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布都御魂は霊剣だ。
その霊力は毒気を払い活力を与えるとされ、日本刀の形となってからも宿った力はそのまま使える。
鉄也が携えた場合、発する剣気だけで大抵の魔術・呪術は斬り払える術破りの霊刀だ。
だから冥府の毒風と兼ね合えるかが不安だったが、その心配は杞憂だったらしい。
権能で処刑刀に変化させても、死毒の悪影響だけを取り除けるいいとこ取りが可能だった。
「うん、流石だな。斬る対象も選別できるとか、流石は布都御魂剣だ」
「そのあたりは権能と同じく、石上さんの意識が影響しているのかも知れませんね」
まずヘカテーの権能からして術者の意識が如実に現れている。
不死殺しの首狩りとかはモロにそれだ。
「でも、カンピオーネの権能は神殺しを統括しているパンドラに調整されてるらしいですし、むしろ俺というより
などと言い逃れに走る鉄也だが、その意見には一理あるかもしれないと冬馬は思った。
「確かにまあ、有り得ないとは言えませんけど……そういう石上さんは、女神パンドラにお会いしたことは?」
「転生の時に一回だけ。薄ぼんやりとしか覚えてませんが、見た目だけ言えば可愛い女の子でしたね」
荘厳な空気を纏った包容力のありそうな少女、という風体だった気がする。
体型的に少しばかりアレだが、イメージとしては太陽さんとか黄昏様とかが似合いそうな。
ってあれ、もしかして本性はバカっぽかったり、どこか抜けてたりするのだろうか?
……いや、考えないでおこう。とりあえず顔は可愛かった。
「女神は大抵がそうでしょうとも。人知を超えた神の造形など、まつろわぬ神には標準装備だそうですからねぇ」
言って、冬馬も少女神がエロがおまけなエロゲーをプレイしている光景を想像し、残念な光景に萎えるようなマニアックな姿に萌えるような、何とも微妙な感慨を抱いた。
似たような想像をした鉄也も複雑な思いをしつつ、何だか違和感が湧かない不具合に頭を振る。
「とりあえず、このまま権能が増えていけば明らかになるでしょうよ。神座万象な能力ばっかりだったなら、大人しく俺のイメージが反映されてるって事で認めます」
「何だかその姿を早く拝める予感がしますけどね」
「ちょっ、そういう直感って
という風に仲良く東京へ帰る二人であった。
この予言が的中するのは、これから半年後の事である。
笑わせるなよ甘ったれども! 真に愛するなら壊せ!
彼もそれを望んでいる。そしてこれは……我が君の遺命である!
「うぅ~、龍明の姉御痺れるぅ~」
奈良での神殺しから一週間。
鉄也は休日を利用して
それもこれもラーフとの一戦で、己の指針を再認識したため。
自分の技は壬生宗次郎の威を借る剣。
自分の権能は歌劇の主演たちへの信仰の形。
ならばそれを誇り理解を深めようと、七割の本気と二割の遊び心、残り一割の暇つぶしを兼ねて熟読していたのだ。
これを木偶の剣と言われれば否定はできまい。
中身がない鍍金と言われればそれまでだ。
だがそれでも、俺は彼らを信奉している。
旧神の歌劇も新鋭の絵巻も、楽園の神話とてすべてが愛しい。
どこぞの正義の味方じゃないが、借り物の剣でも貫きたいと思っている。
と、格好良いことを言いながらゲームに熱中しているだけな少年の姿がそこにあった。
っていうか俺だった。
「変わんないねアンタ……」
そんな姿を見て苦笑を零すのは彼の母。
帰国後は色々と気が動転したものだが、今となってはまるで進歩しているように見えない息子に安堵を超えて呆れている。
「人類史に希に見る偉業を成し遂げたっていうのに、まるっきりそのままじゃないの」
「そりゃそうだ、俺は何も変わっちゃいない。神殺しの魔王とか羅刹王とか言ったって、俺は俺なんだからそうそう変わったりしないだろうさ」
両手のひらを上に向け、態とらしい態度で肩をすくめる。
そんな鉄也に呆れた目を向けながら、それでも何か感じる物があったのだろうか。
近くに歩み寄った母は、息子の頭をゆっくりと撫でる。
「ん……なんだよ」
「何でもないよ、ヨシヨシッ」
いい年をしてと照れながら、大人しくされるがままの鉄也だった。
彼は、そしてその母も。
家に帰って泣き散らした夜を忘れていない。
辛かったと。
苦しかったと。
魔王になりたくなかったと泣くその姿を、母親は決して忘れてなどいない。
自分では何の力にもなってやれないが。
それでも、こうして愛してやる事は出来るのだと。
母の愛は誠に偉大である。
親子の触れ合いから一時間後、鉄也は再びディスプレイに向き合っていた。
しみじみとしたから熱いバトルで吹き飛ばせ!
とばかりにマウスをカチカチ、キーボードをパチパチと読みすすめている。
もう末期だろうコイツ。
第三者がいればそう見限るような光景だが、とある一幕で手が止まる。
生きる場所の何を飲み、何を喰らっても足りねえ。
けどなぁ、それで上等だろうが! 甘えんなッ!
神様に頭下げて、摩訶不思議な神通力でも恵んでもらって、そんな自分は強くてすごいだぁ
――ふざけんなこの根性なしどもが! 玉ついてんのか切り落とすぞォ!
「……この台詞には色々と思うところがあるよな」
呟いてベッドに寝転がる。
ぼんやりと天井を見つめていると、隅に追いやったはずの光景が再度浮かんでくる。
震える手振り抜いた太刀滴る血光を反射する刃金ひらひらと舞い落ちる布切れ潤んだ蒼穹の瞳鮮血に濡れた艶やかな黒髪微笑んだ口元微笑んだ笑顔笑顔笑顔笑顔笑顔――――ごめんねテツヤ。
「――――ッ」
神話から抜け出た神。
それを打ち倒す神殺しの王。
創作の題材にでもなりそうな馬鹿げた世界。
そんな世界に生き、あろう事か神をこの手で殺した自分。
愛した
馬鹿げている世界。空想じみている自分。
本当に自分はこの世界に生きているのか?
いやそもそも、
滲む視界から、彼女の笑顔が消えなかった。
これからも展開的にしんみりした話がちょくちょく出てくると思います。