Another IS ―もう一つのIS―   作:colorless

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第四十四話 終わりと、本当の始まり

 事件を終え、俺はIS学園の医療室のベッドで横になっていた。多少の怪我ならば先月利用した保健室で事足りるのだが、今回はそういうわけにもいかなかったようだ。

『トーナメントは事故により中止。ただし、個人データ指標の関係で全ての一回戦は行うものとする』

 それが今回の事件を終え、IS学園から送られてきた通達だった。あんなことがあったのだから、この対応は当然だろう。

 そんなことよりも、今日の試合の記録映像の方が俺には重要だった。

 IS学園では学園側が記録した試合の映像を生徒が閲覧することができる。自分の試合を見直すためや、強い生徒の戦い方を参考にするために。

 だが今回の俺の場合は違う。理由は前者に近いが、少し違う。俺が気を失っていた間に何があったのかを確かめるためだ。

 試合が開始してからしばらくして、映像の中の俺がシャルルの《灰色の鱗殻》に吹き飛ばされる。ここまではいい。俺の記憶と一致している。

 問題はここからだ。俺の記憶はここで一度途切れている。それにもかかわらず、俺は平然と戦い続けている。無意識の動きではない、明らかに意識があるとしか思えない動き。

 今月初め、山田先生と模擬戦をやったときのことを思い出す。あの時も、俺の体は俺の意思に反して動いていた。あれが今回も起こったということか?

「お前は……誰なんだ……?」

 無意識のうちに口からもれた問いかけ。それに答えるものなどいない――はずだった。

「あなたの暮らしを見つめる更識楯無と」

「布仏本音で~す」

 いた。しかも、二人。

「……何やってるんですか」

 記録映像を閉じ、上半身だけだが起き上がる。寝たまま対応するのは失礼だ。

「お見舞いに来てあげたんじゃない。いろいろ後始末を終わらせなくちゃいけなかったから遅くなったけど」

「すーくん、けが大丈夫~?」

「わざわざありがとうございます。怪我の方は大丈夫、とはお世辞にも言い難いですけど」

 先月の双剣者との戦闘のように全身怪我だらけというわけではないが、程度がひどい。いくつかの内臓が少なからずダメージを受けているらしい。さっき見た映像でも吐血してたから、軽傷なわけがないが。

「《灰色の鱗殻》をまともに受けたんでしょ? 起き上がれてるだけでも僥倖よ」

「そうですね」

 起き上がれるだけでも。今、会長はそう言ったが、実際のところは『生きているだけでも』だろう。

 のほほんさんには神王の秘密――絶対防御が備わっていないことは教えていない。俺のことで心配をかけたくない。会長もそんな俺の気持ちを考慮して、そのように表現したのだろう。

 数日は食事も点滴らしい。胃も多少痛めているため仕方ない。それだけで済んだと考えれば大したことではないだろう。

「来月初めには臨海学校があるけど、それまで治りそうかしら?」

「全快とはいかないと思いますけど、食事はできるようになると思います」

「それはよかったわ。旅館で出される食事、おいしいから食べ損ねたりしたら後悔するわよ」

「楽しみにしておきます」

 そういえばそんな行事もあったな。臨海学校と言っても、ISの各種装備試験運用とデータ収集が目的なのだが。

「それで、一つお願いがあるんだけど」

「何でしょうか?」

 改まって会長が俺に頼みごとをするとは珍しい。大抵のことなら俺に頼むよりも、自分でやった方が効率いいだろう。それでも俺に頼むということは……。

「臨海学校の一日目って到着したら自由時間でしょう? 毎年、近くの海で海水浴するのが通例なんだけど、簪ちゃんと水着買いに行ってもらえないかしら。あの子のことだから水着なんて用意してないでしょうし」

 やはり妹関連か。この姉妹、関係がうまくいってないからな。姉本人が出るよりも、他の人間の方がいいわけだ。

「俺も水着は買おうと思ってたんでいいですけど、俺なんかよりのほほんさんの方が適任じゃないですか?」

 水着、しかも女性ものなんて俺は全く知らない。のほほんさんなら俺よりも知識があるだろうし、昔からの顔見知りだ。何と言っても同じ女子なのだからいろいろと楽だろう。感性は少し独特だが。

