Another IS ―もう一つのIS― 作:colorless
あれは、シャルロットが自らの秘密を公表した、その数日後のことだ。
ドアを開けると、そこには黒髪の少年と金髪の中性的な顔立ちの少女。その二人の姿を確認して、俺はドアを閉め――
「いやいやいや、無言で閉めようとするなよ!」
ようとしたが、扉を手で押さえられ、それはかなわなかった。
「……何の用だ」
仕方なく扉を開き、用件を尋ねる。
「シャルロットの件なら俺はもう何もしない」
シャルロットが女子だということが公表された以上、ここで変な動きをすれば俺が何もせずとも疑惑の目がシャルロットに向けられる。そもそもシャルロットがそんなことをするやつでないことはわかっていた。あれは二人をけしかけるための方便で、今となってはどうでもいいことだった。
「それが要件なら、もう話すことは何もない」
「いや、その件も含めて、お前と話したいことがある」
そう告げる一夏の目は真剣だった。その隣のシャルロットも、同じく真剣な表情を浮かべている。
俺は二人にとって敵のはずだ。俺自身がそうなるように仕向けたのだから。そんな俺と話すことなど、ないはずなのに。
「……わかった。入れ」
二人を部屋に招き入れる。シャルロットの件も含めて、ということなら他の奴らに聞こえない室内でやった方がよさそうだ。
「……で、話とは何だ」
椅子に腰かけ、二人と対峙する。シャルロットはいなかったが、それはまるで一夏と敵対することになったあの時を彷彿とさせた。
「のほほんさんから、全部、聞いた」
その一言で、俺は事態を察した。
のほほんさんが話した。
何を……俺が二人と敵対した理由を、だ。
何故……俺たちの関係修復を図るためだろう。のほほんさんが何も考えずにただ話したとは思えない。自らが話すことが、そのきっかけになる。そう考えたのか。
二人にばらしたのは自分。つまり、俺に責められるべきは自分。そういうことか。
……どっちが偽悪者だよ、のほほんさん。
思わず苦笑しそうになるのを抑える。もちろん、彼女を責める気はさらさらない。彼女に余計な気を使わせてしまった自分に責はある。
とりあえず、今はこの二人だ。
「どうしてだよ。……どうして、こんなこと」
「人が成長するのには目標が必要だ。明確な理由があればなお良い。それだけのことだ」
のほほんさんから全て聞いている以上、誤魔化すことはできない。正直に話す。
「目標は俺を倒すこと、理由はシャルロットへの脅迫を撤回させること。その二つがあればお前たちも普段以上に訓練するだろう。そうして培った技術や経験は、お前たち自身を守ることになる」
「だからって、お前が悪役になる必要はなかっただろう! 別の方法だって……」
「ああ、別の方法もあっただろう。だが、トーナメントまでの期限が少なった以上、時間を無駄に浪費することは避けたかった。訓練に割く時間が短くなれば、それだけ実力も付きにくくなる」
それでは意味がない。今回のことは、二人に実力を養ってもらうためなのだから。
「それよりも、どうする? 理由がどうであれ、俺がシャルロットにやったことは脅迫以外の何物でもない。道義上も、法律上も許されないことだ」
俺の行いはほぼ確実に脅迫罪になる。二人には俺を学園の教師なり、政府なりに突き出す権利がある。
だが――
「もともと今回のことは僕が発端だからね。明弘だけを責めるつもりは全くないよ」
シャルロットはそう答えた。
「どうせ、シャルロットに危害を加えるつもりはなかったんだろ? シャルロットが変なことするようなやつじゃないって、お前がわからないとは思えないからな」
「……馬鹿だな、お前たちは」
本当に馬鹿だ。この二人は。お人好しにもほどがある。
「それに、わかってるんだよ? 明弘が、僕のために手を回してくれたんでしょ?」
「何の話だ」
「とぼけても無駄だ。シャルロットが学園に来た理由を別に用意するなんて、お前じゃなければ誰がやれるんだよ」
「…………」
「それも、僕が秘密を公表するって明弘に行ってから一晩しか経ってない。それなのにあそこまで手を回せたってことは、もっと前から計画を練ってたってことだよね」
「素直じゃないよなあ。俺の友達の弾が言ってたけど、そういうのツンデレ? とかいうらしいぞ」
「いやそれは違うと思う」
思わず言い返してしまう。あまりそういった本を読まないから詳しくはないが、ツンデレってそんな意味ではなかった気がする。
「…………」
「…………」
「…………」
変な沈黙。俺、何か変なこと言ったか?
