Another IS ―もう一つのIS―   作:colorless

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第三十九話 見知らぬ自分

 無意識のうちに体が動く。まるで、自分の体ではないかのように。

 俺は自分が《ゲイ・ボルグ》から放たれる実弾によって、平然と山田先生の撃った弾丸を弾き飛ばすのを、他人事のように見ていた。

「……須藤君?」

 山田先生が怪訝そうな表情を浮かべる。だが、何か答えようとしても、口が全く動かず、言葉を発することができなかった。

 殺す。そんな感情が、心の底から這い上がってくる。

 これは模擬選で、山田先生はただの対戦相手のはずなのに、『俺』は山団先生を“殺すべき敵”だと認識していた。

 やめろ……。

 だが、俺の命令など聞く耳も持たず、『俺』は“敵”へと向かって突撃した。

 それを迎え撃つように、山田先生の弾丸が俺を襲うがそれらもまた、《ゲイ・ボルグ》の弾丸によって弾き飛ばす。

 グレネードランチャーを手放し、再度《ブラッド・スライサー》を展開した山田先生が反撃してくるが、それは『朧』によって生み出された俺の残像を切り裂くだけに終わった。

 想像していた手ごたえがなく、山田先生の体が驚きで一瞬硬直する。そこを狙って、『俺』は《ゲイ・ボルグ》を突き出す。

 予想外の事態に対し、そこは流石元代表候補生。すぐさま山田先生は迎撃のために《ブラッド・スライサー》を横に薙ぐ。だがそれもまた空を斬るだけだった。

『消失』。山田先生が迎撃してくることをわかりきっていたかのように、『俺』は瞬時に山田先生の背後に回り込んでいた。ハイパーセンサーでそれを察知したのであろう。山田先生は体制を大きく崩しながらも、攻撃を回避、距離をとろうとする。

 それに対しても、『俺』は山田先生が動き出すのとほぼ同時に同じ方向へと移動し、距離を取らせない。

 微塵の戸惑いも、躊躇もなく動く『俺』。それはまるで未来が見えているかのように。

 常に先を読み、先手を取り続け、主導権を握る。俺が理想とし、求め続けた戦い方が、そこにはあった。

 だが、それと同時に、寒気が走る。

 今の『俺』は、何も感じてはいない。戦うことにも……目の前の敵を殺そうとしていることにも。微塵の戸惑いも、躊躇もなく、ただそうして当然だといわんばかりに山田先生の命を刈り取ろうとする。

 一切の感情もなく、ただ未来を読んで相手を殺そうとする。そんな自分自身が、死神のように思えた。

 そしてその死神は一切の隙もなく、ただひたすらに得物を振るう。

 防ぎきれなかった攻撃が山田先生のシールドエネルギーを削り、同じように俺のシールドエネルギーも削られていくが、『俺』はそれを意に介さず、ただ攻撃を続けていく。

「須藤!」

 地上から、織斑先生が俺の名を呼ぶのが聞こえる。しかし、それに『俺』は反応しない。

「須藤君っ!」

 俺の攻撃の間を突いて、山田先生の《ブラッド・スライサー》が滑り込んでくる。

 だがそれは俺の残像を空しく斬るだけだった。

『消失』によって、彼女の背後に回り込んだ『俺』が握る《ゲイ・ボルグ》の先端からは機械的な輝きが発せられていた。

『俺』は今まで《ゲイ・ボルグ》で弾丸しか撃っていなかった。レーザーの方が威力は高いのにもかかわらず、だ。

 その理由は、より強力な一撃を放つためのチャージ。そしてそれがたった今、終わったのだ。

雷の投擲(ゲイ・ボルグ)』。武装と読みが同じであるその一撃は、零距離から撃たれれば、絶対防御すら貫きかねない高密度のエネルギーを放つ技だ。

 そんな一撃を『俺』は何の躊躇いもなく、山田先生へと振るう。

 ハイパーセンサーによる情報だろう。慌てて山田先生が振り返るがもう遅い。山田先生が何かするよりも早く、『雷の投擲』が山田先生を撃ち抜く――

「すーくんっ!」

 ――その呼び声がなければ、どうなっていただろうか。

「……っ!」

 不意に自分の意志で体を動かせるようになり、全力で《ゲイ・ボルグ》の軌道を逸らそうとする。

 すでに《ゲイ・ボルグ》にはある程度の勢いがついており、その質量もあって、逸らすのでさえ難しかったが、間一髪、《ゲイ・ボルグ》は山田先生の脇を通り抜け、『雷の投擲』は下方の地面に大穴を穿つだけで済んだ。

 さきほどセシリアたちが墜落した時の何倍もの轟音が周囲の空気を震わせ、その轟音と着弾の際に起きた爆風で地上にいた生徒たちが悲鳴を上げた。

 だがそんなことよりも、俺はただ茫然としていることしかできなかった。

「……俺は……」

 俺は、何をしようとした? ――そうだ。山田先生を殺そうとした。

 何故だ? ――山田先生を“殺すべき敵”と判断したからだ。

 何故……?

