アキが帰ってこない。ルーファスがそんな心配を始めたのはアキが仕事に出てから丁度一晩たった頃だった。
それ以前は特に心配などしていなかった。アキは強いし、知恵もある。オマケに自分の渡した『種』がある。
しかし、物事は時に予想とは全く別の次元へと進む事があるらしい。
その一例が今だ。今、立て続けに『種』が三回蒔かれた。
この種は彼が魔力を込めて作った、土魔法の素の様なものであり位置情報を彼に伝える他、攻撃や防御にも使える汎用性の高い物である。
それが三回、蒔かれたのだ。
アキは戦闘をしている。
そして、余程の事がない限り、あの短時間で三粒全てを使い切るなんて事はない。
その事が、今回は余程の事が起きているという事を示していた。
これはアキが窮地に立たされていたという事に他ならない。
更に、驚いたのはアキのいる場所だ。
ルーファスが種から位置情報を取得するとそれは遠く離れたレントアー大陸を示した。
ここから北東に真っ直ぐ突き進んで一月はかかるところだ。
なんらかの面倒に巻き込まれたのは既に自明だった。
彼は机に突っ伏すと、深い溜息を吐いた。
「無事でいてくれよ」
彼の嘆きは二度目の溜息と共に部屋に響いた。
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街の中央部、金持ち達が住まう豪邸の数々を潜り抜け、進む。
しばらく歩いて辺りの建物のレベルがワンランク下がった通りに出ると、その中で群を抜いて大きくそびえ立つ家があった。
一際目立つ看板が立っており、そこにはイネイン総合治療所と書いてあった。
ルーファスはドアを二回ノックする。
「今日は、定休日のはずだが、誰かね?」
中からは優しい男性の声が聞こえてくる。
「ルーファスだ」
彼が名乗るとドアが独りでに開いた。
中に居たのは、ルーファスより少し歳をくった五、六十くらいの男。
背丈もルーファスと同じ位で人族にしては異質な大きさを醸していた。
彼は、ヴァイス・イネイン。ルーファスの父だ。
見た目と異なり実年齢は120歳と人の常識を越えており、忌雨以前から生存している人族の最後の存在だ。
『コレクター』という職を作り出した初代五傑の内の一人であり、最上級の治癒魔法使いだ。
先ほどの優しい声とは打って変わった様な荒い口調でヴァイスはルーファスに話しかける。
「どうしたルーファス、お前さん、ワシなんかとは一生関わらねぇって息巻いてたくせに今更俺に頼み事か?」
ルーファスを逆撫でするような発言に血が上っていくのを感じるが、彼はグッと堪えて口を開く。
「アキを助けたい、力を貸してくれ」
「アキだぁー?あぁ、テメーが可愛がっていた赤髪の野郎か?」
「あぁ、そいつだ。間違いない」
「コレクターになって調子乗って死にでもしたか?流石のワシでも死人は治せねぇ」
「レントアー大陸に飛ばされた。面倒な臭いがする」
ルーファスはアキの状況について全てを語った。
「なるほど、確かにそれはお前一人でどうとなる問題ではないな…」
ヴァイスは品定めをするような思案顔をすると再度、言葉を発した。
「まぁ、手が無いわけではない。ワシが手伝ってやらんこともない…」
ヴァイスは少し間を置いて続ける。
「しかし、このままでは私のにあまりに利益がなさすぎやしないか?取引は利害関係の一致から始まるのじゃぞ?」
すると、ルーファスはニヤリと口角を吊り上げた。
「ハッ、親子関係も大分ドライになっちまったもんだ。まぁ、いい。ヴァイス、テメーに一つ貸しをやる、後は好きにしろ」
同じくヴァイスが口角を吊り上げる。
「交渉成立じゃ。最大限レントアー大陸まで近付けるように転移魔法を使ってやる。後は、ワシの方のツテで手練れのコレクターを一人用意しておく。お前は明朝までに準備を整え中央広場へと来い」
「ありがとうございます」
「礼などいらん、これは公平な取引だ。これよりワシは転移魔法陣を組み始める集中を要するから早う帰れ」
「あぁ、わかった」
「フン、一度に通れる人数は四人に設定しておく。お前の方でも一人見つけておくがよい」
「おう!」
ルーファスは小さく返事を返すと、ヴァイス邸から出て行った。
「なんだかんだ甘いなワシは」
ルーファスの帰った後の部屋でヴァイスはそう呟いた。
彼の表情は心なしか微笑んでいた。
*
ルーファスがヴァイス邸から外に出ると天井と地平の間から日が差していた。