「ぷっ」
その沈黙を破ったのは、一夏の吹き出すような笑いだった。
「あははははっ! 冗談だよ、冗談」
「……ちょっとアリーナに行くぞ、一夏。訓練をつけてやる」
イラッとしたので一夏にそんな提案をする。本人としては、自ら言っている通り、場を和ませるための冗談だったのだろうが、俺としてはそれなりには真面目に話していたのだ。
「これでお相子だ」
してやったり。そんな顔の一夏の言葉の意味を俺は理解した。
シャルロットの件で口論になったとき、俺は一夏をけしかけるためにわざと怒らせるようなことを言い続けた。今のはその意趣返しということか。どう考えても、俺がやったことに比べて、なんてことはない程度のものだろうに。
「お前からしたら、不甲斐ない奴だろうけど……これからも、よろしく頼む」
「……本当にこの学園は変わり者ばかりだな。俺なんかと関わろうとする酔狂がこんなにも多い」
「明弘に言われたくないよ。学園屈指の変わり者なんだから」
そう言って微笑むシャルロット。こいつも一夏と同じか。
「まだ信用されきってないとは思うけど、よろしくしてくれると嬉しいな」
どいつもこいつも……。
まあ、変わり者同士で仲良くやるのも面白いか。現に、二人と過ごした時間は楽しいものだった。
「……こんな捻くれて、根性の曲がってるやつでよければ」
握手でもしておくか。そう思い手を伸ばす。
「ん? ああ」
一夏も手を前に出すが、その手は握手のそれではなかった。
「こっちの方が俺たちらしいだろ」
一夏が握り拳をこちらに向ける。その顔はとても晴れやかな笑顔だ。
「それに、僕だけ仲間外れにするつもり?」
そう言いながら、シャルロットも一夏の隣に握り拳を出す。
シャルロットの言う通りだ。握手では一人としかできない。両手を使えば二人同時にできるが。
俺は、二人の拳に自らの拳を軽くぶつけた。
その後、
「さて、さっきも言った通りアリーナ行くぞ」
「え? アレ冗談じゃなかったのかよ」
「仲直りの証に訓練をつけてやる。まだまだお前は弱いからな。シャルロットも手伝え」
「わかった。二人で一夏を鍛えようか」
「いやいや、俺だって結構強くなっただろ?」
「おいおい冗談きついぞ。冗談じみてるのはその鈍感さだけにしておけ」
「俺のどこが鈍感だっていうんだよ。反射神経とかいい方だぞ」
「そういうところが鈍感だって言ってるんだよ。なあシャルロット」
「わけわからん。って、なんでシャルロットも頷いてんだよ。明弘の言ってることわかってるのか?」
「ふふっ、一夏のばーか」
そんな会話をしながら、俺たちは部屋を後にした。
「すーくーん。すーくんってばぁ」
「ん?」
ふと自分の横から声をかけられていることに気づき、そちらに視線を向けた。
誰か、なんて疑問は存在しない。この間延びした声も、俺のことをすーくんと呼ぶのも、一人しかいない。そう、布仏本音譲だ。
「どうしたの? 気分悪い~?」
「いや、この前のことを思い出してただけだ」
二週間ほど前の、一夏とシャルロットとの出来事。自分でも気づかないうちに、その出来事について思い出してしまっていたらしい。もしかしたら、うたた寝でもして見た夢だったのかもしれない。
「おりむーたちのことかなぁ?」
「よくわかったな」
「だって、すーくんが静かになったの、おりむーの話題になってからだもん」
「なるほど」
よくもまあそこまで推測できる。一夏の話題になったからと言って、俺がそのことを考えるとは限らないだろうに。
「少し想定外のことだったが、まあ関係が回復したことはいいことだ」
その想定外の事態が起きるきっかけが、校外実習の現地へと向かうこのバスで、俺の隣に座っている少女だ。
のほほんさんが一夏たちに何も言わなければ、俺が二人と敵対した意図は気付かれなかっただろう。そうなれば、俺たちの関係が改善されることはなかった可能性が高い。つまり、俺たちが仲直りできたのは、のほほんさんのおかげということだ。
シャルロットと共に、徹底的な訓練を一夏に施した後、本人に礼を言ったが、やはり何かしらお返しはするべきだろう。この前、水着を買いに行った時でもよかったが、あのときは既に別件のお返しも兼ねていたからな。一度にまとめて返すなんてことができるわけもない。
