真剣で私に恋しなさい!AA   作:あんかけパスタ

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何でティンカオにグラがないんですか!
タカヒロさんA3辺りでグラありにしてください、何でもしますから!


貴方も私の師匠

 

 12月、暖かい日が多い川神にも寒気が訪れる数少ない季節である。普段は人が多い川の通りからは少しの間だけ人が減り、商店街で呼び込みをかけている人達にも厚着が目立つ。極稀にだが雪が降るこの季節の中で、「直江あずみ」はカタカタとキーボードを打っていた。今は中東で行われている九鬼のビジネスについての書類を纏め、それらをデータ化している最中だ。軽快にキーボードを打っていき、それらを転送してあずみは軽く笑みを浮かべる。

 

「うっし、これで今日の分の仕事は終わりだな」

 

 コキコキと首を鳴らし、あずみは満足げに呟いた。時刻はまだ三時前であるが、あずみに今日割り振られた仕事自体は先ほどのもので終了し、後は追加の書類かあずみが出なければならない様な事態が起こらない限り、あずみの仕事はないものと思っていいだろう。

 そこであずみは椅子から立ち上がる。普段のあずみの様に素早い動きではなく、ゆっくりと何かを気遣うような立ち上がり方だった。

 それもその筈、立ち上がったあずみの腹部は膨らんでいて明らかに普段の状態とは違う事がわかる。それも、決して悪い意味ではないという事はだれの目から見ても明らかだっただろう。

 

「さてと、仕事も終わったし……暇だから訓練場でも見学しに行くか」

 

 そう呟き、あずみは仕事部屋から退室する。九鬼ビルの廊下は12月とは思えないほど暖かく保たれており、妊婦であるあずみの負担にはなりにくいだろう。問題は異常に広いという事であり、どこかへ移動しようとすると一般人であれば相当な時間がかかる。九鬼家の従者部隊はそれらを身体能力などでカバーして素早く移動することは出来るが、現在のあずみは素早く移動する事は出来ない。そのため、一般人とほぼ同じペースでしか移動できないのだ。

 どこまでも続いているように錯覚する廊下の奥を見てため息を吐くと、あずみはゆっくりと歩き始めた。廊下は人の姿が見えず静かで、今この辺りに従者はいないものと考えられる。今は九鬼が誰一人としてこの本部にいないため従者も普段より少なく、手が足りていない為さほど重要度が高いとは言えないこの場には従者がいない時間帯もあるのだろう。仕方ないと思う反面、気が抜けているなとあずみは軽く目を細める。が、やがて自分も人の事は言えないなと感じて苦笑した。

 何せ今のあずみはいつも来ているメイド服ではなく、ピンク色のゆったりとした服に、白い上着を着ており、要は私服の状態である。本来なら仕事中の従者は男は燕尾服、女性はメイド服の様な服の着用を義務付けられているが、あずみはお腹が目立ち始めた時期にこれを英雄直々に贈られたのだ。無論初めは恐れ多いと断ったのだが、英雄自身が普段から自分に尽くしてくれているあずみに対して何かをしたいと訴え、最終的には仕事中もこの服の着用を命じられた。実際英雄が贈った服は着ていて非常に楽であり、無駄に体を締め付ける事もない。あのメイド服は機能性重視であり、きっちりと体に吸い付くようなデザインであるから母体には良いとは言えなかっただろう。英雄からの心遣いに嬉しい反面、他の従者に申し訳ないというのがあずみの心中だった。自分だけがあまりにも特別扱いされており、この贔屓ぶりは妬みの原因にもなり兼ねないのではないかと感じているのだ。英雄などの九鬼自身からの命令とはいえ、不満を持っている者だっているだろう。それを考えると頭が痛いなぁ、とあずみは人差し指をこめかみに当てながら溜息を吐いた。

 

「お、あずみさん! どうしたんですかこんな所で?」

 

 そうしている時に後ろから響いた聞きなれた声に、あずみはゆっくりと振り向く。そこにはあずみの夫である大和の部下であり、大和を師匠としまるで親の様に慕うティンカオと呼ばれる女性が両手に何かの荷物を持ち立っていた。快活な表情を浮かべながら、ティンカオはあずみへと歩み寄る。

 

