失意の中で眠りに着いた鉄也は、目覚めた途端に全力疾走で家を飛び出した。
「祓い給え清め給え祓い給え清め給え祓い給え清め給え」
早朝からどこに行くのかと思いきや、以前に蝿声の試し撃ちをした山中の修練場に向かう。
着いた途端に禊ぎの祝詞を唱え、音も遮断する結界に
「何をアホなこと考えてんだよ俺はなにが『本当にこの世界は現実なのか……』だよバッカじゃねーの中二病かよそうだよ中二病だよじゃなきゃゲームキャラの真似とかマジでやってるわけねーだろおおおおおあああああああああああああああああ――!!」
ゴロゴロ~、ゴロゴロ~。
頭を抱えて剥き出しの土肌を左右に転がる。
「バッカじゃねーのバッカじゃねーのバッッッカじゃねえッのおおおおおおお――――ッ!!」
一通り叫び終えた鉄也は、立ち上がって深呼吸を繰り返す。
「よし、何もなかった」
呼吸を落ち着け瞑目したあと、記憶を抹消して立ち直ったらしい。
言葉通り何もなかったかのように剣を取り出し、素振りを始める。
剣道でよく見られる面のイメージで、前後に送り足を繰り返す。
一定数をこなしたら仮想敵を思い描いてシャドーボクシングの要領で訓練に入る。
その相手は鉄也が知る限りの暫定最強、日蝕の阿修羅ラーフ=ケートゥである。
この修練場に展開された結界に手を加え、彼を
「
それは本来、彼が目標とする壬生宗次郎の属性ではない。
彼の対存在である蜃気楼、玖錠紫織の使う技。
とは言えこの術は、己の可能性を拡大して数多の自分という実像を展開する世界法則の歪みではなく、その場にないものを映し出す幻影創造という本来の形。
呪術の専門家ではない鉄也の腕では細かい装飾まで再現できず、鬼神の如き形相は黒に塗りつぶされて見えない。
だが、それでいい。
見た目など手足があって首が分かれば、斬り合う相手には十分だ。
強度も高い訳ではないが、鍔迫り合いが出来るなら構わない。
布都御魂剣も接触と同時に術を消してしまうので使えないが、そもそもラーフと戦った時には持っていなかったのだからむしろ邪魔になる。
影の術式を自律させた鉄也は、『召喚』で自宅の倉庫から予備の刀を取り寄せて構えた。
これで維持に意識を割かなくても、「こういう行動を取られると困る」という思考から勝手に動くようになる。
そして考えた悪い未来の通り、高速で死角に入った影から斬りつけられた。
一撃、二撃、三撃、四撃。五閃、六閃、七閃、八閃……九斬、十斬、十一斬、十二斬――
四本の腕から繰り出される連続斬撃は、絶え間なく敵を斬圧する驚異にして脅威の剣舞。
しかしそれも、鉄也からすれば攻略法が存在する拙い技術に過ぎないのだ。
いつかと同じように一撃は避け二撃も躱し、三撃は弾いて四撃は受ける。
五閃目からもこの流れを続け、徐々に盛り返しつつ十二斬の終わりには大打撃を与えた。
「で、すぐに倒せちゃうんだよなぁ」
鉄也の想像力が足りないのか、実態のない神では不足しているのか。
そもそもからして、神殺しの戦士には訓練など気構えくらいにしかならないので仕方がない。
今も止めていないこの鍛錬とて、惰性で続けているに過ぎないのだから。
「……なんか、他の神殺しが強敵求めてる気持ちが理解できるようになって来たかも」
要は、この世界が窮屈で退屈なのだ。
なまじ人間社会など戯れに破壊できる力を持っているから、それに大した意義を見い出せない。
彼らが恐れられる暴君の所業は、興味がない故の余波が行っているだけなのだ。
「ってやめだやめ! また世界がどうとか、変に思考が偏っていくし……」
帰って朝食を食べようと、頭を振って剣を収めた。
石上鉄也もやはり神殺し。
凌ぎを削る戦場こそが、最も迷いなく在れる憩いの場なのかもしれない。
それからの数週間数ヶ月は、何事もなく日々を送った。
いくらカンピオーネが騒動の元とは言え、そう毎月のように敵が来る訳ではないのだ。
もしそんな輩がいたのなら、それは本人にも多大な原因があるだろう。
と、別世界に喧嘩を売りながら日常を謳歌する鉄也。
そんな彼も、もう高校卒業だ。
これからは正史編纂委員会において、対神職員として働く事になる。
表向きには特殊な資格を持っていたので勧誘された公務員の一種、という名目。
決して嘘を付いている訳ではないことが味噌だ。
(世界に七人しかいない)特殊な(神殺しの)資格を持っていたので(トップに立たないかと)勧誘された(政権組織の一員である)公務員の一種(と言える立場)。
詐欺みたいな言い訳だが事実だ。
この先の未来を思いながら花道を潜る鉄也。
どこか超全的な威風堂々とした態度は、意識していないからこそ際立って見える。
愛を抱いて、ある意味での失恋を経験し、人間性という意味で大きく成長した彼。
その気風に惹かれる少女も、同学年に限定したとてそう少なくはなかった。
だが、どれも一刀で袖にする様から、決めた相手がいるのだという事も知れ渡っている。
どれほどの美貌でどれほどの器量があろうが、彼女以上の異性はいないし彼女以外の伴侶はいらない。
今はもういない、いつかまた出逢えるかもしれない少女を想い続ける。
次に顕れた時には覚えていないかもしれないし、そもそも
それでも俺は、待ち続けるって決めたから。約束したから。
神殺しとなった少年は、新たな一歩を踏み出した。