Another IS ―もう一つのIS―   作:colorless

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第三十三話 クラス対抗戦――異常発生

 放課後。のほほんさんが用事のため一人で適当に夕食をとった俺は自室へと向かい、歩いていた。

 もうひと月も経てば、周りの視線にも慣れてくる。今も廊下に出ているやつらから無遠慮な視線をぶつけられるが、すでに日常の風景と化している。

 周りの視線を無視して廊下の角を曲がる……と、曲がり角の向こうから来た誰かと衝突した。

 ついに誰か実力行使に出たか、という考えが頭をよぎり、しかもその女生徒が誰なのか認識しその疑いは強くなった。

 茶髪をツインテールにしばった小柄な女生徒は今日転校してきた中国代表候補生・凰鈴音。今日一日クラスメイトたちに俺の悪い噂を聞かされて、今このときに何か仕掛けに来た――と一瞬考えたが、どうやら違うようだった。

 俺とぶつかってもリアクションがない。どうやら前を見ずに走ってきたのようだ。俺とぶつかったのはただの偶然らしい。

 俺とぶつかるまで俯いていたその顔を、ゆっくりと上げる。その目には、かすかに涙が浮かんでいた。

「…………アンタ。確か……須藤……」

「明弘だ」

「そう、だったわね……」

 何やら朝に見たのと様子が違う。朝の様子がこいつの素だとしたら「何ぶつかってんのよ!」とか訳のわからない怒りをぶつけてきてもおかしくはないのだが。

 泣いていることといい、何かあったのだろうか。……いや、下手に首を突っ込まない方がいい。十中八九面倒なことに巻き込まれるはずだ。

「……何よ、あたしのことじっと見て。他のやつらみたいに、あたしにも何かするつもりなの?」

「誰かがいきなりぶつかってきたら、見るだろう。それに俺はただぶつかっただけで相手に何かするような外道じゃない。断定はできないが、お前が聞いただろう話はほとんど嘘のはずだ」

 信じるかどうかはお前の勝手だが、と付け足すと凰は不機嫌そうな表情を浮かべる。

「……うっさいわね」

「お前が聞いてきたことだ」

 どうやらかなり機嫌が悪いようだ。凰が走ってきた方向には一夏の部屋があったはずだから、どうせ一夏がらみだろう。本当に面倒なことを起こしてくれる。

 俺の返答を聞いて、さらに不機嫌さが増したのか、凰は突拍子もないことを言ってきた。

「アンタ、あたしと勝負しなさい。今メチャクチャ虫の居所が悪いのよ。アンタをボコボコにすれば少しは気分も晴れると思うし」

「断る。俺にはやる理由がない」

 サイドバックにする気満々だった。確かにそうすることでストレスを解消できるとは言われているが、わざわざ人間相手にする必要性はまったくないだろう。される側からすればとんだ迷惑だ。

 というか、こいつといい、セシリアといい、ちょっと気に食わないことがあったらすぐに戦おうとするのはどうだと思う。

「それに、お前はクラス対抗戦に出るんだろう。今やりあって何かあったらどうするつもりだ」

「そんなことあるわけないでしょ。どうせアンタなんてあたしの足元にも及ばないんだから」

 否定はしない。凰の言うとおり、実力だけなら俺はこいつに劣るだろう。そう確信にも似た直感がある。

 だが、だからといって戦って俺が負けるとは限らない。小細工有りなら、互角以上に戦えるはずだ。これは直感ではなく、正真正銘の確信だ。

 言ったところで相手を激情させるだけなのは目に見えているので言わないが。

「だとしても、もしもということがある。仮に今から俺と試合をして、もしもお前の専用機に損傷が出たらどうする? それでクラス対抗戦で実力を発揮しきれず負けたとしたらどうする? お前は代表候補生だ。そのお前の公式戦となれば、中国のお偉いさんが視察に来るだろう。そこでお前が負けたとしたら、お前の信用は落ちる。……その覚悟があるのか?」

