楽しんで見てくれたら嬉しいと思います(震え声)
九鬼と敵対する組織の男、ディビットは憎悪に塗れた表情をしながら自分の武器であるロケットランチャーの手入れを行っていた。つい先日、「直江 大和」を含む従者部隊に自分が率いていた部隊(テロリスト)を潰滅させられ、留置所にブチ込まれたのだ。その事を思い出した途端、ディビットは己の腸が煮えくりかえるのを感じた。
「ヒヒヒ、見てやがれ直江大和ォ……たっぷりお礼をしてやるからなぁ」
収容所を脱出し、他の仲間を囮にしてまでディビットは大和に対する復讐を果たそうと躍起になっていた。既に自分達の組織は九鬼の従者部隊にほぼ全てが撃滅させられ、数少なく残ったメンバーも今回の自分の脱出で使い潰した。もう組織の再編は絶対に不可能であろう。だが、それでも自分に敗北と屈辱を与えたあの男、「直江 大和」だけは自分で殺さなければ気が済まなかった。既にその瞳は現実を映してはおらず、狂気に満ちている。
そしてディビットには神が味方したのか、「直江 大和」が簡単な任務の為に数少ない人員と共に行動しているとの情報が入ったのだ。しかもその中には従者部隊の新人という足手纏いも存在するという。まさに絶好のチャンスだ。そして自分にはもう一つの切り札が存在する。
「先生、頼むぜ……これが終わったら報酬は弾みますんで」
「ふん、任せておけ」
隣の座席に座っている巨漢の男……通称先生だ。デイビット達がいる組織の中では最も腕っ節が強く、その実力は九鬼家の二桁ナンバーに相当するとまで言われている。逆に考えれば組織のナンバー1でも九鬼家の良いとこ二桁、しかも戦闘力のみしか届いてないという所に九鬼家従者部隊の化け物具合が感じられるだろう。
これなら確実に復讐できる、そう確信したディビットは今から起こるであろう光景に舌舐めずりをした。まずは「直江 大和」を打ちのめした後、無力さを思い知らせてやるために新人を目の前でズタズタにしてやる。その後でゆっくりと殺してやる。
自然と狂笑が顔に浮かびあがる。が、そんなディビットの気持ちを遮るかのように、車が急ブレーキをかけた。突然の事に慌てて踏ん張るが、前の座席に頭をぶつける。せっかくの良い気分を阻害され、ディビットは血走った目で運転手へと罵声を浴びせる。
「何してやがんだクソが! 手前ェ、目ついてんのか!?」
「す、すみません……! いきなりアイツが」
「あん……?」
運転手が指を差した方向に視線を向けると、そこにいたのは黒いドレスを身に纏い、美しく艶やかな黒髪を纏めた女性が不敵な笑みを浮かべて立っていた。その女性は笑みを浮かべつつも獰猛な殺気をこちらに向けており、それを感じたディビットは先程まで高揚していた気分が急に冷えていくのを感じる。
「く、九鬼家従者部隊か!?」
慌てて車の外に飛び出し、ロケットランチャーを女性に向ける。先生もゆったりとした動きで車の外に出る。
「ふん、女か。これでは勝負にならないな」
先生と呼ばれる男がそう言いながらも構えを取る。しかしディビットは感じていた……何故だか分からないが、目の前の女性は只者ではない。いや、それどころか……
「弟はな、今日とっっっても大事な行事があるんだ」
女性が一歩進む。それだけで威圧感が数倍増したように感じた。