いつもは食べ物だし、たまには別のものにするか。例えば……アクセサリーとか。ちょうど視界に、おそらく一夏からもらったのであろうブレスレットを見て終始ご機嫌な様子のシャルロットが入ったし。
「この校外実習が終わったら、また買い物に行こう」
「わぁい」
小さくはしゃぐのほほんさん。それを見て思わず笑みをこぼすと同時に、周囲から歓声が上がった。
「海だあ!」
そんな声につられて窓の外を見ると、確かに一面に大海原が広がっていた。
ただ、俺たちの普段生活しているIS学園も海に面しているのだから、そこまで新鮮味があるわけでもない。これからあそこで遊べるという事実が、女子を浮足立させているのだろうか。
今日は現地に着いたら自由時間。会長も言っていた通り、海で海水浴をするのが通例らしい。俺たちも、そのために水着を買ってきたんだしな。
それから少しバスに揺られていると、俺たちが三日間お世話になる旅館『花月荘』に到着した。女将さんへの挨拶も済ませ、一夏と共に宿泊する部屋へと向かう。俺は当然ながら一夏と同室だが、こうなるとやはり仲直りしておいてよかったと思える。敵対したままだったら、骨休めをする場所がなくなる。
「さて、と。俺は海に行くけど、明弘は?」
部屋に荷物を置いた一夏が俺に問いかけてくる。
「俺も。海で遊ぶなんて機会、初めてだからな」
「へえ、そうなのか。確かに、あんまりそういうことするようには見えないけど」
「神王の調整と訓練で忙しかったからな。そんな暇もないし、特に興味もなかった」
今も海で遊ぶこと自体にはそこまで興味はない。ただのほほんさんと遊ぶことが少し楽しみだというだけだ。
「更衣室って一番奥だっけ」
「ああ。俺たち二人だけだしな」
百二十人ほどの女子とたった二人の男子。どちらが不便を強いられるかといえば、無論後者だ。俺たちも今更文句を言うつもりは毛頭ない。
各々着替えなどを持ち、手前の更衣室から聞こえてくる女子たちの騒ぎ声を通り過ぎ、一番奥の更衣室で水着に着替える。
そして更衣室を出て海に行く途中で……地中から生えるうさ耳を見つけてしまった。『引っ張ってください』という張り紙付きで。
「これって……」
「嫌な予感しかしないな」
うさ耳だけで誰の仕業か判断するのは不可能のはずだが、何故か俺にはわかった気がした。
十中八九、束さんだ。もしそうでないとしても、あの人に匹敵する変人だ。
「束さん、だよな。箒があからさまに無視していったし」
そう、俺たちよりも先にこれを見つけた篠ノ之は、まるで何も見ていないと言わんばかりに通り過ぎていった。こんな珍妙なものが、目に入らないはずがないにもかかわらず、だ。
ということは、彼女が接触したくない存在……つまり、束さんの可能性が高い。
「埋まってるのか?」
「普通なら窒息死だろうな。あの人ならわからないが」
「あれ? 明弘って、束さんのこと知ってるのか?」
「あの人のことを知らない人間がこの世界にいると思うか? まあ、面識はあるな。詳しいことはあとで話すが」
それよりも、まず目の前のこれだ。張り紙に従って引っこ抜くべきなのだろうか。というかそうしなければ束さん、埋まったままになりかねない。いや、束さんなら自力で脱出できるだろうが……。
「やるしかないか」
やる必要もないかもしれないが、やらない理由も特にない。ならば、大人しく従っていた方が賢明だろう。
うさ耳を両手でつかみ、一気に引き上げる。――が、想像していた重さが来なかったことで、俺は勢いよく後ろに体勢を崩す。
「うおっと」
「だ、大丈夫か?」
「ああ。それより――」
俺の手にあるのはうさ耳だけ。それが埋まっていたところにも、何もない。つまり、誰も地中に埋まってはいなかったということだ。
ならば……。俺がそこまで考えたとき、空から巨大な何かが大きな衝撃と音を携えて俺たちの目の前に落下する。
それなりの重量があるのだろうそれ――二メートルほどの高さの機械の人参が、縦に割れる。その中から現れたのは、白と水色のドレスを着た女性。……もちろん、束さんだ。
「はぁーろー! いっくん、あきくん」
なるほど、下と思わせて実は上、ということか。よくわからないところに力を注いでくるな、この人。
「お久しぶりです、束さん。やっぱり、明弘とは知り合いなんですか?」
昔からの知り合いである一夏は多少驚いた程度で、束さんとあいさつを交わす。この程度のこと、昔から日常茶飯事だったのだろう。
