Another IS ―もう一つのIS―   作:colorless

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第三十五話 その後 保健室にて

「いっつ……」

「我慢しなさい。消毒液が目に入ったら大変よ」

 場所は変わってIS学園保健室。そこで俺は会長の治療を受けていた。

 治療といっても傷口を消毒するだけのもの。できる限りのところは自分でやったが、顔の部分はどうしても一人では難しいため会長にお願いしたのだ。

 まともに剣戟を受けた横腹と肩には包帯が巻かれているが、他のところは数日もすれば治るだろうから放置。体の前面のいたるところが傷だらけのため一つ一つ絆創膏を張るのも面倒だが、かといって包帯を使おうものなら全身包帯で巻かれてミイラのようになってしまうため、放置することになった。

「……はい終わり。数日間はシャワー浴びるのは地獄かもしれないけど、頑張ってね」

「それくらいは覚悟してますよ。以前、全身やけど受けた方が地獄でしたから。幸い、軽度だったからすぐに治りましたけど」

「そう、それなら大丈夫そうね。それにしても、何をしたらあんなに怪我をするの? 操縦者の身体に攻撃が及びそうなら、ISの絶対防御が発動しそうなものだけど」

 会長がもっともらしい質問をしてくる。俺としてはあまり答えたくはないのだが、どうせごまかそうとしても無駄だろうから素直に答えておく。

「神王にはそんな大層なものはないですよ」

「……えっと、おねーさんの聞き間違いかな~。もう一度言ってくれる?」

「ですから、神王に絶対防御なんて大層なものは備わっていません。せいぜい衝撃とかを軽減するバリアーくらいしかありません」

「………………」

「………………」

 数秒の沈黙の後、俺の言葉を理解した会長が口を開く。

「冗談、じゃないわよね。君がそんな冗談いう人だとは思えないし。……はぁ。あの篠ノ之博士お手製の機体だから何か普通とは違うとは思っていたけど、まさかね」

 まあ、確かにISの特徴の一つであり、ISが世界最強の兵器たる所以の一つである絶対防御がないとわかったら驚かない人はいないだろう。織斑先生あたりならどうかはわからないが。

「というか、なんで会長が知ってるんですか?」

 神王の製作者が束さんだというのは、極秘情報のはずだ。新聞部の黛先輩が知ってるだけでも驚いたのに、ここにも一人知っている人がいたとは。IS学園の情報管理、大丈夫だよな?

「え? ああ、私は生徒会長だからね。結構情報は集まってくるのよ」

「そうですか。黛先輩から聞いたんですか?」

 二人とも二年生だし、どこかで交流があってもおかしくはない。

「ううん、逆よ。私が薫子ちゃんに情報をリークしてあげたの。私は先生たちと違って箝口令に縛られてないし」

「あなたが元凶かっ!」

 思わず叫んでいた。じゃあ、パーティーの時に俺が強請られたのは、この人のせいだったのか。

 こんな人に情報が集まっていくなんて、やっぱりIS学園の情報管理は駄目なようだ。

「いいじゃない。薫子ちゃん以外には教えてないし……あ、いや、生徒会のメンバーにはこの前教えちゃったっけ」

「ちょっと待ってください。今の言葉を聞き逃せません。もしそれで他の生徒たちに俺と束さんの関係が漏れたらどうするんですか。せっかく無駄な火種を生まないようにしてたのに」

「大丈夫よ大丈夫。一人は口が堅いし、もう一人は…………うん。大丈夫」

「今の間は何ですか今の間は。本当に大丈夫なんですよね?」

「大丈夫だってば、君の不利になるようなことは言わないって。……ついうっかり、ポロリと口からこぼれちゃうかもしれないけど」

「大丈夫じゃないでしょそれ!」

 なんかもう本当に不安になってきた。その生徒会メンバーとやらに直に頼みに行った方がいいんじゃないだろうか。相手によっては頭を下げなくちゃならないかもしれない。憂鬱だ。

「そんなことより、生徒会長として、一つお話があります」

「いや、俺にとってはそんなことではないんですが……なんでしょうか」

 さっきまでとは違って何やら真剣そうな表情の会長に、俺はこれ以上文句も言えずに黙る。

「須藤明弘君。君はこれからも今回みたいにしていくつもりなのかな?」

「……質問の意味が理解しかねるのですが」

「今回は私が駆けつけたからこの程度で済んだ。でも万が一、また同じような事件が起きたとき次はこんな怪我では済まないかもしれない。あなたには他の専用機持ちにはある絶対防御がない。もしかしたら、死んでしまうかもしれないわよ」