「本来ならお前等みたいな弱っちい奴等を相手にするのは私の趣味じゃないんだが……今回だけは話が別だ」
「ふん、何をゴチャゴチャと……地面に叩きつけてやるぜー!」
先生が女性へと突進していく。その剛腕が女性の華奢な体を掴み上げ……られていた。
先生の巨体が女性に片手で持ちあげられている。先生は何が起こっているのかも分からない様で、困惑した表情を浮かべながらもがいていた。女性は呆れ、詰まらないという二つの感情を伴った表情を浮かべて口を開いた。
「体重移動、捌き、掴み方、気の使い方、どれ一つとしてなっちゃいない。お前じゃ、ワン子に傷一つ付ける事すら出来そうにないな」
そう言いつつ先生の体を振りまわす。その勢いは徐々に増していき、やがて竜巻の様に風が荒れ狂い始めた。単純に回したスピードではなく、女性の気を用いた暴風だ。これを見たディビットも運転手も、絶望的というすら生温い実力差にただ呆然とする事しか出来ない。
「川神流っ!」
「おおぉぉオオおぉぉぉっっ!!!?」
女性の気が爆発的に高まり、先生が悲痛な叫び声を上げる。
「無双天地落としぃ!!」
「ノォォォォォォオー!!」
爆音と共に砂煙が辺りに広がり、ディビット達の視界が閉ざされる。慌てて女性の姿を確認しようとするが、砂煙は中々濃く、姿はぼんやりとした影でしか確認できない。
「ぺっぺっ! しまった……ドレスが砂で汚れてしまったな。弟の邪魔をされかけて苛立ったとはいえ、こんな時に使う技ではなかった……」
意気消沈した声と同時に、砂煙が晴れる。そこにあった光景は冗談としかいえない様な光景だ。あの先生の巨漢の上半身がすっぱりと地面に埋まっている。ピクピクと動いている所を見るに死んではいないようだが、戦闘不能は間違いない。
そこでディビットは気が付く。目の前にいる女性が、誰なのか……
「お、思いだしたぞ……お前は……」
「ん? 何だ、気がついてなかったのか?」
「直江 大和」には血の繋がりこそないが、姉とも呼べる存在……そう、川神が、日本が、世界が誇る最強の武道家がいるという事を。
「か、川神……「川神 百代」ぉ!?」
「んー、いいな。そういうリアクション、お姉さんは好きだぞ♪」
そう言いつつも、百代の目は全く笑っていない。笑顔こそ浮かべているが、それはまるで肉食獣が獲物を追い詰める際に見せる獰猛な威嚇だ。
「普段なら見逃してやる事も考えないでもないんだが……ま、さっき言った通り私はお前等を逃がすつもりは一切ないから。せめて少しは楽しませてくれよ」
そんな百代の様子を見て、ディビットは完全に悟った。
自分は「直江 大和」に復讐する事は、到底不可能なのだという事を。
*
「直江 大和」は車に乗りながらも、周囲の警戒を怠らずに些細な変化にも気を配っていた。無論、何かがあれば狙撃班であるロビンからいの一番に連絡が来るのだが、それでも自分がサボッて良い事にはならない。伊賀家と甲賀家、この二つの家が和平を結ぶ為の婚約なのだから、そんなものを邪魔させる訳にはいかないのだ。
それに、結婚という行為が邪魔されるというのは腹が立つ。何せ自分はまだその場に立つ事すら出来ていないのだから。
(はぁ、考えれば考えるほど鬱になりそうだ……って、いかいかん。仕事中は気を引き締めねば……!)
