Another IS ―もう一つのIS―   作:colorless

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第四十話 美少年の正体

 シャルルが転校してきてから五日。土曜日である今日は午前の理論学習を終え、午後は完全な自由時間となっている。そこで俺は一夏とシャルルの三人でアリーナにIS訓練のために訪れていた。

「さてと……準備はいいか?」

「うん。僕の方はいいよ」

 神王の紫の装甲をまとった俺の問いに、向かい合ったシャルルが答える。

 ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ。デュノア社製のラファール・リヴァイヴにかなりの改造を施したシャルルの専用機は、装甲の色すら本来のネイビーカラーではなく、鮮やかなオレンジ色をしている。

 アリーナについた俺たちは、まずお互いの実力を確かめ合おうということで模擬戦をすることにした。俺と一夏は互いの実力は分かっているので、一戦目は一夏とシャルル、二戦目は俺とシャルル。そしてこれから二戦目が始まるところだ。

 つい先ほど一夏との模擬戦を見学したため、ある程度の戦い方などは把握している。

 射撃を中心としたバランスのいいスタイル。セシリアのような遠距離特化でも、一夏のような近接特化でもないため、簡単に弱点を突くことはできないだろう。

 武装は一夏との対戦で見た限り、遠距離武装全てが実弾系統。ただ切り札として隠し持っている可能性もあるため、油断はできない。

 実力は……はっきり言ってかなりのものだ。セシリアよりも格段に上、凰よりも上であろう。まあ、会長と比べたらまだまだ弱いが。はっきり言って、あまり勝てる気がしない。

 ……せいぜい足掻いてみるとするか。

「じゃあ、行くぞ」

「いつでも」

 シャルルの返事を聞いて、俺は頷き、一気に飛翔する。同時に、両手に展開した《アヴァロン》と《アトランティス》をシャルルに向け、引き金を引いた。

 実弾とレーザーの入り混じったその弾雨を、シャルルは瞬時に展開した物理シールドで防ぎながら同じく飛翔する。そしていつの間にか展開したアサルトライフル《ヴェント》の銃口をこちらに向けて発砲する。

 やはり、武装展開の速度が尋常ではない。

《ヴェント》による攻撃をかわしながら、内心感嘆する。

 通常、武装を展開するのには慣れていても一秒は必要になる。ISの処理能力がいかに高くとも、それを扱うのが人間である以上、どうしてもタイムラグが生じてしまうのだ。

 だがシャルルはそんな武装展開を一秒未満――しかも相手に標準を合わせるのも含めて――で行っている。

 専用機であるラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡの仕様ではない。今言ったようにどれほどISの処理能力を高めようと、それを使う人間が生かせないようなら意味がない。

 つまり、この高速展開はシャルル自身の才能。通常の戦闘技能だけではない。単一使用能力と同じかそれ以上に得難いであろう力を、シャルルは持っているのだ。

 それに対して、俺が持っているのはくだらない小細工だけ。機体の性能はこちらが勝っているが、それを差し引いても分が悪いかもしれない。だからといって、負けるつもりは毛頭ないが。

 そんなことを考えている俺に向かって、さらにシャルルの弾丸を飛来する。

 ……やってみるか。

 月曜日の模擬戦で俺ではない『俺』は事もなげにやってみせた。その感覚を思い出せ。

 相手の銃口の向きから弾丸の軌道を予測し、ハイパーセンサーから送られてくる情報をもとに周囲の環境が弾丸に与える影響を計算して最終的な弾丸の軌道を導き出す。

 そして相手と自分の銃弾の速さを考慮しつつ、その軌道と交わるように銃弾を放つ。

 直後、俺の前方で金属同士がぶつかり合う耳障りな音が短く、立て続けに鳴り響く。

 俺へとまっすぐ飛んできたシャルルの弾丸は、俺の放った弾丸とぶつかり、俺の脇をすり抜けていった。

「……ふぅ」

 小さく、ため息をつく。上手くいった。

弾丸撃ち(バレット・ショット)』。理屈は相手の弾丸を、自分の弾丸で弾くという簡単なものだが、いざやるとなると無茶苦茶難しい。

 そもそも、超高速で飛んでくる数センチ程度の塊を撃ち抜こうということ自体が難題すぎるのだ。とてもではないが、相手が撃ってからでは時間が足りない。

 その足りない時間を補うため、俺が考えたのは、相手が撃つ前に相手の弾道を計算して対処することだった。それでも、今までの成功率は良くて四割弱程度。今のようにな発もの銃弾を、全て弾き飛ばすことなど到底不可能だった。

