そこは古びた図書館だった。
中は整頓されているが若干の埃臭さが鼻についた。
「ゲホッゲホ」
ふとアキが咳込む。
「少し埃っぽいですね。確か先週の内に一度、掃除に来たはずなのですが」
「いや、あんまり気にしないで下さい」
二人は更に奥へと進む。
そこには、児童向けの本が数多く並べられており年季を感じさせる小さな椅子と机がいくつか置いてあった。
「よし、それでは探しましょう!」
「おーう!」
シーラが張り切って声を上げアキもそれに答える。
シーラは黙々と本棚に並んである本の題名を目で追っていく。もう何十年と昔の本なので背表紙から題名が読み取れない物が案外と多かった。
それらの物は取り出して確認と手際よくシーラは作業を進めている。
一方、アキは…
「読めない…」
と音を上げていた。最初は擦れて文字が読めないだけかと思ったが違う。
根本的に人の字とエルフの字では文字の形状から恐らくは文法までが違うのだ。
「言葉は通じるのにな…」
シーラのことを考えてアキは独りごちる。しかし、完全に集中の先、自分の世界へと入り込んでるシーラを止めるのも嫌だなと結論付けるとアキは探しているフリを始めた。
実に薄情である。
時間が経ったのを肌で感じ始める頃、暇と静寂に居心地の悪さを感じてアキが声を上げた。
「シーラ、そっちはどう?」
「……」
返事がない。
「シーラ?」
もう一度話しかける。
「あっ、ひゃいなんでしゃう!」
すると彼女は噛みながら応じた。
アハハハハとアキから笑いがこぼれる。
するとシーラが小さく頬を膨らませる、心なしか、少し紅潮している。
「酷いですよ、たまたま噛んじゃっただけじゃないですか!」
「ごめんなさい、つい」
そう言いつつアキの笑いは健在だ。
「もうっ!」
「それで本題だけど、どう見つかりそう?」
「えっ、あっ、はい光の柱でしたよね」
そう言いながらシーラは目を反らす。
「ええ、そうですけど。まさか…」
アキは一つの疑念を浮かべる。
「はい…多分そのまさかかと。何だか懐かしくなっちゃって色々読み始めたら止まらなくなってしまいまして…」
「ちゃんとして下さいよ!俺としても色々かかっているのですよ!」
「むーわかってますよ。そういうアキだって文字列を眺めているだけじゃないですか」
「ゲッ、ばれたか…だってエルフ文字読めないんだもん」
「それでも、ここにあるのは絵本なんですから絵を見たらなんとなく分かるでしょう?」
アキはハッとする。
「何、盲点だったぁ〜みたいな顔してるんですか⁉︎バカなんですか?」
図星だった。
「はい、それじゃあ今度こそちゃんと探しますよ〜」
「おー!」
振り出しに戻った。今度こそと二人は黙々と作業を進める。
そもそも、児童書コーナーなんて大した冊数もないので本気を出せばすぐ見つかるはずだった。
「あったー!」
「ありましたー!」
言うまでもなく二人とも発見したようだった。二人とも。
「ん?二冊あったのかな?」
「いや、少し違うよな」
アキが二冊の本を見比べて言う。絵はほとんど同じだが、時折違うページがあるし、アキには解読不能だったがたまに文字の並びが違うのを感じた。
「えっと、こっちが『光の大樹と七人の勇者』ですね。児童書にしては難しいタイトルですね。もう一つの方は読めないです。」
シーラがアキにも分かるようにタイトルを読み上げる。
「とにかく、読める方を読んでみよう」
アキに言われるがままシーラが一冊の本を朗読し始める。
要約すると内容はこんなところだ。
光の大樹と七人の勇者
遠い遠い昔。ある所に悪い黒龍がいた。黒龍は、この世で一番強い力を持っていたので誰にも止めることが出来なかった。
気紛れで街を燃やしたり美しい女性がいると自分の住処とする洞窟まで攫ったりと黒龍の悪さは年々酷くなっていく。
ある日、大切にしていた妻を攫われたエルフの青年は黒龍を倒す決意をする。
そして彼は、野生のままに生きる半獣人の少年。
角を持ち鬼と呼ばれ恐れられていたオーガの男。
技術力では右に出る者はいないとまで言われたドワーフの少女。
聡明な人族の青年。
不思議な力を持つ小さな妖精。
そして最後には龍族の長をも仲間に加え、力を合わせて、紆余曲折を経て黒龍を倒したという。
しかし、倒した黒龍は執念深いもので世界中に呪いの魔法を撒き散らした。
それを見かねた七人の英雄は再び力を結集し、呪いを掻き消す光の木を植えた。
そして、その木は今や森を見下ろす程の大樹となって私たちを見守っている。
というお話だ。内容的にはありがちな勧善懲悪の英雄伝と言った感じだ。
「もう一つの方はエルフの文字じゃないですね。もう全く、これっぽっちも読めません」
シーラがもう一冊の本をパラパラとめくり嘆息を漏らす。
「人の文字でもないか…初めてみる形の文字だ」
「龍族の文字か、ドワーフのものですかねぇ?」
シーラが本をバタンと閉じる。
「うーん、それか今、本に出てきた今は亡き三種族の文字かもね。その本相当に古そうだし」
「あーそうかも知れませんね」
「光の柱をこの本に出てきた光の大樹だと仮定して、そんなものが本当にあるのか?」
「無い物の在り方へ迎えとは言わないでしょう流石に」
「じゃあ、探さないといけないな」
アキは伸びをしながら言う。
「ごめんなさい。余りお役に立ちませんでしたね」
「いや、充分だよ。指針が立っただけでも収穫だ」
それに、人族には伝わらずエルフにのみ伝わっている伝説だ。
やはり無関係とは捉えがたい。
俺が転移された過程を踏まえると、この大陸の中にはその大樹が存在するのは、ほぼ確実だろうとアキは結論付ける。
指針が立ち、一安心するとアキは肩の力が抜けるのを感じた。
ふと見やるとシーラも自分も埃まみれになっていた。
「くしゅん!」
シーラがくしゃみをする。
「結構、汚れちゃったな…」
「そうですね、洗い流しに行きますか?」
「洗い流す?風呂とかじゃなくて?」
「ふふふ、アキさん冗談がお上手ですね。私以外誰もいないこの寂れた街で水道が整備されているとでも?」
アキは初めてシーラから怒気のようなものを感じた気がした。
「あっ……」
「まぁそんな訳ないですよね〜。なので、近場の湖で沐浴です」
最高の笑顔でそういった。今の季節だと極寒もいいところだろう。アキは考えただけで鳥肌が立つのを感じた。
「マジですか…」
「マジです」
シーラが即答し、アキ達は湖へ向かうことが決定した。