「あの、直江さん……」
気を引き締め直していた大和の耳に、隣の座席からか細い声が上がる。大和が視線を向けると、そこにいたのは一人の女性……九鬼家従者部隊序列993位、「相田 阿世」だ。今回の大和の仕事の相方であり、今はウェディングドレスを身に纏い、顔はヴェールがかかっている為見えない。
「相田さん、どうかした?」
「その、直江さんが緊張していらっしゃる様だったので……」
「ん、あー……ごめんね、先輩なのに気を使わせちゃったね」
「い、いえ……そんな」
大和は軽く笑みを浮かべて相田へと向き直ると、少し表情を引き締めて口を開く。
「いつ敵が襲ってくるか分からないからね。もし戦闘になっても、相田さんは車で待機していてくれ」
「は、はい」
相田の答えに満足し、大和は再び視線を窓の外に向ける。それを見た相田はやや焦った様子で口を開いた。
「あ、あの……外ばかり見ている花婿というのも不自然ではないかと……」
「ん?」
「その、少しは夫婦らしさをアピールしないと偽物だとバレる可能性があるのではないでしょうか?」
確かに、と大和は一人頷く。窓の外から敵が観察していた場合、ずっと外を眺めて花嫁をないがしろにしている花婿は大層不自然に映るだろう。自分達が偽物だという事がバレては、今回の任務は失敗という事になってしまう。
「じゃあ何か話そうか」
「あ、はい! えっと……」
自分からそうしようと提案した割に、あわあわと焦る様子の相田を見て、大和は軽く笑みを浮かべる。自分も最初の頃は大きい仕事の度に焦り、慌ててた記憶がある。相田を見てるとその時の自分を思い出してしまう為、頼りないというよりは微笑ましいと感じてしまっていた。
「大丈夫だよ相田さん、リラックスリラックス」
「は、はい……ですけど緊張して……こんな凄いイベント初めてですから」
「無理もないね、大切な行事だし。もしかしたら敵が襲ってくるかもと考えたら緊張する気持ちは分かるよ」
緊張しているのか、多少体が震えている相田の様子見て、大和は安心させるかのように軽い笑顔を浮かべる。こちらから相田の顔は見えないが、相田は大和の顔が見えている筈だ。
「俺は初めについた上司の人が元傭兵でね、序列1位のあずみさんって人なんだけど」
「あっ、はい。知ってます」
流石に序列1位の事は知っているらしく、大和の言葉に相田は頷きつつ耳を傾ける。
「俺はその人にしごかれて慣れた。だから相田さんもその内慣れるよ」
「しごく……何だか、凄く厳しそうな人ですね」
確かに、あずみは厳しい。言葉はきつい事も多いし、人に期待する仕事のクオリティも高い。だが、ただ厳しいだけの人間が若手主導のトップに成り得る訳もなく、それが支持され続ける事は有り得ない。
「大丈夫、あずみさんは良い人だよ。あんなに若手に慕われてる人はいない位さ」
「そうだなぁ、俺様もあの人には世話になってるからな」
大和の言葉に助手席にいる岳人も同意するように口を開いた。むしろ、ここ最近入隊した従者達の中であずみの世話になった事などないという奴はいないだろう。世話になってないとすれば、それは見放されているか、相田さんの様に入隊したばかりで会う機会がなかったかのどちらかだけだ。そう言えるだけ、あずみは新人教育やフォローに気を使っている。
だから若手従者達はあずみを信頼しているし、新人はあずみを師匠と慕う事も多い。
「クールだし、言葉には棘があるし、きつい上司だけども……」
「だけども?」
「……いや、そのね」
「こいつ、そのあずみさんに恋してるんだぜ。しかも八年間振られっぱなし」
「岳人……お前言わなくても良い事を」
「でも、師匠があずみさんにアプローチしてるのは皆知ってますし、今知らずとも後で知る事になるから平気ですよ!」
「何気に傷つく……」
岳人とティンカオの無慈悲な一言に、大和はがっくりと項垂れそうになるが、仕事中にそんな事する訳にはいかないと気を引き締めて姿勢を保つ。
「直江さんは……」
「ん?」
「どうしてそのあずみさんという人に恋をしたんですか?」
相田からの突然の質問に、大和は目を見開いた。その様子を見た相田が慌てた様子で口を開く。
