Another IS ―もう一つのIS― 作:colorless
『学年別個人トーナメントの優勝者は織斑一夏、もしくは須藤明弘と交際できる』
そんなわけのわからない噂を耳にしたのは、つい数分前のことだ。
寮の廊下でその噂について語り合っていたクラスメイトたちが、思わず声を大きくしてしまい、それが俺の耳にまで届いた。俺に聞かれたことに気付いた彼女たちはすぐさま逃げ出してしまったため、詳細を聞くことはできなかったが。
「なんでそんな話が出ているんだ……」
そもそも、当事者であるはずの俺には何の連絡も来ていない。普通、こういうのは本人の了承を得てからするものではないのだろうか。事後承諾にするつもりか?
「ふっふっふ~、気になる~?」
隣にいるのほほんさんが問いかけてくる。
「ああ。何か知ってるのか?」
「知ってるよ~。そのうわさの原因とかね~」
原因。やはりあるのか。火のないところには煙は立たないというからな。
「一夏が関係してたりするのか?」
「ちょぉ~関係してるよぉ」
「やっぱりそうか……」
一夏はそれらしいことは何も言ってなかったが、あいつは自分の気づかないところで問題を生じさせるからな。転校したての凰に引っ叩かれたのがいい例だ。
「大方、あいつが買い物に付き合うって言ったのを誰かが勘違いしたか、誰かが優勝したら付き合えといったのがどんどん大きくなっていったってところか。後者の可能性が極めて高いが」
買い物に付き合うのであれば、その次の休みにでも行けばいいだけだ。トーナメントを絡ませる必要性はまるでない。
「ごめいとぉ。では、その相手とは誰でしょ~か」
「そんな大胆な行動に出れるとなると、篠ノ之、セシリア、凰あたりが妥当だな。それで優勝を自ら条件にしているなら……セシリアか凰か?」
自分が優勝する自信がなければそんな行動には出ないだろう。なら、専用機持ちであるあの二人の可能性が高い。
「ざんね~ん、はずれで~す」
「なんだと? まさか……篠ノ之なのか?」
「せいか~い。惜しかったねぇ」
「……馬鹿なのか、あいつ」
専用機を持たないのに、トーナメントで優勝できると思っているのか。確か中学の時に剣道の全国大会で優勝したと束さんから聞いたが、だからといって、優勝できるとはとても思えない。代表候補生ではない一年生のみであれば可能性はあるだろうが、専用機持ちが六人いる以上、可能性はゼロに等しい。
「この噂、学園中に広まってるんだよな?」
「うん。知らないのはむりむーとでゅっちーくらいだと思うよぉ」
「ということは、当然セシリアと凰も知っているってことか」
となると、二人のトーナメントにかける意気込みは相当なものになっているだろう。学年別なのだから各学年ごと計三人の優勝者が出るのにどうするのだとかいろいろ突っ込みどころがあるこの噂だが、二人は疑問に思うことはないだろう。恋は盲目というしな。
キレるのと違い、やる気に満ちている相手との戦いは面倒くさい。人にもよるが、いつも以上の力を引き出すやつもいる。逆にやる気が空回りするタイプもいるが。
「今のうちに対策考えておかないとな」
「優勝する気まんまんだ~」
「まあ、優勝する必要性なんて全くないんだが、やる以上は勝ちを狙いたいからな。それに、優勝したら『学食デザート一年間フリーパス』が貰えるだろ?」
本来ならば先月のクラス対抗戦の優勝賞品だった『半年フリーパス』だが、クラス対抗戦が中止になったためにこのトーナメントの優勝賞品へと持ち越されたのだ。
もともとトーナメントの優勝賞品としても『半年フリーパス』が用意されていたため、二つ合わせて一年間利用できる『一年間フリーパス』に進化した。
「そうだねぇ~。あれ? でもすーくん、デザート好きだったっけ?」
「いや、あんまり。でも、あれって優勝者しか使えないわけじゃないだろ? 俺が優勝したら、のほほんさんにあげようと思ってな」
「わぁお、すーくんからプレゼント~?」
「いろいろ世話になっているからな。そのお礼だと思ってくれ。のほほんさんが喜んでくれると、俺も嬉しい」
先週の月曜日のこともある。あの時の感謝も兼ねて、のほほんさんにはフリーパスをあげたい。