 だが、今の俺には最高の手本がある。月曜日の山田先生との模擬戦で、俺ではない『俺』がやって見せた経験という、最高の手本が。

 あの時、俺の意志でやったわけではないとはいえ、それを行ったのは紛れもない俺のこの体だ。あの時の感覚でやれば成功するかもしれないと思ったが、予想通りだった。

「この程度か」

 そんな内心をおくびにも出さず、努めて冷静に、シャルルへと告げる。

 お前の弾丸を弾くことなど、俺には造作もないことだ。そう相手に思わせる、ペテン。

「山田先生との模擬戦でも見たけど、すごいね。どうやってるのかな?」

「お前の撃った弾を狙って撃つ。それだけだ」

「それだけ、って……。意外と無茶苦茶なんだね、明弘は」

 俺はシャルルの言葉に答えず、小さい笑みだけを返すと、シャルルに向かって突撃をかける。

 迎撃の銃弾が俺を襲うが、それも全て回避、もしくは『弾丸撃ち』で対処しきる。

 近接戦の間合いに入る直前に、《アヴァロン》と《アトランティス》を収納し、空いた両手に双剣《デュランダル》を展開する。シャルルも、銃で俺を止められないと察すると、瞬時に《ブラッド・スライサー》を物理シールドを展開した。俺よりも後に行動しているのに、展開が終わるのがほぼ同時なのは流石といえる。

 次の瞬間、俺とシャルルの得物がぶつかり合った。

 俺の左の剣を《ブラッド・スライサー》で受け止め、右の剣の攻撃はシールドを斜めにすることで受け流す。右半身だけが前のめりになり、体勢が崩れた俺のがら空きになった懐に《ブラッド・スライサー》が滑り込み……俺の残像を貫いた。

 あるはずの手ごたえがなかったことで、逆にシャルルの体勢がわずかに崩れる。

「残念だな」

 シャルルがそう出ることは、予測できていた。物理シールドが、わずかに外を向いていたからな。

 だからあえてそれに引っ掛かり、『消失』で姿を消すことで逆にシャルルの体勢を崩す。

 そしてここでさらにもう一つ、誰にも見せたことのない技を見せてやろう。

 知っているのは練習相手を務めてくれた会長だけ。まともに実践で使えるレベルになったのも、ついこの間という新技だ。

「『螺旋・十二連』」

 先月の襲撃事件で戦った双剣者が使っていた回転連撃。それの十二連撃版だ。

 そもそもあれは遠心力によって威力を上げるもので、つまり、連撃の数が多ければ多いほど最終的な威力は加速度的に上昇する。

 双剣者の十連撃に対して、こちらは二つ増やした一二連撃。威力は、双剣者のものよりも高くなる。

 シャルルは咄嗟に物理シールドで防御するが、十一撃目でそれも弾かれた。大きく外に振られ、正面ががら空きになる。慌てて右手の《ブラッド・スライサー》で防御しようとするが、もう遅い。

 遠心力によって加速された左の剣が《ブラッド・スライサー》の脇をすり抜け――シャルルの首元に突き付けられた。

「俺の勝ちだな」

「……そうだね。僕の負けだ」

 短く言葉を交わし、俺たちは地上へと降りる。

「お疲れ、二人とも」

 地上で見学していた一夏からタオルを受け取り、俺たちはそれぞれ汗を拭く。

「やっぱりすごいな明弘は。俺なんてシャルルに一撃も当てれなかったのに」

「一夏の言うとおりだよ。何だか僕の動きが読まれてるような感じだったし」

「それに関しては経験と慣れだな。それに、もう同じ手は通用しないと思うぞ。最後のも、シャルルなら次は対処できるんじゃないか?」

「うーん、多分だけどね」

 そんな談笑も少しして、俺たちは一夏の訓練を始めることにした。

 今回の内容は主に対遠距離武装についてだ。特に今回は実弾系の装備を山ほど持っているシャルルがいるため、そっちについて重点的に。

 セシリアはエネルギー系のBT兵器しか積んでないし、凰も近接武装以外は衝撃砲だけだ。一応、俺は《アトランティス》を持っているが、俺一人では少々心許ない。

 まずはなぜ一夏がなぜシャルルに勝てなかったのか、理論的に説明し、その次は体で理解してもらうためにシャルルの《ヴェント》を使って、一夏に射撃を体験してもらう。やっぱり、自分の体で感じてもらうのが一番手っ取り早い。