 疑問が疑問を呼び、思考が混乱していく。無限に続くと思われた自問自答を遮ったのは、地上にいた織斑先生の一喝だった。

「須藤! 何を呆けている。早く降りて来い!」

「は、はい」

 慌てて地上に降りる。山田先生はすでに地上に降りて、ISを解除していた。

「どうした須藤。様子が変だったが」

「……いえ、何でもありません。ただちょっと、感情が昂ってしまっただけです」

 努めて平静を装い、そう誤魔化しの言葉を告げる。

 正直に言えるはずがない。山田先生を、殺そうとしましたなどと。しかもそう思った理由さえ不明なのだから。

 織斑先生は数秒ほど黙っていたが、俺がこれ以上何も言おうとしないことを悟ったのか、短く「そうか」とだけ告げて、他の生徒たちの列へと向き直った。

「これより実習を行う。リーダーは専用機持ちと私、山田先生の八名が行う。では分かれろ!」

「訓練機は打鉄とリヴァイヴが四機ずつあります。グループごとに話し合って決めてくださいね。ちなみに早いもの順ですよ」

 二人の先生の言葉を聞いて、女子たちが動き出す。俺を含めた六人の専用機持ちのもとへ。といっても、大半が一夏とシャルル、あとは織斑先生にも相当数集まる。山田先生のところにも先ほどの模擬戦の影響か、なかなかの人数が集まっている。先ほどは散々だったセシリアと凰のところにも、二人と親しい面子が集まっているようだ。ボーデヴィッヒのところには、誰も集まらない。おそらくあぶれた奴らが行くのだろう。

 そんな観察をしてた俺のところにも何人か集まる。……なぜか、二組の女子も。

「須藤君、グループに入れてほしいな」

 そう言うのは、名前も知らぬ二組の女子。他の二組の女子たちも口々に同じようなことを言う。一夏あたりなら普通に了承するのだろうが、あいにく、俺はそこまでお人好しではない。

「断る。お前たちに付き合う義理はない」

 それだけ返すと、あらかじめ俺に声をかけてくれていたのほほんさんをはじめとする一組メンバー――その中でも整備科志望の面子のもとへと向かう。

 専用機持ちでない生徒は五十六名。グループは八つだから、つまり、七名ずつ担当することになる。集まった一組メンバーはちょうどいいことに八人だった。

「すーくん厳しいねぇ」

 のほほんさんが先ほど俺に話しかけ、今はボーデヴィッヒのもとへと向かう二組の連中を見て、そう言う。

「知ったことか。何が理由だか知らんが、今まで勝手に敵視しておきながら何事もなかったようにすり寄ってくる恥知らずのことなんぞ」

「すーくんらしいねえ」

「普通の反応だ。……それで、俺たちはどっちの機体を使う?」

 グループのメンバーにそう尋ねると、ほとんどが打鉄と答える。なんでも、リヴァイヴについてはさっき聞いたから次は打鉄についてレクチャーしてほしいそうだ。

「わかった。じゃあ、持ってくる。のほほんさん、手伝ってくれ」

「あい~」

 のほほんさんとともに格納庫へと向かう。ISは重いため、こういうときはISの補助が受けられる専用機持ちが担当する。

「のほほんさん」

「なぁに~?」

「さっきは、ありがとう」

 先ほどの模擬戦で、俺の名前を呼んでくれたことについて感謝を述べる。

 あれがなかったら、どうなっていたかわからない。絶対防御があるから死にはしなかっただろうが、それでも大惨事になる可能性は十分にあった。それを回避できたのも、のほほんさんのおかげだ。

「ん~、よくわからないけど、どういたしまして~」

 のんびりとそう答えてくれるのほほんさん。そんな彼女の頭に、俺は手を乗せて、ゆっくりと撫でる。のほほんさんは気持ちよさそうに目を細めた。

 俺がのほほんさんに助けてもらった時は、こうして頭を撫でるのが通例となっていた。どうやら襲撃事件の後、保健室で頭を撫でたのがお気に召したらしい。

 とはいえ、今回は頭を撫でるだけでは駄目だろう。もっと別の方法でお礼をしなくては。

 のほほんさんにどんなお礼をするかを考えながら、俺は格納庫へと向かった。

 

