真剣で私に恋しなさい!AA   作:あんかけパスタ

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遅れまくりました……すみません!


そして、これから

 

 時間は進み、季節は巡る。

 その中で育まれた想い、生じた別れ、決意した心。この広い世界は平等に全てをもたらし、内包したまま時を進めていく。この広い世界にとって、それらは数が多くとも些細な出来事であるためだ。どんな事態が起ころうとも、世界はその形を変えないのだ。

 だが、世界は変わらなくても人は違う。季節が巡る毎に様々な関係が生まれ、生活も変わる。

 これはそんな世界のちっぽけなお話。唯一つの想いの元で一人の女性を求め続けた男と、自らの想いを固辞し続けた強情な女性の物語。

 

 

 

 とある日の夜……

 川神内にある九鬼家が保有している病院で、直江大和は一つの部屋の前で頭を抱えながらウロウロと歩き回っていた。一度立ち止まって腕時計を確認したが、先程時間を確認した時から十分程度しか経っていない事に大和は溜息を吐く。そして部屋の扉へと視線を向けた。

 ここで時刻は夕方あたりまで遡る。その時はちょうど仕事が粗方片付いていたため、あずみと大和、他にステイシーと李があずみの部屋で仕事の纏めをしている時だった。

 

 

 

 

「んで、私は言ってやったんだよ。ファッキンチェリーボーイってな!」

「相変わらずですね。怪我人は出なかったんですか?」

「そんなヘマしねぇさ。しっかし九鬼家に逆らう連中も質が下がってきたよなぁ。お陰で仕事は楽になったけど退屈だぜ」

「平和なのに越した事はないからいいじゃない?」

「そりゃそうだが、腕が鈍るんだよ。そうだよな、あずみ?」

「……ん、あぁ……まぁ、そうだな」

 

 ステイシーが同意を得るかのように放った言葉に、あずみはどこか心ここに非ずといった様子で相槌を打つ。話し合いを始めた時はこうではなかったのだが、あずみはどこか様子がおかしかった。大和はあずみに視線を向けて口を開く。

 

「あずみさん大丈夫? 調子悪い?」

「大丈夫だ……」

 

 どう考えても普段通りの様子には見えない。顔色が悪く、汗もかいている様子だ。あずみは自分から体調の不良を訴える事は少なく、周囲にもそれを悟られない様に努力する。今はそれさえも出来ない状態なのだろうかと考え、大和はあずみの肩に手をかけた。

 

「あずみさん、今日はここまでにしよう。今日は大した事もなかったし、俺と李さんとステイシーさんでどうにかなるから、あずみさんは今日は休んだ方が……」

 

 そう声をかけた瞬間だった。あずみはとうとう堪え切れなくなったのか、表情を大きく歪めると両手で腹を押さえる様にして軽く前のめりになった。

 

「あずみさん!?」

「「あずみ!?」」

 

 大和があずみの体を支えると同時に、李とステイシーも慌てた様子で立ち上がると、あずみへと走り寄った。あずみは苦悶の表情を浮かべており、顔色も非常に悪い。

 

「腹、痛い……」

 

 あずみがポツリと呟くように放った言葉に、大和達は互いに顔を見合わせた。あずみの腹痛の原因は心当たりこそあるが、三人ともまさかと感じたのだ。何故なら、あずみはまだその時まで時間があるはずなのだから……

 

「う、ぐぅ……」

「あずみさん……」

 

 あずみの容体は悪化の一途を辿っている。顔面蒼白で、脂汗を大量に流しており呼吸も荒くなってきた。痛みに強い筈のあずみだが、様子は一向に良くなる気配がない。まさかそんな筈……と悪い事態を考えたくない大和はどうすれば良いか分からずパニックに陥りかけていた。その時、後ろから肩を叩かれて引き攣った表情のまま振り返る。そこには真剣な表情を浮かべたステイシーがいた。

 

「大和、あずみの傍にいてやれ。私は担架持ってくる」

「ス、テイシーさん……」

「私は医者じゃないし、良く分からないが……多分そういう事だろ。とりあえず病院に連れて行こうぜ」

「ステイシー、貴方は担架と何人か手の空いている人間を連れて来て下さい。私は下に車を用意しておきます」

「任しとけ。大和、あずみの事頼むぞ。すぐに戻ってくるからな!」

「下で待っていますよ!」

 

