Another IS ―もう一つのIS―   作:colorless

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第三十話 最弱対最強

(さて、どんなものなのかしら)

 自身の専用機『霧纏いの淑女(ミステリアス・レイディ)』を展開させ、右手にランス《蒼流旋》を握った楯無は、すぐさま攻撃をするでもなく思考する。

 雰囲気や気配からは目の前の相手――明弘が相当の実力を持っているということは読み取れない。代表候補生の中でも下の上、よくても中の下レベルだ。とてもではないが、何年も修練を積んできたセシリアが負けるような相手には思えない。

 何かしらの底知れなさは感じるが、しょせんはその程度でしかない。

 そんな彼がどうしてセシリアに勝つことができたのか、それを知るのが、楯無がここに来た最大の理由だった。

 もちろん決闘があった日の放課後、本音にそのときの様子などはなぜか誇らしげに聞かされたが、彼女は技術者系統の人間であり、試合の様子などを聞いてもわからないことが多かったため、楯無自身が出てきたのだ。

 学園のほとんどの生徒に嫌われている男子生徒が、どんな人物なのか興味があったというのも無きにしも非ずではあるが。

(まあ、戦ってみればわかるでしょう)

 そうだ。考えていても始まらない。戦ってみればすぐにわかる。

 意識を目の前の一人に集中させる。明弘は動こうとする素振りすら見せず、《デュランダル》を構えたまま動きを止めている。

 小さい呼吸を一つ置いて、楯無は、動いた。

 明弘との距離を一瞬で詰め、《蒼流旋》で相手を突く。明弘は反応することすらできず、それをただ受け入れて――

 

 ――ランスが、明弘の体をすり抜けた。

 

「っ!?」

 確かに明弘の体を突いたはずのランスは空を切り、当の明弘は突き出されたランスのすぐ横に何事もなかったように立っていた。

 予想外のことに楯無はわずかに動揺する。その動揺を狙ったかのように、明弘は《デュランダル》を薙ぎ払った。

 しかし、いくら虚を突かれたからと言って簡単にやられる楯無ではない。すぐさま突き出した《蒼流旋》を引き戻し、《デュランダル》の斬撃を防ごうとする。

 そして、ぶつかり合う直前、明弘の姿が――消えた。

 またもや起きた予想外のことに次はほとんど動揺を見せず、ISのハイパーセンサーを頼りに体をよじった。

(――後ろっ!)

 振るわれた《蒼流旋》が楯無の背後から振り下ろされた《デュランダル》と金属音を立ててぶつかり合う。その一瞬の交錯の後、吹き飛ばされたのは明弘だった。

「……なるほどね」

 今の攻防を通して、楯無は感嘆する。

 確かに明弘は強くはない。だが、巧い。戦うというよりは、騙して、虚を突くという方が的を射ているだろう。

 今まで見たこともないタイプの戦い方だ。これなら、セシリアが負けたというのも頷ける。こんな相手にしたことのないタイプの戦い方では、常識的な訓練を積み続けてきたであろうセシリアが翻弄されたのもわからなくもない。

「……大した曲芸ね。手品師を名乗ってもいいんじゃない?」

「そんな大層なものじゃないですよ。あなただったら、すぐにできるようになるでしょうし」

「ま、それは否定しないけどね」

 今の明弘がやった手品まがいの“ソレ”。その原理はだいたい把握できた。明弘の言うとおり、楯無なら訓練すればすぐにできるようになるだろう。

 だが、だからといっていきなり実践で使えるかといえばそうもいかない。“ソレ”は一歩間違えば、自分に危険が及ぶリスキー過ぎる戦い方だ。最初の攻撃を避けたのだって、一瞬でも行動が遅れていればそのままランスをその身で受けてしまっていたはず。

 それを表情一つ変えずにやってしまうのは、よほどの自信があるか――ただの馬鹿だ。

 明弘がそのどちらなのかはまだわからないが、普通ではないのは確かだ。

(自分が大事じゃないの……?)

 内心呟く楯無。それに対して、明弘は手にした《デュランダル》を放り投げ、一気に上空へ飛翔した。

(次は何をするつもりかしら?)

