そしてまた真剣A1のあずみルートを最初からやったりしてた。やはりあずみさんは可愛い。
「あずみ、今日は何の日か知ってます?」
「んー?」
手元の資料を整理している中で、李がそう言うのを聞いたあずみは自分の部屋にかけてあるカレンダーの内容を思い返す。今は九月も半ばで、九鬼家の従者や社員もちょこちょこと休みをとっては旅行に出かけたり、実家へ帰省している者が出始めている時期である。が、特に用事もなく、実家といっても親がいないあずみにとってはただ外が蒸し暑い時期でしかない。仕事の事でも今日は特に用事があったという覚えもなかった。
「あたいは知らないな。今日何かあったっけ?」
「おいおい、あずみ。本気で言ってんのか?」
「今日は紋様が欧州からお帰りになられる日ですよ」
その言葉を聞き、「あー」とあずみは頷きながら口にした。欧州にある九鬼家の系列会社を視察に行った紋白はしばらくそのまま欧州に滞在し、その業績を伸ばし続けたらしい。それもあってか予定よりも長い期間欧州に滞在していたのであるが……
「紋様の出迎えはクラウディオが中心になってやるだろ。ついでにティンカオ辺りを補佐につけて……李、お前も一緒に出迎えろ。ステイシーはあぶれた面子と一緒に社内の仕事に回れ。つーかこれは昨日も確認しただろうが」
「ファーック! お前本気で言ってんのかよ!」
「何がだよ」
「紋様がお帰りになられるという事は、大和も帰ってくるという事ですよ」
あずみはその言葉に眉を顰めると、資料に向けていた視線を部屋に居るステイシーと李に向ける。
「あのな、それ位あたいでも知ってるよ。お前等があたいに言いたい事も分かる」
そこで一度言葉を区切り、ステイシーと李を睨みつける。
「だがそれとこれとは話が別だ。あたいに気を使ってくれるのは嬉しいが、今は仕事中で、あたい達は九鬼家の従者部隊なんだぞ? そして昨日の会議で紋様の出迎えとかは細かく決めたし、全員それを了承したじゃねぇか。仕事に私情を持ちこむんじゃねぇ」
「うっ、それはまぁ……」
「ですけどあずみ、本当に良いんですか?」
「問題はなし、あたいの仕事は現状ここの書類を処理する事だ」
昨日の会議ではてっきりあずみが今日の迎えを担当するのだと考えていたのはこの二人だけではなく、他の従者もそうだった。だからこそ迎えに自分が名乗らず、クラウディオを指名したあずみに驚いた者達も多い。驚かなかったのは指名された本人であるクラウディオや他の上位陣位のものだ。その上位陣でも李とステイシーは驚いている人間の中に入るのだが。
「だけどよぉ、仕事中とはいえ大和は顔見せたら喜ぶと思うぜ? 欧州じゃあ頑張ったみたいだし、少しはご褒美やっても良いんじゃないか?」
「私もそう思いますよ。今回紋様が欧州で事業を急速に広める事が出来たのは大和の功績が大きいと聞いています」
欧州で相当業績を伸ばした紋白だが、それは大和の存在が大きかったと聞く。大和の父は欧州で様々な事業、流通に加え(中には悪事に近い事も)、その顔は非常に広い。当然大和がそれを利用しない筈が無く、欧州に到着し次第すぐに両親と連絡をとったらしい。ドSである大和の父は当初無茶な注文と並べて大和に難題を課そうと考えていたらしいが、妻の口添えで無条件に協力してくれたらしい。息子の結婚祝いの一つみたいなものか、と呟きつつ情報を送ったのはまた別の話である。
「それとこれとは話が別だ」
が、あずみは二人の意見をばっさりと切り捨てた。そのまま書類のいくつかを纏めてデータ化し、転送すると一段落ついたのか一度体をほぐす様に伸ばす。
「あたいが迎えに行くのに不都合な理由はあるさ」
そう言い聞かせるように放ったあずみの言葉に、ステイシーと李は眼を見開いて視線をあずみへと向ける。あずみは伸ばした体をゆっくりと元に戻しながら口を開く。
