ステイシーさんは以外と大人の人だと思うんだ……
今まで色々な奴を見てきた。
頼りになる奴、信用できない奴、優しい奴、卑怯な奴、聖人みたいな奴もいれば、屑同然の奴だって居た。そんなに長い人生を生きてきた訳じゃないが、そんじょそこらの老人よりは太くて険しい人生を送ってきたつもりだ。
だけど、断言出来る。
今まで、大和以上に根性ある奴は見たことない。
*
疲れた体の表面を熱いお湯が流れ、今日仕事をして付いた汚れを流し落としていく。それを一身に浴びている金髪の女性……「ステイシー=コナー」はその心地よさに笑みを浮かべた。
今日の仕事は最悪だったなと、ステイシーはシャワーの心地よさを感じつつも心の中で悪態を付く。久々に川神を見て歩きたいと言った紋白の護衛として、ステイシーが受け持つ新人や部下は紋白の周辺についていたのだがそんな時に限って敵が現れたのだ。幸いにも大した相手でもなく、数もそれほどでもなかったために紋白が勘付く前に全てを片付けることが出来た。が、新人がそれで怪我を負った上に、自分も埃や砂で全身が汚れたのだ。当然仕事中なのでシャワーを浴びる事は出来ず、ようやく仕事が終わってさぁとなると新人が怪我をしていたために報告書の提出があったのだ。お蔭で既に夜中と言える時間帯であり、普段ならば仕事を終えた後の一杯でもやっている所だった。
(それに見逃しちまったからなぁ)
と、ステイシーは牙の様に尖った歯を噛みしめながら溜息を吐く。今日はあずみの誕生日……そして恒例の大和が告白をする日でもあったのだ。無論仕事が終わった後に四人でパーティを開く予定があったが、ステイシーはそれに間に合わなかったのだ。恒例行事かつ、大和がどんな告白を見せるかで盛り上がるものなので毎年見ていたのだが、とうとう今年は見ることが出来なかった。
「ったく、最高にファックだぜ」
そう呟いてシャワーノズルを回して止める。そのまま全裸で浴室から出ると、何も纏うことなくズカズカと部屋まで戻る。よくつるんでいるあずみ、李の二人とは比べ物にならない豊満な体を揺らし、ステイシーは部屋に干してあったタオルで体を拭き始めた。体を拭き、髪も大雑把に拭き終える。パンツこそ履くがブラはせずに、いつもと同じ寝巻を身にまとった。モスグリーンが特徴的な寝巻であるが、やや小さいのか胸の辺りが窮屈そうだ。
冷蔵庫からコーラを取り出し、昼に余分に買っておいたハンバーガーを温め直す。李には深夜にそんな高カロリーのジャンクフードは食べるべきではないと散々言われているが、ステイシーにはやめる気が一切ない。人生は太く短くがステイシーの考えなのだ。不健康な生活でも今自分がやりたい事をやらないと気がすまないのである。当然、常識の範囲内であるが。
コーラのプルタブに指をかけて力を入れるとカシュッ、という音が鳴る。手に持ったハンバーガーを一口齧り、コーラを一気に煽る。
「くあっー……うめぇー!」
端から見たら唯のおっさんであるが、ステイシーは全く気にしない。三度の飯よりハンバーガー……いや、三度の飯がハンバーガーで構わないほどのバーガー狂いなのだから、当然と言えば当然である。
今日は時間も遅く、それほど長く起きている訳にはいかない。明日は怪我をした部下も見舞ってやらなければならないので忙しくなるだろう。このコーラとハンバーガーを始末したら側寝るつもりだ。普段ならこれにおかわりが入るのだから、普段よりは健康的と言えるだろう、とステイシーは勝手に結論付けて更にコーラを煽る。
「んっ……?」
そして感じた喪失感に、コーラの缶を逆さにする。既にスッカラカンの状態となっており、もう片方の手に持っていたハンバーガーも残り一口(小さな口で)だ。ステイシーは不満そうな顔を浮かべてハンバーガーを口に放り込むと、缶をポイッとゴミ箱に投げ捨てた。ゴミ箱にホールインワンした缶を見つつ、ステイシーは不満げな呻き声を上げる。
要は全然足りないのである。腹も寂しいと言っている気がする。普段の生活の乱れを象徴するかのような疼きだ。かといってここで無理をすれば明日に響くだろう。