「っ……そ、そんなの、アンタの攻撃を喰らわなければいいだけでしょ! そうなるって決まってるわけでもないのに!」

「この世に絶対はない」

 そう。絶対など、存在しない。どんな事象にも、そこに可能性がある限り。絶対など、ありえない。

 それが、俺が須藤明弘として生きてきて、至った結論だ。

「クラス対抗戦の後なら、一戦だけやっても構わないが」

 どうせそのときには、虫の居所も少しはよくなっているだろう。そうなればこいつも冷静になって、戦う理由はなくなる。

「話は以上だ。俺は部屋に戻る」

 凰の返事を待たず、俺はその場を後にした。

 

 

 

 月が変わって五月頭。クラス対抗戦の第一試合は偶然というべきか、一夏と凰の試合だった。

 俺は篠ノ之、セシリアとともに織斑先生と山田先生のいるピットから試合を観戦していた。

 凰の専用機は『甲龍』。近距離格闘型のIS。近接戦での主武装は二つの青竜刀。

 だが、甲龍の恐ろしいところはそこではない。もっとも危険視しなければならないものがある。

 そこまで思考したところで、モニターに映る一夏が突然吹き飛ばされた。まるで、見えない何かにぶん殴られたかのように。

「なんだあれは……?」

 篠ノ之が呟く。

「『衝撃砲』ですわね。空間自体に圧力をかけて砲身を成形、余剰で生じる衝撃自体を砲弾化して撃ちだす……」

「セシリアの《ブルー・ティアーズ》と同じ第三世代兵器《龍砲》。砲弾どころか砲身すら見えないから正確な砲撃方向がわかりずらい。実体がないために、実質的には前後左右上下どこにでも撃てる。あと結構低燃費なのも特徴だな」

「そんな……」

 篠ノ之が絶望の混じった声を漏らす。今の説明を聞いただけではそうなるのも無理はないか。

 今の説明を要約すれば『攻撃の軌道は掴めず、攻撃自体も見えず、しかも連続使用可能』ということだ。どうしようもないようにも思える。

 実際は、通常のレーザー銃よりも威力は少し劣るという弱点は存在する。一応対処法はあるにはあるが、試合中に勝手に通信することは禁止されているので一夏に教えることはできない。禁止されていなくても、教えるつもりはないが。

 そんな会話をしているうちに試合はどんどん進行していき、ついに一夏が見えない砲撃をかいくぐって凰へと一撃を入れる――

 

 その直前。ものすごい振動と爆音が響き渡った。

 

 直後、モニターに映るアリーナの一か所から土煙がたつ。まるで、何か重いものが勢いよく落下してきたかのように。

「いったい何があった」

 あまりにも予想外すぎる事態に、織斑先生は微塵も動揺することなく、山田先生に状況報告を求める。

「システム破損! 何者かがアリーナの遮断シールドを、貫通してきたみたいです」

「なに……?」

 織斑先生がわずかに眉間にしわを寄せる。

 IS学園のアリーナの遮断シールドとは、客席やVIP席にいる人間に、試合中や訓練中のISの攻撃が届かないように展開されているものだ。それだけでなく、アリーナ上部にも展開されており、これによってISの攻撃が学園上空へと飛んで行かないように、そして外部からの侵入者をブロックできるようになっている。

 その遮断シールドはかなりの強度を誇っており、エネルギー系統のものを消し去る一夏の『零落白夜』を除けば、これを突破することは困難を極める……はずなのだが、それをやってのけた輩がいるらしい。

「織斑先生、あれを!」

 セシリアがモニターを指さす。そこに映し出されたのは土煙の中から姿を現した、正体不明の灰色のIS。

 あれが、侵入者か。

「試合中止! 織斑、凰! ただちに退避しろ!」

 アリーナ内放送用にマイクに向かってそう告げる織斑先生。そのあと、山田先生が客席・VIP席のシャッターを下ろし、中にいる全員を別のアリーナに避難させるように教師たちに通達が行われる。

 遮断シールドを突破できるほどの武装を持っている侵入者。そんなやつが暴れ始めたら、遮断シールドをまた突き破って観客たちに被害が出る恐れがある。だからその判断は正しい。

 ……だが、それで本当に大丈夫か?

