「新郎、「直江 大和」。貴方はここに居る「直江 あずみ」を病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますね?」
「はい、誓います」
「新婦、「直江 あずみ」。貴方はここにいる「直江 大和」を病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、夫として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますね?」
「あぁ、誓う」
「では、この場で永遠の誓いを……」
九鬼家が用意した式場で、大和とあずみが永遠の誓いを行う。指輪を交換し、これから共に生きていこうと周りに見せつけるかのように、唇を重ね合わせた。式場にいる全ての人間が祝福の言葉を上げ、まるで我が事の様に喜びはしゃぐ姿を見て、大和とあずみの頬が恥ずかしさの為か紅潮した。まるで夢の様な結婚式だ。
あぁ、それなのに……どうして私は……
*
「椎名 京」は、酒で火照った体を冷ますため、パーティ会場に隣接しているバルコニーへと足を運んだ。パーティ会場はは熱気に包まれており、新郎新婦は様々な人間から祝いの言葉をかけられ、からかわれ、肉体的な(主に百代が)スキンシップに晒されている。まるであの式場だけ、自分が川神学園にいた時代に戻ったか様なはしゃぎ様だ。
京は現在薄紫のドレスを着込み、紺色の髪留めで少しだけ長くなった髪を纏めている。その姿は街中を歩けば、確実に男達の視線を集める事が予想される程美しかった。当の京がとある一人の男以外に全く興味を示さない為、全く意味がない事であるが。
「ん……」
バルコニーにあったベンチへと腰を下ろす。式場からは未だに騒ぎ声が聞こえてくるものの、バルコニーには誰もおらず、式場の音以外は殆ど聞こえない。時折街の方から車の音が聞こえてくるものの、非常に落ち着いた空間を保っていた。
京が空を見上げると、空は徐々に赤く染まっていく所だ。間もなく星が見え始め、太陽の代わりに月が現れるだろう。そんな光景を見ながら、京はぼんやりと今までの事を思い返していた。
風間ファミリーに入り、仲間達と一緒に過ごし、S組に入り、最終的には九鬼家従者部隊に入隊した。川神学院にいた頃は、自分がこんな人生を歩む事になるなど考えもしていなかった。
だって、そこには貴方がいたから……
「やっ、京」
「ん、クリス?」
空を見上げながら考えにふけっていた京の耳に、聞きなれた声が聞こえたので振り向くと、そこにいたのはオレンジ色のドレスを身に纏った「クリスティアーネ=フリードリヒ」が飲み物を二つ持って立っていた。京の顔を見たクリスは軽く微笑んで口を開く。
「隣、いいか?」
「どぞ」
京の短い返答を聞き、クリスは隣に腰をおろして飲み物を手渡した。
京とクリスは元々風間ファミリーの一員で仲は良かったが、今はそれが親友とも言える深い間柄になっていた。何が原因で親友と呼べる間柄になったかは二人も良く覚えていないが、それこそいつの間にかなっているからこそ親友であると呼べるのかもしれない。クリスがドイツに帰った後もその関係は続き、よくメールや電話、時たま手紙でのやりとりも行っていた。
「いやぁ、凄い結婚式だ。九鬼家はやっぱり大きい事を実感させられるな」
「そりゃま、私と大和が勤めてる場所だからね」
「京と大和が勤めている事が関係しているのか?」
「大和の力に相応しい場所でいてくれないと……私は大和に着いていくから、どこでも関係ないけど」
京の冗談めいた返答にクリスはクスクスと笑みを零す。手に持っていたシャンパンをグイッと煽ると、沈んでいく夕焼けを見ながら口を開いた。
「しかし早いものだな。これで私達ファミリーでは大和が一抜けか」
「ファミリーじゃなくてもいいならゲンさんが抜けてるけど」
「それならクマちゃんも抜けてるだろう?」
「そだね」
クリスの言葉を聞き、京は溜息を吐いた。そうだ、自分が愛してやまない大和はこれで結婚をし、家庭を持つ事になった。もう彼はあずみ以外を女性として見る事は有り得なくなったのだ。だから、自分の恋は……
「終わる筈がないんだっ!」
「うおっ!? どうしたんだ京?」
「別に」