 そう告げると、大和が返事を返す前に二人とも退室していった。大和はしばし呆然としていたが、あずみの呻き声が聞こえると、慌ててあずみへと視線を戻す。

 

「あずみさん、今すぐに病院行くから……それまで頑張って」

「ば、か……大丈夫だっ、つーの……」

 

 あずみはそう言いながら大和に顔を向けて笑みを浮かべようとするが、その笑みはどこかぎこちなく歪んでおり、必死に取り繕うとしているのが見え見えだ。大和は今自分が出来る事があずみに声をかける事、そして背をさする程度の事しかないことに苛立ちと情けなさを感じて歯を食いしばる。今自分が不安そうな表情を浮かべては、あずみにもそれが伝わるだろう。唯でさえ体調が悪いあずみにこれ以上の負担をかける訳にはいかないと、大和は努めて平静を保つ。

 

「待たせた!」

「あずみさン、大丈夫でスか!?」

 

 大和がしばらくそうしていると、ステイシーとモルカが担架を抱えて部屋に飛び込んできた。その後ろには他の従者も数名付き添っている姿が確認出来、それを見た大和は目を見開いて口を開く。

 

「ちょ、こんなに来たら仕事に支障が出るよ! 特にモルカ、君は今揚羽様の従者の一人なんだから持ち場を離れちゃ……!」

「問題なイです! 揚羽様の指示でここに来ましタ!」

「え?」

「話は歩きながらでも出来る、まずはあずみを運ぶぞ!」

 

 言葉を交わしつつも、ステイシーとモルカは手慣れた様子で慎重にあずみを担架に乗せ、持ち上げると歩き出した。それに大和や数名の従者が並行するようにして続く。

 

「揚羽様の指示って……?」

「私は先程まで揚羽様のお側にいたんでス。すると慌てた様子のステイシーさんが廊下を走ってテ、それを揚羽様が呼び止めたんですガ……」

 

 モルカの話を聞いた大和は成程、と一人頷いた。九鬼家の面々は全員があずみの事を気にかけており、その中でも本部にいる事が多い揚羽、あずみの直属上司である英雄は特にその傾向が強い。恐らくステイシーの様子を見て勘づき、問いただしたのだろう。恐れ多いが、その気づかいが大和には嬉しかった。

 途中でエレベーターを使用し、一気にしたの玄関まで下りる。エレベーターの扉が開くと、そこにはいつもより真剣な表情を浮かべた揚羽、局が緊迫した様子で立っていた。

 

「大和よ、あずみの様子はどうだ?」

「は、はい! 今のところ破水などは見られませんが、痛みは強くなっているようです」

 

 部屋からここまで、あずみはお腹に手を当てながら痛みに耐え続けている。しかもどんどん痛みは強くなっているらしく、今はこちらの声に返事ではなく頷いたり等、呻き声以外では声を上げていない。顔色も悪くなる一方であり、少なくとも良い状態ではないのだろう。

 

「李達が玄関前に車を用意している。無論、あずみが横になるスペースは充分にあるものを用意させておいた。ステイシーは李と共に搬送と護衛に就け。大和、お前はあずみに付き添って病院に行くがよい」

「……よろしいのですか?」

「お主一人が抜けたところで、九鬼の屋台骨はそう簡単にはぐらつかぬよ。それよりもあずみに付いていてやれ」

 

 揚羽の指示と局の言葉に、大和は不覚にも目頭が熱くなるのを感じて顔を顰める。そんな大和の様子を見た局は目を細めながら歩を進め、大和の肩に手を置いた。

 

「泣いている場合ではないぞ。すぐにあずみを病院に連れてゆけ。既に連絡はしてある故、病院に着けば医師がどうにかしてくれよう」

「はい」

「……不安か?」

 

 局の言葉に、大和は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。局の言う通り、現状は大和の不安を煽る要素しかない。あずみは本来ならまだ出産まで時間があった筈だし、何より急な展開に大和の頭が付いてないというのもあった。

 

「不安なのだな。だがな、直江よ」

 

 そんな大和に対し、局は鋭い視線を向けながら口を開く。

 

「一番不安なのはお前でも、李達でもない。他ならぬあずみなのだぞ」

「あっ……」

「お前がそんな様子ではあずみにも不安が伝わって影響が出るぞ。良いか、直江よ」

 

 そこで局は一度言葉を切り、再度大和へ視線を向けた。が、それは先程の様な厳しい表情ではなく、家族以外には滅多に笑顔を見せない局の……まるで息子に向けるかのような柔らかい笑顔だった。