それに、俺が優勝することには、もう一つ利点がある。それは、先ほどの噂の実現を阻止できるということだ。そもそも俺と一夏の了承がないためそんなものは無効だと突っぱねることもできるが、不満は残るだろう。最初から俺か一夏が優勝してしまえば、女子たちも文句は言えまい。
仮に優勝しても女子たちが交際しようとするのは一夏で、俺を選ぶ酔狂な奴はいないと思うが、それでも絶対とは言い切れない。そんな酔狂な奴がいないという保証はどこにもない。
ああの噂では優勝者が得られるのは俺か一夏と交際できる“権利”だ。俺が優勝しても、その権利を行使しなければ、俺も一夏も誰かと交際することなく平穏に暮らせる。
俺の平穏は保てるし、のほほんさんにも喜んでもらえる。一挙両得だ。
「えへへ、ありがとぉ~」
「そういうのは、実際にあげてから言ってくれ」
一夏とセシリア、凰、専用機持ちではない女子に負けるつもりは全くないが、不安要素はある。
シャルルとボーデヴィッヒだ。昨日の模擬戦で俺はシャルルに勝ったが、次も勝てるという確証はない。昨日見せた手は通用しないと考えた方がいいだろう。
ボーデヴィッヒも、実力はおそらくシャルル以上。それに俺の予想が正しければ、あいつの第三世代兵器は『ブルー・ティアーズ』や『龍砲』よりもたちが悪い。対処法を考えておかなくてはならないだろう。
あの二人なら、優勝しても“権利”を行使しないだろうが、それではのほほんさんにフリーパスをあげれない。やはり是が非でも優勝したいところだ。
「……明弘」
「ん?」
二人の対策を頭の中で練っていると、不意に後ろから名前を呼ばれて振り返る。その先には、何やら険しそうな表情を浮かべた一夏が立っていた。
「どうした一夏。俺に何か用か」
「ああ。……ちょっと話したいことがある。来てくれるか」
その眼を見て察する。その話とやらは他の奴らには聞かせたくない内容なのだと。
本当はもっとのほほんさんとのんびりしていたかったのだが、仕方なくのほほんさんに別れを告げ、一夏と一緒に俺の自室へと向かう。
俺の自室は他の部屋よりも少し狭い。そのため一人部屋なのだが、誰にも聞かれたくない話ならここがうってつけだ。
いつも読書などに使う椅子に腰かけ、対面に座るよう一夏に促すが、一夏は小さく首を横に振った。しかたなく俺だけ椅子に腰かけ、視線を一夏に向ける。
「――で? 話ってのは何だ」
「シャルルのことだ」
予想通りの言葉が返ってきた。それ以外に思い当たる件はない。
だが少し早いな。昨日までの一夏の様子からして、シャルルに疑念を抱いていなかったはずだ。正体がばれるのも、早くて来週あたりだろうと思っていたのだが。
俺に気付かれたことでシャルルが諦めて自白したか。それとも女だという決定的な証拠でも見つかったのか。まあ、そこは別にどうでもいいか。
「シャルルから全部聞いた。シャルルが女だってことも、この学園に来た目的も……明弘、お前にばれたことも。シャルルがお前に脅されたことも」
「そうか。で?」
「……本当なのか?」
「人聞きの悪いことを言うな。脅してはいない。変なことをしないように釘を刺しただけだ」
そんな俺の言葉に、必死に感情を押し殺していた一夏が爆発する。
「同じようなもんだろ! 変なことをしたら殺すって、シャルルのこと信じられないのかよ!?」
「ああ、信じられないな。あいつがやったことは立派なスパイ行為だ。そんなことをやる奴のことを信じれるわけがないだろ」
「それは、父親から命令されて仕方なくやっただけだろ!」
「なら、その父親の命令で俺たちに危害を加える可能性だってあるだろう」
「シャルルは、そんなことするやつじゃないっ!」
「お前にあいつの何がわかる。つい昨日まであいつが男であることに一切疑問を持たないで、あいつの演技にすっかり騙されていたお前に」
今まで俺たちが見てきたのは作られた、いわば偽物のシャルルだ。そのシャルルを疑いなく受け入れ、真実に気づきもしなかった一夏に、あいつのことを語る資格はない。
「でも……っ」
「やけにあいつの肩を持つな。あいつの家の事情を聞いて同情したか? それとも――あいつに惚れたか?」
「なっ――!? そんなんじゃねえよ!」
「じゃあやっぱり同情か。確かに愛人の子供で、実の父親から扱き使われてると聞けば、お前なら同情するだろうな」