天井があるため、人族の国では太陽を拝めるのは、朝の日の出と夕の日の入の時間だけである。
今は、後者にあたる。
茜色の光が外壁を染め街は橙一色へと移り変わる。
次にルーファスが向かったのは、息苦しい貴族街。
昔の友人に会うべく進む。
目的の屋敷に辿り着いたときには日が落ちて辺りは暗くなっていた。
入口の門を開けると物腰の柔らかな老人が出迎えに来た。
「イネイン様でしたか。こんな時間にどのような御用で?」
「レガーロに話がある、呼んでくれ」
「かしこまりました、中に入ってしばらくお待ちください」
ルーファスは客間へと通される。
ここには幾度か訪れた経験があったが、どうにも格式高い場の雰囲気は慣れないものだと感じる。
フゥーと息を吐き、浮ついた思考を頭に戻す。
アキが危ない。
それだけで落ち着くのには充分だった。
向かいにあったドアが開き、黒髪の男が現れる。背丈は平均的でルーファスより頭一つ分小さく、特徴的な赤い瞳が独特な威圧感を放っている。
「お久しぶりですね、ルーファス。変わりなさそうでなによりです」
「そうだなレガーロ、俺はお前の豹変っぶりに驚きを隠せないがな」
レガーロは紳士らしい佇まいで一礼。
彼とパーティを組んでいたルーファスからすればこんな姿、想像の及ぶ範疇を越えていた。
「なに、天井の下だと私は紳士ですよ、紳士」
「天井の外だと獣だがな」
「あははは、ジョークがお上手なようで」
「やりづらいな…」
笑顔と苦笑いが交わされる。
「それは、申し訳ない。募る話もありますが本題に入りましょう。アキのことですよね?」
「あぁそうだ、耳が早いな…
で、協力してくれる気はあるのか?」
「もちろんさ、旧友のお願いなんて聞かない訳はないだろう?
既に、準備も済ませている」
「本当か!?」
思いもしなかった返答に前のめりになる。それにレガーロは首を縦に振って応じる。
想像以上に楽に事が済んでルーファスは安堵の息を漏らす。
「ありがとう」
「また、ルーファスと剣が振れるなんて心躍るじゃないか。楽しみにしているよ」
「趣旨を忘れるなよ」
「わかっているさ」
その後二人は明日の集合時間と場所について話て解散した。
*
予定していた朝になった。
中央広場にレガーロとルーファス、ヴァイスと他に黒い髪に褐色肌の女性が集まった。
「ゲッ、ヴァイスの言ってた腕利きのコレクターってお前かよ、ピーニャ」
うんざりとした顔でルーファスが言う。
そして、そんな彼を物ともせず元気にピーニャと呼ばれた女性は手を振る。
「ルー君、久しぶり〜」
「お、おう…」
「まぁ、よかろう。腕は確かだ腕は」
ヴァイスが自己完結する。
そんなやりとりをしていると、ふと周りに人だかりができているのが気になった。
「なにか目立つようなことをしてしまったかな?」とレガーロ。
「んー、ルー君と私の完成された美に寄せ付けられちゃったんじゃないの?」とピーニャ。
「……」ルーファスは無視をする。
「ま、大方『五傑会議』のメンバーであるゴールドブローチ持ちが四人も集まっているので目を引くのじゃろう」
五傑会議とは国の議会と対等に近い権力を保持する、コレクターのトップによる集団だ。主な仕事は国の防衛と忌雨の対策についてだ。
メンバーは、コレクターの中で特に実力の優れた者や功績の著しい者が五人選ばれ、金色のブローチを渡され、そのブローチが五傑会議のメンバーたる証になる。その証を持つ者を俗にゴールドブローチと国民は呼んでいる。
そして、ここにいるヴァイス、レガーロ、ピーニャ、ルーファスは、そのゴールドブローチだ。
有名人が四人もいれば目を引かない方が難しいだろう。
「まぁ、無視していくぞ」
そうヴァイスが言うと同時に足元に魔法陣が広がった。
「この陣は四人用じゃ、三人で行きアキを連れて戻ってこい。陣が保つのは往来の二回分だけじゃ。わかったら行け」
「行ってきま〜す」
「それでは、失礼」
「行ってくる」
上から、ピーニャ、レガーロ、ルーファスの順で三人は魔法陣から姿を消した。
ご閲覧ありがとうございました。
ルーファス側も動き始めました。今、書いてて一番楽しいです。
次回は11月10日までの投稿を予定しています。
私生活が忙しく少し遅くなってしまいそうです。明確ない日取りも決まっておりません、申し訳ありません。書けたらできるだけ急いで投下します。
最遅でも11月10日です。