仕方ない、諦めるかと溜息を吐いた瞬間、ステイシーの部屋がノックされる。しかもコンコンといった静かな音ではなく、全力で拳を叩きつけてるような音だった。ステイシーは驚いた様子で扉に視線を向けるが、すぐに立ち上がって扉へと向かう。慌てないのは、ステイシーが持つ端末に連絡が来ていない為だ。緊急事態ならば部屋に来るなんていう悠長な手段ではなく、通信が来るだろう。という事は大した事ではないのだろう。この時間帯に、しかもこんなでかいノックを鳴らした事は気になるが……
「なんだ、誰だ?」
ステイシーが扉越しに多少の警戒を含めた言葉をかける。これがもし不審者(九鬼本部でそれはあり得ないとも言えるが)ならば扉越しに銃弾を浴びせるか、蹴りで扉ごとぶち倒す事を考えながらの言葉であったが、次の瞬間扉越しに聞こえた言葉にステイシーは驚くことになった。
『あ、ステイシーさんいましたかぁ? 俺です、直江ですけどー』
「あ……大和?」
普段とあまりに声の抑揚が違うので、ステイシーが疑問の声を上げる。が、声自体は確かに大和のものであったため、ステイシーは開錠すると扉を開けた。
そこにいたのは顔を紅潮させ、片手にワインの瓶を持った大和の姿だった。普段の不敵に何かを考えているような表情は全く見えず、ただ酒に酔っているだけの男にしか見えないその姿に、ステイシーはあんぐりと口を開ける。
「どうもー、良いワインが入ったので一緒に飲もうと思ったんですけどぉ、李さんは夜勤でいないみたいなんで直接来ちゃいました」
そう言いながら笑みを浮かべる大和からは、濃厚な酒の香りが漂ってきた。かなり飲んでいるのだろう。実際大和は酒に強く、あのあずみと一緒に飲んでいける位の酒豪だ。
「とりあえず、入んな」
「はーい」
こんな姿を下位の従者に見せるわけにはいかないだろうと、ステイシーは大和を部屋へと招き入れる。大和はそのままふらふらと歩いていき、ステイシーのベッドへと腰かけた。普段の大和ならばこんな事はしない。何かあったのか……とステイシーが考える前に、大和は置いてあったコップにワインを注いでステイシーへと手渡す。ステイシーが難しい表情を浮かべたままそれを受け取ると、大和は手に持ったワインをそのまま飲み始めた。
「お前、それ私に注ぐ前に口つけてないだろうな?」
「へ? どうだったかなぁ」
駄目だコイツ、とステイシーは渡されたグラスに口を付けずにテーブルの上に置いた。そして大和の隣に腰かけると、その顔を見ながら口を開く。
「で、一体どうしたんだよ?」
「んー?」
「何があったって聞いてんだよ、お前がそんなになるなんて普通じゃないからな」
ステイシーの言葉に、大和はヘラヘラとした笑みを崩さないままワインに口を付けた。その行動を見たステイシーが視線を鋭くすると、大和はワインから口を離し、視線をしたに向けて口を開いた。
「別に大した事じゃないですー、またあずみさんにフラれたってだけですよ」
「は?」
ステイシーが素っ頓狂な声を上げた。なんせ大和があずみにフラれるなんていつもの事だし、それでもめげないのが目の前の大和という男だ。
今ステイシーの目の前にいる大和は、それこそフラれた後の典型的な男そのものだった。酒に溺れ、自虐的に笑う事でしか今の現状を保てない。今まで見たことのない姿がそこにあり、ステイシーは驚きと同時に苛立ちを覚える。確かに今日はあずみの誕生日で、普段とはまた違う特別な日なのかもしれない。だけどそれでも諦めないがお前だろ? と半ば八つ当たりの様にステイシーは大和を睨みつけた。が、それに対して大和は反応するでもなく、睨み返すわけでもなく視線を下に向けたまま、ゆっくりと口を開いた。
「もう、七年です……」
焦燥……いや、諦めの様な感情が入り混じった大和の声に、ステイシーは目を見開いた。大和が今口にしたのは、まさに弱音だ。今までどんなにあずみに手酷くフラれようとも、一度たりとも弱音を吐いたことのない大和が口にしたその一言に、ステイシーは驚きと同時に奇妙な焦りを抱く。
「もしかしたら、俺は二度と振り向いてもらえないんじゃないかって……俺が今している事は全部無駄なんじゃないかって……そう思えて」
「無駄な訳ないだろ、あずみだって少しずつ……」
「じゃあ!」
大和がワインの瓶をテーブルに強く置き、大きな音がなる。防音設備がしっかりしている為外に聞こえてはいないだろうが、ステイシーはそんな大和の様子を見て苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべた。