「まーね! なんせ、神王を作ったのがこの束さんなのだよ」
「え!?」
驚愕の表情で一夏がこちらを向く。
神王に関しては、束さんが製作したことは秘匿になっていたからな。知っているのは学園の先生方と生徒会役員、あとは新聞部の黛先輩くらいだ。ああ、あとアメリカにも若干名いるか。
世間にはとある企業が開発途中の、ISに次ぐパワードスーツということになっている。もちろん一夏もそれを信じていたようで、驚くのも無理はない。
「そのあたりについてはあとで説明してやる。それで束さん。ここに来たのは、ただ俺たちに会うためじゃないですよね」
もしそうだとしたら、このタイミングである必要はない。IS学園に来れば、ほぼ間違いなく俺たちと会えるのだから。
IS学園のセキュリティーが厳しくて入れない。この束さんに限って、そんなことは絶対にありえない。ハッキングなり、クラッキングなり、この人ならどうとでもできる。……五月の時のように。
「アキくんはお見通しみたいだね。今回はねー、箒ちゃんとアキくんにお届け物があってきたんだよ」
「……ああ、なるほど」
俺の分は当然として、篠ノ之の分の“お届け物”の正体が俺には想像がついた。
そうだとは思っていたが、やはりアレは篠ノ之の専用機か。
紅椿。束さんが製作した、世界初の第四世代型IS。白式が一夏の専用機だとわかったときから予想していたから驚くことはないが、このタイミングで、か。
何か意図があるのか、それともただ何となくなのか。束さんの考えていることはよくわからない。
「とりあえず私は箒ちゃん探しに行くねー。ふたりともばはっは~い」
俺の手に会ったうさ耳を頭につけると、束さんは俺たちの返事を待たずに去っていった。相も変わらず自由奔放な人だ。
「……何だったんだ?」
「さあな。気にしない方が賢明だろう」
あの人の思考を読むことなんて、俺たちにできるはずもない。ならば考えるだけ無駄ということだ。
「その通りだな。気を取り直して海に行くか」
「ああ」
「ビーチバレー、か」
その名の通り、浜辺で行うバレーボールだ。ただし、通常のバレーボールとはいろいろ違う点がある。
まず少人数で行う。一チームに二人から多くて四人ほど。ボールはビニール生地の軽いものを使う。コートも少人数でやるため狭めだ。
女子からそれらのことを教えてもらい、俺は試しにボールを手に取ってみた。
「確かに軽いな」
ビニール、それも薄めの生地でできているのだから当然だが、これでは風の抵抗を強く受けてしまいそうだ。屋外でやるのであれば尚更のこと。
そんな疑問を口にすると、隣ののほほんさんが答える。
「それが~、だいごみだからねぇ」
「そういう不確定要素も楽しむということか」
競技ではなく遊戯なのだからそういうこともあるのだろう。それに風の影響はどちらのチームも受けるのだから、公平性に欠くこともないと考えればおかしいことはない。
「じゃあ三対三の、タッチは三回まで。あ、ブロックはカウントしないよ」
クラスメイトである谷本の言葉を受けて、思い思いにチームを作っていく。
「俺はのほほんさんと……あとどうするか」
一夏は既にシャルロットとボーデヴィッヒに取られてしまっている。というか、男子が同じチームにまとまったら不公平だろう。身体能力的に。まあ、代表候補生であるシャルロットたち、とくに軍人であるボーデヴィッヒは男子以上の身体能力を持っているが、そこは気にしないでおこう。
更識はここにはいないし、篠ノ之、セシリア、凰の三人も同じだ。つまり、代表候補生はもう残っていない。もちろん遊びなのだから戦力面だけで選ぶつもりはないが、やる以上は勝ちに行きたい。
「じゃあ、ゆっちゃん誘う~?」
「谷本か。運動神経いいんだっけか」
のほほんさんのいう『ゆっちゃん』とは、先ほどルールを説明したクラスメイトの谷本癒子のことだ。人柄も明るいし、代表候補生には劣るが、女子の中では運動神経がとても良い。戦力としても申し分ない。
のほほんさんと仲もよく、のほほんさんが声をかけると二つ返事で承諾してくれた。交友関係の広い彼女なら他にもあてはあっただろうに、ありがたいことだ。
「須藤君、よろしくねー」
「ああ。初めてで迷惑をかけるかもしれないが、よろしく頼む」
そんなこんなで始まったビーチバレーだったが、思っていた以上に難しいものだった。