 確かに、会長の言うとおりだ。

 俺には絶対防御という加護はない。一撃、しかもIS兵器ですらないただの兵器のたった一撃だけで簡単に命を落としてしまう、弱い存在。

 だから、会長はこう言っているのだ。『何かあったときは他の生徒と一緒に守られる立場にいてもいいのだ』と。

 いくら情報漏えいしようとも、そこはやはり生徒会長だ。生徒の安全を第一に考え、行動する。

 だがその提案を俺は、受け入れるわけにはいかなかった。

「それでも有事の際には俺は戦いますよ。確かに俺は簡単に死ぬ、弱い存在です。それにこう言っては何ですが、俺にはこの学園の馬鹿な生徒を守る理由はありません」

「…………」

 おそらく会長も知っているのだろう。俺に対する、学園の生徒たちの心情を。

 自分のことを貶し、乏しめるやつらを助ける義理などない。そんな俺の気持ちをわかっているからこそ、会長は何も言わない。

「それでも、俺には守りたい人がいます。たとえ俺が弱くても、守りたい人のためなら、俺は戦いますよ。他のやつらと一緒に陰に隠れて震えてるなんて、まっぴらごめんです」

 会長は俺の言葉に、満足げに頷く。

「いい心意気ね。君がそこまで考えているのなら、もう何を言っても無駄でしょう。ただし、命の危険を感じたらすぐに周りの力を借りること。いいわね?」

「胸に留めておきます」

「よし。じゃあこの話はこれで終わり。あとは……」

「え? 話は一つだって言ってませんでした?」

「それは生徒会長としての話。ここからは――今回の事件の当事者としての、お話」

 今回の事件。ということは、何か分かったのだろうか。二機の侵入者の所属や目的などが。

「何か、わかったんですか?」

「少しだけね。まずは、今回の侵入者は二機とも、無人機だった。所属は不明。しかも、どちらのコアも国際IS委員会に登録されていないものだった」

「それは……今まで秘匿にされてきたか、新たに製造されたってことですか?」

「そういうことでしょうね。今までどこの国も完成できてない無人機ってだけでも驚きなのに、登録されていないコアが使われていたなんて、誰にも想像できないわ」

 どこも開発できていない無人機。登録されていないコア。これではあの侵入者たちがそこの回し者なのか特定するのは難しい。

「ただね、君が戦った二機目に使われていたコアが、普通のISのコアとちょっと違うみたいなのよ」

「……どういうことですか?」

「ISのコアがブラックボックスなのは知ってるわよね? だから細部まで調べることはできなかったんだけど、解析できる部分を調べた限りでは他のISのコアとはところどころ差異があったのよ。それでいろいろ検証した結果……明弘君のIS・神王のコアと酷似していることがわかったの」

「神王の?」

 神王は通常のISとは違う。それは束さんから聞いていたし、自分でも比較してだいたいは理解していた。だが、神王のコアと酷似したものがあるなんてことは束さんからも聞いていない。

「そう。だから委員会も君が何か事情を知っている可能性があるって思ってるみたい。何か心当たりはない?」

「残念ながらないですね。神王のコアに酷似したコアなんて今初めて聞きましたから」

「そっか。じゃあ委員会にはそう伝えるようにしておくわ。話はこれで終わりだけど、何か質問はあるかしら?」

「それじゃあ……二つだけ」

 会長の許可をもらって、疑問点を上げる。

「侵入者には、何か特殊なシステムが積まれていませんでしたか?」

 無人機でありながら人間らしい動き。あれを可能としている何かの存在をそのまま放っておくことはできないかった。

「特殊なシステムって、例えば?」

「例えば、VTシステムとか」

 会長の表情が一瞬、硬直した。俺は構わずに話を進める。

「正式名称『ヴァルキリー・トレース・システム』。過去のモンド・グロッソの部門受賞者(ヴァルキリー)の動きをトレースするシステム。あの機体には、それかそれに類似するものは搭載されていなかったか。それが一つ目の質問です」

