ここからさらに甘い話を書いていきたいですね。そしてあずみさんは可愛いです。
「ふぅ……」
あずみが本部での仕事に従事し始めてから一週間が経ち、あずみはようやく今の状況に慣れ始めていた。しかし自分の周囲の環境だけならば別に良いのだが、何かある毎に李やスティシー、時には揚羽や局が自分の様子を見に来るのだけは慣れない。
『ローック! あずみ、お前が午後からやる書類なんだけどよ。新人と私で片付けておいたからな! ん、何? 余計な事すんなって? なーに、新人教育も兼ねてるのさ、気に済んな』
『あずみ、中国方面は私と現地にいる従者部隊で処理しておきます。あずみは南米と欧州方面をお願いしますね。え? 別にあたいでも出来る? 大丈夫です、私と新人だけで出来ますので』
『フハハハ! あずみよ、元気か? アメリカに行っている英雄がお前の様子を見て来いとせっつくのでな。まぁ、我もお前の事は気にしているぞ!』
『あずみ、従者としての仕事に励むのは良いが……まずは己の体を第一に考えよ。お前を支えてくれる者達を信じてやれ。それも、人の上に立つ度量ぞ』
こんな感じである。
あずみだって人の子であり、自分の心配をされて嬉しくない訳が無い。だが、これはいくら何でも過剰だろうと頭を抱える。ステイシーと李はもう諦めるとして、目上(しかも半端じゃなく)の揚羽や局にこうまで気を使われてしまうと、逆にこちらがドキドキするのだ。しかも局は八年間という長い時間の末に恋が成就し、そして子を身ごもったあずみを大層気にかけているらしい(自分自身が身分違いの中で大恋愛をして帝と添い遂げた事があるからだろうが)。それまで仕事上でしか話した事がなかった分、距離感が掴みにくいのだ。
「休め休めと言われても……今までこんなにのんびりした事なんてなぁ……」
あずみがここまで仕事をしていないのは、それこそ失恋後に風魔の里に行っていた時位だろう。しかもあの時だって別に仕事をしていない訳ではなく、風魔の忍者学校の講師を務めていたり、何だかんだで気になっていたから九鬼のマニュアルを読み返したりしていたのだから、別に仕事をしていない訳ではなかったのだが。
最後の書類に目を通し、纏めたデータをメールで南米支部に送信する。今日あずみの元に送られた仕事はこれで最後だ。それでいて時間はまだ午後二時を回ったところだ。しかも今日は午前中の掃除や警備などの外回りの仕事を李と、李が指導している新人組に取られた為、午前中も書類仕事をしていたから尚更終わるのが早い。
「おい、ステイシー」
『あー、ファック? ファック? OK、聞こえてるよ、どーぞ』
無線でステイシーに連絡すると、波の音と一緒にステイシーが返答する。外回りの仕事に出ているようだ。
「書類関係の仕事が終わっちまった。お前、確か北米関連のデータ纏めてたよな?」
『そうだな、それは私と指導してる新人でやってるけど?』
「あたいにそれを回しな。今日中に終わらせるからよ」
『いや、私達でそれは片付けるからいいって。それに新人に書類仕事とか、世界情勢を教えるのにちょうどいい機会だしな』
「確かにそれは大事だけど……あたいの仕事がねーんだよ。だからそっちの仕事を少し」
『うわーきゅうにでんぱがわるくなったぞー、こんなふぁっくなでんぱじゃつうしんがきれちゃーう』
ステイシーの凄まじい棒読みと同時に通信が途絶する。切る瞬間のブツリ、という異音から察するに電源ごと落としたに違いない。
「あの野郎……後で覚えてやがれ」
呪詛の様に呟きながら、今度は李に通信を入れる。
『只今、電……あずみ限定で通信に出る事が出来ません。御用のあずみは不慮の事態があった場合にのみこちらから出向きますので、その時に』
「あたい限定で出れないってどういう事だコラ!」
目の前の机を叩き、その衝撃で一瞬上に置いてあった物が浮き上がる。ぜぇぜぇと息を荒げながら、あずみはお茶を飲んで気分を落ち着かせるように一息吐いた。
どいつもこいつも自分を気にし過ぎだと言いたい。声高らかに叫びたい。だがそんな事すれば周囲で気遣ってくれている連中に悪いし、何より揚羽や局の好意を無碍にする事にも成り得る。だから新人研修の為と言われると強く言いづらいし、怒鳴りつけてまで仕事を取るのもどうかと思ってしまうのだ。