 

「それにしても……」

 午前の授業が終わり、のほほんさんと食堂で食事をするために席に座ったところで、俺は気になっていたことを聞いてみた。

 ちなみに、俺ものほほんさんも今日は暖かいソバだ。俺の方にはかき揚げが乗っている。

「いったいなんなんだ? 今までは敵意むき出しの視線を容赦なく浴びせてたくせに、最近になって急に近づき始めるなんて」

 誰が、とは言わなくてもわかるだろう。一年一組の生徒を除いたほぼ全ての女子、だ。

 今朝は一夏やシャルルと一緒に追い掛け回されるわ、実習では二組の女子に頼まれるわ。それ以外にも、今日だけでもう何度もクラスメイトではない女子に話しかけられたりした。

 朝の件は一夏やシャルルだけが狙いかと思ったが、逃げている最中に聞こえてきた言葉の中には俺を狙っているようなものがいくつか含まれていた。

 それが今日だけならまだしも、ここ一週間は続いている。何かあったのは間違いないだろう。

「嬉しいの~?」

「嬉しいというよりも、不気味だな。織斑先生がにこやかに授業を受けてるのを想像してみれば、今の俺の心境がよくわかると思うぞ」

 自分で言ってて頭を抱えたくなった。今言ったことが現実になったら、きっと天変地異が起きるだろう。

 のほほんさんも俺の言ったことを想像したようで、数秒後、何ともいえない表情を浮かべた。

「ま、まあ、今のは言い過ぎだとしても、俺の気持ちはわかっただろ?」

「わかったけど~、別のたとえにしてほしかったよぉ……」

「すまなかった」

 素直に謝る。

 今の会話を織斑先生本人が聞いていたら恐ろしいことになるだろうが、幸運なことに織斑先生の姿は周りにない。仮に俺が見過ごしていたとしても、あの人がいたらこの食堂中が静まり返っているだろう。

 ……話を戻そう。

「とにかく、どうしていきなり俺に対する態度が一変したのかがわからないんだよ。ちょうど時期的にクラス対抗戦の後だからそれが関係してるのかと思ったが、あの時俺は特に何もしてないしな」

