悪夢は未だ覚めてくれないらしい。
五体の敵を眼下に月が悪戯に笑う。
それはアキの運命を弄んでいる様だった。
風と共にナイトメアが走り出す。
向かう先はもちろんアキだ。
「こんなところで死ねるかよッ」
アキはルーファスの種を地面に叩きつける。伸び上がった蔓が障壁を張りアキを守る。残りの種はあと一粒。
蔓は二体の敵の足を捕らえて縛り付けた。
残りの三体も迂回せざるをえなくなる。
その隙にアキはフルーレを鞘に収め、背中の箱にある大剣に手をかける。
するとその瞬間、自分の意識がどこかへ飛ぶのを感じた。
『汝、我に手をかけるか』
「悪いか?」
『そう噛み付くな。異論はない。精々尽くせ』
「相も変わらず高飛車だな!」
数瞬の間に交わした意識のやりとりで手許の魔剣の傲慢さを再確認する。散々だ、自業自得とは言えこんな奴に振り回されてる現状が堪らなく情けない。
「ところで、お前名前はあるのか?」
『我は我だ。今は名前など持ち合わせておらぬ』
「なんだ、それだと不便だろ。付けてやるよ」
『魔剣に名を付けるのは太古より奏者の役目だ。汝ではまだ役不足よ』
「るっせぇな。きっと完全に従えてやるって言ってんだろ?いいから俺に従えよ。今からお前はディルガーン。俺の剣だ」
『真っ直ぐだな。汝は』
意識が戻り視界が開けてくる。心なしかその大剣は先ほどより手に馴染み軽く感じられた。
アキはディルガーンと名付けた剣を振りかざすと蔓に絡まった二体を両断。
すかさず、後退し残りの三体と距離を取る。
疾風を纏った三体の悪夢は、それでも着実にアキとの距離を詰めていく。
木々の間を縫うように進む。少しでも敵をバラけさせようと考えるがなかなか上手くいかない。
いよいよ一体のナイトメアがアキに届かんとした時、アキは口に含んでいた最後の種を吐き出す。
再び蔓は劇的に伸び上がり一体のナイトメアの動きを止める。それをディルガーンで首から切り落とすと逃げるのを止め残りの二体と向かい合う。
「クソッ、あと二体」
ヤバいヤバいヤバい、アキの頭は回転数を一気に上げる。
ナイトメアがアキへと猛追する。
アキは黒き大剣を構え直す。
何かないか?何かないか?何かないか?同じ思考が巡るのを感じた。
ナイトメアが、あと一歩のところまで距離を詰める。
クソッ、何も思い付かない、アキは毒付く。
一歩早く近づいて来たナイトメアにアキは大剣で応戦する。
が、直ぐにもう一体のナイトメアに跳ね飛ばされる。
地面を転がる、全身に打ちつけ、痛みが走る。
「付け焼き刃じゃこんなもんか…」
もっと剣の腕も磨けばよかったかなと後悔の念がアキをよぎる。
再びナイトメアに跳ね飛ばされる。今度は宙を舞って飛んで行く。
「ガハッ…」
木に当たって体が再度、地に落ちる。
真っ赤になった全身が視界に映る。
「理不尽だなぁ…」
この大剣も俺以外にもっと相応しい担い手がいただろうにとそんなことを考えだす。
「俺だってこんな目に会うはずじゃなかったのに」
自分の最後を予期した瞬間にアキの目は涙で溢れかえっていた。
最後、命を終わらせる一撃が迫る。
あと二秒、一秒で。
その時、そこで時は止まった。
いや、正確には止まったかの様な感覚に陥ったのだった。
一陣の光が視界を包む。
光が消えた時、悪夢は終わっていた。
二体のナイトメアが姿を消したのだ。
そして、その代わりにそこには一つの美が顕現していた。
銀色に輝く長髪。
月に照らされて神秘性を増す白い肌。
悪夢を掻き消した刀身の細い剣、アキのフルーレとはまた違ったその剣を持つ手は細く、それでいて力強い。
そして、その横顔からは、強さとそれと共存するしなやかさを感じた。
アキの時間は依然として止まったままだ。彼はただ茫然とその美を眺めていた。
月は未だに悪戯な笑みを浮かべている。
「大丈夫ですか?」
彼女は只々真摯な声音で沈黙を破った。止まっていた時間が、ようやく動き出す。
「あぁ…」
言葉がまとまらない。
「人族の殿方とお見受け致しますが、この様な辺境の地へ何の用でしょうか?」
「俺はリギート大陸から転移させられてここに来た。後は……知らない」
落ち着きと共に戻ってくる痛みに耐えながらアキは言葉を紡ぐ。
喉が擦れてまともな声が出ない。
リギート大陸とは人族の領地がある大陸だ。他にもマグニート大陸やレントアー大陸といった大陸がある。
「そうですか、それは災難ですね。見たところ嘘を吐いている様子でもございませんし…」
少し考えるような素振りをして続ける。
「あなたは幸運です。手当ぐらいなら私がして差し上げましょう、付いてきてください」
「……」