こういう奴を戦場で見たことがある。そいつは全てに我慢とか、理想とかを掲げて戦っていた奴で、どんなに辛いことがあっても前向きな奴だった。だが、何が原因かは分からないけどそいつは折れた。その後の事は部隊が分かれたため知らないが、風の噂ではあの後すぐに戦死したと聞いている。今の大和は、そいつが折れた時と似ている気がするのだ。
七年という歳月は簡単に言う事は出来るが、非常に長い時間だったのだろう。実際ステイシーが七年前の事を思い出そうとしてもうろ覚えだ。記憶だけでこうなのだ、実際に体感している時間でいえば更に長いものと言えるだろう。
そんな時間を、大和はあずみだけを見て過ごしてきた。しかも拒否され続ける中をだ。いくら大和が忍耐強く、あずみを愛しているからと言って限界があるのだろう。今の大和は少し押しただけで倒れてしまいそうな印象を受けるほど儚い。
そんな大和にステイシーは一瞬手を伸ばしかけるが、それは自分の役目じゃないなと思い直して手を引っ込めた。その代わり、自分の役目はこういう事だろと言い聞かせると、大和に視線を向けたまま笑みを浮かべた。
「だからどうしたよ」
「……」
大和がゆっくりとステイシーに視線を向ける。無気力でいて、怒りを秘めた視線だ。賛同して欲しかったのだろうか? それとも肯定して欲しかったのだろうか? どちらかはステイシーには分からないが、今から自分がやることに変わりはない。
「私に慰めにもらいにでもきたのか? それとも同意して欲しかったのか? 残念だけどな、私はそんなヘタレた男にかける言葉なんざ持ってねぇよ」
「そんな、つもりじゃ……」
「じゃあ何だってんだよ。今のお前が私に何を言いたのか知らないし、興味もない。大体私にそんな事言って何してぇんだよ、チェリーボーイの癖によ」
「っ……!!」
大和が拳を握りこむ。ステイシーはそれを見て更に深い笑みを浮かべると言葉を続けた。
「おっ、なんだ? 実力行使でもしようってのか? 出来るのかよ、一人の女も落とせねぇチェリーボーイ君」
「だ……れ……」
「ほれほれ、やれるモンならやってみろって。まぁ、あずみを落とせないお前にそんな度胸がある訳が」
「黙れよっ!」
瞬間、ステイシーは衝撃を感じて自分の体がベッドに押し倒されたのを認識した。両手は頭の上に組んだ状態で大和の右手で押さえつけられており、大和の左手は自分の右胸を強く鷲掴んでいる。あまりの力に痛みが生じてステイシーは眉を顰めた。寝巻も乱れてギリギリ胸が露出していない状態であり、その光景はまさに大和が今からステイシーを抱こうとしているとしか思えないだろう。
こんな状況にも関わらず、ステイシーは非常に落ち着いていた。まさか本当に大和がこんな行動をするとは思ってもいなかった為、押し倒された直後は割と混乱していた。ステイシーだって女なのだ、胸を掴まれて押し倒されればそれなりに驚く。が、目の前で自分と視線が合っている大和の様子を見ていると、焦りも何もなくなってしまった。
(なーに泣きそうな顔してんだ、コイツは)
フーッフーッ、と息も荒く、目も血走っているが大和の顔は泣くのをこらえるかの様に歪んでいた。自分の行動を後悔しているのか、それとも唯単純に酔っているからの情緒不安定かはステイシーには分からない。だが、そんな大和の表情を見ていいると自分が慌てる訳にはいかないとも思えてしまったのだ。
(ったく、本当なら泣き叫ぶのは女である私の方だってのに……)
ステイシーはそう考えて目を閉じ、一つ溜息を吐いてもう一度大和と視線を合わせる。気のせいか、大和が怒られる事を覚悟した子供の様にビクッとした気がする。
「いいぜ」
「!?」
「私は別にいいって言ってんだ。そんなに辛いのなら、一度吐き出しちまった方がいいんじゃないか?」
大和は軽く身を引くが、自分を押さえつけている手は離していない。
「なーに、一夜の戯事さ。あずみに対しての浮気でもないし、私も別に他の奴に話したりしない。お前はこの一夜だけ私に全てをぶつけて、明日には忘れて仕事に出ればいいさ。誰もお前を責めないし、責められない」
そこでステイシーは一度言葉を区切り、全身の力を抜いて目を閉じた。
「お前は頑張りすぎたよ、大和」
「……」