「そうなんだけど……簪ちゃん、本音ちゃんのことあんまり得意じゃないみたいなのよね。もちろん嫌いというわけではないでしょうけど」

「え~。そうなのぉ?」

 申し訳なさそうな会長にのほほんさんがものすごく残念そうな表情で尋ねる。のほほんさんは更識のことが好きなのだから、残念そうなのはもっともだ。

「だから嫌いなわけではないのよ。でも簪ちゃんとあなたでは性格が全く違うでしょう? 本音ちゃんだって、織斑先生みたいな人とずっと一緒にいたら疲れない?」

「う~……」

 会長の言ったことを想像したのか、のほほんさんが眉間にしわを寄せる。あの織斑先生とずっと一緒にいるなんて俺ですら気疲れすることは間違いない。それがのほほんさんなら、尚更だろう。

「人によってね、生きているスピード――思考とか行動とか、そういうものの速さは結構違ってるものなのよ。本音ちゃんは、自分が周りよりもスピードが遅いことわかってるでしょ?」

「はいぃ……」

「そして、人は自分の生きるスピードと同じ人を好むのよ。その方が自分も相手も気疲れしないから」

 会長の言葉を聞いてしょんぼりとするのほほんさん。自分が更識と一緒にいることが更識の負担になっていると思っているのだろう。今の説明を聞けばそう思うのも当然だ。

 だが――

「でもね、それだけじゃ駄目なの。同じスピードの人たちとばかり関わっていては、停滞しか起こらない。勉強とかと一緒よ。周りが自分と同じくらいの成績だったら、現状に甘んじてしまうでしょう? それだと進歩は生まれない。いつまで経っても変化は起こらない」

「自分と異なるスピードの人と接することが刺激になる。そういうことですね」

 落ち込んでいるのほほんさんの頭を撫でながら、口を開く。それに対して会長は「その通り」といつの間にか取り出した扇子を開いた。そこには『ご名答』と達筆な文字で書かれていた。

「スピードの速い人と接することで自分を引き締める。逆に、スピードの遅い人と接することで力を抜いて安らぐ。いわゆる『メリハリ』というものね」

「だからのほほんさんは今までのように更識と接してやればいい。のほほんさんとの関わりが、更識にとっての癒しになるはずだから」

 もちろん、度が過ぎてはいけない。楽器の弦と同じだ。締めすぎても、緩めすぎてもいい音は出ないのだから。

 だが大丈夫だろう。それを無意識的にだとしても知っているからこそ、更識は進んでのほほんさんと関わろうとしないのだろうから。のほほんさんのゆったりとした雰囲気が苦手なのもあるだろうが。

「簪ちゃんだけじゃないわよ。私や明弘くん、他の人にとってもね。だからあなたは普通のままでいいのよ」

 のほほんさんに向かって微笑む会長。たしかに、この人も生きるスピードがものすごく速いだろうからのほほんさんのような癒しは必要だろう。

「うー、わかった。私がかんちゃんのいやしになる~!」

「そこまで意気込まなくてもいいわよ。自然体でないと意味がないからね」

「あ~い」

 のほほんさんもすっかりいつもの雰囲気に戻ったようだ。彼女に暗い雰囲気は似合わない。

「話が逸れちゃったけど、簪ちゃんの件、お願いできるかしら?」

「ええ。別に構いませんが」

「わたしも行く~」

 挙手をしてのほほんさんが宣言する。俺と更識の二人だけよりも、のほほんさんがいてくれた方が俺もかなり助かるのでぜひお願いする。

「じゃあお願いするわ。……さてと、お見舞いもお願いも終わったし、私たちはそろそろお暇しましょうか。明弘君の検査も始まるでしょうし」

「あ~い。すーくん、じゃあねぇ」

「わざわざありがとうございました」

 お見舞いに来てくれた礼を述べると、会長は「こちらこそ」と答えてドアの向こうに消えていった。のほほんさんもそれに続いて退室する。

 一人になった俺は検査が始まるまでの間、休むために横になり目を閉じた。

 

 

 