歩く元気も残っていないと伝えようとするがアキの言葉は音にならない。
そして彼の意識は少しずつ闇の中へと落ちていった。
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『主、魔法使いか、よく私に挑んだものだな』
不思議と驚き、そんな二つが混じったような声音で剣が鳴る。
見渡す限りの黒。
そこには、アキの意識とディルガーン以外は存在しない。
「全くそんなつもりは無かったんだけどな」
自嘲的な薄笑いでアキは応じる。
『まぁよい。お主に一つヒントを与えてやろう。光の柱へ向かえ』
「柱?」
『ああ、柱だ。自覚がないようだから更に付け加えるが、二度目の惨劇は直ぐそこまで迫っている。主は既に重要な役割を担っていることを肝に銘じておけ。努々、気を抜かぬようにせよ』
「なんだよ、それ」
『悪いがここまでだ』
黒一色の空間に光が差した。
急な光に目が眩む。
熱という概念が戻ってきてアキの肌をくすぐる。
もう一度、アキが目を開けるとそこは芳しい朝の匂いと暖かさに満ちた、柔らかいベッドの上だった。
「目を覚ましましたか?」
アキがベッドから起き上がろうとすると近くで高い声がした。
「体の調子はいかがですか?」
「正直、しばらくは体をまともに動かせないと思っていましたから調子が良すぎて恐ろしいくらいです」
「それは何よりです。エルフの里に伝わる秘薬だったのですが如何せん古い物だったため少し効能に不安が有りましたが効いてるようなら何よりです」
そう言うと銀髪の彼女は薬が入っていたであろう空き瓶を手にとって、どこかへ持ち去った。
「もしかして、そんな大事な物を使わせてしまいました?」
彼女が戻ってくるとアキは問う。
「いえ、気にすることではございません。何せ、もう使う相手も居ませんし…」
一度そこで言葉を切ると彼女は続ける。
「私自身、無用の長物でしたしね…」
彼女の声は徐々に小さく弱々しい物になっていた。
「使う相手がいない?」
「えぇ、ここは廃棄された旧エルフ領ですので。もう、私以外誰も居ません」
「ここが、旧エルフ領…ここはどの辺にあたるのですか?」
「ここはレントアー大陸の南部です。貴方がいた、リギート大陸より北東に半年ほど進み海を越えると辿りつける場所という認識で相違ないかと存じます」
「そっか、大分遠くに来ちゃったな」
アキは独り呟く。とにかく今は情報が欲しいところだ。
光の柱の事、この剣の事、この場所の事。聞きたい事がたくさんあるのを頭の中で再確認してアキは再び口を開く。
「廃棄された、とは?」
「まぁ、大方お察しの通りだと思いますが、ここの結界については何か感じていらっしゃいますか?」
「えぇ、そうですね。一言で言うならガバガバ。丸で機能していない。」
「その通りです。ここは凡そ八十年ほど前にある事情によって移住を余儀なくされました。
それ以来、先代のエルフが創った結界は日々朽ち果て、今や魔物の進入を許す始末。
忌雨こそ降ることはございませんが正直安全な場所とは言い難いです」
「確かにそうですね…魔法も使えませんでしたし」
「魔法が使えるので?」
「はい、むしろ剣より魔法の方が馴染み深いものです」
「それは珍しいですね、人族の魔法使いなどもう三百年は現れないと云われていましたのに」
「そんな事もないですよ、ここ何十年間かで人族の魔法体系も格段に進歩しましたし」
「そうだったのですか。羨ましいです。私、魔法使えないので」
話を聞いてアキは仰天する。エルフは魔法に長けた一族と言われている。
話を聞く限りでは彼女はエルフ族だ。詳しい事情は存じえないが魔法が使えないエルフなど聞いた事もない。
「貴方、エルフですよね?魔法を使えないのですか?」
「えぇ、恐らくは。あっ、自己紹介がまだでしたね。私の名はシーラ・セルフィード。シーラとお呼び下さい」
「俺は、アキ・エルクリア。アキと気軽にお呼び下さい」
丁寧な自己紹介が交わされるとアキはシーラと名乗った女性に問う。
「恐らくとは?」
「えっと…ここからは長い話となりますし、そんなに面白い話ではございませんよ?」
余り、気乗りはしていないようだが話してくれるようだ。
言いたくないことを無理に言わせるのも失礼かとアキは考えたが、不思議と彼女のことを知りたいという気持ちがその考えをかき乱す。
「構いません。急いで何か変わるわけではないですし」
「それでは」とシーラは口を開き彼女の過去について話し始めた。
ご閲覧ありがとうございました。
この辺から書くのが難しくなって来ました。頑張らねば。
次回は10月31日中に投稿したいと思います。