「いえ、別に悪い意味じゃなくて……どうしてなのかなって素朴な疑問で……」
「あぁ、良いよ。別に気にしてる訳じゃないから」
そこで大和はふむ、と一息吐き、質問の答えを考える。それら脳内で考えた言葉を纏めると、相田に視線を向けて口を開いた。
「そうだね、何で好きになったのかは詳しく言うのは難しいけれど……最初はあの笑顔にやられたね」
「笑顔、ですか?」
「うん、勿論他の要因も沢山あるんだろうけど、最初はそれだったと思うよ。全く罪な女(ひと)さ」
「なーに臭い事言ってんだお前は」
岳人がからかうように毒吐く。確かに臭い事言っている自覚はあるが、それでも本当に感じている事なのだから仕方が無い。笑顔一つで自分をここまで夢中にさせたのは、あずみさん以外に見た事がないのだから。「直江 大和」は、唯一度の笑顔で恋に落ちたのだ。
「まあ、それから八年経つんだけどね……でも、次こそは決めてみせるさ!」
「いよっ、流石は従者一諦めの悪い男!」
「流石は薔薇の従者です、師匠!」
大和の言葉に岳人とティンカオが盛り上げる様に声を上げる。運転しているティンカオはその度によそ見をしているが、その運転技術は確かなものであり全く車が揺れる様子はない。
「どうして……」
「ん?」
相田が顔を上げて大和に視線を向ける。顔こそ見えていないものの、大和は相田の視線が自分にピッタリと合っている事に気付き、こちらも視線を返す。ヴェールさえなければ、二人はまさに見つめ合っている状態であっただろう。
「直江さん」
「何?」
「貴方は、九鬼家従者部隊でも有望な若手の方ですよね。それなら、そのあずみさんじゃなくても沢山女性がいるんじゃないんですか? 例えば……私が何度かお会いしてる李さんとかステイシーさんとか」
その言葉に、大和もそうだが前部座席にいる岳人達もその顔に驚愕を浮かべる。車内の空気が一変するが、相田はそれに構わずに言葉を続けた。
「それにあずみさんは、直江さんと歳が離れすぎてると思います。直江さんなら、もっと若くて綺麗な……素直な子を恋人にする事だって出来るんじゃないんですか?」
「ちょっと、師匠に変な事言わないで」
ティンカオが殺気すら含めてそうな視線で睨みつける。岳人も似た様に良い感情を抱かなかった様で、先程のやんわりとした空気は完全に霧散していた。そんな状況にも関わらず、相田は特に変わった様子もなく大和を見つめ続けている。この子はきっと大物になるな、と軽く笑みを浮かべ、大和はゆっくりと口を開く。
「確かに、自分で言うのもなんだけれど俺は若手の中では中々の出世頭さ。そして、従者の子や社員の人達に誘われた事も一度や二度じゃない」
「そう、ですよね……」
何故か相田は落ち込むように頭を垂れる。それを見た大和は自分が何かとてつもなく悪い気持ちになってしまい、慌てた。それだけ相田が出した負のオーラが凄まじいのだが。
「なら、どうしてあずみさんにずっと恋をしているのですか?」
「んー……そうだなぁ」
相田の質問に、大和は考える。
愛しているから、確かにそうだ。
最初に好きだったから、これも間違いない。
あずみさん以外の女性が考えられないから、これもある。
でも、自分が一番彼女を想うのは……
「あずみさんを……幸せにしたい。他の男が彼女を幸せにする事なんて、考えたくないんだ。俺だけがそれを出来れば良い、そして一緒に幸せになりたい。この感情を抱いたのは、あずみさんが最初で最後だ。傲慢かもしれないけど……俺があずみさんを諦められないのは、それが理由」
「直江さん……」
「あぁ、俺ってすげぇ自分勝手な考えであずみさんを求めていたのか……何か自覚しちゃったかもしれん。はっ、もしやこのガツガツしているのが良くなかったのか!? あずみさん、ツンデレだし」
「そりゃ考えすぎだ」
「師匠ェ……」
岳人とティンカオの呆れた視線を受け、大和が頭垂れる。だからこそ、隣にいる相田の顔だけではなく首筋までもが真っ赤に染まっている事に、気付けなかったのかもしれない。
*