 楯無は動くことなく、明弘を見据える。次は何をやらかしてくるのか。そんな、戦う前には感じなかった好奇心にも似たものが楯無にそう選択させた。

 動こうとしない楯無に明弘はわずかに目を細め、《デュランダル》の代わりに展開した《アトランティス》の銃口を相手に向け、引き金を引いた。

 銃弾たちはまっすぐと楯無に向かっていく。しかし、それらは楯無の目の前に生まれた水の壁に阻まれて、楯無まで届くことはなかった。

「……水、か」

 明弘がそう呟く。

 霧纏いの淑女の装甲の多くを占めており、最大の武器ともいえる、水。ナノマシンによって制御されているそれは、楯無の意志によってさまざまな力を発揮する。

「曲芸ができるのは、あなただけじゃないのよ?」

 その名を『深海壁《ディープ・ウォール》』。ナノマシンによって水を操作、極限まで圧縮させることによって高水圧の水の壁を生み出す。

 その水圧は海底五千メートルにも匹敵する。IS武装の実弾であろうと、その中に入ってしまえばいとも簡単に押し潰されてしまう。楯無の対物理弾技術だ。

 さらに数発か撃たれるが、それも水壁に飲み込まれて届かない。水壁を破れないと悟った明弘は、マガジンを入れ替えると、先ほどとは変わって両手でしっかり《アトランティス》を支え、続けざまに引き金を二回引いた。

 ほぼ同時に放たれた二発の銃弾は、全く同じ軌跡をたどりながら水の壁へと飛んでいき……水壁の目の前で互いにぶつかり、爆散した。

 爆発した銃弾は大量の煙をぶちまけ、楯無の周辺を覆い尽くす。

(……あの銃、弾速を変えることもできるのね)

 煙に包まれながらも、楯無は冷静に状況を判断する。

 本来なら、一つの銃から放たれた弾丸が互いにぶつかることなどありえない。弾速が同じである以上、先に撃たれた弾はあとから撃たれた弾の先を常に進むのだから。

 だが、弾速を変えることができるなら話は別だ。一発目の弾速よりも二発目の弾速を速くすれば、ぶつけることも可能。もちろん、そうできる仕組みが銃に備わっているのが前提だが。

 おそらく、さっきマガジンを入れ替えたのは弾丸を煙幕弾に変えるためだろうが、そのときに弾速を変更させたのだろう。あれではマガジンを入れ替えただけにしか見えない。そうやって油断させたというわけか。

 そんな考察をしている間にも、アリーナの至る所から着弾音が響き、その直後に煙幕が次々と発生する。すでにアリーナ全体が煙で満たされているだろう。

(目くらましのつもり? こんなもの……)

 目視では、もう一メートル先も見えないが、ISにはハイパーセンサーがある。こんな煙はないに等しい。

 あの策士がそれに気づいていないはずないが、楯無はハイパーセンサーで明弘を探す――前に、ISのアラートが楯無へと伝わった。

 直後、前方、左後方、右後方、真上の四方向から煙を貫いて剣のようなものが楯無に襲いかかった。

「こんなもの……っ」

 複数方向からの奇襲だったが、それを楯無はいとも簡単にいなしていく。一つを交わし、一つをランスで弾いて別の一つにぶつけ、返す刀で最後に一つも弾く。

 弾かれた剣たちはすぐさま楯無から離れ煙へと消えていく。楯無は、それらにわき目も振らず真上へと飛翔した。

 そして煙を抜けた楯無が目にしたのは、ピットの出入り口に立ちこちらに軽く手を振る明弘の姿だった。

 その明弘のもとへと、先ほどの剣たちが集まり、量子になって消える。それを確認した明弘は、楯無に何も言わずピットへと戻っていった。

 ……いや、一言だけ。声には出していなかったが、確かに明弘は最後に言っていた。『だから勝てないって言ったでしょ』と。

 半ば呆然と明弘の消えたピットを眺めていた楯無だったが、次第に笑いが込み上げ、挙げ句には腹を抱えて大笑いした。

「ぷっ、あははははっ! そっか、そういうことだったのね。あははっ」

 明弘は最初に言っていた。『俺があなたに勝つっていう前提条件からして不可能なんでありえませんから』と。

 勝てないはずだ。そもそも、勝とうとしていなかったのだから。

 彼が考えていたのはどうすれば勝てるのかではなく、どうすれば逃げられるのか。

 相手に全力をぶつけるという気概も、手を抜こうという堕落さもない。相手を騙し、出し抜こうとする狡猾さ。ただそれだけなのだ。明弘の戦いにおける心理というものは。

「想像以上に面白い子ね。須藤明弘君」

 イタズラっぽい笑みを浮かべて、楯無は一人、そう呟いた。

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