「部屋から移動するなら誰かを随伴させるのに……あずみさんは身重なんですから、変に歩き回っちゃ駄目ですよ!」

「いや、確かに身重だけどさ……あたいはまだ五か月と少しだから何の問題もないと思うぞ?」

「いえ! その油断が危険なんですよ。「一瞬の油断が命(タマ)の取り合い」って日本でも言うじゃないですか!? ……言いますよね?」

「それを言うなら「一瞬の油断が命取り」だろうが……」

 

 それを聞いてティンカオは顔を紅潮させつつ、笑いながら頭を掻いた。ティンカオが大和部下になった時は少女とも呼べる見た目だったが、今は女性らしく成長しており男性従者の中でも人気が高い。序列もそろそろ二桁台に上げても良いのではないかと言われている実力者であり、大和も鼻が高いと言っていた。

 が、ティンカオ本人はというと今でも大和の部下のままである。何度か部下を預けようとした事もあるのだが、自分はまだまだ力不足で人を指導する立場には程遠いと頑なに断っている状態だ。実際のところ大和がティンカオを部下にした時の序列よりも今のティンカオの方が序列が上なのだが、本人の意思がそうであるなら強制することはないと見送っている。

 

「で、あずみさんはどちらに行くつもりだったんですか?」

「仕事が終わって暇だったんでな。今の時間帯なら若手の従者達も訓練してる時間だろうし、軽く体を動かしついでに訓練所でも見学しようと思ってたところだ」

「訓練所なら私も今から行くところなんですよ! 一緒に行きましょう!」

 

 ティンカオが笑顔を浮かべながらそう口にする。もしティンカオに尻尾があったのならもの凄い勢いで振っているのが確認できただろう。

 

「訓練所に行くって……お前その手の荷物は?」

「スポーツドリンクです」

 

 両手に持っている袋から、チャポンという水温が聞こえた。恐らく相当量のペットボトル辺りが入っているのだろう。

 

「相変わらず無駄に気配りのきく奴だな」

「師匠から教わりましたから。「人と人とは常に離れられない、だから信用と信頼を得る事が大切であり、それを築く為なら努力は惜しむな」って」

「……アイツらしいな」

「はいっ!」

 

 あずみは大和の考えに苦笑しながら溜息を吐き、ティンカオは満面の笑顔を浮かべて返事を返した。

 訓練所へと移動しながら、二人は会話に花を咲かせる。話題は九鬼や仕事など様々であるが、二人の共通した話題はやはり大和についての話題だ。あずみしか知らない大和もいれば、当然ティンカオしか知らない大和がいる。

 

「それでですね、師匠ってばこう言ったんですよー!」

 

 ティンカオが笑顔でそう話す姿を見ながら、あずみは笑いつつも心の中に何か黒い感情が生まれているのを感じた。ティンカオが自分の知らない大和を話す度にそれは蓄積していき、あずみの胸がジクジクと痛む。ティンカオは大和が九鬼家従者として地位を確立する以前からの知り合いかつ部下の様なものであり、正直あずみよりも大和と一緒にいた時間は長い人物であろう。だからあずみの知らない大和を知っているのは当然であり、それに対してどうこう思うのは筋違いと言えるだろう。

 だが、あずみはハッキリと目の前のティンカオに対してある感情を抱いてしまっていた。そう、それは嫉妬……妻である自分が知らず、見たことのない大和を目の前にいる女が知っている。そう認識した途端、あずみの心の中に生まれたのはドス黒い嫉妬心だ。それを隠すかのようにギュッ、と服の端を握った。が、突然肩に軽い衝撃を感じ、ハッとしてティンカオに向き直る。

 

「大丈夫ですよ、あずみさん」

「……」

「師匠が愛しているのはあずみさんだけです。他の誰でもない、貴方だけを愛してます」

 

 突然ティンカオが放ったその言葉に、あずみは心臓を鷲掴みにされた様に感じた。先ほどの自分が感じていた下らない嫉妬が、その対象である相手に勘付かれていた。普段ならそんな事で動揺はしないが、突然の事態にあずみは鼓動が早まるのを感じる。

 だが、そんなあずみとは対照的にティンカオは慈愛を含んだ笑顔をあずみへと向けていた。そんな表情を向けられたあずみは最初こそ動揺していたものの、徐々に落ち着きを取り戻していく。