ティンカオが運転するリムジンは七浜の街をゆったりと巡り、式場へと向かっていく。あれから相田は殆ど話さず、大和が話しかけた時に返答する位になっていた。自分が重苦しい話題を出してしまった事に責任を感じているのかとも思ったが、別段そういう様子でもない。むしろ出発の時よりも緊張している様子で、何度か自分を落ちつけようとしているのか大きく息を吐き出す事が多かった。
やがて車は祝福する人間達の中を進んでいく。右も左も花やクラッカー等を手に車の中にいる伊賀と甲賀の人間を祝福している。笑顔を浮かべて手を振りながら、大和は申し訳ない気持ちで一杯になっていた。自分達はもう見えている式場に着けば、その時点でお役御免なのだから。
「結局、敵は来なかったな」
「岳人、まだ分からないぞ。式場到着の瞬間を狙っているかもしれないし、油断は禁物だ」
「あいよ、大和」
「はい、師匠!」
車が式場へと到着する。クラッカーが響き渡り、荘厳な音楽が鳴り響く中、まずは岳人とティンカオが車の外に出る。続いて大和が外に出て、相田側のドアを開ける。相田の手を取り、それと同時に相田も車から出る。
「ご苦労だったな、直江大和」
その言葉に振り向くと、そこにはドレスを着た揚羽の姿があった。普段の私服ではなく、シックな感じの黒と銀を混ぜたドレスだ。恐らく結婚式という事もあり着ているのだろうが、驚くべき程似合っていた。揚羽の後ろにいる小十郎も普段と変わらない様に見えるが、よくよく見ると質を高めた従者服の様だ。
「はい、これで任務完了ですね。花婿、花嫁と入れ換わりましょう。二人はどこに」
「ん? まだ任務は完遂しておらんぞ」
その揚羽の言葉に、大和は首を傾げる。確か式場まで移動し、そこで花嫁と花婿を交代して自分達の仕事は終了の筈だ。後ろ見ると岳人もティンカオも困惑している様子で、何が何だかと言いたげである。
「あの、揚羽様。我々にはもう出来る事はないと思うのですが……?」
「フハハハ! 何を言う、お前が今回の主役だぞ!」
本当に訳が分からない。
「えっと、もう一度確認します。私達はまず花嫁たちと入れ換わり、七浜の街を巡って式場まで移動する、それまでは合っていますね?」
「うむ、間違いはないな」
「そしてそこで本物と交代する、揚羽様はそう仰られていましたね?」
「あーその事だがな、直江よ……」
揚羽が深刻そうな表情を浮かべて目を閉じる。まさか花嫁と花婿に何かあったのか? 大和の心の中に最悪の予想が生まれる。やがて揚羽がゆっくりと目を開き……いつもの様に太陽も曇らんばかりの笑顔を浮かべた。
「嘘だ、許せ!」
「……は?」
「いやぁ、生まれてからここまで堂々と嘘を吐いたのは初めての経験であったわ! いや、しかし嘘というものは本来犯してはならぬものであるが……今回の嘘は気分が良いな!」
「そうですね、揚羽様ーッ!」
小十郎が合いの手の様に叫び声を上げるが、俺や岳人・ティンカオ二人の何が何だか付いていけない。周囲の人達からは笑い声が漏れているが、それは馬鹿にしているというわけではなく、微笑ましいものを見てつい零れてしまった笑みを何とか抑えようとしている様だ。
「揚羽様、どういう事でしょうか?」
「フハハハ! てへペロ!」
揚羽が普段は絶対にやらない様な仕草を見せる。が、普通の子がやれば可愛らしいと言える仕草も九鬼である揚羽が行えば妙な威圧感と共に、凄まじい覇気と輝かんばかりの王たる威圧感がその身から発生していた。
「可愛く見せても誤魔化されませんよ」
「むぅ、駄目か?」
「駄目です」
大和は元々軍師の異名を持ち、自分の策略の元相手を出し抜いたりする事が得意だった。逆に自分が出し抜かれたりすると機嫌が悪くなったり、動きに精彩を欠く。その為この状況は大和にとって不安しか生み出さない状況なのだ。
そんな大和をしばらく眺めて満足したのか、揚羽は軽く息を吐いて口を開いた。
「それは我から説明する事ではないのでな」
「え、それはどういう……」
スッ、と……揚羽と大和の間に割って入る様に移動してきた影。白いドレス……ウエディングドレスを身に纏い、ヴェールで顔を隠した女性……「相田 阿世」だ。
(っ……は、早い!?)