 それを少し離れたところで不満げに見ている篠ノ之、セシリア、凰がブツブツと文句を言っているが気にしない。

 訓練も進み、そろそろ切り上げようかと思い始めたちょうどそのとき、急に周りがざわめき始めた。

「ねえ、ちょっとアレ……」

「ウソっ、ドイツの第三世代型だ」

「まだ本国でのトライアル段階だって聞いてたけど……」

 周りの視線を追うと、そこにはボーデヴィッヒがいた。

 こいつ、初日から一夏に平手打ちなんてしたからな。《アトランティス》を呼び出し、相手の行動を警戒する。《アヴァロン》よりも威力は低いが、弾の速度が速いので急な攻撃にも対処しやすい。

「おい」

「……なんだよ」

 ボーデヴィッヒの呼びかけに一夏が応える。

「貴様も専用機持ちだそうだな。ならば話は早い。私と戦え」

「イヤだ。理由がねえよ」

「貴様にはなくても私にはある」

「また今度な」

「ふん。ならば――戦わざるを得ないようにしてやる!」

 言うが早いか、ボーデヴィッヒはその漆黒のISを戦闘状態にシフト。左肩に装備された大型の実弾砲が火を噴いた。

「動くな、一夏!」

 一夏の前に立ち、アトランティスで相手の弾に向けて五発発砲。

 ボーデヴィッヒの実弾は俺の射撃で軌道をずらされ、驚きの声をあげた一夏から三十センチほど離れた場所に着弾した。

『弾丸撃ち』の応用で、何倍もの質量の砲弾の軌道を逸らす。できるかどうか微妙なところだったが、何とかなったな。

「ちっ……。貴様、何をした?」

「何をしたも何も、ただお前の弾に俺の弾をぶつけて軌道をそらしただけだか?」

「そらしただけ……だと?」

 ボーデヴィッヒがわずかに目を細める。しかし、そんなことはどうでもいい。

「それよりも、いきなり攻撃してくるとは、ドイツの代表候補生様は随分と荒っぽい。……いや、不意を突かなければ戦えないほど、自分の実力に自信がないのかな」

 わざと相手の怒りに触れるようなことを言う。

「……貴様、殺されたいのか」

「お前ごときじゃ俺は殺せない。それと一つ忠告しておくが、そう簡単にキレないほうが賢明だ。図星を突かれて逆上しているようにしか見えない」

「……どうやら本気で殺されたいようだな」

 よし、本気でキレたな。

 相手の感情を昂らせて冷静な判断を欠かせる。セシリアとの決闘でも使った手だ。ボーデヴィッヒは軍人だからどこまで効果があるかはわからないが、何もしないよりはマシだろう。