打つ時に力を入れすぎればコートから飛び出してしまうし、風の影響で軌道が読みづらい。それでも少しずつ慣れていき、一夏たちのチームにこそ負けたがそれなりの勝率でビーチバレー大会を終えることができた。
「お疲れー。負けちゃったけど、楽しかったね」
「ああ、お疲れさま」
スポーツドリンクを飲みながら一息ついていると、先ほどまで共に戦った谷本が隣に立つ。
「初めてにしては上手だったね、須藤君」
「まあ慣れれば、ある程度はな」
「本音も思ったより戦力になってくれたし。……まあ、織斑君のところには負けちゃったけど」
「あそこはどうしようもないだろ」
女子よりも身体的に優れている男子に、それなりの訓練を受けてきた代表候補生。しかもその一人は現役の軍人だ。身体能力など推して知るべし。戦力が固まりすぎている。
「そうだねー。私はまだ皆と遊ぶけど、須藤君はどうする?」
「適当にあたりを散策してくる。のほほんさんと一緒にいるのもいいが」
のほほんさんはビーチバレーで体力を消耗したのでパラソルの木陰で休憩中だ。俺も一緒に休憩しようかと思ったのだが、
「初めての海なんだし~、楽しんできてよー」
との言葉をもらったので、お言葉に甘えさせていただくことにした。
「じゃあねー」
「ああ」
谷本と別れ、適当にビーチを散策する。たまに女子たちに声をかけられるが、クラスメイト以外は適当に流していく。
「須藤、ちょうどいいところにいたな」
更衣室の付近を通りかかったとき、ふいに声をかけられそちらを振り向くとそこには黒い水着を来た織斑先生が立っていた。
「先生も海水浴ですか?」
「教師とはいえこういうときくらいはな。……それより、先ほど束と会った」
「ああ、俺も海に来る途中に会いましたよ。一夏も一緒に」
おそらく目当ての篠ノ之を探し出した後、織斑先生に会いに行ったのだろう。
「なんでも篠ノ之とお前に届ける物があるそうだが、何か厄介なものではあるまいな?」
「特段大したものではないですよ。ただの神王の主武装ですから」
「主武装だと? パッケージではなく?」
「はい。ちょっと調整が面倒な代物で、束さんにお願いしていたんです」
遠隔操作をする《デュランダル》もなかなか癖のある武装ではあるが、主武装に比べればまだましな方に思える。
三か月以上使ってないから、勘を取り戻すのに少し難儀するかもしれない。今日のうちにシミュレーションしておかないといけないな。
「まあいい。お前よりも、問題は篠ノ之だ」
「篠ノ之の方は俺はノータッチです。全ては篠ノ之次第。まあ、厄介なものと言えばそうですけど」
ISの中であれほど面倒なものは白式くらいではないだろうか。いや、白式以上に面倒か。
現行の全ISを凌駕するスペックを持つ、第四世代型IS。未だ第三世代型の開発途中である各国からすれば喉から手が出るほどのもの。……もしくは、逆に妬み嫉みの対象になるか。
「そちらに関しては束から説明を受けた。まったく、相変わらず厄介なものを」
「あの人にそんなことを言っても意味ないですよ。何せ――」
“大事な妹のために”作った。それだけなのだ、あの人にとっては。
世界の研究機関がいまだたどり着くどころか、考えることすらできていない領域――第四世代型ISという存在を生み出すに足る理由なのだ。そんな理由で生み出したものなのだから、それが世界に及ぼす影響など気にも留めるはずもない。
それを十分理解している織斑先生は深いため息を一つつく。
「厄介とはいえ、篠ノ之が学園の生徒である以上、私たち教師が保護しなければならない。特に私は、そのようなときのためにいるようなものだからな」
織斑先生の言うことは少し言い過ぎだと思うが、あながち間違いでもないかもしれない。
本来であれば、織斑先生のような権威がIS操縦者育成のためとはいえ、学校の教師をするのは少し違和感がある。ボーデヴィッヒがいた黒ウサギ隊のような軍の専門部隊の指導官などになる方がしっくりくる。
そんな人物がなぜIS学園にいるのか。それは、こういう事態に備えてだということならば、納得がいく。
その絶対的ともいえる立場を以って、生徒たちを守る。織斑先生がいる以上、国とはいえIS学園に過度の干渉を行うことはかなわない。
「お疲れ様です。俺の方はあまり先生方の手間をかけないように善処します」