従者部隊60位である大和がその身のこなしに驚愕する。今相田が見せた動きは、少なくとも900位台の人間が見せて良い動きではない。確かに従者部隊は戦闘力以外の事も重視されて順位を決められているが、それでも戦闘力だけという一点の要素で上に昇る者もいるのだ。
大和が一気に警戒を高める。後ろにいる岳人とティンカオを似たような状態だ。そして、ゆっくりと相田が顔を覆っているヴェールにてをかけると、それを上げて顔を露わにする。
「えっ……」
そこから現れたのは、美しささえ感じられる茶色の髪と、自分が求めてやまない人と同じ顔……いや、大和は何年も何年も「その人」だけを追い求めてきたのだ。例え瓜二つの人物がいたとしても、大和は見分ける自信がある。目の前にいるのは、間違いなく……
「あ、あずみさん……?」
「あぁ、そうさ……」
大和の言葉に、あずみは真っ赤な顔を向けたまま応える。いつの間にか音楽も、周囲の音も全て消え去り、式場は静寂に包まれている。
(あぁ、真っ赤な顔のあずみさんは可愛いなぁ……って、そうじゃなくて!)
「ど、どういう事なんでしょうか?」
「あー……つまりさ、何て言うか……」
大和の疑問を多分に含んだ言葉に、あずみはバツの悪そうな表情を浮かべながら人差指で頬を掻く。何年もあずみを見ていた大和は知っているが、これは困った時にあずみが行う癖の様なものだ。そんな仕草も愛おしいと思いつつ、あずみの言葉に耳を傾ける。
「大がかりなドッキリだったんだよ」
「ん? ドッキリ?」
「そうさ」
そこであずみは一歩、大和へと歩を進める。いつの間にか揚羽も、後ろに居た岳人達も二人から距離を離していた。今、二人の周囲には誰もいない。まるで二人だけの世界になったかのように、静寂が周囲を支配していた。
「花嫁と花婿は祝福され、七浜の街をゆっくりと巡り……」
また一歩、あずみが大和に近付く。大和は動かず、あずみから視線を話さずに言葉を受け止める。
「そして式場へと到着する」
また一歩近づく。もう二人の距離はそれほどない。
「大和が特に何事もなく、無事に任務を済ませる事が出来たなと安心した所で、あたいが正体を現す。そして……」
あずみが大和の顔を見上げ、大和があずみの顔を見下ろす姿勢になる。白い花婿衣装を着た大和と、純白のウェディングドレスに身を包んだあずみの視線が交差し、大和の顔が紅潮する。元々赤かったあずみの顔など、既に林檎の様な色になっていた。あずみは一度大きく息を吐くと、想いを乗せるかのようにゆっくりと口を開いた。
「お前からのプロポーズ、やっぱり受けさせてはくれないか……そう言う訳さ」
その言葉を聞いた瞬間、大和は目を見開く。あまりにも唐突で、現実離れした展開に脳の処理速度が追い付いていないのだ。唾を大きく飲み込み、自分の頬を思い切り抓ってみる。
「いたい……」
「夢じゃねーよ」
クスクスと笑いながら放たれたあずみの言葉に、見開いていた大和の瞳から一筋の涙が零れた。それを見たあずみは慌てた表情を浮かべる。
「ばっ、何泣いてんだお前は!?」
「ッ……! ご、ごめっ……!」
だって仕方が無いじゃないか、と大和は思う。こんな唐突に、自分に何も知らされない所で話が進められていたなんて……揚羽は勿論、あずみを連れて欧州へ行ったという英雄もグルなのだろう。
そして何より、あずみからの言葉が嬉しい。
八年間。
言葉にするだけなら簡単な言葉だ。だからこそ重く、長い年月だった。
大和は思い切り涙を拭うと、視線をあずみへと戻す。今こそ言わなければならない一言がある。