この何だかんだで部下や仲間に気を使い、決して自分の意見だけを押し通さず目下の者に対して世話を焼くあずみだからこそ慕われており、そして今回の「従者長に無理をさせずに私達で頑張りましょう」という精神を蔓延させている事を本人は理解していない。
「クッソ……仕方ねぇ。こうなったらこのフロアの掃除と見回りでもやってやらぁ」
ヤケクソ気味にそう呟く。流石にその程度ならば邪魔はされないだろうと、あずみは心地よい椅子から立ち上がる。思えばこの椅子も心地よすぎて自分が立って仕事をしようとする阻害因子の一つではないかと邪推するが、それは考えすぎかと自己完結して部屋のドアへ歩いていき開く。しかし開いたドアの向こう側には、一人の男性が書類を持って立っていた。
「おや、あずみさん。ちょうど良いところに」
「桐山じゃねぇか」
九鬼家従者部隊序列42位、「桐山 鯉」である。その姿を確認したあずみがそう呟くと、桐山は「失礼します」の一言と共に入室する。それであずみは部屋から出るタイミングを失くしてしまい、眉を顰めてドアを閉めた。桐山は手に持っていた書類をあずみの机の上に置き、いつも通りの胡散臭い笑みをあずみに向けて口を開く。
「こちらの書類をあずみさんにお任せしたいのですが……」
「ナイスだぜ桐山!」
先程の不機嫌さなど消え去り、あずみは笑顔を浮かべて書類に輝かんばかりの視線を向ける。暇だからこそ掃除をしようと思っていたのであって、書類仕事さえあれば何の問題もないのだ。それに桐山はステイシー達とは特に関係ない存在で、しかも「従者長を休ませよう」等という訳の分からないものにも加入していない筈だ。受け取った所で誰かが文句を言われる事もないだろう。
「すげぇ褒めてやる! 頭撫でられるのがいいか? 蹴られるのがいいか?」
「どちらも大変魅力的な提案ですが、あずみさんの仕事を邪魔しては悪い。その褒美は取っておくとしましょう」
あずみはルンルン気分で椅子に戻り、書類に記されているデータや内容を閲覧していく。それらを脳内で軽く纏めた後、パソコンに纏め直していくというのがあずみのスタイルだ。そのやり方でミスがなく、なお且つ早いという従者1位の名に恥じない能力である。
それほど難しい案件という訳でもない為、あずみは次々と書類を処理していく。が、途中で部屋内から感じる視線の方向へと目を向けた。そこにいたのは先程書類を持ってきた「桐山 鯉」である。何故か部屋から出ていかず、妙な……具体的に言うと、慈しむ視線をあずみへと送っていた。
「おい」
「お気になさらず」
「いや、お気になさらずじゃねーよ」
眩しい笑顔を浮かべて応える桐山に対し、あずみも即座にツッコミを返す。
「何で残ってんだよ、仕事はどうした?」
「私の書類は全て終わりましたし、ちょうど休憩時間なので問題はないのですよ」
「あたいに問題があるよ。気になって仕方ねぇ」
別に人前で仕事する事は慣れているが、普段一緒に仕事をしない上に妙な熱視線を向けられては流石のあずみも気になって仕方ない。しかもそれがあの「桐山 鯉」だ。かっこいいけど胡散臭いし何考えてるか分からないから……という理由でよく敬遠されている桐山だ。何考えてんだコイツ、とあずみが気になるのも仕方ないと言えよう。
「私がここにいる理由が必要でしょうか?」
「いる理由っつーか理由があっても出てけ」
「仕方ないですね、あずみさんには教えて差し上げましょう」
こいつ、話聞いてない。あずみが頭痛を堪えるかのように頭を抱えるが、そんな事お構いなしと言わんばかりに桐山が口を開いた。
「母というものは美しい、そして私は日頃から女性を、何よりも母を大事にしているのです。それが母の教えですからね。分かります?」
「分かりたくもねーが、とりあえず理解はしておくよ」
母母言い過ぎで軽くゲシュタルト崩壊を起こしかけるが、桐山だからこれは仕方ないと脳に理解させて先を促す。桐山は「ありがとうございます」と笑顔を浮かべながら応え、先を続ける。