 

「あずみを信じてやれ。それが今のお前に出来る一番の事だ」

「局様……」

「行け、直江。時間は待ってはくれぬぞ」

 

 その言葉に対し、大和は限界まで腰を折って局に頭を下げる。そして局と話をしていた自分よりも先に車に行っていたあずみ達を追いかけた。そんな様子を見ながら、局は苦笑すると表情を引き締めて口を開く。

 

「揚羽、英雄と紋。それに帝様は戻ってこれそうか?」

「先程連絡はしました。紋は明日の朝にはこちらに到着するでしょう。英雄と父上は、正直厳しいかもしれません」

「そうか……楽しみにしておったのにな」

「全くです。英雄の奴、あずみの出産予定日に休日を入れている程でしたからな」

 

 そう言いながら揚羽は笑みを浮かべるが、すぐに表情を引き締める。

 

「それで、あずみは大丈夫なのでしょうか? 予定よりも早い出産ですが……」

「心配するな。世界ではこれよりも遥かに早い出産はいくらでもある。それに病院では最高のバックアップを要請しておいた」

「いつの間に……」

「伊達にお前達より歳をくうておらぬよ。それに、我は三人も子供がおるのだがら慣れていて当然であろう?」

「……はは、そうですな。まさにその通りです」

 

 局が生んだのは英雄と揚羽の二人であり、正確には局の子供は二人である。が、ただ自然に紋白の事を自分の子供だと言い切った局の言葉に対し、揚羽は万感の想いで頷きながら言葉を返した。

 今、この光景を作ってくれた紋白の従者……大和に対して感謝すると同時に、今回のあずみの件が無事に済んでくれる事を祈りつつ、揚羽は周囲の従者に指示を出していった。

 

 

 

 

 李の運転する車で九鬼系列の病院に直行し、到着すると同時に待機していた看護師達があずみを運び、大和もそれに着いて行った。その後は医師があずみの状態を診察し、一度病室に移された後で分娩室へと直行である。その間、大和はあずみと少ししか話をする事が出来なかった。

 医師の診断は、あずみは既に破水寸前の状態だったとの事であり、あずみ自身の痛みも強い為帝王切開も考慮しておいてほしいという事だった。分娩室には大和も入ろうとしたのだが、それはあずみ自身から止められている。何でも、専門家でもない大和が入ったところで役に立たないからという事もあるが、これから病院に来る連中に説明をしてくれとの事だった。ちなみにステイシーと李は病院の玄関付近におり、局が言った通り護衛の任に就いている。あずみ自身は狙われる理由はないが、英雄の専属従者という立場を考えれば狙われる可能性はゼロではないという理由だ。

 そして場面は夜に戻る。大和は分娩室の前でウロウロするのを止め、設置してあった椅子へと腰を下ろしていた。先程まではウロウロと歩き回っていたのだが、それを見かねた病院関係者と様子を見に来たステイシーから注意を受けた為、現在は大人しくしているのである。が、それで落ち着くほど大和は冷静ではいられない状態だった。分娩室に入って、既に結構な時間が経過している。クマちゃんに聞いた話では、そんなに時間はかからなかった上に、分娩室は夫の入室が許されていたらしいのだ。それが出来ない今の状況に、どれほどあずみの容体が悪いのかが分か気がした。

 

「あずみ……!」

 

 両手を組んで握りしめ、祈る様に瞳を閉じる。自分はどうなってもいいだけどあずみと子供だけは助けてほしいと、今まで碌に信じてこなかった神に祈りを捧げる様に、握る手に力を入れた。

 その時である。握りこんでいた手に軽い衝撃を感じ、大和は緩慢な動きで顔を上げた。そこには自分の握りこんだ両手に手をかける女性……李の姿があった。

 

「李、さん……」

「酷い顔をしていますよ、大和」

 

 微笑みながらそう言い、李は大和の隣に腰を下ろした。

 

「あの……」

「護衛の件ならば大丈夫ですよ。今はステイシーと交代していますから。ついでに揚羽様達も朝方には病院に来る事が出来るそうです」

「そうですか……」

 

 気のない返事をしてしまい、大和は顔を顰めた。不安なのは理解しているが、それを他人に対する態度に示してはいけないだろう。

 そんな大和の様子を見て、李はクスリと笑みを浮かべると口を開く。

 