「すーくん、元気そうでよかったですね~♪」

 医療室を後にした本音は隣を歩く楯無に嬉しそうに言う。

「そうね。もっとも、絶対防御のおかげでよほどのことがなければ最悪の事態にはならないでしょうけど」

 嘘だ。自分の言葉に、楯無は内心で呟いた。

 明弘の専用機である神王には絶対防御は備わっていない。つまり、よほどのことでなくとも、最悪の事態に陥ってしまう可能性が高いことを楯無は知っている。

 だがその事実を隣にいる少女に伝えることはできない。それが明弘の望みであるからだ。

 本音に心配をかけたくないがためにこのことを秘密にしている明弘。もし本音に知られれば、彼が本音との距離をとってしまうだろう。彼女に心配をかけさせないために。それは避けたかった。

 本音のためにも、そして明弘のためにも。

「本音ちゃん、さっき話したこと覚えてる?」

「ふぇ? あー、生きるスピードの話ですか~?」

「ええ。さっきは簪ちゃんとあなたの関係について話したけど、今からちょっと明弘君とあなたの関係について話すわよ」

 明弘の名前が出た途端、心なしか真面目そうな表情になる本音。とはいえ、他の人よりもワンテンポ遅く、いつもののんびりとした笑顔のままにも見えなくはないのだが、付き合いの長い楯無にはわかった。

「あなたたち、よく一緒にいるわよね。学校の中だけでなくて、食事とかも。……ああ、休日にはたまにでかけてるのだっけ」

 以前彼女が話していたことを楯無は思い出す。一緒にケーキを食べた、お菓子をたくさん買った、と嬉しそうに話していた彼女の笑顔を。

「そうですよ~。生徒会の用事とかなければ~」

「一緒にいて疲れたりしない?」

「ぜーんぜん♪」

 断言する本音。それが嘘ではないと楯無にはわかっていた。

 学園内でたまに見かける二人は、とても楽しそうだ。本音が楽しそうなのはもちろん、明弘も本音の独特のテンポに振り回されることもなく、当たり前のように接している。

 先ほど楯無が言った通り、本音は他の人間に比べて生きているスピードが遅い。それは本人も認めるところである。それに加えて少々変わった感性も持ち合わせているため、周囲の人間は彼女に振り回されることも多い。

 では何故明弘は本音に振り回されることなく平然としているのか。

 明弘が本音と同じく、常人とは異なる感性を持っているためか。間違ってはいないだろう。彼の思想や考え方は少し特殊だ。

 だがそれだけではない。おそらく――

「気を張り詰めすぎてるのでしょうね」

「誰がですかぁ?」

 楯無の口からこぼれた言葉を、本音が聞き返す。

「明弘くんよ。彼がどうしてあなたと一緒にいるのか、考えたことはない?」

「ん~、それがふつうだと思ってましたから~」

 人間、当たり前だと思っていることはなかなか改めて考えるということはない。楯無もそこを非難するつもりはなかった。

「他の人よりものんびりしているあなたと、彼がいつも一緒にいる理由。なんだと思う?」

「さっきの、『めりはり』ですか~?」

 先ほど、楯無が医療室で口にした単語を本音は出した。

 のんびりしているが、本音も馬鹿ではない。それどころか、たまに核心を突いてくることすらあるほど。

「そう、あなたみたいな人と接することで、気を緩めて安らぐ。それはどんな人間にだって必要なことなのよ」

 いつまでも気を張り詰めていられる人間などいない。学園最強と目される楯無ですら例外ではない。ならば明弘も当然、気を張り詰め続けられるわけがない。

 どこかで気を緩めなければ、いつかプツリと切れてしまう。それを避けるために、明弘は本音との交流を求めているのだろう。意識してか、無意識なのかはさておき。

「でも、何事もやりすぎはいけないの。過ぎたるは猶及ばざるが如し、ってね」

 気を緩めすぎてしまえば、元に戻らなくなる。気を張るという感覚を忘れ、緊張感を持つことができなくなってしまう。にもかかわらず、明弘は本音といつも一緒にいる。それでも、気が緩まりきっている様子は見られない。