「待ちなさい。VTシステムって、あれは確か――」

「いかなる国家・組織・企業においても研究・開発・使用全てを禁ずる。条約にはそう書いてありますね。ですが、IS学園を襲撃するような連中が、そんなことを律儀に守っていると思いますか?」

 IS学園には世界各国のIS操縦者候補たちが集まっている。しかも、各国の偉い人たちが視察に来ていたあのときを狙って襲撃する。それは世界中の国に喧嘩を売っているようなものだ。そんなことをする連中が、わざわざ条約を守るようなことがあるか? そんなこと、ないに決まっている。

 それに会長も気づいたのだろう。納得したような表情を浮かべて、俺の質問に答える。

「なるほど、確かにそうね。でもなんでそんな質問を?」

「あいつと戦った時に感じたんですが、無人機の割にどこか人間らしい動きとかがあったんです。そこで考え付いたのが、VTシステムってわけです」

「VTシステムなら無人機でも人間らしい動きをすることもできなくはないってことね。……残念ながら、質問の答えは『わからない』よ。あの機体、自分が倒されたら自動でシステムを自己破壊するように設定されてたみたいで、回収された時にはもう解析不可な状態だった。幸いコアは無事だったから解析できたけどね」

「そうですか。では二つ目です。二機の侵入者の開発元は、同じですか?」

「それも不明よ。ただ開発元が同じならコアも同じようなものを使うでしょうから、開発元は違うだろうっていうのが先生たちの見解ね」

「やっぱり先生たちもそういう見解ですか」

 二つの質問を終えて、得た情報からいろいろ推測する。最初は最有力だった可能性も二つ目の質問で、少しつじつまが合わなくなる。

 ただ俺や先生たちの見解はあくまで見解に過ぎず、絶対的な事実ではない。となればやっぱり――

「何か思い浮かんだ?」

 会長が尋ねてくる。決定打がないためあまり公言はしたくないのだが、この人なら俺の推測から何か見つけ出してくれるかもしれない。

「自信はないんですが、今回の件に関わっていそうな人は一人、思い浮かびました」

「……教えてくれる?」

「――篠ノ之束」

 その名を出したとき、会長が息を呑んだのがわかった。

 IS学園を襲撃した人物の候補に、ISの生みの親の名前を出されればそれは誰だって驚くだろう。俺だって、当事者になって色々な情報を得ていなかったら、同じように驚いていたはずだ。

「根拠は、あるの?」

「ISの無人機の開発、登録されていないコアの使用、VTシステムもしくはそれに準ずるものの開発、ついでにIS学園へのクラッキング。これらができるのは、俺の知る中ではあの人だけです」

 無人機の開発もVTシステムの開発も、束さんなら簡単にやってのけるだろう。あの人なら新たなコアを製造することだって十分可能だ。クラッキングだって片手間にやってしまいかねない。

「ただ、束さんがVTシステムなんかを作るとは思えないんですよね。作ったとしても、それに使用する生の実稼働データをあの人が手に入れるとは思えない」

 束さんにとってはVTシステムなんぞ、くだらない代物に過ぎないだろう。そもそもごく限られた人間以外どうでもいいあの人が、人間をトレースするという概念のVTシステムに興味を抱くだろうか。

 もし仮に作ったとしても、それに組み込む人間の実稼働データなんかをあの人が持っているとは思えない。

 となれば実稼働データを入手したのは他の誰かということになるが、束さんと関わりのある人間で、今回の件に加担し、データを手に入れられるような人は思い当たらない。

 それらを会長に説明すると、会長はどう答えればいいのか困ったような表情を浮かべた。

 束さんを実際に見たことがない人からすれば、いろいろ異常すぎて返事に困るだろう。一緒に暮らしてた俺ですらいまだにわからないことだらけで困ることが多いのだから。

「まあ、束さんの知り合いで俺の知らないやつがいない限り、違うでしょう」

 そう言って、俺の推測を終わらせる。束さんのことは本人にあったことがない人間からすれば、本当に未知の領域だ。それはこの生徒会長様も例外ではないだろう。

「この話はここで終わり、で、いいですよね?」

「ええ。ごめんなさいね、怪我してるのに付き合せちゃって」

「いいですよ、俺も知りたかったことですし。……で、話を戻しますが会長が情報を漏らしたっていう生徒会役員について――」

「すーく~~~~ん!」

 教えてください。そう続けようとした言葉は、保健室の扉を開けて飛び込んできた声によって続くことはなかった。

 この声、そしてこの呼び方。間違いなく、のほほんさんだ。

 のほほほんさんは俺の方へと一直線に走ってくる。今の俺は保健室の椅子に座っている状態であって、そこに飛び込まれたら確実に二人ともぶっ倒れるのだが……走ってくる本人は気づいてないようだ。