「無理しなくてもいいんですよ? 大和が不安なのは分かってますから」

「李さん……すみません」

「だから気にしなくていいですよ。何年の付き合いだと思ってるんですか?」

「はは……俺が九鬼に入ってから随分経ちますし、李さんは最初から俺の面倒を見てくれていましたからね」

「ええ、懐かしい思い出です」

 

 大和はそう言いながら苦笑する自分を感じ、李に視線を向ける。

 

「ありがとう、李さん」

 

 自然とそんな言葉が口から出た。それを受けた李は静かに微笑み、分娩室の扉へと視線を向ける。その表情はまるで子を見つめる母の様な慈愛に満ちていて、大和はついその表情に見惚れてしまう。

 

「あずみが心配ですか?」

 

 李の言葉に対し、大和は視線を李の顔に向けたまま頷く。そちらに視線を向けず、分娩室に視線を向けたまま李は眩しいものを見るかのように目を細める。

 

「大和があずみを心配する様に、私……ステイシーや揚羽様達も貴方を心配しているのですよ? 気を張り続けずに、少しは楽にして待つ事も大和には大切だと思います」

「李さん……」

「ですが……」

 

 そこで言葉を切り、李は大和へと視線を向けた。その表情は訴える様な、それでいて恋焦がれる少女の様な表情だ。

 その表情が何を求めているのか分からず、大和は一瞬言葉を失った。まるで李が自分に何かを求めているかのように感じたからだ。いつもの李とは様子が全く違い、大和は返答に窮する。李はそんな大和を見て苦笑すると、ゆっくりと口を開く。

 

「そんな大和だからこそ、あずみも愛したのかも知れませんね……」

「……買い被りすぎです。俺はただあずみさん以外が考えられなくて、我武者羅になってそれだけを追いかけただけです。それに、俺だけじゃそれを達成する事なんて出来なかった。ステイシーさんや揚羽様、それに李さんがいたからこそ、今の俺があるんです」

 

 貴方達がいたからこそ出来た、と大和は笑顔を浮かべて口にする。実際、李やスティシー達がいなければ途中で諦めてしまっていただろうし、そもそも九鬼に残る事さえ出来なかっただろう。揚羽や局、英雄の存在も確かに大きかったが、それ以上に大和が今ここにいる事が出来るのは、ステイシーと李のお陰だった。

 

「皆がいたから、俺はここまで来る事が出来た。そして、あずみさんと共にいる事が出来てます。本当に感謝してますよ」

「……そうですね、大和」

 

 そう言って二人は笑い合った。仕事をしてから何年も経ち、その中で何度も互いに泣きごとを言い合った仲なのだ。いつの間にか大和の緊張はほぐれ、先程まで落ち着かなかったのが嘘の様な状態になっていた。

 

「ありがとう、李さん」

「お礼を言う必要はありませんよ。私がやりたかった事ですから。それに……」

「それに?」

「それに……私は、大和が」

 

 李が何かを言おうとした、瞬間だった。

 分娩室の扉が開かれ、大和と李が目を見開いてそちらに視線を向けた。そこにいたのは安堵したように微笑む看護師の姿があり……

 

「おめでとうございます、元気な女の子ですよ」

 

 そう声が響いた瞬間、大和は分娩室へとび込んでいった。恐らく自分がどんな顔をしていたかも分かってはいまい。そんな様子を見た看護師が「あらあら」と微笑みながら呟くのを見て、李はふぅ、と息を吐く。

 

「私は、何を考えているんでしょうね……」

 

 自分自身に問答するかのように呟く。先程大和に言おうとした一言……それは決して今の大和に言っていい言葉では無かった。それを聞いた大和に選択を強要し、どんな結果であれ今までの関係を壊してしまう様な言葉だった。

 

「それでも……」

 

 そう呟いて、李は立ち上がると外へと向かう。外で任務についているステイシーに報せてやらなければならないし、本部に居る揚羽達にも連絡をしなければならない。

 

「何してるんでしょうね、私」

 

 そう自嘲するように呟き、李は一度溜息を吐く。そして表情を引き締めて気持ちを切り替えると、これから行う事を考えながらステイシーの許へと向かっていった。

 

 

 

 

 心臓が跳ね上がる

 呼吸が激しくなる

 目の前がチカチカしてくる

 