突然気合いを入れ直す様に叫び声を上げた京を心配したクリスが少し引き気味に声かけるが、京は普段のテンションに戻って言葉を返す、この読みにくい京のテンションについていける人間は少なく、九鬼家従者部隊でもそれほど仲が良い人物は少ない。意外だが、ステイシーとは非常に上手くいっていたりする。ステイシー的には京の不安定なテンションが見ていて楽しいのだそうだ。
「大和は……」
クリスが中身が無くなったグラスを置くと、星が見え始めた空を見つつ口を開く。
「幸せそうだったな、京」
「うん、あの幸せそうな顔も私の脳内フォルダに保存させてもらいました、クク」
京は不敵な笑みを浮かべてそう返す。そう、大和の幸せは京の幸せでもあり、更にそこから垣間見える大和の顔や仕草などは垂涎モノの映像なのだ。そして自分は大和を一途に愛するできた女なのだから、大和の幸せに喜ぶのは当然の事だと言わんばかりに京は笑顔を浮かべてクリスに向き直った。
「無論、大和が何かをキッカケに別れたりしたら……今度こそ食べます。物理的に」
「相変わらずだなぁ、京は」
苦笑を浮かべてそう返すクリスに、そうでしょと言わんばかりに京は胸を張る。
「無理しなくて、いいんだぞ?」
その言葉に京はビクッ、と一瞬体を跳ねさせた。クリスは柔らかい笑みを浮かべ、京へと真っ直ぐな視線を向けている。
「無理も何も、今のが私の本心だよ?」
「うん、京が大和に対してそう思ってる事は知ってる。そしてこれからも京はずっとそのままなんだろうな、と私は思ってる」
パーティ会場の騒音が先程よりも遠くに感じられ、風の音だけが周囲を包む。
「でも今だけは、自分の気持ちに素直になってもいいと思うぞ」
「クリスが何を言っているのか分からないよ、私はいつも通りなんだし」
「京、自分の気持ちを隠すのは良くない。自分の心を殺すのは、結局周りにも自分にもよい結果にはならない。だから京の今抱いてる本当の気持ちを……」
「やめて!!」
クリスの言葉を、京の慟哭にも似た声が停止させる。京は先程とは違い両手で耳を塞ぎ、クリスの声など聞こえないと言わんばかりに俯いた姿勢になっていた。クリスは一瞬だけ悲しそうな表情を浮かべて言葉を止めたが、やがてキッと表情を引き締めると言葉を続ける。
「今の京が感じてる、本当の言葉を聞きたい」
やめて……
「京が感じてる気持ちを感じたい」
やめて……!
「京、私は……」
「五月蠅い! もうやめてよ!」
髪を掻きむしりながら、京が叫び声を上げた。その顔は先程まで浮かべていた不敵な笑みや、周囲を煙に巻く様な表情でもなく、羨望……いや、嫉妬に塗れた一人の女の顔が表れていた。先程まで必死に押し殺し、封じ込めてきた感情が、憎しみが、疑問が心の中から溢れ出てくるのを感じ、京は呻き声を上げる。
どうしてそこにいるのが私じゃないの?
どうしてずっと大和を苦しめてきた貴方がそこに立ってるの?
貴方は大和がどれだけ苦しんできたか知ってる?
貴方に断られる度に、大和がどれだけ心の中で泣いてきたか知ってる?
そんな大和を見て、助けになれなかった私の気持ちが分かる?
私がどれだけ大和を好きか知ってる?
何で、何も知らない貴方が……
どうしてあずみが大和の隣に立ってるの!?
「うっ、ひっぐ……」
自分の心にこれだけの苦しみが、妬みが、憎しみが、ものによっては殺意が籠っているなんて、京は考えた事もなかった。今回の結婚式で芽生えたものではない。この八年間、ずっと大和だけを見てきたからこその心の激流だった。
あまりの感情に胸が、心が痛い。それらは一気に脳へと昇ってきて、止められぬまま涙が零れ出た。京の瞳からボロボロと涙の塊が落ち、ドレスの太ももと膝の辺りを濡らす。
そうか、これが失恋か。と漠然と京が理解すると同時に、体が引き寄せられる。それと同時に感じる太陽の様な香りと暖かさ……クリスか京を抱き寄せたのだ。
「はなして……」
嗚咽を漏らしつつそう言うが、クリスは尚更腕に力を込める。
「京、お前の気持ちを聞かせてほしい」
「駄目だよ、今ならどんな口汚い事でも言えそう」
「大丈夫だ」
「失望するかもよ、こんな感情を抱く奴なんか友達でいられないって思うよ」
「思わない」
「根拠あるの?」
そこでクリスはニカッ、と笑う。ドイツ軍人や、京の友達だからという大人びた笑みではない。あの時の……まるで風間ファミリーにいた頃の無邪気と言える輝かんばかりの笑みだった。
「安心しろ、私は「クリスティアーネ=フリードリヒ」、正義の騎士だ! 正義の騎士は誰も見捨てない!」
