Another IS ―もう一つのIS― 作:colorless
大変長らくお待たせしました。(待っていた人はほとんどいないでしょうけど)
臨海学校一日目の夜。夕食と入浴も終わり、IS学園の生徒たちは就寝前の自由時間を過ごしていた。
そんな中、生徒たちを引率する主任である千冬は、いろいろあって勢ぞろいした、自分の弟に恋慕を抱く五人の少女と向かい合っていた。先ほどまで弟もいたのでが、少々席をはずしている。
「篠ノ之と凰はともかく、他の三人は一夏以外にもいただろうに」
それが誰を指しているのか。そんなことは誰も聞かない。該当するような人物は一人しかいないのだから。
千冬は、片手に持ったビールを呷りながら続けた。無論、口封じはばっちりである。
「あいつはどうなんだ? 愚弟よりも強くて、頭も回る」
性格に多少難あり、だがな。そう付け足した千冬の問いかけに、数秒の沈黙を破って答えたのは、セシリアだった。
「……わたくしは、怖い、のだと思いますわ」
四月の決闘の光景が彼女の脳裏をよぎる。
自信のあったライフルの狙撃ばかりではなく、切り札である《ブルー・ティアーズ》による攻撃も、彼にかすらせることがすらできなかった。まるで自分の行動が、思考が、全て筒抜けになっているかのようなおぞましさ。
何より、戦いの最中に見てしまった明弘の目。あれを思い出すたびに、どう表現すればいいかわからない恐怖が湧いてくるのだ。
無機質な、感情のこもっていない目。道端の石ころを見るかのようなその視線はセシリアの心を凍りつかせた。暗い暗い、底のない奈落を落ち続けるような錯覚。一瞬のこととはいえ、それに飲み込まれたセシリアは、無意識のうちに明弘のことを恐れている。
気丈な彼女がそれを普段露わにすることはない。むしろ、いつもの明弘は良き友人であり、ライバルだと思っている。だが、そんな明弘に恋心を抱くかと言われれば間違いなく否だった。
そんな、セシリアの呟きに続いたのは――
「私も、セシリアと同じかもしれません」
箒だった。
箒は明弘と交流のある方ではない。せいぜい、一夏を通じて一緒に食事をしたり、訓練をしたことがある程度だ。
だが、箒は明弘に自分が苦手とする人物が重なって見えていた。。
「あいつは……周りに適応せず、周りを適応させる」
入学した当初、彼は注目の的だった。世界で唯一ISを動かせる男である一夏と並んで、彼は全校生徒の興味を集めていた。だがその数時間後には、突如、全校生徒を敵に回した。本人にそうする意図がなく、ただ事実を述べたのだとしても、それは紛れもない事実だ。
かと思えば、一週間後には自らの言葉が正しいことをその手で証明し、クラスの女子たちと和解を果たした。そして月末には襲撃事件で、生徒たちを助け――そんな考えは本人にはなかったとはいえ――そのことで、学園内での悪評を払拭した。
一瞬で自分の周囲を敵に変え、一か月後にはその敵を味方に変えた。
それに加えて、シャルロットだ。彼女が転校してきてから一週間は仲もよさそうだったというのに、突如、一夏共々険悪な雰囲気に変わり……タッグトーナメントが終わったかと思えば、また元通りだ。
明弘の周囲は、変化し続けてきた。いや、この表現は適切ではない。明弘が周囲を変化させ続けてきたのだ。それはまるで――
「まるで……あの人のようですから」
それが、重なるのだ。自分が世界に適応しないならばと言わんばかりに、ISという存在をもって世界を自分に適応させた、自分の姉に。
一夏も、人を変える力があるが、明弘と束のものは一夏のそれと似ても似つかない。
一夏がその真っすぐな意思によって周囲を感化させ、自ら変わるのを促すのに対し、二人の場合は周囲を無理矢理、力づくで変化させる。
強引で、不条理で、理不尽で、そこに相手を思いやる気持ちなど存在しない。その結果、相手が、周囲が変化に耐えきれずに壊れてしまおうと、二人はきっと気にも留めないだろう。
「それが……怖い」
彼に深く関わってはいけない。そんなことをしてしまえば、自分も変えられてしまうような気がしてならないのだ。
そんな恐怖が心のどこかにあるからこそ、箒は積極的に明弘と関わろうとしない。
「なるほどな……」
箒の言葉を聞いて、千冬は缶ビールを呷りながら感心した。箒の言葉が的を射ていたために。
明弘が束と似ている。それはある意味当然のことと言えるだろう。何しろ、明弘は束と一緒にいたのだから。影響があっても驚きはしない。明弘の経歴を知っている千冬だからこそ、尚更そう考えた。
だがそれを口にすることはしない。本人の口から告げるのならともかく、他人の口から、しかも本人の与り知らぬところで話していいような内容ではない。そんな千冬の内心など少女たちは知るはずもなく、二人に続いてシャルロットが口を開く。
「僕は、明弘のことが……わかりません」
何を思って、何を考えて行動しているのか。その指針すらわからない。