直接シャルルからそう聞いたわけではない。だが、それ以外の状況から俺はその推論にたどり着いた。そしてその推論は、昨日のシャルルへの最後の質問に対する反応でほぼ間違いないと裏付けされた。
IS学園への男子としての潜入。それはデュノア社にとって大きな利点もあるが、同時に大きな危険もはらんだ諸刃の剣。
下手な人間は送り込めない。そんなことをしては、命令を守らなかったり、裏切られる可能性がある。だから、デュノア社とつながりの深い人間を選ぶ必要があった。
だが、ばれた場合を考えると、つながりの深すぎる人間を送るのも危険だ。ばれたときはすぐに切り捨てられる方がいい。
デュノア社以外に身を寄せる場所もなく、従順になるしかなく、かつ切り捨てても何の問題もない者。愛人との子供なんて、それにぴったりだ。
だから俺は、シャルルはデュノア社社長と愛人との間にできた子ではないかという推論に至った。昨日のシャルルと今の一夏の反応を見る限り、当たりだったようだ。
「だったら、ここで俺も何か一つ、悲しい身の上話でもすれば同情して手を引いてくれるのか? 俺にはこんな過去があったから人を信用できないんだ、とでも言えば、お前も納得してくれるのか?」
「……ふざけてるのか?」
怒りをかみ殺した声で一夏が言う。
ふざけてはいない。わざと一夏を怒らせるようなことを言っているだけだ。冷静さを失わせて、自分が優位に立つために。
戦いと一緒。というか、これも一種の戦いだ。言葉という武器を用いての。
「……ああ」
一夏に聞こえないほど小さな声がもれる。
こんな、ただ自分の考えをぶつけ合う、勝ち負けなんてないはずの言い合いですら、俺は相手よりも優位に立とうとしている。そうしたところで、何も変わらないというのに。
怖いのだ。相手よりも優位に立っていないと。不安と恐怖で押しつぶされてしまうそうだ。俺は……臆病者だ。
心の内で自嘲じみた笑いをこぼしながら、それを表には出さずに一夏に告げる。
「ふざけてなんかいないさ。少し冷静になれよ」
一夏は気づかない。
本当に一夏の言うとおりに、シャルルが絶対に俺たちに危害を加える人間でないとすれば、俺の釘刺しにとやかく言う必要は全くないことに。
危害を加えない以上、俺もあいつには何もしない。本当にシャルルが俺たちに危害を加える人間でないのであれば、俺の釘刺しなど何の意味もなさない。勝手に言っていろ、と切り捨ててもいいことだ。それなのにここでその釘刺しについて言及するということは、万が一にでもそういう事態になり得る可能性がある、ととられても文句は言えない。
だが、そのことについて言及はしない。一夏のことだ、どうせそんなことを考えずに、ただ俺がシャルルを“脅した”ことに怒りを感じてこうしているだけだろう。この事実を突き付け、「お前は本当はシャルルのことを信用していないんだな」と言うのは簡単だ。そうすれば一夏にこの件について何か言う理由はなくなり、この話は終わりになる。
しかしそれでは意味がない。そんなことするのであれば、最初にやって早々に話を切り上げている。そうしなかったのは、全て、この次の言葉につなげるため。
「これは俺とシャルルの問題だ。お前に立ち入る権利も、そうされる謂れもない。だが……学園唯一の男友達がここまで言うんだ。少しは考慮しよう」
「じゃあ――」
一夏が目を輝かせる。
「今度の学年別個人トーナメントで、俺に勝ってみろ。それができれば、お前の言う通り、シャルルに言ったことは撤回しよう」
「な……」
一瞬輝いた一夏の目が、驚きに大きく見開かれる。
何を驚いているのだろうか。俺が、何の条件もなくシャルルの件を撤回するとでも思っていたのだろうか。
「いやなら別に構わないぞ。最大限の譲歩として、お前ではなくシャルルが俺に勝った場合でも撤回してやる。あいつも当事者だからな」
「……本当だな?」
「こんなことで嘘はつかない。お前たちに俺が負けるはずがないしな」
そんな安い挑発を受け、一夏はその眼に闘志を燃やして告げた。
「……約束だからな」
それだけ言うと、一夏は足早に部屋から立ち去って行った。
シャルルと相談して俺の対策を立てるのか、それともアリーナで特訓に励むのか。どちらにしても時間を惜しんで行動するのは正しい。今の一夏では到底俺を倒すには至らない。