 

「……すまん、いらん心配かけさせた」

「いえ、むしろ私こそ無神経でした」

 

 苦渋に満ちた表情を浮かべてあずみが絞り出すように口にすると、ティンカオは軽く首を振ってそれに応えた。

 

「私は師匠を尊敬してます」

 

 突然話し始めたティンカオに、あずみは訝しげな視線を向ける。ティンカオはそんなあずみを見つめながら、ゆっくりと言葉を紡ぎ続ける。

 

「師匠を助けたい、師匠の力になりたい、師匠を側で支え続けたい」

 

 その言葉を聞く度に、あずみの嫉妬心が再度浮かび上がる。まるで自分が大和に一番近い人間だと言われている様だった。ティンカオはそこで言葉を止め、数秒の溜めを作るとあずみへと向き直る。

 その顔に浮かんでいた顔は……紛れもなく、太陽の様な笑顔だった。

 

「だからこそ、私はあずみさんの力にもなりたいんです!!」

「……はっ?」

 

 突然ティンカオが放った言葉が想定していた言葉とは全く違い、あずみが間抜けにも口を大きく開けて間抜けな声を上げた。ティンカオは満面の笑みを浮かべたままで言葉を続ける。

 

「師匠があずみさんを求め、そして成就させた恋……私はずっとそれを見てました! だからこそ師匠とあずみさんは私にとっての師匠であり、私はその力になりたいんです!」

「ちょっと待て、おかしくないか?」

「え、何がでしょう?」

「いや、あたいとしてはな……ここでお前が大和に恋してた、とかそういうのが来ると思ってたんだが……」

「師匠に、ですか?」

 

 そう言って首をティンカオは首を傾げる。

 

「そういえば考えた事なかったです。凄く尊敬はしてますけど……」

「おぉ……」

 

 大和が女性から好かれることは良く知られている事であり、実際相当数の女性従者が大和に恋をしたことがあると聞いた事がある。その先入観からかティンカオも大和に恋心を抱いた事があると勝手に思い込んでいた。

 

「ちょっと意外だった、てっきり……」

「そりゃあそうですよー」

 

 ティンカオが笑いながら口を開く。

 

「だって私、他に好きな人がいますから」

「え?」

 

 ティンカオの発言に、あずみがポカンと口を開ける。ある意味爆弾発言ともとれるが、逆に考えれば女友達同士の会話なら不自然なものではないとも考えられるかもしれない。ティンカオは頬を紅潮させると目尻を下げて口を開いた。

 

「でもその人は年上が好きみたいで、私は全然相手にしてもらえないんです」

「見る目ねぇな、そいつ……」

 

 ティンカオはハッキリ美人と言える容姿であり、大和の影響からか人とのコミュニケーションの取り方が抜群に上手い。気遣いが上手いとも言え、大和が女性従者から人気が高いのと合わせるように、ティンカオは男性従者から人気が高いのだ。あずみは詳しく知らないが、極秘に集計されている人気投票では常時上位に食い込んでいるらしい。

 

「まぁ、お前くらいの器量があればそいつも振り向いてくれるさ。それに片思いはお前の師匠の得意技だろ?」

「あはは、それだとまだまだ時間かかりそうですけどねぇ」

 

 軽口を叩きあいながら先へと進む。ティンカオに嫉妬した自分が情けなく感じてしまったが、ティンカオが気にせずにいる上にいつまでも気にしていては母体に悪い気もしてあずみは頭の中からその思考を追い出す。

 

「と、話している間に訓練所に着いたか」

「意外と早かったですねっ」

 

 目の前には訓練所の扉があり、中からはけたたましく何かがぶつかる音が聞こえてくる。誰かが模擬戦でも行っている様だ。しかも中から聞こえてくる音から察するに、恐らく上位陣メンバー同士の模擬戦だろう。

 

「誰でしょう? 今は紋様がいないからヒュームさんはないでしょうし……」

「つーかヒューム相手ならこんなに持つ相手がいないな……となると、クラウディオ辺りか?」

 