 そんな状態になりながら、大和はゆっくりと分娩室の中にいる愛しい人の許へと向かう。そこは医者と数人の看護師がおり、その誰もが笑顔を浮かべて大和に視線を向けていた。その中央にいる人物……あずみは顔が看護師の影になって見えないが、その手に何かを抱いている事だけは確認できた。

 それを見て、大和はゴクリと生唾を飲み込む。緊張で手が震え、涙まで溢れてきた。周りにいる看護師や医者がそんな光景を見て笑みを浮かべているが、今の大和はそんな事気にしている暇などないくらいに混乱している状態だった。覚束ない足取りで歩み寄ると、そこにいた愛しい人……あずみは汗に塗れた顔を向けて口を開いた。

 

「おぅ、来たか」

「あ、ずみさん……俺、あの、えっと……」

「少し落ちつけよ」

 

 そう言われ、大和は一度大きく深呼吸をしてもう一度あずみへと視線を向ける。長時間体に負担をかけていた為か疲れ切った表情をしており、やや顔色も悪い。が、それ以上に大和が驚いた事があった。

 あずみが抱いているものに向ける視線が、何年間もあずみを見てきた大和でも一度も見た事のない表情をしていたからだ。母の様な表情を浮かべる様になった、というのは桐山の言葉であったが、この表情はそれと似ているが根本からして違う、と大和が感じる程のものだった。全てを許してしまいそそうな、それでいてどんなもよりも愛していると言いたげな表情だった。

 

「いつまで呆けてんだよ、大和。ほら……こっち来な」

「あ……」

「頑張ったぜ、あたい」

 

 そう言いながら大和に抱いているものを見せる。それと正面から向き合い、大和は何を言ってよいのか言葉に詰まった。

 あずみが抱いているもの……赤ちゃんは正直言って可愛いと呼べるものか分からない。真っ赤な顔をし、鼻は潰れていて端正な顔つきとは言えるものではないし、若干早い出産という事もあってか体つきも小さい。ヤドカリを至上の生き物としている大和にとって、決して可愛いと言える見た目はしていない。

 だが……

 

「俺の、子……」

「そうさ。ほら、お前のお父さんだぞー」

 

 そう言ってあずみが子供の手を軽く握る。それに合わせてむずかる様に泣き始めた子供に対し、あずみは苦笑すると近くに来た看護師へ優しく手渡した。

 

「可愛いだろ、お前とあたいの子だぞ」

「うん……」

 

 あの子を見た瞬間、大和の頭に浮かんだ感情は全てを許せてしまいそうな感覚と、この子の為ならどんな事でも出来るという激情だった。どんなものより愛しく、そして大切だという感情が全てを支配した感覚だった。そして、それはあずみにも言える事だ。

 

「あたいは別に子供好きって訳じゃなかったんだけどなぁ……」

「はは、俺もだよ」

 

 これが父親になるという感覚なんだろうか?

 局様もこんな風に思ってたんかなー?

 

 そう考えて、二人で笑い合う。

 

「では、とりあえずお母さんを入院部屋の方へお連れしますね。お父様もご一緒に行かれますか?」

「あ、はい。あの、子供はどこに?」

「少し早い出産でたので、数日特別室で様子を見る事になります。見学はいつでも出来ますから、お父様はいつでも来てください」

「あたいは?」

「お母様はしばらく安静にしてからですね。こちらで体調も見ますので、様子を見てから行きましょうね」

 

 ベテランと言えるだろう看護師の言葉に、二人は同時に頷いた。そして、看護師の手であずみはストレッチャーに移され、大和もそれに追随する。

 

「しかし、しんどかったぜ……」

「そんなに?」

「今まで一番痛かった、マジで」

「……どれくらい?」

「比べるものがないくらい。つーか、外傷でこんな痛みは出ないと思う。そんくらいだ」

 

 移動しながらする会話に、大和は苦笑してしまう。そんな大和を見て不愉快だったのか、あずみはムッと顔を顰めた。

 

「男は良いよなぁ、ただヤる事だけヤって、痛いのは全部あたい等女が受け持つんだからよ。不公平だと思うぜ」

「あはは、確かにそうかもしれないね。男は出産の痛みに耐えきれないっていうし……あずみさん、本当に辛かったなら次は麻酔とか使ってもらう?」

「次がある事が決定してんのか……今、あたい何歳だと思ってやがる」

 

 そう言って、あずみは溜息を吐いた。それに合わせて大和が笑みを浮かべる。

 