「ん~、目の付け所は当たってるねぇ」

「じゃあやっぱりクラス対抗戦が……って、のほほんさん、原因知ってるのか?」

「もっちろん。知りたい~?」

 首を縦に振ると、のほほんさんは「しょうがないなぁ」と笑顔で言う。全然しょうがない様子が感じられないのは気のせいではないはずだ。

 と、そこで不意に脇から声がかけられる。

「隣、いいかしら?」

 そんな静かな声に視線を向けると、そこには水色の髪をした女生徒――というか、更識楯無会長が立っていた。

「別に構いませんよ」

 体をずらして席を空ける。会長は「ありがとう」と言って、そこに腰を下ろした。

「いつもはそうでもないのに、どうして今日はこんなに混んでるのかしら」

「さあ? 男子の転校生が来たから、そのせいじゃないですか? 当の本人はここにはいませんけど」

 クラスメイト以外の生徒にとっては、転校生であるシャルルと接触できる数少ないチャンスだ。

 だが、ここにシャルルの姿はない。一夏たちと一緒に屋上で昼食をとるらしい。俺も誘われたが、あいにく、のほほんさんという先約がいたためこうして別行動になった。

「デュノア社のご子息だったわね。フランス有数のIS企業だから、もしハートを射止めたら玉の輿ね」

「わぁ~、玉の輿~」

「確かに、言われてみればそうですね。それを狙っている奴はほとんどいないと思いますけど」

 ただ単に三人目の男子に興味津々なだけだろう。

「それよりも、二人で何話してたの? お姉さんにも教えてほしいな」

「面白い話ではないですよ。最近、俺に対する周りの対応が変わったなってだけですから」

「すーくんは~、その理由がわからないから、私が教えてあげるところなので~す」

 俺とのほほんさんの言葉を聞いて、会長は納得したように頷く。この人も、薄々はこの変化を感じていたようだ。

「明弘くん、本当にわからないの?」

「はい。クラス対抗戦が関係しているということ以外は」

「はぁ……。キミって鋭そうに見えて、案外抜けてるわね」

 ため息をつかれた。それにしても、抜けてるとは心外だ。幼馴染にファーストだのセカンドだのつけているどこぞの朴念仁ならともかく。

「じゃあ聞くわね。あの時、キミは何をした?」

 いきなり問われ、記憶をたどる。そんな俺の隣で、「私が言おうと思ってたのに~」「ごめんなさいね、本音ちゃん」という二人の会話が聞こえた。

「一夏と凰の試合を見物して、襲撃があってからのほほんさんを探して、助けて、双剣者と戦って、会長の手助けで何とか倒して……。そのくらいですね」

 それだけのはずだ。特に周りが態度を改めるようなきっかけがあるとは思えない。

「じゃあ、本音ちゃんを助けたとき、周りには誰もいなかった?」

「いえ、たくさんいましたね。クラスメイト以外だったので、ほとんど眼中にありませんでしたが」

 のほほんさんと彼女を避難させてくれた女生徒――あの後に改めて会い、更識簪という名前を聞き、会長の妹と知って驚いた――以外に記憶に残っている人物はいない。のほほんさん以外にクラスメイトがいた記憶はない。

「その眼中になかった生徒たちから、謎の襲撃者に襲われたところに現れたキミを見て、どう思うかしら?」

「……わかりません。どうせろくでもないことじゃないですか?」

 今までの反応からして、いい感情を抱くとはとても思えない。だがそんな俺の言葉に、会長とのほほんさんは示し合わせたように、「ざんねーん」と口をそろえて言った。

「まだまだ女の子の気持ちがわかってないわね、明弘くんは」

「そんなんじゃあ、モテないぞぉ」

 いや、モテるとかモテないとかはっきり言ってどうでもいいんだが、今それを言っても二人がかりで言い返されそうなので黙っておく。

「じゃあ、いったい正解はなんなんですか」

「それはねぇ~……カッコいい騎士に助けられたお姫様と同じだよぉ~」

「……余計にわからなくなったんだが」

「まあ、要するに危ないところを助けてもらって胸がときめいちゃった、ということよ。吊り橋効果みたいなものね」

「はあ……」

 吊り橋効果というと、命の危機に瀕した時に近くの異性に好意を抱きやすくなる、みたいなものだったはず。確かに、あのときは非常事態だったからあてはまるかもしれない。

「でも、俺はあいつらを助けるつもりなんて欠片もありませんでしたよ。のほほんさんがいなかったら、素通りしてたでしょうから」

 あの時の俺の目的はあくまでものほほんさんの安全確認だ。あの場にのほほんさんがいたから助けに入ったが、そうでなければ素通りしていたに違いない。他の奴らよりも、のほほんさんの安全の方がよほど大事だからだ。

「お熱いことで。お姉さん、妬けちゃうわ」

「なに冗談言ってるんですか」

「えへへ~、私とすーくんはらぶらぶだもんね~」

「のほほんさんも。話が逸れてる」

 俺なんかではのほほんさんとは釣り合わないというのに、何を言っているんだこの二人は。

「まあ、ようするに受け取りようよ。真実は明弘くんが言った通りでも、その場にいた女の子たちからすれば助けてもらった。一つのことでも、人によって受け取る事実は違うし、それが真実である確証なんてない。そういうものだから」

 他愛もない話のはずなのだが、なんか格言のような言葉が飛び出てきた。

「ISに乗れるってだけで、男のくせに生意気な新入生。そんな印象が、そのときガラッと変わったんでしょうね。自分のことを敵視していたのに助けてくれた格好いい男子、という具合に」

「だとしても、よくのまあいけしゃあしゃあと話しかけてこれますよね。俺だったら恥ずかしすぎてとてもじゃないですけど、話しかけられませんよ」

 今まで露骨に敵視していた相手に話しかけられるとは、神経が図太いというかなんというか。

「否定はしないわ。でもね、全員があなたに敵意を抱いていたわけではないのよ。キミは、自分を敵視していた生徒を正確に把握してる?」

「クラスメイトと会長以外の全員じゃないんですか?」

「違うわよ。生徒の間には、キミという存在を嫌う――言うならば“嫌悪派”と、その逆の“好意派”という二つの派閥ができていたの。でもね、その他にも派閥はあるのよ。“中立派”と“隠れ好意派”っていうね」

