時は少し遡る。アキが図書館で埃まみれになっている頃だ。
「到着、とうちゃ〜く!」
と音符マークが見えてくるかのように上機嫌な声が大地を駆ける。魔方陣から姿を見せたのはピーニャだ。
ピーニャはぐるぐると回りを見回す。
そして、ルーファスを見つけるとその表情に笑顔の花がパァっと音を立て咲いた。
「ルーくーん!寂しかったよー」
ダダダダダッと音を立ててルーファスへと駆け寄る。
「高々、数十分だろうが何年も会ってないような雰囲気を出すな」
ルーファスは怪訝そうな顔をして異議を唱える。右手はピーニャの頭を掴んで接近を食い止めている状態だ。
ピーニャは「それでも寂しかったんだよぉ」と口を尖らせている。
すると、二人の視界を光が包みそこに人影が現れる。
「ふぅー…やれやれ。なかなか慣れたものではないですね、このような特殊な移動方法は」
そこには、レガーロの姿があった。
これで漸く、アキを助けるべく結成された三人が魔法陣を抜けて到着した。
魔法陣の創造者のヴァイス曰く、ここはリギート大陸の最北東らしい。
「レガーロも来たか、よし揃ったな」
転移魔法陣とは現在地と目的地の二点に陣を敷き、その間を直通できるようにする魔法だ。ただ、ヴァイスに限ってはそこに止まらないヴァイスは開通させた道の空間を捻じ曲げることでさらなるショートカットに成功させている。個人差はあるが最高でも50分と掛からないだろう。ちなみに陣と陣を繋ぐ経路は一人に一本ずつの別ルートである、
時間や空間に干渉する魔法は並大抵のことで使えるような優しい魔法ではないが、それこそ人族最高の魔法使いヴァイスの120年分の経験によるものだろう。
ちなみに、アキが経験した転移はさらにその上を行くのだが特筆することでもないだろう。
「さて、海を渡らなきゃいけねぇのか…面倒だなぁ…どうする?舟作る?それとも?」
海の方を見渡し含みのある言い方でルーファスが言う。
それを見てレガーロが苦笑する。
「うーん、じゃあ海を割っちゃおっか?それとも凍らせる?」
ピーニャがニコニコっとルーファスに笑みを向けてとんでもない提案を出す。
「あっ、あぁ。どっちでもいいよ」
呆れ半分、諦め半分といった口調でルーファスが賛同する。
「最小限の消費にしといてくださいよ」
レガーロは至っていつも通り。聡明だ。
「はーい」
ピーニャが飛び跳ねんばかりの勢いで手を挙げる。そして、胸に両手を添えて目を閉じる。
穏やかな空気の流れが一変し、彼女の中を迸る力が周囲にプレッシャーを放つ。
それは次第に大きくなっていく。
そして、弾けた。
見ると、ルーファスの足元から対岸のレントアー大陸へと氷の道が伸び出していた。
氷の架け橋が物凄い勢いで完成されていく。
「はい、お終い」
ピーニャは笑うと、体をぐるりと一回転させる。その仕草はなんとも楽しげな子供のようだ。
「ははは、無詠唱でここまでやるか流石だな」
そう言いながらルーファスは完成した氷の一部を二、三回手の甲で叩く。
「ふふ、全く。恐ろしいですね」
レガーロもすっかり毒気を抜かれている。
「でしょでしょ、もっと褒めてくれともいいんだよ。ルー君?」
「ほら、ルーファスご指名ですよ」
「俺限定かよ…」
そう言いながらルーファスはピーニャの頭に手を乗せると適当に撫で回した。
彼女の黄色っぽい金髪が乱れる。
「えへへへへぇ」
ピーニャの表情が際限なく緩む。ここまで幸せそうな表情をされても困るとルーファスは苦笑いをする。
「本当、助かった。でも無詠唱じゃ今後連携取りづらいから、次からは一節だけでも発音してくれるとありがたいわ」
「ほいほい、まっかせなさーい」
ルーファスの注文にピーニャは大きく胸を張る。自己主張の激しいその胸にルーファスは居心地の悪そうに目を反らす。