 ティンカオが扉に手をかけ、ゆっくりと開いていく。扉が完全に開かれてあずみ達の目に訓練所の全貌が掴めた瞬間、物凄い勢いで誰かが壁に叩きつけられる姿が見えた。それを行った相手……クラウディオは眼鏡を直しながら口を開く。

 

「今日はこれまでと致しましょう。今の模擬戦を見ていた従者の方々は明日までにレポートを纏め、私に提出してください」

 

 下位のメンバーと思われる従者がメモを取りながら頷く。クラウディオはそれを見て満足したのか笑顔を浮かべると、壁に叩きつけられた従者……大和へと手を差し伸べた。大和はゴホッ、と一度咳をしてその手を握り立ち上がる。

 

「今日もありがとうございました、クラウディオさん」

「いえいえ、むしろ私こそ感謝していますよ。それに私の繰糸を学んだ貴方の成長を身を以て感じる事が出来ますからね」

「恐縮です」

 

 そう返しながら大和は笑みを浮かべる。そしてふと入り口の方に視線を向け、驚いたのか目を見開きながら口を開いた。

 

「あずみさん!?」

「よっす、大和」

 

 片手を上げながらそう声をかけ、訓練所へと足を踏み入れる。先程まで相当激しい戦いをしていたのであろう。大和の額には汗が浮かび、クラウディオも心なしか疲れている様に見える。大和は慌てた様子であずみに駆け寄りながら口を開く。

 

「あずみさん、体の調子は大丈夫? 言ってくれれば迎えに行ったのに」

「あのなぁ、あたいはガキじゃないんだ。それに仕事してるお前があたいを迎えに来れるはずがないだろ?」

「うっ、それはそうなんですが……」

「仕事に私情は持ち込むな。心配してくれるのは嬉しいが、そこは譲れねぇよ」

「まぁまぁ、あずみ。大和とて心配しての一言です、その心意気は買ってあげてもよいでしょう」

 

 クラウディオが笑顔で執り成すようにそう言うと、周囲の従者達も随伴するかのように頷く。それを見たあずみは大きく溜息を吐き、目の前の大和に八つ当たりするかのように睨みつける。が、大和の視界には常にお腹を気にするかのような体捌きをしつつ自分を見る可愛い奥さんとしか認識していなかった。八年間お預けされた、悲しい男の性である。

 

「あずみさん!」

「って、おわ!? おまっ、離せ馬鹿!」

 

 突然抱きついてきた大和に、あずみは両手を振り回して応戦する。ポカポカ、という可愛らしい音ではなく割と本気の蹴りや拳骨が大和にお見舞いされていくが、大和本人はそれを気にしている様子はなく、むしろ嬉しそうな様子でそれを受け止めていた。実際本気のあずみが殴る蹴るをすれば大和とて無事では済まないが、あずみは意識的か無意識的か激しい動きを避けているため普段と同じ威力の攻撃は出せていない。

 

「あずみさん、愛してる」

「っ……! とりあえず離せって言ってんだろこの馬鹿!」

 

 あずみが頬を染めつつそう叫ぶと、大和は渋々ながらも体を離した。

 あずみは息を上げながら大和を睨みつけるが、すぐ後ろにいるクラウディオが微笑ましいものを見るような視線を向けているのを見て苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべる。そして、ハッとした様子で周囲を見回した。

 周囲にいる従者達は頬を染めたり、羨ましそうな視線を向けていたり(どちらに向けていたかは想像に任せるが)、涎を垂らしてこちらを見ていたり、ニヤニヤとした笑みを浮かべるなどしていた。それを認識した途端、あずみの顔面が一気に紅潮する。ヒクヒクと口角を痙攣させつつあずみがとある方向に視線を向けると、そこではステイシーが見事なサムズアップを見せていた。

 瞬間、あずみの悲鳴が九鬼ビルに響き渡ったのは言うまでもない。

 

 




という訳で、あずみの妊娠経過とティンカオメインの話でした。
ティンカオが恋をしている相手は完全にねつ造です。でもこんな話もあったら素敵かなぁと思って妄想を爆進しつつ書き上げてしまいました。この妄想も文にしてみたいですねぇ。本編自体はそれほど長くないとは思いますので、外伝を沢山書いていきたいと思います。
次もまた遅れると思いますが、少しずつ書き上げていくので気長にお待ちください!
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