シャルロットと一夏の実力を向上させ、そして両者の関係を強くするために、明弘は自らを悪役に仕立て上げた。
それに加えて、一夏はおろか、当事者のシャルロットにすら内密に行われた、IS学園への根回し。どのような手を使ったのかは定かではないが、そんなことをしても明弘には何もメリットはないはずだ。一歩間違えればIS学園と事を構える可能性のある真似をする理由はない。
シャルロットにその意思がなかったとしても、彼女の行ったことは一夏と明弘に対する利敵行為だと断じられても言い逃れできないことだ。それにもかかわらず、明弘はシャルロットのために様々な手を打った。起こりうる代償を、全て自身が背負って。
明弘には感謝している。やり方がどうであれ、その行いでシャルロットが助けられたことに変わりはない。しかし、だからといって明弘に好意を持つかと問われれば、答えは否だった。
人というものは、自らの理解の及ばないものを本能的に忌避する。それはシャルロットも例外ではない。須藤明弘という理解できない存在を全面的に受け止めることは、シャルロットには難しかった。
「悪い人ではないと思うんですけど」
だが、善人にはとても見えない。彼にとっての善悪の境界線すら不明瞭。
「得体のしれない、という点には私も同感だな」
ラウラにとって、明弘という人間はとるに足らない存在だった。
ISに次ぐ新型パワードスーツのテストパイロット。ただそれだけ。それ以上でもそれ以下でもない、路傍の石のようなもの。IS学園にやってきた当時のラウラからすれば崇拝の対象である千冬と、憎悪の対象である一夏の二人にしか関心がなかったのだからそれも仕方のないことであるが。
それがどうだ。実際に彼と対峙して、ラウラは自らの認識が間違いであることを知った。
一戦目は明弘が一夏たちと訓練をしている時だ。すぐさま教師の横やりが入ったため、戦闘と呼べるようなことは起きなかったが、それでも『砲弾を銃弾で逸らす』という明弘の荒業はラウラにとって到底受け入れられるようなものではなかった。
砲弾と銃弾では質量が違いすぎる。その差は運動エネルギー――破壊力にも直結する。明弘はその差を銃弾の数を増やすことで克服した。
理屈としてはわかる。塵も積もれば山となるという諺の体現ともいえるだろう。だが、あんな芸当は机上の空論と言われてもおかしくないものだ。
そもそも、高速で飛来する砲弾に銃弾を命中させるという前提条件自体、至難を極める。実践するに至るものなどほとんどいないだろう。考え付く者ですら、いったいどれだけいるだろうか。
一歩間違えれば、少しでも銃弾の軌道がずれれば、砲弾は逸れることなく明弘に直撃した。仮に銃弾の軌道がずれなくとも、砲弾を逸らしきれなければ同じ運命をたどる。そんなリスキーな真似を進んでするような人間はそうそういない。
それを、明弘は表情一つ変えずにやってのけた。真耶との模擬戦で銃弾を銃弾ではじく姿を見ていなければ、目の前の光景を信じられなかったかもしれない。あの時点で、ラウラにとって明弘は油断ならない相手になっていた。だが、それでも、自分にはAICがあるのだから負けるはずがない。そう考えていた。
そんな考えすらも、二戦目――タッグトーナメントの戦いで明弘は打ち砕いた。
二対二のタッグ戦とは名ばかりの、一対一対二という変則マッチに発展したあの試合において、ラウラは己の間違いを悟らされた。
試合だけを見れば最もダメージを負ったのは明弘だった。だが、それは自分たちが明弘を集中的に狙ったからであることをラウラは理解している。個々の実力では、自分は明弘にかなわないであろうということも。それを裏付けるのが、ラウラがVTシステムに飲み込まれる直前の攻防。
いや、あれは攻防と呼べるようなものではなかった。あまりにも一方的な蹂躙。それをただの作業のように行った明弘は、戦うために生み出されたラウラをもってしても、異常に映った。
「これはまた、揃いも揃って随分な評価だな」
四人の評価を聞き、千冬は僅かに苦笑する。こんな状態では、好意などあるはずもない。
「で、最後は鳳か。まあ答えはある程度予想できるが、一応聞いておこう」
「私は、そんなに須藤と関わりがあるわけじゃないですから」
他の四人は同じクラスなのもあり、授業などで多少なりとも交流することはある。比較的関わり合いのない箒ですら。しかし、別クラスである鈴音は違う。
明弘と関わるとすれば、昼休みか放課後の訓練くらいしかない。といっても昼休みは本音と過ごすことが多く、放課後も毎日訓練を行うわけではなく、これまた本音と過ごすことがある明弘だ。一週間まともに顔を合わせたことがないときすらあったほどに、明弘と鈴音の関わりは薄い。
セシリアやラウラのように試合で向かい合ったことも、箒のように誰かと重ねてしまうことも、シャルロットのように身近でその異質さを体感したこともない。だが、それ故に誰よりも明弘のことを客観的に捉えている。