「シャルル、今のうちに一夏を……」

「ううん。駄目だよ。明弘だけじゃ、彼女は止められない」

 そう言うとシャルルは俺の隣に立ち、ボーデヴィッヒを見据える。

「こんな密集空間でいきなり戦闘を始めようとするなんて、ドイツの人はずいぶん沸点が低いんだね。ビールだけでなく頭もホットなのかな?」

 シャルルのボーデヴィッヒに向けて動かしていた右腕が一瞬だけ輝く。そのまま一瞬で六一口径アサルトカノン《ガルム》を展開してボーデヴィッヒに向けた。

「IS“もどき”とフランスのアンティークごときで私の前に立ちふさがるとはな」

「未だに量産化の目処が立たないドイツのルーキーよりは動けるだろうからね」

「それに、新しい方が強いとは限らない。まだ完成にすら至っていない木偶の坊なら尚更な」

 一触即発の空気が漂い、動き出すその瞬間をうかがっていると――

『そこの生徒! 何をやっている! 学年とクラス、出席番号を言え!』

突然アリーナにスピーカーから声が響く。騒ぎを聞きつけた担当の先生だろうな。

「……ふん。今日は引こう」

 興が削がれたらしく、ボーデヴィッヒはあっさりと去っていった。

「一夏、大丈夫?」

「あ、ああ。助かったよ」

 つい数秒前までボーデヴィッヒと対峙していた鋭い眼差しはもうなく、いつもの人懐っこい顔のシャルルが一夏の顔を覗き込んでいた。

「明宏もサンキューな」

「別にいいって。友達を助けるのは当然のことだろ」

「明弘の言うとおりだよ。じゃあ、今日はもう上がろうか」

「おう。そうだな。あ、銃サンキュ。色々参考になった」

「それならよかった。えっと……じゃあ、先に着替えて戻ってて」

 いつもこうだ。シャルルはIS実習後の着替えをとにかく俺たちと一緒にしたがらない。というか転校初日のあれ一回きりで俺も一夏も着替えをしたことがない。

「それじゃ、俺たちは先に上がらせてもらうか」

「あ、ああ。また後でなシャルル」

「あ、うん」

 まあ、本人がいやなら無理にさせることは出来ないので、俺たちはシャルルにそれだけ言って、更衣室に向かう。

「ボーデヴィッヒの黒いIS……ドイツの第三世代型でトライアル段階……レーゲン型か。なら、第三世代兵器は――」

「おい明宏。まだラウラについて考えてたのかよ。別にいいって」

「いいわけないだろ。またいつ襲われるかわからないんだから」

「まあ、そうだけど。それより俺はお前の方が気になるんだが」

「俺?」

「さっきのラウラの攻撃をそらしたやつだよ。山田先生やシャルルの時にもやってたけど。何なんだよ、あれ」

「『弾丸撃ち』。相手の弾丸を自分の弾丸で弾く技だ。ボーデヴィッヒにやったのはその応用版だな」

「弾丸を弾丸で弾くって……無茶苦茶だな」

 さっき一夏はシャルルから銃を借りて撃ってみたからな。俺の言っていることの無茶苦茶さがよくわかるのだろう。そういう俺も、無茶苦茶だと自分で思っている。

「それにしても、今日は疲れたな。模擬戦した後にいきなり襲われて」

「ああ、風呂に入りたいな」

「同感だ」

 そう言いながら着替える。俺も一夏の言う通り風呂入りたい。でもダメなんだろうな。

「よし、着替え終わり」

「あのー、織斑くんとデュノアくん、須藤くんはいますかー?」

「はい? えーと織斑と須藤だけいます」

 ドア越しに山田先生の声が聞こえ、返事をする。何か用だろうか?

「入っても大丈夫ですかー? まだ着替え中だったりしますー?」

「大丈夫ですよ。着替えは済んでます」

「そうですかー。それじゃあ失礼しますねー」

 そう言って山田先生が入ってくる。

「デュノアくんは一緒ではないんですか? 今日は二人と実習しているって聞いていましたけど」

「あ、まだアリーナの方にいます。もうピットまで戻ってきたかもしれませんけど、どうかしました? 大事な話なら呼んできますけど」

「ああ、いえ、そんなに大事な話でもないですから、織斑くんから伝えておいてください。ええとですね、今月下旬から大浴場が使えるようになります。結局時間帯別にすると色々と問題が起きそうだったので、男子は週に二回の使用日を設けることにしました」

「本当ですか!」

 風呂好きの一夏にとってはとても嬉しいらしく、山田先生の手を取って言葉を続ける。

「嬉しいです。助かります。ありがとうございます。山田先生!」

「い、いえ、仕事ですから……」

「そうかもしれませんが、ありがとうございます」

 俺も風呂には入りたかったので感謝だ。

「……一夏? 何してるの?」

「あ、シャルル。戻ったんだな」

「うん。二人こそまだ更衣室にいたんだ。それで、先生の手を握って何してるの?」

「あ、いや。なんでもない」

 ぱっと一夏が手を離す。確かに見ようによっては変な誤解をされかねないな。

「先に戻ってって言ったよね?」

「お、おう。すまん」

「すまないな。山田先生からちょっと連絡があって」

 シャルルの言葉に棘を感じるのは俺だけだろうか。表情はいつも通りだから思い過ごしかもしれないが。

「そうなんだよ。喜べシャルル。今月下旬から大浴場が使えるらしいぞ!」

「そう」

 やっぱり不機嫌そうだな。何が原因なんだ。

「ああ、そういえば織斑くんにはもう一件用事があるんです。ちょっと書いてほしい書類があるんで、職員室まで来てもらえますか? 白式の正式な登録に関する書類なので、ちょっと枚数が多いんですけど」