 それはきっと、彼が気を張り詰めきっているからだ。他の人間よりも強く。言ってしまえば、日常的に重度の緊張状態になっている。彼と出会ってからの関わりで、楯無が出した結論だった。

 明弘は誰と接する時も壁を作っている。いや、この表現は正しくないかもしれない。身構えている、といった方が適切だろう。

 まるで誰も信用しないような、手負いの獣のような警戒心。誰かと話している明弘からは、いつもそれが滲み出ていた。それは楯無本人に対しても。巧妙に誤魔化しているためにほとんどの者が気づいていないが。

 唯一の例外が今、楯無の隣を歩く少女。この少女と話す時だけは、明弘も心を開いているように見える。

 楯無の知る限り、明弘の心を癒すことができるのは本音だけ。自分ではない。だが、それを楯無が口にすることはない。

「彼が拒まない限り、一緒にいてあげなさい」

 本音が自分で気づかなければならないことだからか。

「明弘くんのためにも、ね」

 わかっていながらも、自分では明弘を癒すことができない、歯痒さからか。

 

 

 

「…………」

「…………」

「…………」

 俺は内心溜息を吐いた。

 つい先ほど検査が終わり、自室へ戻る許可が下りたので寮へと戻ってきたのだが、自室への道中であまり歓迎できない遭遇が起きたのだ。……一夏とシャルルとの。

 可能性を考えなかったわけではない。だが、決して狭くはない寮の中で鉢合わせる確率など低いだろうと思っていた。俺の自室と二人の部屋の方向が同じではなかったことも一つの要因だ。

 二人は……風呂上りだろうか。顔がわずかに上気している。

 検査の後に今日は特別に男子が大浴場を使用できるという連絡は受けたが、あまり風呂に興味がなかったことと怪我した体で公衆の大浴場を使う気がしなかったこともあり、あまり気にも留めていなかった。

 シャルルは女子なのだから一夏と一緒に入ることなんてありえないはずなのだが、そんなことは知ったことじゃない。交互に入ると怪しまれるから一緒に入ったとかそんなところだろう。大浴場は広いから互いに目につかないように入ることだってできる筈だ。

「……体は、大丈夫なのか」

 言葉を交わすことなく二人の脇をすり抜けようとしたところで、一夏が俺に尋ねてきた。

「大事無い」

 ボーデヴィッヒの暴走事件のときは非常事態だから仕方なかったが、俺は二人にとって敵だ。あちらだってそう思っているはずだから関わってこないと思っていたのだが、 それでも心配をするのが一夏という人間か。

「話はそれだけか。なら――」

「待って」

 俺の言葉を遮ったのは、一夏ではなく、その隣に立つシャルルだった。

「少し、話があるんだ。……二人だけで」

 まっすぐ俺を見つめながらそう告げるシャルル。その声音は真剣そのものだった。

「おい、シャルロット」

 シャルルの言葉に、隣の一夏が驚いたように彼女の方を見る。その様子からシャルルの行動は彼女の独断だということが分かった。

「大丈夫だよ一夏。先に部屋に戻ってて」

 シャルルにそう微笑みながら告げられ、一夏はそれでも不安そうに俺の方を見た。俺と二人にするのが心配か。

「よほどのことがなければ何も手は出さない。約束する」

「……わかった」

 渋々だが一夏は頷き、一度シャルルの方を見てから自室の方へ去って行った。

 今の口約束を俺が守らない可能性を考えなかったのだろうか。もし俺がシャルルを殺したりしても、死人に口なしだ。いきなり襲われた、とでも何とでも言いつくろうことは可能だ。もちろん、そんなことをするつもりはないが。

「……場所を移すか」

 シャルルが俺と二人で話すようなこととなればあまり周りに知られたくないことだろう。一夏にも知られたくないこととなればなおさらだろう。

 だが、俺の言葉に対するシャルルの答えは否だった。

「ここでいいよ。すぐに終わるし、もし誰かに聞かれても大して問題ないから」

 あまり一夏には知られたくないけど。そう言う彼女に、俺は話を切り出した。

「それで、話はなんだ」

「……明日、全部公表しようと思ってるんだ」

 全部――シャルルの素性についてか。

「さすがに過去のことは出さないけど、僕がここに来た経緯は包み隠さずに」

「自分は女だと、デュノア社のスパイだったと。それを公にして、どうするつもりだ」

「僕は何もしないよ。あとは全て、勝手に決まっていくだろうから」

 まあそうだろう。そんなことが公になれば、シャルルにもそれなりの処分が下されるだろう。少なくとも、この学園にいることはできない。フランスに強制送還されるだろう。それ以降も、お咎めなしというわけにはいかないはずだ。