 俺も傷だらけで倒れるのは勘弁願いたいし、のほほんさんも倒させるのは気が引けるので椅子から立ち上がってやんわりとのほほんさんを制止する。

「のほほんさん、ストップストップ」

 俺の言葉を聞いて、素直に止まるのほほんさん。いい子だ。

 だが、その表情は目の前のおもちゃをとられた子供のようなものだった。何がそんなに不満なのか。

「すーくん、受け止めてくれないの~?」

「怪我してるから勘弁してくれ。それに、のほほんさんの制服に血が付く」

 服に着いた血はなかなか落ちにくい。傷口もほとんどはもう止血しているが、それでもまだ血がにじんでいる箇所はある。

「えへへ~、冗談冗談」

 そう言っていつもの笑顔を見せる。いつ見ても癒されるな。特に今は戦闘直後で疲れているから余計にそう感じる。のほほんさんが無事だったってこともあるだろう。

「怪我、だいじょ~ぶ?」

「ああ。数日すればほとんど治る。心配かけたみたいで悪かったな」

 謝罪と感謝をこめて、軽く頭を撫でると、のほほんさんはなぜか幸せそうな表情になった。

 その数秒後、ようやく会長の存在に気が付いたようで、のんびりと口を開いた。

「あれ~、お嬢様だ~」

「その呼び方はやめてってば。それにしても、幸せそうね、本音ちゃん」

「幸せですよ~」

「あれ? 二人って、もしかして知り合い?」

 初対面とは思えない二人の会話に、俺は少々驚きつつも質問する。

「あら、本音ちゃんってば説明してなかったの?」

「え~、だってすーくんとお嬢様が知り合いだったなんて知らなかったんですよ~?」

「あーそういえば言い忘れてたわね。私たち、ちょっと前に手合せしたことがあるのよ」

 実際は半ば無理やり手合せさせたの方が正しいのだが、話がややこしくならないようにだまっておこう。

「まあ詳しいことは後で話すわ。それより本音ちゃん、改めて自己紹介した方がいいんじゃない?」

「あい~」

 のほほんさんが俺の方を向き直る。

「IS学園生徒会書記、布仏本音で~す。これからもよろしくねぇ」

「生徒会……書記?」

「言葉通りの意味よ。本音ちゃんは我が生徒会の一員。さっき君が知りたがっていた、情報を知っている生徒会役員の一人よ」

「……のほほんさんは入学して一か月ですよ? どうして生徒会に」

「IS学園の生徒会はね、生徒会長こそ最強でなければならないけど、それ以外の役員に関しては生徒会長の一存で任命するの。だから、私は幼馴染である本音を生徒会役員に任命したってわけ。ちなみにあとの一人は本音ちゃんのお姉さんよ」

 なるほど。確かにそれなら生徒会長を中心としたまとまりのある生徒会を運営していくことができる。そう考えれば、効率的ではあるか。

「って幼馴染? さっきの『お嬢様』といい、昔からの知り合いってことですか?」

「そういうこと~。なんとっ、布仏家はむかーしから更識家のお手伝いさんなんだよ~」

「いわゆる旧家ってやつか」

 俺はそう言うのには疎いから知らなかったが、もしかして結構な名家なのだろうか。

「旧家というか、暗部ね。それも対暗部用暗部」

「へぇ。道理で聞いたことないと思いました。世間の話とか疎いんで、有名なところなのに俺が知らないだけなのかと思いましたよ」

「影の方では実際少しは有名ではあるけどね」

 そう言って笑う会長。のほほんさんものんびりと笑う。

 この二人を見ていると、とてもそんな暗部の人間のようには見えなかった。のほほんさんはいいとして、会長の素顔がこれだとは限らないが。

「まあ、そんなわけで。これからよろしくね、明弘君」

「よろしくね~」

「ああ、こちらこそ」

 いろいろあって慌ただしい一日だったが、こうして笑い合えるだけで何となくだが今日の疲れが薄れていく気がするのを感じ、なんだかすごく幸せなんじゃないかと感じた。

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