「逆に織斑先生に聞きたいんですけど……あいつって、何者なんですか?」
「何者、とは?」
突然の質問に、千冬は缶ビールを呷って聞き返した。
「あいつのことで、私たちが知ってるのは新型パワードスーツのテストパイロットってことくらいです。それ以外についての情報が、私たちには全くない」
「多少の交流はあるとはいえ、私たちと須藤の関係は所詮同級生だ。その程度しか知らなくてもおかしくないのではないか?」
箒が反論する。他の三人もそれに同意するかのような表情だった。
「確かに普通はそうかもね。私だってクラスメイトのこと何でも知ってるわけじゃないし。でもね……あいつがテストパイロットをしているのは、世界最強の兵器であるISに匹敵するパワードスーツなのよ?」
その言葉に、四人は鈴音の言いたいことが何なのかを察した。
ISという世界最強の兵器に匹敵するほどの性能を持った兵器。それは未だにどこの国家も研究機関も生み出せなかったものだ。
生み出せなかったからこそISの絶対性は保たれており、それを操縦できる女性たちの権利の確立――女尊男卑という社会が成り立っている。須藤明弘、そしてその専用機である神王という存在は、そんな社会基盤を揺るがしかねない存在なのだ。だというのに、そんな少年の情報は限りなく少ない。
「普通だったら、もっと大々的に公表するでしょ。それなのに、その開発元すら知られていない。公表することで得られるメリットをわざわざ捨ててまで」
いくら強力とはいえ、ISのコアには絶対数がある。国際委員会によってそれが各国に分配されているのだが、数に限界がある以上、各国に十分な数のコアが分配されているわけではない。そこに、ISに匹敵するパワードスーツが開発できたとなれば、どの国も喉から手が出るほど欲しいものだろう。そのおこぼれに与ろうと、各国の政府や研究機関が協力を申し出るのは想像に難くない。それらは資金や技術面において、大きなメリットになる。
無論、逆にその存在を疎むものも出てくるなどのデメリットも存在するだろうが、それでもメリットを上回ることはないだろう。
そのメリットを神王の開発元は捨てたようなものなのだ。その理由が鈴音にはわからなかった。
「それに、そこまで秘匿にされてるっていうのに、
「……ええ、来ましたわ。明弘さんとの決闘が終わった後でしたが」
「箒は代表候補生じゃないから仕方ないとして、シャルロットとラウラは?」
「来てたよ。僕は明弘と神王のデータを取るためにそもそも交友を深める必要があったから、今更って感じだったけど」
「同じく。私の場合は、一夏が目的だったからそもそも眼中になかったが」
「ほらね。話によるとアメリカの方もらしいし……これでも、あいつが普通のテストパイロットだと思える?」
鈴音の言葉に、四人は無言で否定した。そして鈴音を含めた全員が千冬を見る。明弘に秘められた『何か』を知るために。
「……私も多少聞かされただけで、須藤の素性を把握しているわけではない。知っていることにしても、一生徒の個人情報を本人の了承なく勝手に話すわけにもいかない」
「……ま、そうですよね。私も話してもらえるとは思ってませんでしたし」
そう告げる鈴音だったが、やはり、どこか気にかかる様子だった。それを千冬は見逃さず、ある提案をする。
「どうしても気になるようなら、ちょうどいい機会だ。直接本人に聞いてみたらどうだ」
突然の提案に五人が反応するよりも早く、千冬はそれまでよりも少し大きな声で廊下へと続く戸に向けて声を発した。
「ノックなど要らんから入ってこい」
「……気づいてたならノックまで待ってください。やられた方としては、結構びっくりしますから」
千冬の呼びかけに答えるように開かれた戸から姿を見せたのは、問題の人物――須藤明弘だった。
このあたりで一度、明弘に対する周囲の評価を明確にしたかったのですが、かなり難しかったです。後で少し修正するかも。
セシリアとシャルロットはまだしも、他の三人は明弘あまり関わっていなかったので。特にラウラはつい数話前まで敵対してたわけですし。
忙しいこともありあまり筆が進まなかったのですが、この前ベータテストがあった『アーキタイプ・ブレイカー》をきっかけに頑張って書いてみました。
まさかのほほんさんがメインキャラ入りとは。もちろん、事前登録突破記念カードはのほほんさん一択でした。
ベータテストは昨日終わってしまいましたが、正式にサービス開始したら、本作にもストーリーやキャラなど、いろいろ流用したいと考えています。
それと、試しに少し行間を空けてみました。多少は読みやすくなった、か?
この作品も、気にかけてくださっている方は少ないと思いますが、これからも細々と書いていきたいと思いますので、よろしくお願いします。