 誰かに聞かれても問題ないというのはこういう理由か。明日にも公になるのだから、今知られようが大して問題ではない。一夏には知られたくないというのも、奴に心配をかけたくないからだろう。

「以前も言ったが、俺はお前のことを公表するつもりは微塵もない。お前が俺に敵対する姿勢を見せなければ、表立ってとはいかないが、陰ながらお前の秘密が守られるように助力してもいいと思っていたのだが」

「それじゃあ駄目だと思ったんだ。このまま僕のことが知られれば、明弘や一夏に迷惑がかかる」

「……お人好しだな。一夏はともかく、俺のことなんて考える必要ないだろう。逆に脅された仕返しとして、道連れにしてもおかしくないだろうに」

 むしろそう考えるのが普通だ。俺ならそうする。

「ただ馬鹿なだけだよ。……これを明弘に伝えたかったんだ。時間とらせてごめんね」

 そう言って去っていこうとするシャルル。その背中に、俺は一つの質問を投げかけた。

「公表するのは、明日の朝か?」

 シャルルは足を止め、振り返ることなく小さく頷いた。

「そうか。お前の覚悟はよくわかった。シャルロット」

 先ほど話している表情でわかった。先ほどの話は俺を騙そうとしての嘘ではなく、彼女の決心だということが。

 さて、そうなると俺も動かないわけにはいかないな。

明日の朝まで、か。元々動くつもりだったから慌てることはないが、とにかく時間がない。すぐにでも動かなければならない。

 俺はシャルルとは逆の方へと歩き出す。背後でシャルルがこちらを振り返ったような気がしたが、それに構っている暇はもうなくなった。

 ポケットの中から携帯端末を取り出し、とある人物へと連絡を取る。こんな夜に連絡するのはいささか非常識だが、そうも言ってられない。

 幸い、数回の呼び出し音の後、目的の人物は出てくれた。

「こんな時間にすみません。少しお時間いいですか? 急ぎの要件なんですが」

 

 

 

「シャルロット・デュノアです。皆さん、改めてよろしくお願いします」

 翌日の朝、シャルル改めシャルロットの登場によって教室は騒然となった。今まで男子だと思っていた人物が実は女子だった、なんてことになれば当然のことだ。

 教室の中で驚いていないのは昨日事情を説明されている俺と、教師陣だけだ。一夏も事情は知っていたが、こんなことになるとは思っていなかったようだ。他の女子と同じように、驚きの表情だ。

「ああ、また寮の部屋割りを組み立てなおさないと……」

 そう憂いの嘆きを漏らす山田先生。ご愁傷様としか言えないが、その山田先生の言葉に俺は内心安堵のため息をついた。

 部屋割りを組み直す。つまり、シャルロットが学園に残るということだ。そうでなければ、シャルルがいなくなって一夏が一人部屋になるだけなのだから。

「デュノア君が女の子……? え、だって……」

 女子の一人が不思議そうな声を上げる。シャルロットが女子だったとしても、なぜ男だと偽っていたのかを疑問に思ったらしい。

 それに答えたのは、シャルロットではなく、今まで沈黙を保っていた織斑先生だった。

「デュノアには、男子生徒の心労軽減を図るテストとして男子生徒として学園に入学してもらった」

「えっと、それはどういうことでしょうか?」

 先ほどの女子が織斑先生の言葉に質問する。

「このIS学園には男子生徒が二名しか在籍していない。周りが異性ばかりというのは男子生徒たちに精神的な負担をかけているということで、試験的に転入生のデュノアを男子生徒として迎え、男子生徒の負担が軽減されるかどうかを調べることになった。無論、このことについて教師及び男子生徒には予め周知されている」