「あずみさんにはもっと、もっと幸せになってもらいたいから。それに、あの子に弟か妹をあげたいし」

「はっ……それだけじゃねぇだろ、このエロ野郎」

 

 そう言ってあずみも大和と同じく笑みを浮かべた。

 

「まぁ、期待してんぜ。大和」

「お任せを、あずみ」

 

 

 

 

 時は巡る……

 実る想いがあれば、散る気持ちもある。そんな人々の関わりも全て内包して、この世界は進んでいく事を止めはしない。

 一人の少年が抱いた恋心が何年もかけて花咲いた様に、様々な想いがこの世界には溢れている。

 茶色の長髪を簡単に纏め、九鬼従者の特徴であるメイド服を着た少女が九鬼本部の廊下を進む。目指すは自分の主が住んでいる部屋であり、それに合わせて玄関前には人力車も準備してもらった。まだまだ自分では充分な速度を出せてはいないが、主が望んでいるため致し方なく自分が受け持っている役割だ。

 主は自分の二つ年下の男性であり、現在の九鬼トップである九鬼英雄の一人息子である。少女が幼い頃からの知り合いであると同時に、今は自分の主である存在だ。小さい頃は自分の後ろをぴーぴー泣きながら着いてきていたなぁ、と考えながら少女は進む。

 そんな事を考えていたら、自分の携帯電話が震えるのを感じて手に取った。そこに記されている名前は父携帯の文字。迷わず通話ボタンを押す。

 

「もしもし」

『おっ、ごめんごめん。ちょっと仕事で伝えたい事があってな』

「うん、どうしたの? これから白鳳様迎えに行くからそんなに時間がないんだけど……」

『それはね……って、うわっ!? ちょっとあずみさん!』

『お前はいつまでグダグダ喋ってやがんだ。あー、大した用事じゃない。今日は英雄様と紋白様が同時にお帰りになる日だから、学校が終わったら真っ直ぐに空港に来いっていう事を伝えたかっだけだ』

 

 普段は仕事場の関係上、同じ場所にいる事が少ない両親が同時に電話に出た事に少し驚いたが、そういう事かと納得して一人頷く。恐らく出発する空港で合流しているのだろう。

 

『いや、あずみさん……少しくらい娘と話をしても』

『今は仕事中だ馬鹿。つーわけで白鳳様によろしく伝えてくれ』

「分かった。その予定でスケジュール立てるね。あ、お母さん」

『どした?』

「オサ……おじいちゃんがたまには顔見せろって……」

『まだくたばってなかったか。その内お前等二人も連れていくからって伝えとけ』

「うん、分かった」

『そんじゃ、空港でな』

『あ、その前に親子のコミュニケーショ』

 

 そう父親が言った瞬間、何かを殴打する音と同時に電話が切れる。相変わらずだなぁ、と呆れた様子を浮かべ、少女は自分の主である九鬼白鳳の部屋の前に到着すると扉をノックする。

 

「白鳳様、入りますよ」

「ムッ!? 蓮華か? フハハハ、入るがよい! 我は準備万端であるぞ!」

 

 その言葉を聞き、蓮華と呼ばれた少女は一度笑みを浮かべる。そして顔を引き締めると扉を開けて口を開いた。

 

「専属従者、直江蓮華参りました」

 

 

 




超絶難産でした……
出産の状況がよく分からず、あくまで九鬼の病院ではこういう感じだったと考えてもらえたらいいです。ついでに出産した後すぐに病室戻れるかもわからん!
それからの話は細かく書くとオリジナルになりそうなので少しだけ書きました。名前はそんなに深く考えずに書いたりしてます。娘の年齢は書いてませんでしたが、考えるとあずみさんの年齢がやばうわなにをするやめ(ry

本編はこれで最終話となります。ある程度書きたい事は書けたかな、と自分では感じています。あずみさんは色々と苦労した人でもあるので、これからは幸せに過ごしていってもらいたいと考えながら書いていました。
大和や周囲の人たちとこれからどんな生活をしていくのか、トラブルはあるのか? など色々なイベントがあると思いますが、それは私を含めた皆さんで妄想していきましょう! 誰か書いてもいいんじゃよ?そして残すはいくつか外伝ですが、少しずつ書いていこうと考えています。とりあえず伏線はってる李さん、関係ありそうなオサ、まゆっち辺りの外伝は考えています。楽しみに待って頂けたら幸いです。

そして今まで読んで下さった方、感想をくれた方、評価して頂いた方、本当にありがとうございました!
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