「わかりました。――じゃあシャルル、ちょっと長くなりそうだから今日は先にシャワーを使っててくれよ」

「うん。わかった」

「じゃあ山田先生、行きましょうか」

 そう言って一夏と山田先生は更衣室から去って行った。

「それじゃあ明弘。僕、これから着替えるから……」

「ん、ああ。その前に、一つ話があるんだ。いいか?」

「え? うん、いいけど」

 怪訝そうな表情を浮かべるシャルル。俺はそんなシャルルに「すまないな」と告げ――展開した《アトランティス》をその頭に突き付けた。

「なっ……」

「おっと、うかつに動くなよ。変な真似したら、うっかり手が滑るかもしれない」

「…………どういうつもり?」

《アトランティス》をいきなり突きつけられ、動こうとしたところを俺に制されたシャルルが俺に問う。

「ちょっと俺の質問に答えてほしいだけだ。素直に答えてくれれば危害は加えない」

「……質問くらい答えるよ。だから――」

「このままだ。悪いが、俺はお前を信用できていない」

「…………」

 シャルルが黙る。何を言っても俺がこの状態を解くことはないことを悟ったか。話が早くて助かる。

「では本題だ。……お前は誰だ?」

「誰って……僕はシャルルだよ」

「シャルル・デュノア。フランス代表候補生。フランスのIS企業デュノア社社長の息子。織斑一夏に次いで世界で二番目にISを動かせる男子。……よくもまあ、ここまで面白い設定を考えたもんだな」

「……何を――」

「嘘をつくんだったら、さりげなく、その額に浮き出た汗を拭くべきだったな。焦ってるのがバレバレだ」

「っ!?」

 シャルルが慌てて額をふれる。しかし、そこに濡れた感触はなく、乾いた肌の感触があるだけだった。

 そこで気づいたのだろう。今のが自分を嵌めるハッタリだったことに。

「慌てて額を触ったってことは、やっぱり内心は焦ってたみたいだな。お前が嘘を吐いていた何よりの証拠だ」

 人は嘘を吐くとき、なかなか平静ではいられないものだ。自分の嘘がばれないかどうか、疑念と不安に囚われる。そしてそんな心は、意識を自分ばかりに向けさせ、相手への注意が疎かになる。

 だから、今のような簡単な嘘にも引っかかる。嘘は、嘘によって看過される。

 一夏のような鈍感ならともかく、俺は嘘に関しては心得がある。そんな俺を、簡単に欺けると思ったのが失敗だ。

「男だって周りに思わせたかったら、もう少し、弱いフリをしておくべきだったな」

 そうすれば、俺も怪しいとは思っても、ここまでたどり着きはしなかっただろう。

「一夏がISを動かせることが判明したのが約半年前。『二番目にISを動かせる男』であるお前は、どんなに早く発覚しても一夏より遅いはずだ。そしてこの学園にやってくるまで、長く見積もっても半年。半年であそこまでの実力を手に入れられるとは、とても思えない」

「でもそれは――」

「ああ。才能があったといえばそれまでだ。半年であそこまでの実力をつけるのが絶対不可能というわけじゃない。……だがな、半年で一つの機体を自分好みに改造しまくって、それを使いこなすなんて、天才でもない限り不可能だ」

 天才という単語で、一人の女性の顔が頭に浮かぶ。何を考えているのかわからないあの人の顔が。

 そして次いで浮かんだのは、世界最強と呼ばれる、黒髪の女性。

 あの二人なら今言ったことも可能だろう。だが俺の目の前にいるのは、いかに才能があるとはいえ、あの二人からすればただの小娘だ。できるとは思えない。

「認めないのならそれでもいい。自分はそれができたのだと誇ればいい。だがその前に……服を脱いでもらおうか」

「なっ……!」

 シャルルの顔が赤く染まる。それは紛れもなく、羞恥心から来たものだった。

「お前の体に興味があるわけじゃない。俺は、お前が女ではないかと思っている。その確認だ」

「……僕は、男だよ」

「いい加減しらばっくれるのは諦めろ。お前が女であれば、全て辻褄が合うんだよ」

 その実力も、半年以上前から訓練してきたのならおかしくはない。そして、シャルルが女であれば、半年以上前から訓練することはできたはずだ。女がISを操縦することなんて、普通すぎて誰の記憶にも留まらない。

 そのフルカスタムの専用機も、半年以上時間をかけて改造を加えていったとしたらあそこまで使いこなせるのも頷ける。

 一夏や俺と一緒に着替えることを拒み、上半身すら晒さないのも、女だとばれることを恐れてのことだろう。

「大方、俺や一夏と接触して神王と白式のデータを手に入れよう、ってところか。あとはデュノア社の広告塔としての役割もあるのかな」

 男のIS操縦者というだけで世間の目は集まる。そしてそれがデュノア社の社長の息子で、デュノア社のISのカスタム版を使っているとなれば、デュノア社にも注目が集まる。

 そんな世間の目とは反対に、男という立場は同じ男である俺や一夏との接触を容易にする。現にシャルルは一夏と寮で同室になった。接触が多ければ、俺や一夏、そして神王や白式のデータを入手しやすくなる。