 男子と偽って学園に潜入してきたと知られれば、シャルロットは相応の責任を取らされる。それを回避するためには、何か別の理由を用意してしまえばいい。言葉にすれば簡単なことだが、実際にそれを実現するのは骨が折れた。

 昨夜、シャルロットと別れた後にすぐ織斑先生に連絡を取り、事情を説明した。シャルロットが実は女子であること、そして“俺の要望で”男子と偽ってIS学園に来たと。理由は先ほど織斑先生の言っていたのと同じだ。無論、最後の『周知されている』というのは嘘だが。

 本来であれば、俺の要望で偽っていたとしても、許されることではない。そこで、俺は二つ手札を切った。

 一つ目は俺が束さんと知り合いであること。織斑先生からすれば大したことではないが、それ以外の教師や学園関係者からすればそうもいかない。束さんはISのコアを作れる唯一の人物だ。学園としては、小さなつながりだとしてもなくしたくはないだろう。

 だがこれだけでは弱い。つながりという点でいえば、学園は織斑先生という強力な存在をすでに有しているのだ。だから、俺はもう一つの手札を切った。

 もし、シャルロットのことが公になれば、その潜入に気付くことができなかったIS学園の警備態勢が問題視されかねない。先月の襲撃事件に続いて不祥事が公になると学園としても好ましい状況ではないだろう。だが、俺の説明通りにしておけば、学園としても『シャルロットが女子だと分かった上で男子として通わせていた』ということにできる。そう“提案”したのだ。

 俺の言うとおりにしても、学園には特に不都合は出てこない。逆に受けれなければ学園の評判を落とすことになる。合理的な判断ができる組織であれば受け入れるだろう。生徒の言うことを聞かねばならないというのが気に入らないとしても。

 そんな俺の考え通り、IS学園は俺の提案を受け入れた。シャルロットの存在は、学園公認のものとなった。言葉で表現すればそれまでだが、実際はとても厳しいものだった。言ってしまえば、あの織斑先生に半ば脅しをかけているようなものだ。俺の提案を受けなければ、学園の評判を落とす。そう受け取られても仕方ないのだから。

 だが、織斑先生は何も言わずに俺の提案を承諾し、夜だというにもかかわらず学園の全職員に通達してくれた。

「お前の意見を受けるかどうかの決定は早くて明日の朝になるだろう」

 そう織斑先生は言っていたが、織斑先生が動いた時点でほとんど決定したようなものだった。あとはそれがシャルロットが自分の秘密を公表する前に決まるかどうか。そこが少し心配だったが、うまくいったようだ。

「…………」

 織斑先生の言葉に一番驚いたのはシャルロットと一夏だった。事実とは異なることを発表されたのだから当然。

 その二人はすぐさま俺の方へ視線を向けた。この状況にできるのは俺くらいだ。真っ先に俺を怪しむのが普通だ。

 ただこのまま俺の仕業だとばれるのは少し癪なので、適当に場をかき乱してしまおう。

「あー、そういえば、昨日は男子が大浴場使ったんだよな。俺は入ってないけど」

 いつもよりも少し大きめの声でそう言いながら、のほほんさんに視線を飛ばす。

「昨日はすーくん医療室でけがの手当てしてたもんね~」

 ナイスアシスト、のほほんさん。実際は大浴場を使用する時間はあったのだが、それをぼかして言ってくれた。医療室で治療されていたのは事実だし。嘘は言っていない。

「ということは、一夏とシャルロットの二人だけの貸切だったのか」

 そんな俺の一言で、教室の空気――特に一部分――が凍り付いた。

「ちょ、明弘!?」

 一夏が何やら俺に抗議しようとしたが、それよりも先に教室の扉が盛大な音を立てて吹き飛んだ。

「一夏ぁっ!」

 そこから現れたのは甲龍を展開させた凰。その顔は怒りに染まっていた。

「死ねぇぇっ!」

 死刑宣告とともに両肩の《龍砲》が発動する。一夏も慌てて白式を展開しようとするが間に合わない。

 そんな絶体絶命の一夏を救ったのは、漆黒のISをまとったボーデヴィッヒだった。

 AICによる衝撃砲の相殺。どちらも空間干渉兵器だから、比較的簡単だったのだろう。

「た、助かったぜ。サンキューな」

 状況についていけていないのか、今まで自分を敵視していた相手が自分を助けたことに疑問を抱かずに素直に礼を言う一夏。それに対する返答は、言葉ではなく……突然の口付けだった。