「紋様……いや、九鬼家の出迎えには手抜きは許されない。なんせ、急速に成長しすぎたせいで恨みを買ってるし、敵も多い。人が出入りする時ってのは一番狙われやすく、相手も狙いやすい場なんだ」
「んな事は知ってるよ、それが何であずみが駄目な理由に……」
「あたいは今全力を出せないんだよ。そんな不完全な人員を迎えに回すわけにはいかないだろ」
「? 何故全力が……あっ」
李が察したかのように、ある一点へと視線を向けた。まだそこには膨らみは殆ど見られず、新しい命が育まれているとは考えにくい状態であるだろう。だが、あずみ自身には少しずつだが変化が表れていた。少し丸みを帯びて女性らしくなったと噂され、更に顔つきが柔らかくなってきたとも言われている。本人自身は体重も変化していないし、3サイズも変わっていないと豪語しているがやはり雰囲気は変化したのだろう。李の視線を追ったステイシーも納得したかのように眉を顰める。
「あー、確かにあずみは全力を出しにくいか」
「あたいの戦闘スタイルは動き回って相手を撹乱するのが本質だからな。前の定期検診でもこういう動きしても良いのかって、ってわざわざ聞いたら止めて下さいって医者から直々に言われたぞ」
「あずみが本気出すと分身してる様に見えますしねぇ」
忍者らしく飛び跳ねる様に動き回るのは、確かに母体には良くないだろうと李は納得するかのように頷いた。九鬼家の本社ビルで何かあるとは考えにくいものの、その何かが起こる事を想定して自分達は動かねばならないのであり、そのもしもがあた時に全力が出せないあずみは下手をすれば足手まといにも成り得るであろう。実際のところ全力が出せなくともあずみがそこらの者に遅れを取る事は有り得ないのだが、それでも万全の状態を取るのが従者というものだ。
「ま、そういう訳だ。だから今回の人事を変更する気は毛頭ないぜ」
「そういう理由があるなら仕方ないな、全くファックだぜ」
「でも安心しましたよ」
「何がだよ」
李のホッとした一言にあずみが問いかける。李はそんなあずみにからかう様な表情を向けたまま、楽しそうに口を開いた。
「いえ、あずみが大和を嫌ったりした訳じゃないんだと安心したのです」
「はぁ? お前何言って……」
「少なくとも、一部の若手従者の中にはそういう噂をしている者もいたって事ですよ」
「下種の勘ぐりって奴だな」
ステイシーが溜息を吐きつつそう応える。
「私も少し心配したのですよ」
「余計な御世話だ、アホ」
「えぇ、その様ですね。なにせその身重の体がなければ、自分が迎えに行っていたのでしょう?」
ぶっ、とあずみが噴き出す。ステイシーは李の言葉を聞いてニヤニヤとした笑みを浮かべると、楽しそうな様子であずみの肩をバンバンと叩きつつ口を開いた。
「何だよ何だよ! 大和への愛は未だ衰えずって奴か? あずみはやっぱりロックだぜ!」
「ばっ! 勝手な事言ってんじゃねぇ、ぶっ殺すぞ!」
「その初々しい反応、良いですね」
「いやー、熱々だねぇ。こりゃ大和が帰って来てからが楽しみだわ」
「て、手前ェ等なぁ……!」
あずみが歯を食いしばりながら自分の武器である小太刀を取り出す。
「うおっ!? ちょっと待て、医者から激しい運動するなって言われてるんだろ!?」
「手前ェ等仕留めるのに大した時間なんざいらねぇ、一瞬で楽にしてやるから何の問題もない!」
「落ち着きましょうあずみ、話せば分かります」
「そうだぜ、暴力手段はロックじゃねぇぞ!」
「やかましいっ! そこ動くんじゃねぇぞ!」
あずみが小太刀二刀流で跳びかかる。次の瞬間、九鬼ビルにステイシーと李の叫び声が響き渡った。
*
その日の紋白の迎えも無事終了し、徐々に日も沈み始めた頃あずみの仕事も一区切りがついた。あずみはお茶を一口飲んで一息吐き、椅子に体を沈めるように座る。帝直々に発注したこの椅子は本当に素晴らしい物で、既にこれ以外の椅子に座ると違和感を感じてしまうまでになっていた。あまりにも心地よい為あずみを魔の領域へと引きずり込む事がある程だ。