「まさに一石二鳥。最高のプランじゃないか。現に一夏や女子たちは誰一人として気づいていないようだし、お前の演技もほぼ完璧だ。唯一の誤算は、俺がいたことくらいか」

「…………」

「悪いが、俺は敵と判断した奴には容赦しない。それがたとえ、どんなに親しい人間でもな。もちろん、一夏たちだって例外じゃない」

 とは言っても、一夏たちが俺を裏切るとは思えない。逆ならあり得るかもしれんが。

 目の前にいるシャルルも、データ収集が目的であって俺たちに害をなすとはあまり思えない。だが、こいつは演技が上手だからな。油断はできない。

「さて、ここまで踏まえたうえでもう一度言う。俺の質問に答えろ。変な真似をしたりしたり、嘘を吐いた場合は、お前の頭は木端微塵だ」

 ISを展開しようとしても俺が引き金を引く方が早いし、嘘を吐いてもすぐに見破れる。こんな命の危険が目の前まで迫っている状態で吐く嘘に騙される気はない。

「お前の目的はなんだ」

「……一夏と明弘、そして白式と神王のデータ収集」

「デュノア社の第三世代型開発の材料か」

「うん。ここままだと、デュノア社は政府からの援助もなくなるし、それどころか、ISの開発許可すら剥奪されるから」

 デュノア社のラファール・リヴァイヴは世界第三位のシェアを誇るが、それでも所詮は第二世代だ。それも第二世代最後発ということは、デュノア社はISの開発が他よりも遅れていることを意味している。

 今フランスが加盟している欧州連合では統合防衛計画『イグニッション・プラン』、その第三次が進められれている。だが、確かフランスは『イグニッション・プラン』から除名されているはずだ。

 第三次『イングニッション・プラン』の次期主力候補の三機はそれぞれ第三世代型だ。いくらラファール・リヴァイヴが高性能だとしても、それはあくまで第二世代型の中での話。まだどこも未完成とはいえ、《ブルー・ティアーズ》や《龍砲》のような切り札となり得る第三世代兵器を持っていなければ、話にならない。第三世代型の開発は急務だ。

 そのためには、何でもいいから珍しい、貴重なデータがほしい。ということなのだろう。デュノア社の思惑としては。そこで俺と一夏が目をつけられた。

「質問はあと二つ。お前は、俺たちに危害を加える気があるのか?」

「そんなわけないよ! 一夏や明弘にそんなことするなんて……」

「まあ、確かに平時であればそんなリスクを冒す必要はどこにもない。だが、今のように正体がばれた場合はどうするつもりだった? 口封じのために、殺そうと考えてもおかしくはない」

「そのときは……正直に話すつもりだったよ。全部話して、あとはもう、何もかも諦めようかなって」

 諦める。それは、そうなった場合、自分がどうなるのかが分かっててのことだろう。

 性別を偽ってIS学園に来たんだ。フランスに呼び戻されて、代表候補生の資格は剥奪。その後は、経歴詐称だのいろいろな罪を被せられて牢屋行き。それが妥当だ。

 つまり、ばれてしまった以上、どうしようもないのだ。フランス政府をどうにかしても、日本政府が、それを潜り抜けても、最後にはデュノア社がシャルルを捕まえようとする。

 たった一人で、その三つの組織から逃げ切るのは不可能だ。そしてどこに捕まっても、結末はほぼ同じ。八方塞がりなのだから。

「そうか。では最後に一つだけ。……お前は、愛人の子か?」

「っ!?」

 本日何度目だろうか。シャルルの顔が驚きに染まる。そしてその驚きが、俺の問いに対する何よりの答えだった。

「そうか。これで俺の質問は終わりだ。お前のことは信用できないが、俺たちに危害を加える気がないという言葉は、ある程度信用に足ると判断した。今日のところは見逃してやろう。お前の正体についても、誰かに漏らすつもりはない。一夏の方はどうだか知らんが、俺と神王のデータならいくらでもとって構わない。俺たちに危害を加えなければな」

「……明弘」

「礼はいらん。俺は何も知らない。お前が公言するまでな。危害を加えられなければ、お前が何をしようと俺の知ったことじゃない」

《アトランティス》を量子化し、手から消す。空になった右手も下ろし、俺はシャルルに背を向ける。

「だが、もし俺たちに危害を加える意が感じられれば、必ず殺す」

 最後に釘を刺して、俺は更衣室を立ち去った。

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