これでいい。こんなにも早く一夏が接触してくるとは思わなかったが、そのおかげで予定よりも早くこの展開に持ってくることができた。あとはあいつらの頑張り次第だ。
俺のやれることはもうないし、もう一度のほほんさんのところに行くかな。さっきは途中で話切り上げてきてしまったし。
「それで~、おりむーの話ってなんだったの~?」
連絡を取り、再び顔を合わせたのほほんさんがまず尋ねてきたのはやはりそれだった。
「シャルルのことでな、ちょっと意見の相違があっただけだ。理屈だけの俺と、人道的な部分を踏まえる一夏のな」
「さっき友達に聞いたけど、おりむー、ちょぉ~真剣な顔してたってよ~。すーくん、何か言ったんでしょ~?」
「今度のトーナメントで、一夏かシャルルが俺に勝てたら俺の方が手を引いてやるって提案しただけだ。よほど譲りたくないんだろうな。トーナメントが楽しみだ」
そう言う俺に、のほほんさんが微笑ましいものを見るような目で言う。
「あー、すーくんってば、どうせおりむーたちが負けてもなんだかんだ言っておりむーに譲るつもりでしょ~。だったらそんなめんどーくさいことしなくちゃいいのに」
「やっぱりのほほんさんにはお見通しか。これは結果じゃなくて、過程が大事なんだ。あいつらには強くなってもらいたいからな」
五月末のクラス対抗戦の時のことを思い出す。その襲撃で、一夏は全身を火傷してしまった。襲撃者を倒すためにはそうするしかなかったと一夏は言っていたが、きっとあいつ自身も、もっと強ければ他に方法があったのではないか、と思っていたはずだ。
あのときは全身火傷で済んだか、次はどうなるかわからない。再び襲撃を受ける可能性がある以上、一夏には強くなってもらわなければならない。……あいつが死なないために。
そしてシャルルにも強くなってもらわなければならない。現時点で一夏の最も近くにいるのはシャルルだ。有事の際は、一夏のことを守ってもらわなければならない。
「この前の襲撃みたいなことがまたあったら、俺は自分とのほほんさんのことだけで精いっぱいになる。あいつらには自分の身は自分で守ってもらわないといけない。そのとき、死ぬ可能性をできるだけ減らしたいんだ。あいつらは、大事な友人だからな」
シャルルを脅したのもこの状況に持っていくため。もちろん、万が一シャルルが一夏に危害を加えることがないように釘をさす意味もあったが、よほどのことがない限りそんなことは起こらないだろう。この一週間、シャルルを見てきて俺はそう判断した。
だがそれを表に出さず、あえてシャルルを脅し、間接的に一夏をけしかける。あいつのことだからすぐに俺のところに来ると思っていたが、ここまで早く、しかも予定通りにいくとは嬉しい誤算だ。
これで一夏は俺を倒すために訓練を重ねるだろう。そうして身についた実力は、何かあった時、あいつの身を守る。
ついでに一夏が自分のために怒り、俺に文句を言いに行ったことがシャルルに伝われば、シャルルにとって一夏は自分のことを案じてくれる頼もしい存在になる。そうなれば二人の友情は強固なものとなり、シャルルが一夏を裏切る可能性は格段に下がる。一夏の身の安全はより確かなものとなる。
その代償が、俺が二人の敵になるということだけなのだから安いものだ。もともと、俺は学園中の敵だったからな。二人増える程度、大したことじゃない。
「でもぉ、そんなことしたらすーくん、おりむーに嫌われない~?」
「俺が嫌われるだけであいつが生き残れるのならいいじゃないか」
「すーくん、ちょ~悪ぶってる“ぎあくしゃ”だね~」
「偽悪者って初めて聞いたんだが。……まあ、綺麗ごとを吐くだけの偽善者よりはましだと思ってる。綺麗ごとを言うのなら、一夏みたいに本気でそれを成し遂げる気概がないとな」
あとは、シャルルがデュノア社と決別する覚悟を決めてくれれば最高なんだが。ついでに本当の名前も知りたいところだな。シャルルというのは明らかに男性名だから偽名だろう。なら本当の名前があるはずだ。
まあ、そのあたりはトーナメントが終わってからどうにかすればいい。それまでにシャルルの正体が他の奴らにばれなければいいんだがな。