(だからあたいが昼休みとかに居眠りしちまうのは、あたいが悪い訳じゃないよな。うん、きっとこの椅子が全部悪い)
そう結論付けつつも、この椅子以外を使う気にはならない。もうなんならここで少し睡眠をとってから部屋に帰るかと考え、ゆっくりと瞳を閉じる。
その瞬間、扉がノックされる。流石は従者といったところであろうか、あずみは即座に目を覚まして口を開いた。
「どうした、何かあったか?」
揚羽や紋白ならばノックなしで「フハハハ! 邪魔するぞ!」と入るか、もしくは事前に連絡を入れてからノックせずに入るかのどちらかなので、あずみはいつも通りのタメ口でノックに応答する。そして次の瞬間、返ってきた声は予想もしない人物からのものであった。
『お、あずみさん。良かった、まだ帰ってなかったんだね』
「っ!? 大和!?」
『うん、欧州から帰ってきて、本部の仕事も今終わって休みがもらえたから来たんだけど、入っても良い?』
「ちょ、ちょっと待て!」
机の中にしまってある手鏡を取り出し、自分の姿を確認する。一瞬うたた寝しようとしただけあり、髪は乱れていつもピシッとしているメイド服もどことなくだらしない。慌てて髪を整え、服装も簡易的ではあるが直していく。最後に手鏡でもう一度自分の姿を確認し、大きく一人頷いて「入っていいぞ」と声をかける。
『じゃあ、入るよ……』
大和の声と共に扉が開かれる。瞬間、あずみの目に飛び込んできたのは自分の夫たる大和の顔……ではなく、それすらも覆い隠してしまうほどの紅い何かだった。
「お前っ、それは……」
「どうでしょう、お嬢さん?」
大和が気障な台詞を言いながらそれを差し出す。瞬間、くすぐる様な芳香が部屋に広がり、大和の顔が手に持った大量の「薔薇」の後ろからようやく確認する事が出来た。その表情は不敵な笑みを浮かべており、まるで悪戯をした子供の様である。
あずみはというと最初こそ呆然としていたが、やがて顔が熱くなってきたのを感じて一度誤魔化す様に咳をする。そしてこちらも不敵な笑みを浮かべると、薔薇を受け取りながら口を開いた。
「ばーかっ、気障で臭いんだよ」
「ははは、何せ薔薇の貴公子なもんでして。これくらいの気障さなら許されるのさ」
大和が薔薇の花を受け取り直し、部屋の隅にある花瓶へと移す。量が多い為最初は入らないのでは? と心配したが、大和が新たに大きめの花瓶を取り出すのを見て、抜け目のない奴めと軽く野次った。その言葉に大和は苦笑を浮かべると、薔薇を飾り終えてあずみの隣にある椅子に腰を下ろす。
「欧州はどうだった?」
「中々やり応えがあったよ。父さんと母さんにも手伝ってもらっちゃったしね、失敗は出来ないさ」
「ま、それが九鬼に繋がる事なら誰も文句は言わねーよ。ただ年寄衆の中にはお前の親父をよく思ってない奴もいるから、少しはその辺りのフォローもしておけよ?」
「当然、分かってますとも」
軽口を叩きあい、二人で笑顔を浮かべる。
「あずみさんも、本部はどんな感じだった?」
「本部はいつもと変わりないさ。ただあたいの周囲の奴等がな……この前も電話で話したから知ってると思うけど」
「まぁ、身重だししょうがないよ」
「そりゃ、外回りや護衛としては微妙かもしれないけどよ。別に少しくらい動く仕事でも問題ねぇんだけどなぁ」
あずみはそう呟くと溜息を吐く。あずみの本文は前線での仕事であり、事務仕事もお手の物ではあるがやはり体を動かす仕事の方が向いているのであろう。
「お前からも何とか言ってくれよ。少しはあたいもそういう仕事した方がいいってさぁ」
「それを一番心配してる俺に言いますか」