大和の腕に力が入り、ステイシーの腕の拘束力が増した。昔はこんな風に押さえつけられたとしても、ステイシーなら軽々と拘束を解くことが出来たはずだ。しかし今は全力で暴れたとしても抜け出せるかは微妙な感じである。大和の成長を喜ぶのと同時に、少し恐くもあった。
大和の顔が近づいてきているのを感じ、一瞬ステイシーの体にも力が入る。目を閉じているステイシーにも鼻先に大和の息遣いを感じ、緊張の為かステイシーの顔も紅潮した。
が、予想していた筈の接触はいつまで経ってもこない。それどころか、ステイシーの腕と胸にあった圧迫感が消えると同時に、大和が離れていくのを感じた。ステイシーが目を開くと、先ほど自分を押さえつける前にいた位置に大和が戻っているのが確認できた。俯いていてあまり見えないが、その表情が今どういう状態なのかを予想するのは容易い。
「ごめん、俺は……」
「何謝ってんだよ、チェリーボーイ」
寝巻の乱れを直しながら、ステイシーは起き上がる。その時に見たが、両手首の大和に掴まれていた場所は赤くなっており、この分だとしばらく後が残るものになっていた。
「誘ったのは私、挑発したのも私、お前はなーんにも悪くないさ」
「だけど、俺は……」
「辛かったんだろ、大和」
ステイシーの言葉に、怯えるかのように大和が震えた。それを見てステイシーは微笑むと、大和の頭をくしゃくしゃと撫でる。
「そりゃあ長いさ、七年だもんよ。私だったら七年なんて時間は我慢できずに逃げちまうよ。それをお前は頑張ってるんだ、弱音も吐きたくなるさな」
大和が鼻を啜り、嗚咽を上げ始める。そんな大和に対し、ステイシーは大和を引き寄せると、その体を強く抱きしめた。ステイシーの豊満な胸に大和の頭部が接触するが、互いにそれを気にした様子はない。一人は辛さに嗚咽を上げ、一人は慈愛に満ちた笑みを浮かべながら更に強く抱きしめる。
「こんなに素敵なおねーさんの誘惑に打ち勝ったんだ。それが出来るなら後何年かくらい、あずみを追っかけるのくらい朝飯前だろ?」
そこでステイシーは言葉を止めると、大きく息を吸ってから言葉を続けた。
「頑張れ。私は見てる、お前の努力を認めてる、お前が辛いって事も分かってる、だから諦めんな。お前は一人じゃない、私がお前の後ろから見ててやる」
「……見ててくれるだけ?」
「おっ、少しは余裕出来たか? ちなみに答えはイエスだ。たった一人の女くらい、自分で射止めてみせな。私はそれを見て笑っててやるからよ」
クスクスと二人から笑い声が上がる。
「ありがとう、ステイシーさん」
「支払いは今度の昼飯な。最高のコーラとハンバーガー頼むぜ」
「とびっきりを用意するよ」
そう言って大和はステイシーから離れると、ワインボトルを手に出口へと歩いていく。来た時の危なっかしい足取りは既になく、これなら自分の部屋に戻るのは問題なく行けるだろう。
「あーあ、しかし残念だなぁ。私が誘うなんて事はもう二度とないぞ。お前は極上の女でチェリーボーイを卒業する機会を逃したって訳だ」
「自分で自分を極上っていう人はちょっと……」
「ファック、上等だこの野郎。表に出な」
「今から出るところですけどね」
苦笑しながら大和が扉のノブに手をかける。それを見ながらステイシーは目を細めて口を開いた。
「大和」
「?」
「絶対にあずみを落とせよ」
「……うん、ありがとう」
そう言って、大和は部屋から出て行った。ステイシーはそれを確認すると、ベッドに寝転がった。そして小さく口を開いて呟く。
「ったく、いい男になりやがって」
掴まれた腕の部分を確認する。赤くなっているが、数日間すれば消えてしまうだろう。それで自分もやめようとステイシーは決めた。大和がつけたこの印が消えた時、自分に淡く実った恋心も全て忘れようと。
「失恋っつーのは辛いとか聞いた事あったけど、逆に気分がいいもんだ。ロックだぜ」
そう言って笑みを浮かべると、電気を消して目を閉じる。
だから、後数日間だけは……大和の事を想っていよう。そう考えながら、ステイシーは眠りについた。
明日からまた忙しくなるので、速攻で書き上げてみました。
ステイシーさんは鬱持ちで子供っぽい部分もあるますが、三人の中では恋愛を外から見れる存在なのかなぁ、という妄想の元書いてみました。とりあえず大和君は爆発した方がいいと思った。
また忙しくなるため更新が遅れますが、本編はもう少しお待ちください。