「お前は私の嫁にする! 決定事項だ! 異論は認めん!」

 誰もが呆然とする中で、ボーデヴィッヒはそう宣言した。まったくもって理解できない。

 適当にこの場の意識を一夏に向けさせて有耶無耶にする予定だったのだが、これはその程度ではすまない気がしてきた。

 そんな俺の予想が正しいことはすぐに証明された。すでにISを展開している凰だけでなく、セシリアも……挙句の果てにはシャルロットすらもそれぞれのISを展開して一夏と元へ向かっていったのだ。ついでに日本刀を構えた篠ノ之も。

 一機だけでとんでもない力を発揮するISが計五機一か所に集まった。それだけでかなり非常事態だ。普通ならば同じ場所にいる篠ノ之は巻き添えになってすでに生きていないほどに。……化け物か、篠ノ之。

 まあ、予定とは違ったが何とか誤魔化せたみたいだし、良しとしておくか。一夏も、このまま放っておいても死にはしないだろうし。

 あいつらがヒートアップしてこっちに被害が及ぶ前に避難しておくか。のほほんさんと。

 手招きをするとのほほんさんはこんな状況だというのにいつも通りのんびりとこちらにやってくる。

「どうしたの~?」

「いや、この状況なら避難するとか思わないのか?」

「もしものときは~、すーくんが助けえくれるでしょぉ?」

「まあそのつもりだが」

 それにしてものんびりしすぎではないだろうか。それだけ俺のことを信じてくれていると考えれば、嬉しいことではあるが。

「そういえば、さっきは話し合わせてくれて助かった」

 凰の乱入は俺の仕組んだことではなかったから何もしなくとも今と似た状況にはなっただろうが、それでも俺の意図を酌んでくれた礼は言うべきだろう。

「すーくんのことなら、なんでも、てにとるよーにわかるからねぇ」

 えっへん、と自慢するのほほんさん。何でも、というのはさすがに誇張だろうが、この学園で一番の俺の理解者であることは間違いないだろう。

「今度買い物行くときに、何か買おうな」

「やった~。すーくんと食べに行きたいところがあったんだぁ」

 そう言ってにっこり笑うのほほんさんを頭を撫でつつ、一夏たちの方へ目をやる。

 こんな風に和んでいる場合ではないのかもしれんが、どうせすぐに織斑先生が鎮圧してくれるだろうから傍観に徹する。下手に手を出してせっかく逸らした意識を自分に戻すつもりはない。

 そんなことを考えたのをほぼ同時に、一夏の悲鳴にも似た叫びがこだました。

 

 

 

 