「あずみさん、俺から……改めてプロポーズさせて下さい」
「うぇ!? べ、別に良いだろ……こんな人前でこっ恥ずかしいし、あたいはもう受けるって……」
「いえ、それでもさせて欲しいんです」
あずみの前に跪き、その右手を取る。あずみは一瞬身を引きそうになるが、それを抑えるかのように踏みとどまったのかが大和にも感じる事が出来た。呼吸を整え、万感の想いを言葉に込める。
「この八年間、貴方を想わない日はありませんでした」
まるで言霊の様に、言葉に全ての想いと力を乗せる。
「貴方と一緒に幸せになりたい、貴方とこれからの人生を歩んでいきたい。あずみさん……」
「愛しています、結婚して下さい」
全ての時が止まった様に、波以外の音が消える。あずみは柔らかに微笑むと、大和の手を引いて立たせると視線を合わせた。
「全く……お前には負けたよ、観念するわ」
あずみらしい一言を呟き、あずみ自身の想いを込めて口を開いた。
「お前の嫁になるわ」
瞬間、周囲から爆発的な歓声が巻き起こる。改めて大和が周囲に視線を向けると、そこにいるのは殆どが見知った顔だ。川神学院の元同級生、九鬼家従者部隊の面々、西方十勇士、商店街の人達、そして……
「フハハハ! 直江 大和よ、見事であったぞ!」
「英雄様……」
「様はいらぬ。我は今川神学院にいた頃と同じく、S組の九鬼 英雄として出席しているのでな」
いつもと同じく、自信に溢れた笑みを浮かべたまま英雄がそう言い放つ。よくよく見れば、「葵 冬麻」や「井上 準」、「榊原 小雪」や「不死川 心」の姿も確認する事が出来た。ドッキリとはいえ、自分の結婚式に来てくれた事に心の中が暖かくなる。
「しかし、私の為にこのような……」
「敬語はいらぬと言ったろう。なぁに、我が専属従者と紋の専属従者との結婚ぞ。むしろこれでは規模が小さすぎると感じている位だ」
「いや、それはないです」
「フハハハ! 小さいぞ大和よ!」
そこで英雄は表情を引き締める。
「大和よ、あずみの事を頼むぞ。我の専属従者である、泣かせる事は許さんぞ」
「あぁ、分かってる。絶対に幸せにするさ」
そう大和が言った瞬間、上空から一つの流星が落ちてきた。幸いにも人が集中している所には落ちず、大和達が乗ってきたリムジンの近くに着弾する。
「セーフッ! 美少女参ッ上!!」
砂煙から黒いドレスを着た「川神 百代」が輝かんばかりの笑顔を携えて現れる。やがて人混みから大和がよく知る面々が飛び出してきた。
「いや、大和の告白には間に合ってないよモモ先輩」
「何っ!?」
「いやぁ、凄かったわ……大和ったらあんな情熱的な言葉を吐けるのね!」
「むむむ……む゛ー!」
モロと一子の言葉に、百代は頬を膨らませてその場で地団駄を踏む。
「ずるいぞずるいぞ! 私は今まで頑張ってたっていうのに不公平だー!」
「大丈夫だってモモ先輩! 俺がバッチリビデオに撮っておいたからな!」
「嫌だ―! 私は生が見たかったんだ―!」
風間の言葉にも百代は機嫌を直す様子が見られない。そして突如大和に飛びかかり、頭を両手でぐりぐりと締め付ける。
「イタタタタ」
「生意気だぞ弟ぉ~。結婚が早いのは許すが、この私を待たずに無断で式を進めとはーうりうり」
「勘弁して姉さん」
それを期に、あっという間に旧友達にもみくちゃにされる大和を見て、あずみはしょうがない奴だと言わんばかりに笑顔を浮かべて軽く息を吐く。本来、結婚式でこんな状況になるのは有り得ないが、逆に普通の結婚式ではないのだし思い出にもなるだろう。