そう返しつつ、話題を変えるために大和は持ってきた袋からとある物を取り出した。フランスに訪れた際、父から勧められたワインだった。それも有象無象の物ではない。大和はそれほどワインには詳しくないが、お値段も結構張る代物だ。あずみは基本黒糖焼酎等の日本酒を好むが、酒なら大体何でもいける。ワインも好きだった筈だ。
「あずみさんの為に買ってきたんですよ。チーズとかつまみも持って来たんで、少し飲みながら話しま」
「悪い、今はあたい酒断ってるんだわ」
「……え?」
聞き捨てならない一言に大和が呆然とした顔を向ける。
「あんだよ、その顔は?」
「いやいや、あのあずみさんがお酒断ちですとな? 実は俺の耳が悪くなった訳じゃないですよね?」
「ブッ飛ばすぞテメェ」
そう言い放つと同時にあずみのデコピンが大和の額にお見舞いされる。ジンジンと痛む額に手を当てつつ、大和は口を開いた。
「でも何でまた? あずみさん仕事終わってから寝る前に軽く飲むのが日常だったじゃない」
軽くどころか滅茶苦茶飲む事もあったけど、という言葉は言わないでおく。下手に失言するとそのまま朝まで目覚めない眠りにつかされそうな予感が走ったためである。この危険察知能力の高さも大和本人の武器であったりする。
大和の言葉を聞き、あずみは一度バツが悪そうな表情を浮かべて口を閉ざしたが、やがて仕方ないなと言いたげに溜息を一つ吐き、口を開いた。
「別に……大した事じゃねぇさ。もうこの体があたい一人の体じゃないって考えてるだけだ」
その言葉に大和は目を見開く。あずみのお腹はまだまだ目立って膨らんではいないが、確かにそこには新たな命が存在するのだ。見た目に大きな変化が無い為周囲の人間はまだそこまで分からないが、それを実際に宿しているあずみ自身にはやはりそこにある命を感じる事が出来るのであろう。
「あ、あずみさん……!」
「何だよ気持ち悪ぃな、潤んだ瞳を向けるんじゃねぇ」
「いや、あずみさんがそこまで自分の体を考えていてくれたのが嬉しくて嬉しくて……」
「お前はあたいのお袋かぁ?」
ハッ、と笑みを浮かべてあずみが小馬鹿にしたような視線を向ける。その笑みに釣られて、大和も柔らかな笑みを浮かべてあずみを抱き寄せた。あずみもごく自然に大和の腕の中に納まる。
「あ゛ー」
「どうしたの、あずみさん?」
「さっきまで少し寝ようとしてたから眠い……」
その言葉に大和は軽く頷き、少し体勢を変える。やがてあずみの体を完全に抱きかかえるようにし、腕と胸を使って器用に支える体勢を作った。
「お前、無駄に器用だなぁ」
「如何でしょうか、お姫様?」
「ばーか、くせぇよ」
ケラケラと笑いながらそう悪態吐き、その後「悪くねぇな」と呟くように応えて瞳を閉じた。
「大和……」
「ん、何?」
「おかえり」
「……ただいま」
*
「師匠ー! 師匠が帰ってきたと聞いてこのティンカオが飛んできましたよ! 師匠はどこにって……あれ、何してるんですかステイシーさん?」
「しーっ」
大和が帰ってきたと聞いたティンカオがあずみの職場まで走ってくると、その部屋の前にはステイシーが立っていた。何事かと声をかけるが、ステイシーは悪戯めいた笑みを浮かべたまま静かにとジェスチャーを送る。
「大和ならこの中にいるぜ。今は休んでるみてぇだけどな」
「あ、もしかしてあずみさんも一緒ですか? 一応挨拶しておきたいんですけど……」
「それはファックな話だな、明日にしとけ」
そう言ってステイシーは先程自分が入った、この部屋の光景を思い浮かべて笑みを浮かべた。
最後にステイシーが見た光景は皆さんの想像に任せます(ブン投げ)。二人とも抱き合うように寝てるかもですし、大和がお姫様だっこしたまま寝てるかもしれませんね。
そしてちょっと仕事が忙しくなるので、しばらく更新が難しいです。ですが必ず帰ってきますので、気長に待って頂けたらと思います。
ではまた次回に!