 一抹の不安がよぎる。

 確かに、危険性のある侵入者から観客たちを離すのは至極当たり前のことだ。それは俺でもわかる。

 だが、もしも……侵入者が(・・・・)一人じゃないとしたら(・・・・・・・・・・)

 例えば、一機目――あの灰色のISが陽動を行い、観客たちをアリーナの外へ逃がす。そしてそこを二機目に襲わせるつもりだったら……?

 もちろん教師の誰かがISを使って警戒はするだろう。しかし、あの侵入者への対応もしなければならない以上、警戒に回せる教師は少なくなり、警戒網の穴ができる可能性は十分ある。

「……ちっ!」

 これが俺の単なる想像だったらいい。しかし、そうでなければ……のほほんさんが、危ないかもしれない。

 確か、のほほんさんはアリーナ内で観戦すると言っていた。アリーナに全生徒は入りきらないため、外からモニターで観戦する生徒もいるが、今回の試合は一年一組のクラス代表の試合のため、一年一組所属であるのほほんさんは優先的にアリーナでの観戦ができる。

 となれば今はちょうど非常口から外へ出て、安全な場所へ避難している途中のはずだ。そこを別の侵入者に襲われれば……専用機を持たない彼女にはどうしようもない。

 学園から配布された個人端末でのほほんさんの端末に連絡を入れようとする。しかし、どういうわけか彼女の端末とつながらない。この端末は学園のシステムを通じているため携帯などが使えない状況でも使えるはずなのに。

「……まさか」

「織斑先生! 学園のシステムがクラッキングを受けています! 攻撃元は――あの正体不明のISです!」

 俺の推測を肯定するかのように山田先生が叫ぶ。

 やはりそうか。それなら端末が使えないのも納得がいく。

 だが、それはつまり……あのISは電子戦型ということになる。

 遮断シールドを貫通できる突破力とIS学園のシステムに被害を与えることができるクラッキング能力。どちらもそうそう作れるものではない。あのISの正体が気になるが、それ以上に危惧すべきことがある。のほほんさんだ。

 一年一組以外の生徒も大勢いるため、のほほんさんやクラスメイトたちに迷惑がかからないよう観客席ではなくピットに来たのは失敗だった。こちらに来るにしても、非常事態を想定して観客席のどのあたりにいるかをあらかじめ聞いておくべきだった。後悔が募る。

 だが今更悔やんでも遅い。今は悔やむのではなく、行動しろ。

 そう考えた途端、俺は無意識のうちにピットを飛び出していた。

 いきなりの奇行に篠ノ之たちが何か言っていたが、そんなことは全く耳に入らなかった。そんなことよりも、のほほんさんの無事の方がよほど重要だ。

 杞憂に終われば一番いい。もし、そうでないのであれば――

「……間に合ってくれ」

 

 

 

「……はっ……はっ」

 布仏本音は走っていた。

 理由は彼女本人もよくは分からない。強いて言うのであれば、クラス対抗戦を観戦していたら、放送で避難指示が出たから、であろう。

 何か非常事態があった。それは薄々理解していたが、それがいったい何なのかはわからない。彼女と同じく非難するために走っている周りの生徒たちも、それは同じだった。

 いったい何が起きたのか。自分たちが何に巻き込まれているのか。詳しいことがわからない恐怖に襲われながら、走っていた。

「はぁっ、はぁっ……」

 呼吸がどんどん荒くなっていく。もともと彼女は運動が得意ではない。この学園に来たのも、ISの操縦技術を学ぶためというよりも整備科に入って開発・研究などの技術を学ぶためというのが大きかった。