「母とは何か? それは結婚をし、健やかな生活を営んでいる方です。そして何より、母になるのは条件がいりますね、あずみさん」
「……」
とてつもなく嫌な予感があずみの脳裏に浮かんでいるが、もし誤解だったら桐山に悪いだろう。と脳内補完し、最後まで話を聞き続ける事にした。普段のあずみならこの時点でブッ飛ばしている可能性が高いが、先程桐山が仕事を持ってきた事に感謝しているのかもしれない。
桐山は笑顔のまま、何かを慈しむ視線をあずみに向けつつ言葉を放った。
「あずみさんは母になり、更にお美しくなりましたね」
「桐山、死ねぇ!」
全滅だぁ! と言わんばかりの台詞を放ち、あずみの右ストレートが桐山の顔面に突き刺さる。桐山は笑顔を浮かべたまま(というか殴られた瞬間恍惚としていた様にも見える)、あずみの右ストレートで吹っ飛ばされて扉にぶつかり、そのまま部屋の外へと強制退室させられた。後に、部屋から突然飛び出してきた桐山を介抱したとある従者はこう語る。
『えー、その日はあずみさんの所に飲み物を届けに行く途中だったんですよ。何せその時師匠は紋白様に付いて欧州ですし、偶然私は色々あってその時師匠に着いていかず本部の仕事してたので、よろしく頼むと言われてたんです。あずみさんには世話になってますから問題はないんですけどね。そして部屋の前に着くとですね、轟音と共に桐山さんが飛び出してきたんですよ。しかも凄い勢いで壁に頭をぶつけてましたから、正直死んだかと思いました。で、放っておくのもあれですし大丈夫ですか!? って声をかけたんです。いやぁ、左頬が赤くなって腫れてるところも驚いたんですが、何より驚いたのは……桐山さん、今までに見た事がない位の笑顔だったんですよ(モザイク音声により従者の判別は不明です)』
ぜぇぜぇと息を荒げつつ、真っ赤に染まった顔であずみは扉の外を睨みつける。廊下から「大丈夫ですか桐山さん!? ……何で笑顔浮かべてるんですかこの人」、とドン引きしてる声が聞こえてきたが、今のあずみにはそんな事気にしている余裕はない。
「このっ、マザコン野郎め……!」
いや、桐山の事だから邪な事を考えていた訳ではないだろうが、それでもそんな視線を向けられて気分は良くない。というか、こっ恥ずかしすぎる。周囲から心配などはされていたが、ストレートに母になる事を言われた事はなかった。
「……そうか」
あずみは感慨深げな表情を浮かべ、一人納得するかのように口を開く。
「あたい、母親になるんだもんな」
頬を紅色に染めながら、そう呟くとあずみは穏やかな笑みを浮かべた。
*
―P:M11:30―
シャワーを浴び、あずみは下着と寝着を身に着けて自室にあるベッドに横になっていた。英雄の専属で、しかも終わった後も従者達に指示を出していた頃はこんなにのんびりとした事はない。従者達への指示はマープルやクラウディオが行い、各仕事はステイシーや李が新人達を指導しながら上手くやっている。助けられているな、とあずみは苦笑した。ブッ飛ばした桐山もその中で仕事をしているのだと考えると、殴ったのはやりすぎたかと罪悪感が多少持ちあがる。まぁあの時は混乱していたし許せ、とあずみは心の中で呟くように謝罪した。
「さて……」
枕元に置いてあった携帯を手に取る。それを操作して電話帳を開くと、ある電話番号へとカーソルを合わせた。正直、今の時間帯で欧州は大体午後三時を過ぎた所だ。まだ仕事をしている時間であるし、電話をかけるのは非常識かつ迷惑になるかもしれない。それでも……
ボタンを押しこむと、数秒間の待機時間を経て呼び出し音が鳴り始める。正直、仕事中かつ携帯を持っていない可能性もある為、出れないかもしれない。もしそうだったら諦める他ないのだが……そうあずみが考えていた時、呼び出し音が鳴りやんだ。
『もしもし、あずみさん?』
「大和……!」
電話口から聞こえてきた声に、あずみは胸に安心感と充足感が満ちていくのを感じた。目頭が熱くなるが、振り払うように頭を振る。
『どうしたの、もしかして何かあった!?』
「いや、何もねぇさ……」
『じゃあどうして……仕事関連で不備があった? もし何かあったらティンカオに……それとも俺に直接言わなきゃ』