一夏や篠ノ之に比べれば、俺の方はそこまで大きなことにはならないだろう。
神王はISではない新型パワードスーツということになっているし、ISと比較しても第三世代型相当だ。問題を起こしてまで手に入れようとする代物ではない。
「その点はあまり心配していない。お前ならばどうとでもできるだろう。なにせ、私や学園に脅迫めいたことをやれるくらいだからな」
「人聞きの悪いことを言わないで下さいよ。俺はただそちらに|提案をした(・・・・・)だけです」
「選択肢を潰した上での、だがな」
非難のこもった視線で俺を見据えながらの言葉に、俺は何も言えなかった。
「確認したいことはそれだけだ」
それだけ告げると、織斑先生は浜辺の方へと去っていった。
「やっぱりあの人敵に回すようなこと、するもんじゃないな」
あのときはシャルロットのためのということに織斑先生も気づいていたからどうにかなったものの、私利私欲のために同じようなことをしたらどうなってしまうことやら。
「あれ? 須藤じゃない。何やってんのよ」
散策を再開しようと思ったところで、すぐさまツインテールの同級生と遭遇してしまう。
なんだかさっきから知り合いと遭遇するな。ビーチとはいえそこまでの広さではない以上、出くわす可能性がそれなりにあることは承知しているが。
「適当にぶらついていただけだ」
それだけ答えて、その場を後にしようとする。が、それは他でもない凰によって遮られた。
「アンタとじっくり話したことなかったわね。ちょうどいいわ。アンタに聞きたいことがあるの」
「なんだ?」
確かに凰とはクラスも違うし、一夏を介して交流していた程度だ。こうして二人だけで話すのは、凰が転校してきた初日の夜くらいか。それも、あのときの凰は平静とはいいがたい状態だった。
「アンタ、何者なの?」
「……言っている意味がよくわからないんだが」
「あたしが学園に来る前、転入の推薦をもらった時に中国政府から忠告されたのよ。『須藤明弘と可能な限り、事を構えるな』ってね」
「……どういうことだ」
中国の政府が、凰にそんな忠告をしただと? 意味が分からない。
「こっちが聞きたいわよ。ただ一つ確かなのは、アンタが中国政府にとって何かしら影響のある人間だってことよ」
凰の言う通りだ。そうでなければ、わざわざ俺の名前を出してまで忠告することはない。
俺が束さんの関係者だからか? いや、その事実は公になっていない。学園の人間以外でその事実を知っているのは俺がお世話になったアメリカ軍、その上層部や専門部隊の一部だけのはず。しかし、アメリカ軍が情報を流したというのは考えにくい。そんなことをしても、アメリカ軍には何のメリットも存在しない。
ならば、束さんの関係者としてではなく、俺個人として何かしらの理由があるのか。
だが俺自身が中国に対して何か影響力を及ぼすような要因は思い当たらない。そもそも、俺という存在を中国政府は認識できていたはずがない。須藤明弘という人間は、本来ならば
「まさか……」
一つの推測。だが、その推測が限りなく正解に近いと俺は確信した。それ以外に考えられないからだ。
須藤明弘ではない俺が、中国と何かしらの関係をもっていた。それしかない。
「凰。一つ聞きたいことがある」
「な、なによ」
口を噤んで考え込んでいた俺に急に話しかけられたからか、凰は少しためらいながら返事をした。
「お前以外に、政府から何かしらの通告があった人間を知っているか?」
「もしかしたらあたし以外の中国国籍の生徒も同じような通達はあったかもしれないけど、それを除くと私の知る限り、ルームメイトのティナくらいね。ティナの話だと、アメリカ国籍の生徒には同じような通達があったみたい」
ハミルトンをはじめ、アメリカ国籍の生徒に関しては無視して構わない。そちらに関しては、束さん関係だとわかっている。
「そうか」
このような話、友人間でするようなことでもないだろうから知らなくとも仕方ないか。
だが、収穫はあった。これで、俺は“俺自身”に一歩近づいた。
「今回の件に関係しそうなことが何かあれば俺に教えてくれ。どんな些細なことでも構わない」
「え、ええ。別にかまわないけど」
「感謝する」
今欲しいのは情報だ。どんなに些細なことでもいい。とにかく、情報を集めなければ。
須藤明弘が、“須藤明弘でない俺”にたどり着くために。