 そんな技術屋志望の彼女が、IS操縦者の卵である他の生徒たちと同等以上の体力など持ち合わせているはずもなく、それがいまのこの状況を生み出していた。

「……本音……大丈夫……?」

 本音の傍らにいる少女が声をかける。それに対して本音は、今の自分ができる精いっぱいの笑顔を浮かべて答えた。

「だい、じょ~ぶ……はぁっ……だよ~……」

 しかしその言葉に元気はない。もう体力が残っていないのだ。

 目的のアリーナまで、距離にすればそれほどでもない。しかし、今の本音にとって、それはとてつもなく長く感じられた。

 おそらく、いやほぼ確実に、アリーナまで自分の体力は持たないだろう。そう判断した本音は、少女――更識簪へと告げる。

「かんちゃんは……先に言ってていいよ~……。私も、すぐに……追いつくから~……」

 自分に付き添ったせいで、簪に危険が及ぶようなことはあってはならない。本音には、傍らの少女を守る義務があるのだから。

 今の発言の半分は嘘だ。前半は紛れもない本心だとしても、後半は、はっきり言って無理だと本人は感じていた。

 もう体力もほとんど残っていない。自分がアリーナに着くのには、大分時間がかかるだろう。だからこそ、簪をこのまま一緒にいさせるわけにはいかなかった。

「そんなの……だめ……」

 しかし簪は、その提案を却下した。

 実のところ、彼女は本音のことを苦手に感じていた。しかし、だからといってこの状況で本音を見捨てることなど、できるはずもなかった。

「急がなくて、いい……。ゆっくりでもいいから――」

 本音を励まそうとした言葉。だがそこから先は、続くことはなかった。不意に空から飛来した何かによって、遮られたのだ。

 いきなりのことに本音は驚き、足元にあった小さな石につまづき、転んでしまう。

 簪はそんな本音のもとに駆け寄ろうとする。それと同時に、

「き……キャァァァァァァッ!!!」

 生徒の一人が悲鳴を上げる。空から飛来してきた何かを見て。

 それはISだった。体長二メートルほど。細長い金属針を合わせて人型を成したかのような風貌。両手に相当する部位からは、直接銀色の剣が伸びている。

 それが友好的な存在でないことは、誰の目から見ても明らかだった。

 一人の悲鳴が他の悲鳴を呼び、大勢の悲鳴はそのままその場の混乱を巻き起こす。

 一目散にその場から逃げだす者。腰が抜けて動けなくなるもの。反応は人それぞれだったが、ただ一つ共通しているのは全員が恐怖に支配されているということだった。

「本音っ……!」

 その中で簪はただ一人、謎のISの最も近くにいる者――本音を助けようとしていた。

 てんでバラバラの行動をする生徒たちをかいくぐり、少女のもとへと駆け寄ろうとする。しかし、周りの生徒たちの波に押され、なかなかたどり着けずにいた。

 当の本音は、その場から動けずにいた。疲れ切った足には力が入らず、恐怖のせいで体が硬直して動かない。

 ただ謎のISを見上げることしかできない。

「…………」

 謎のISは何も言わず、右の剣をゆっくりと振り上げる。

「……やだよ」

 その剣の向かう先が自分であることを悟り、本音は声を漏らす。

「本音っ!」

 簪の手は本音には届かない。

「助けて……」

 振り上げられた剣が静止する。あとは、振り下ろされるだけ。

「助けて……すーくんっ!!」

 剣が振り下ろされる。そして――

 

「そんなこと、言われなくてもやるに決まってるだろ」

 

 ――そんな言葉とともに本音の前に割り込んだ少年の持つ大剣によって、防がれた。

 銀色の剣を止めた少年が大剣を振り払う。謎のISはその勢いに逆らわず、後方へと飛んで距離をとった。

 紫色の装甲を身に纏い、大剣を構えたまま、少年は安堵に満ちた声を漏らす。

「何とか間に合ったか」

 その姿を見て、本音は驚きをにじませながら口を開く。

「……すーくん…………?」

「ああ。さっき自分で呼んだだろう? 何も驚くことはないだろうに」

 確かに本音は彼の名を呼んだ。しかし、それは無意識のものであり、本当に来てくれるとは思ってもいなかったのだ。

 こんな非常事態の中で、しかも彼は自分がどこにいるのかもわからなかったはずである。

 それでも彼は駆けつけてくれた。それも、そのことがさも当然のように。

「怪我はしてないか?」

「うん、だいじょ~ぶ」

「そうか。それは何よりだ」

 本音の返答を聞いてわずかに笑顔を浮かべ、全ての意識を目の前の敵に向ける。

「さて……」

 その雰囲気は、数秒前まで本音と話していたときとは全く異なっていた。

「おい木偶の坊。てめえ何やろうとしたかわかってんだろうな。……殺すぞ」

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