「“中立派”っていうのはだいたい想像つきますけど、“隠れ好意派”って……?」

「そのままよ。キミに好意を持っているけど、恥ずかしかったり、周りがみんなキミを嫌っているから表に出せない子たちのこと。かなり数は少ないと思うけどね」

「もちろん、私は好意派だよ~」

セシリアとの決闘まではおそらくたった一人の好意派だったであろうのほほんさんが告げる。

 ちなみに会長は中立派だったらしい。

「割合としては嫌悪派が八割以上、あとほとんどが中立派で隠れ好意派はごく少数。で、好意派は――」

 そう言ってのほほんさんを見る会長。言葉に出さずとも、俺にもわかっている。

 クラス対抗戦以前の好意派はのほほんさんただ一人。セシリアとの決闘以降は一年一組の面子もこれに入ったらしいが、最古参はのほほんさんだけだ。

 一夏は……どこに分類されるのだろうか。好意派と中立派の中間あたりか。

「それが今や、わが好意派が最大勢力にのし上がったので~す」

まるで自分が好意派のトップのように胸を張るのほほんさん。あながち間違いではないので、特に訂正はしない。

そんなのほほんさんを眺めつつ、ソバを食べ終える。

あの襲撃のときに俺が――そう意図したわけではないにせよ――奴らを助けたことで、俺への評価が急変。嫌悪派の連中がこぞって好意派に鞍替えした。ということらしい。

「ということは、今話しかけてくるやつらはほとんどが元嫌悪派ってことですね」

「何人かは今まで動けなかった隠れ好意派の子たちだとは思うけど、そう思っていいと思うわ」

 もともと好意派はのほほんさんだけ。そして、中立派ははっきり言って俺のことなんて興味がない連中で、今更話しかけてくるはずがない。つまり、今言い寄ってくるのはごく一部の隠れ好意派を除けば、全てが元嫌悪派ということになる。

 ……なんともまあ、度し難い。

クラス対抗戦までは微塵の好意すらも感じさせなかったくせに、今はそんなことまるでなかったかのように振る舞う。一年一組のように面と向かって謝罪をすることもなく、だ。

集団心理だろうか。悪いことだとわかっていながら、周りがやっているということを免罪符にして自分もそれを行う。赤信号皆で渡れば怖くない、とはよくいったものだ。

だが、そんな人間の一面に、今更どうも思わない。とうの昔に、俺は人間というものに失望しきっている。今回のことも、やっぱりそうか、という程度の感想だ。

「……まあ、そういう俺も、人間だけどな」

「どうしたの? すーくん」

「なんでもない。つまらないことだ」

 そう答えて、俺は手を合わせ「ごちそうさまでした」と食後の挨拶をした。

 

 

「浮かない顔だな。山田先生」

 明弘たちが食堂で昼食をとっている頃、職員室でコーヒーを飲んでいた真耶は、後ろから声をかけられ振り返った。

「織斑先生……」

「須藤のことか?」

 簡単に言い当てられ、真耶は苦笑いをしながら肯定した。

「一時間目の実習のときの、須藤君の様子が気になって……」

「やはりな。本人は感情が昂ったといっていたが……まあ、嘘だろうが」

 模擬戦闘で気分が高揚してしまうことはよくあることだ。特に熱戦になった時などは。

 だが、あのときの明弘がそうなったのだとは、二人は思わなかった。

 そもそも模擬戦闘で感情が昂るというのは、まだ戦いに慣れていない初心者によく起きることだ。しかし、明弘の経歴を知っている二人からすれば、明弘はそんなことを起こすようなことはありえないと知っていた。それに入学してまだ二ヶ月であるが、明弘がいくら熱戦とはいえ、模擬戦闘で感情を昂らせるような人間には二人には思えない。その証拠に先月末の襲撃の報告では、生死をかけた戦いにも拘らず、明弘は終始冷静さを欠いた事実はなかった。

 それ以上に二人の考えを強くしたのは、あの時の、明弘の目だった。

「あれは感情を昂らせた者の目ではない。そうだな?」

「……はい」

 感情を昂らせた人間の目には熱いものが渦巻いている。それはまるで炎の渦のように。

 だが、あのときの明弘の目にはそんなものは欠片も存在しなかった。熱いものどころか、何の感情もそこからは見出せなかった。

 人間から全ての感情を削ぎ落としたとしたら、ああなるのだろうか。そう思わさせられるほど、あの眼には何もなかった。

「織斑先生、私……少し怖いです。須藤君が、別人になってしまったような気がして」

 どうしてああなったのか。一番考えられるのは、背後をとられたことに本能的な生命の危機を感じ取ったということだが、それにしては反応が劇的すぎる。何か別の理由があるのは疑いようもないが、正確なことは二人にもわからない。

「だが、私たちには何もできない。それはわかっているだろう?」

「はい……」

 千冬が問いただしても、明弘は誤魔化しの言葉を口にした。つまり、明弘はこの件について深く関わってほしくないということなのだろう。本人がそう思っている以上、二人にはどうすることもできない。

「あるとすれば、あいつが今回の件を乗り越えられることを願うことだけだ。だが、あいつなら心配は無用だろう。あいつは弱くはない。きっと乗り越えられる」

「そう、ですね。私たちがしっかりしてないといけませんよね」

 千冬の言葉に頷き、真耶は手にしていたコーヒーを一気に飲み干した。

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