「違ぇよ」
慌てた様子の大和の声に、あずみはつい笑みを浮かべてしまう。普段から軍師だ策士だと自称しているが、こうやって慌ててる声を聞くとただのガキにしか感じられない。あずみは一度深呼吸をして、顔を赤く染めながら自分の用件を口にした。
「ただ、お前の声が聞きたくなったんだ」
『え……』
「二度は言わねぇぞ」
この一言を言うだけでも死ぬほど恥ずかしいのだ。あの「女王蜂」が、九鬼家従者部隊序列1位の自分が、ただ一人の男の声が聞きたかったから電話をしているなどと、笑い話にもならないだろう。
『あかん、嬉しすぎて涙が出そう。ついでに何か色々と出そう』
「ばーか」
『良いんです、こんな幸せな気持ちになれるなら馬鹿で良いんです』
大和がムキになった声を上げるが、明らかに上擦って浮かれた声になっていた。調子の良い奴だと感じつつ、自分の言った事で喜んでくれているのを感じ、あずみ自身もついハッキリとした笑みを浮かべてしまう。
「そういや、よく電話に出れたな。時間も時間だし、出てくれれば御の字だと思ってたんだが」
『仕事中なのは間違いないんだけど、あずみさんからの電話だと伝えたら紋様とヒュームさんが……』
『何、あずみからの電話!? それは出るべきであるぞ大和! 今はヒュームもチェもいる故、安心して電話してくるが良い!』
『さっさと行ってこい。何、赤子が数分抜けた程度なら何の問題もない』
『ってさ』
「ヒュームの野郎もかよ……」
紋白が許可を出したというのはまだ理解出来るが、まさかヒュームも許可してくれるとは……まぁ、ヒュームの場合は仕事に支障がなければ余程無茶な要請でなければ受けてくれるし、何より紋白自身が大和に許可を与えたからこそ問題ないと判断したのだろう。
「まぁ、今は紋様とヒューム、チェに感謝だな」
『本当だね』
二人の会話は弾む。無論、電話時間自体は精々五分程度であったが、その中であずみは自分に対する周囲の扱いや反応を苦々しく語り、大和は大和でそれを笑いの種にしながら欧州で起こったことや、久しぶりに自分の両親に会った事などをあずみに伝えた。
「流石にそろそろ時間がやばいな」
『うん、何かヒュームさんに睨まれてる気配がする。ここ周囲から見えない場所の筈なんだけどね』
「それ間違いなく見られてるわ」
五分と少し、二人は大いに話し込んだ。専属従者が主の許から五分以上離れる事は、それこそ主が休みを与えた時くらいのものだ。それでも何も言ってこない所をみるに、紋白が気にするな、とでも伝えているからであろう。
『あずみさん、電話嬉しかったよ! 今度はこっちから電話するから』
「時差があるから厳しいだろうけどな」
含み笑いをしながらそう言うと、大和は「それが痛いんだよなぁ」と呟くように言う。もし時間さえ合えば、互いに仕事が終わった時間等を利用して電話する事も可能であるが、大和が欧州、あずみが日本にいる限りそれは難しいだろう。今回は紋白が許可してくれたからこその時間であり、そう何度もこんな事はないと言ってもいい。
『じゃ、また……』
「あ、ちょっと待て」
『ん、どしたの?』
名残惜しそうな声で電話を切ろうとする大和に、あずみが声をかける。あずみはベッドに寝転がりながら、言葉に想いを乗せる様にゆっくりと口を開いた。
「大和、愛してる」
『え……!? ちょ、今の台詞もう一回言って! 録音す』
「じゃあな! 仕事頑張れよ!」
通話を切り、携帯を枕の隣に投げて電気を消す。暗闇が部屋に訪れるが、あずみは自身の心臓の鼓動が五月蠅く鳴り続け、静寂など一片も感じていなかった。
(ぬああぁぁぁぁああ! やっちまった! 何乙女な事言ってんだあたいはぁぁぁ、歳いくつだと思ってんだぁぁああぁ!)
ベッドの上で先程言った事を後悔するかのように、あずみはバタバタと足をばたつかせる。しかしその顔は後悔とは裏腹に、他人が見れば「馬鹿ップル乙」、と言う事間違いなしの笑顔であった。
本当に九鬼家の人達は個性があって動かしやすい……スティシーや李がメインの話とかも書いていきたいですね。
では、今回も楽しんで頂けたら幸いです。