「どういうつもりなの?」

 部屋に少女の声が響く。その声には隠しようもない怒りが宿っていた。

 濡れ羽色の長髪と同色の双眸が、鋭く目の前の男を睨み付ける。氷のように冷たい激情が、男に突き刺さる。

 だが、全身を灰色のローブで覆った男――ルーザーはまるで気にした様子もなく口を開く。

「どういうつもり、とは?」

「白々しい。あなたがIS学園に双剣者を仕向けたことはわかってるの。どうして、あそこと事を構えるような真似をしたのかしら」

「問題ない。双剣者には活動が停止する直前に自身のデータを破壊するよう仕組んでおいた。俺たちのことがばれることはない未だにIS学園からの接触がないのが証拠だ」

 そう事も無げに告げるルーザーに、これ以上何を言っても無駄だと悟った少女は話を切り替える。

「だとしても、どうして“彼”の存在を私たちに隠していたの?」

「隠していたわけではない。だが、わざわざ教えてやる理由もなかった。それだけだ」

 先ほどよりも強い声音で問う少女。それでも、ルーザーは平然として答える。

 目の前の少女が須藤明弘のことを探していたことを、ルーザーはよく知っている。厳密にいえば、今、『須藤明弘として生活している少年』を。

 それを知っていながら、男は少女に何も告げることはなかった。教える理由がなかった、と男は言ったが、それは真実であり、同時に真の目的ではなかった。

 だが、それを男が口にすることはない。

「このタイミングというとは、大方、学年別トーナメントの映像を見たのだろう。それならわかるはずだ。須藤明弘はやつの足元にも及ばないと」

 さり気なく話をそらすルーザー。それに気づくことなく、少女は男の問いに答えた。

「……それは記憶をなくしているからでしょう。記憶が戻れば、きっと」

「そうかもしれないな。ならばどうする。須藤明弘を無理矢理連れ戻すか」

 それがどれだけ無謀なことか、わかりきっていた。

 IS学園は何十機という数のISを保有しており、有事の際にそれを操る教師たちも手練ればかり。そこに専用機持ちの生徒たちを含めれば、一つの国すら容易に滅ぼしかねないほどの戦力になる。特に、今年は第三世代型の実験機が数多く投入されている。その戦力は例年以上だ。

「それに対して俺たちの戦力は三人。無人機どもを総動員しても厳しいだろう。それに、先ほどお前も言っていただろう。IS学園と事を構えるのは避けるべきだと」

 ルーザーの言葉に少女が口を閉ざす。

 戦力的にも劣っている。仮に戦力が五分でも、IS学園と敵対するのは危険だ。

 IS学園には各国のIS操縦者候補たちが在籍している。そんなところと敵対することになれば、学園に在籍している生徒たちの国も黙ってはいないだろう。

 ルーザーたちの方にもある程度の人脈があるとはいえ、学園を襲撃してしまえば悪は少女たちの側だ。最悪、人脈すら失いかねない。そうなったらもし目的を達しても無意味だ。

「IS学園に須藤明弘の身柄を寄越すように要請するのも難しいでしょうね。そもそも事情が事情だもの。『須藤明弘は記憶を失っているがこちらの人間だから差し出せ』なんて言い分、信用されるわけがない」

「方法がないわけでもない」

 思考の海に潜りかけた少女の耳に届いたのは目の前の男の言葉だった。

「どういうこと?」

「言葉どおりの意味だ。戦力の差も埋めつつ、IS学園を敵に回さない方法が一つ、あるにはある」

「……教えてくれないかしら」

 ルーザーの都合のよすぎる言葉に疑念を抱きながらも、それに頼るしかない少女。それに対してルーザーは答えた。

「来月の頭、六日から八日までの間IS学園の一年生は校外実習を行う。その間は、単純に考えて戦力は三分の一になる」

「どこからそんな情報を……でも、そうだとしても襲撃してしまえば――」

「須藤明弘が一人でいるところを狙えばいい。その上で狙いは須藤明弘だけだと明言すれば、IS学園を敵に回す可能性は低くできる」

「それは、そうかもしれないけど……」

 どうやって彼が一人でいるところを狙うのか。そんな都合のいい状況など作り出せるのか。そんな少女の疑問に、ルーザーは即答する。

「校外実習の二日目、そこを狙え。俺の予想が正しければ、そこで一つ騒ぎが起きる」

「……何か仕掛けるつもりなの」

「いいや、俺は何もしない。今回はただの傍観者でいさせてもらおう」

 先月末にIS学園を襲撃した男の言葉を信じることなど出来ず、少女は疑いの目を向ける。しかしローブの隙間からのぞき見える男の表情は変わることはなかった。

「今の須藤明弘ならお前たちで十分だろう。俺が動く必要はない」

「ええ、そうでしょうね。せっかくありがたいご助言をいただいたのだから参考にさせてもらうわ。……もし、何か企んでいたら承知しないわよ」

「その時はご自由に」

 小さく笑いながら答えるルーザーに、少女は心の中で悪態をついて部屋から出ていった。

 そして――

「本当の意味での始まりは、ここからだ」

 他に誰もいなくなった部屋で男は呟く。

「須藤明弘というイレギュラー。俺たちという不穏分子の介入」

 誰にもわからない、この男だけが知り得る言葉を。

「これが、どんな結末につながるか」

 

 その答えは、男にもわからない。

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