「あずみ、おめでとうございます」
「ハッハァ! ロックなプロポーズだったな!」
黒と紫の刺繍が入ったドレスを着た李と、黄色と白のコントラストが特徴的なドレスを着たステイシーがあずみへと歩み寄っていた。
「大和は……人気がありますね」
風間ファミリーだけではなく、F組の面々などにももみくちゃにされ、からかわれている姿がここからでも確認できた。知らされなかった事に落ち込んでいる岳人とティンカオはそのメンバーに慰められたりしている。
「まぁ、良いさ。それだけアイツが築いてきた人脈が多いって事さ」
「ま、花嫁はこれからアイツを独占出来るしな!」
「うっせ……」
ステイシーの言葉に、あずみは頬を赤らめながらそう返す。確かにそれが頭の中になかったとは言わないが、口に出す事なんて恥ずかしすぎて出来る訳が無い。
それに、大和は八年間も待ったのだ……今自分がこの程度の時間を待てなくてどうする。
「あずみ」
「ん?」
李があずみの服の乱れを直しながら、口を開く。
「今、幸せですか?」
「……あぁ、幸せすぎて怖いくらいだ」
李の言葉にそう返す。傭兵として、従者としての生き方しか知らなかった自分が、こんなに幸せになってよいものかと考えてしまう。しかし、それすら霞んでしまうほど今の幸せが嬉しい。
「長い間、アイツを待たせちまったけど……その分アイツを幸せにしてやるつもりさ」
無論、大和の言葉通り自分も幸せにしてもらうのが前提の言葉ではあるが。
「……そうですか」
「李?」
一瞬、何かを含むかのように李が言葉を詰まらせた。普段から言いたい事は言う李だけあり、あずみは何かあつたのかと李へと言葉をかけようとする。が、その瞬間揚羽の声が拡声器から響き渡った。その声と同時に李は笑顔を浮かべたまま離れていく。
何だかもやもやとした気持ちは晴れないが、今すぐ問いただす事ではあるまいと、あずみは結論付けて響いてきた言葉へと耳を傾ける。
『あーテステス。フハハハ! 九鬼 揚羽である! 皆、今回の結婚式に集まってくれた事に礼を言おう。そして花嫁と花婿に言いたい事は沢山あるだあろうが、まずは結婚式を進めたいと思う。各々、自分の所定位置について式の続きを待ってほしい、以上!』
その声と同時に人の波が引いていく。事前に打ち合わせをし、綿密な計画を立てていなくては出来ない様な動きだ。一体いつからこの計画を立てていたのだろうと大和は考えを巡らせるが、まさか自分が告白した5月26日から6月1日という短期間の間で計画されたとは思いもしないだろう。
大和は仲間達の笑顔から踵を返し、待っている愛しい人……あずみの元へと向かう。あずみの前に立ち、手を差し伸べる。その手をあずみが笑顔を浮かべて取った。
「行こうか、あずみさん」
「……あぁ、大和」
手を組んだ二人が歩みを進める。祝福の声と音楽が式場に響き渡った。
こんな甘々な話が書きたかった(猛省)
最初は本編の続きを書いてたんですが、まだ大和君が登場しないと事と、甘い話が書く事が出来ない事実に我慢が出来ずついこんな話を書いてしまいました。
要は結婚式の際、本編であずみが言っていたようにアクシデントが起こらずに式場に到着した妄想です。本編中でそのパターンも見たいなぁ、と思ったのが書いた理由ですね。
大和と関係が深いと思われる京や李。登場していない直江夫妻やオサ、クリスやまゆっちも違う話で登場させたいと思っているので、気長に待って頂けたら幸いです。