あまりに馬鹿馬鹿しい理論だ。それでいて、ドイツ軍人になったクリスが滅多に口にしなくなった言葉だった。無論、心の中ではいつもそう思っているのだろうが、軽々しく正義や騎士といった言葉を出さなくなったのは事実だ。
その言葉に京は最初涙に濡れた目を見開いて呆然としていたが、やがてその表情が徐々に崩れていく。クリスの胸元に顔を埋め、聞いていて辛くなるほどの慟哭を上げ始めた。ついで、あずみに対する嫉妬の言葉、大和に対する罵声が上がり始める。大和に対する罵声が京から聞けるなど貴重な体験だな、と感じつつクリスはその言葉一句一句に耳を傾けた。
*
時間にすれば精々十数分、クリスは京の言葉に耳を傾け続けた。やがてそれらも弱くなっていき、最後に「それでも、好きだよ大和……」という小さな声と共に京の体から力が抜ける。どうやら眠ってしまったらしく、安らかな寝息が聞こえてきた。クリスは静かにその体をベンチに横たえると、ハンカチで京の顔を拭いてやる。空はすっかり暗くなっており、星が輝いているのが見えた。
「お嬢様」
その声にクリスが振り向くと、赤毛と紺色のドレスが特徴的な女性……「マルギッテ=エーベルバッハ」が毛布を持ち立っていた。特徴的な眼帯は外されており、美しい顔が曝け出されている状態だ。
「お使いに」
「ありがとうマルさん。聞いてた……?」
「何の事やら。任務の事以外はとんと耳に入らず、記憶にも残らないので」
毛布を受け取りながら問いかけると、そんな答えが返ってきてクリスは苦笑を浮かべる。恐らくクリスの身を案じてずっと見ていただろうに、見ていなかった事にしてくれた。これが昔のマルギッテなら、京との付き合いを考えた方が良いと言ったり、京が声を上げた瞬間に飛び出して来ていたであろう。
「椎名 京があれほどの感情を秘めていたとは、驚きました」
「ふふふ、よくよく観察したら分かると思うけど、京はファミリーの中でもトップレベルの激情家だと分かる」
京に毛布をかけつつそう返す。
「それに、共感する部分が多すぎて他人事と感じる事も出来なかった」
「お嬢様……」
そう、クリスも……大和に恋をしていた事があった。いや、それから誰にも恋をしていない所を考えると川神にいた頃からずっと想い続けていたのかもしれない。
最初は対立し、意見をぶつけあった。それからたった一年だが濃密な時間を共にし、その人柄に惚れた。もしどこかで道が違えば、自分や京と恋仲になる未来もあったのかもしれない。当然、そんなものはもしもの話だ。大和はあずみを選び、そしてそれは成就したのだから。
「よーしっ!」
体を伸ばし、月を見上げながら口を開く。突然声を上げたクリスにマルギッテは驚いた様子だったが、クリスはそんな事にも気にせずに言葉を続ける。
「マルさん、私達もそろそろ結婚相手を探さないとな!」
「え!? い、いえ……お嬢様にはまだ早いかと……それに私が結婚などと」
「もう26だ、それにマルさんは私よりも上だぞ? そんないつまでも若いとか考えてたら、いつの間にか婚期を逃してしまうかもしれないじゃないか!」
「グフッ!?」
クリスの言葉にグサリときたのか、マルギッテが胸に手を当てて呻きを上げる。 そんなマルギッテに笑みを浮かべ、クリスは言葉を続ける。
「それに父様や大和は結婚でとても幸せになった様に思う。だから私もそれを感じたいし、姉でもあるマルさんにも同じように感じてほしいんだ」
「お、お嬢様……」
感激したかのように体を震わせるマルギッテを見て、クリスは笑みを浮かべる。天空に浮かぶ月の輝きが曇ってしまう程の笑みを浮かべ、「クリスティアーネ=フリードリヒ」は決意する。
(私も京も、絶対にお前以上に幸せになってやるさ。だから、私達に追い付かれない様に……幸せになれよ、大和)
自らの心の中でけじめをつけ、クリスは一筋の涙を流した。
という訳で京、そして短いけれどクリスのお話でした。
京はどのルートでもそれでも大和を立てますとか言って退くんですが、心の中では嫉妬や憎しみ、羨望が渦巻いてるんじゃないかなぁと。何年間も見続けてきた大和を諦める訳じゃないにしても、自分以外に恋人作るんだから、と思って書き上げました。キャラ崩壊? 大丈夫ギリギリ崩壊してないから(震え声)
普段よりも暗めの話ですが、裏ではこういう事もあったと妄想し、読んで楽しんで頂けたら嬉しく思います。