「平和的なやりとりで結構なのですが、先程の魔力に当てられたのか魔物の気配が半端ないですよ」
蚊帳の外で警戒しながら和んでいた彼が声を上げる。
すると、気配が感じられたのかルーファスは腰の剣に手を掛ける。
ピーニャもしっかり臨戦態勢だ。
魔物というのはどういう訳か人のいない所ほど強くなるというのが通例だ。
それ故に、コレクターとして分別のあるものなら日頃は余程の事でもない限り天井からそう離れようとはしない。
だが、何事にも例外がある。今がまさにそれなのだが、だからこそ気を抜けないというものだ。
ちなみにアキを苦しめたナイトメアも同様に強敵だったと言えよう。閑話休題。
「それでは、準備体操と行きましょうか」
レガーロが飢えた獣のような瞳をしている。いつものような真っ直ぐとした姿勢はどこへ消えたのか、彼の腰は曲がり超前傾姿勢だ。
「ゲッ、アイツも気合入ってんな〜」
「えっ、ちょ…」
ちょっと引き気味にルーファスは剣を抜く。ピーニャに至ってはロクに言葉も出ていない。
魔物の気配が数歩迫る。そこはもう、レガーロの間合いだった。
「女神の哀歌よ、我が名を運べ『風音』」
詠唱を終えると風が吹き荒む。レガーロは上昇気流に乗り跳躍する。
「詠唱って個性出るなー」
「そーだね。ルー君」
二人はもう混ざる気も無いらしい。
レガーロは竜巻を纏って宙を舞う。次の瞬間、彼の赤い瞳が光を放ち魔物の姿を捉える。
ケルベロスだ。三つの首とそのそれぞれに一つずつ、計三つの心臓を持ち、生命力が異常に高い個体だ。それが三匹。
ケルベロスの群れはまだレガーロに気付いていない。ただピーニャの強大な魔法の残滓に吸い寄せられているかのように歩を進めている。
何かが切れた音がした。
何かが落ちる音がした。
ケルベロス達が異変に気付く。それが竜巻と共に加速する黒髪の男の仕業だと認知するころには二つの首が落ちていた。
「ヒャッハハハハハハー散れ消えろ死ねぇ、肉片一つと残さず消えな」
レガーロの口からはいつもの彼からは想像もつかないような罵声が上がる。
「うっわぁ…いつもはアレが紳士ヅラしてんだもんな…」
「もはや、詐欺だよね〜」
狂ったかのように平静を失うレガーロに二人は冷めた目線を送る。
瞬く間に黒い番犬に赤い切り傷が生まれる。どんどん加速するレガーロを捉えきれている個体はもういない。
実力差は歴然だった。
暫くたって、斬撃の嵐が収まるとそこには無秩序に転がる九つの首と生々しい傷を残す三つの胴体が血の海の上に浮いていた。
レガーロは全身血塗れになりながら幸せそうに血の海の中心で笑っていた。
「ルー君、やっぱり私ちょっと彼無理かも…」
「じきに慣れるさ」
適当な返答だ。
ちなみに、レガーロだが、この仕事帰りの全身返り血塗れでの恍惚とした表情が原因で逃げられた恋人の数が二桁に登るとか。
甘い顔に育ちの良さそうな丁寧な振る舞いで近寄ってくる女達はこのギャップに耐えられないのだろう。
「さて、先を急ぎましょう」
真っ赤に染まった顔で何事もなかったかのようにそう言い、氷の道へと進み始めた。
「やれやれ、どいつもこいつも反則だろ全く」
ルーファスが彼らの所業に溜息をつく。自分も彼等と同じゴールドブローチだとは思える余地が微塵も感じられず、それが少しルーファスには悔しかった。
それを見たピーニャがルーファスの背中を強く叩き「向こう岸まで競争だー!」と言うと氷の道を元気に走り出した。
すると、ルーファスは少し口角を上げて「上等だ!」と走り出した。
「やれやれ、元気でいいですね」
レガーロも自分のペースで二人に続く。
コレクターの最上級たるゴールドブローチの天井外散策はここから始まる。
ご閲覧ありがとうございます。おそくなりましてすみませんでした。