか。人里から離れるように誘導しますから、出来るだけ避難誘導をお願いします」
「畏まりました、王よ。御身の快勝を待ち望んでおります」
「ふふっ……では行って参る。せいぜい、祝勝の用意でもしておくことだな」
最後まで茶目っ気たっぷりのやり取りをして、両者は別れる。
これより神殺しの第二幕、カンピオーネとしての初陣だ。
呪力と戦意を昂ぶらせながら、鉄也は上空の神を睨み付けた。
まず『召喚』の術を使い、何よりも先に獲物を取り寄せておく。
業物は業物だが神殺しの武器というには不足している。
しかし無いよりは断然マシである。
鋼の重さを確かめながら、初の聖句を唱え始めた。
「冥府魔道の息吹よ此処に、洗礼をもって吹き荒れよ」
まず顕すは死の風を呼ぶ権能。
高まる呪力に魔王の所在を知ったのか、怪物は鉄也に向けて咆哮した。
「そーら突風が吹くぞ――受け取れ!」
宿敵を討つべく向かってきた人面龍を狙い、冥府の死に風で殴り飛ばした。
『GUGYAAAAAAAAAAAAAAAA――――!!』
墜落することこそなかったが、巨体がよろめいた隙に疾走する。
術によって後押しされた移動速度はかなりのもので、追いつかれるより先に市街地を抜けた。
『猿飛』の術――鉄也はその呼び名を古臭いと嫌い、洋風に『跳躍』と呼んでいる。
卓越した使い手は自動車とは比べ物にならない程の速度を出せるというが、今の彼もその領域に踏み込みつつあった。
カンピオーネとなって飛躍的に高まった感性と戦闘勘が、肉体のポテンシャルを際限なく引き出している。
これも神との死闘に入った影響なのだろう。
とは言え、相手は障害などない空を翔けている。
距離は確実に詰められていた。
だが――
「ここまでくれば、人的被害は避けられるだろう」
ようやく彼も、神殺しとして宿敵と向かい合う準備が整った。
良いか悪いか相手は空中、刃を合わせる事がないなら壊れる危険もいくらか下がる。
銀閃と共に抜き放ち、峰を地に向け上段に構えた。
「
瞑目し唱えるは、己の指針となった剣鬼の祈念。
それは彼のように意識を切り替えるための物ではなく、彼の剣を使う時のルーティンに近いだろう。
もはや習慣、故に唱えないという選択が有り得ない。
「
まず感じたのは憧憬。
壬生宗次郎という男に羨望し感嘆し、憧れた。
無論、その人間性には欠片も共感できない。
すべてを斬りたい。
己こそが天下無双の刃だと証明したい。
現実に照らし合わせてみれば、馬鹿げているという他ない。
だが、それでも。
思うところは、感じるものはあったのだ。
「諸余怨敵皆悉摧滅――」
揺らぎながらも貫いた真芯。
斬るという信念、刀剣であるという信仰、その一途さには憧れた。
そして何の因果か人を超えた鉄也は、彼らにこれだけ近付いたのだと、その昂揚を剣に託した。
「