Ghost~君の傍に   作:アノマロカリス

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前置きなんて必要ない。
ただ楽しんでください。


第1話 減らず口のゴースト (Part1)

 ふわっと目に見えないはずの風が、私の肌を優しく撫でるように、そして名残惜しそうに過ぎ去っていく。あまりにも暖かくて心地よく、ふと立ち止まってその風を追うように、探すように視線を泳がせてしまう。だけども優しい風の姿は見えず、ただ空虚がそこに広がっているだけだった。

 空を見挙げれば、瑠璃色と言うべきか紺碧と言うべきかという程の、見事なまでの青空が広がっている。あの透き通るような青空がある限りは、また優しい風はやってくるのだろうか。そんな普段ならどうでもよくなりそうなほどの小さな期待を胸に抱きながら、私は止めていた歩を進め、背景に溶け込むように人盛りの中を歩いていく。

 

「青空……ですか……」

 

 秋も始まって早一ヶ月。次第に涼みを帯びてきた空気が、そろそろ肌に辛さを与え始める時期だ。そんな中で感じることのできた穏やかな風に、私――園田(そのだ) 海未(うみ)は、言い知れぬ予感を感じずにはいられなかった。

 

 無事大学に入学したものの、結局今までの仲間たちとは離れ離れになってしまったこの身の煢然たる思いは、勉学や鍛錬に身を粉にするだけでは満たされなかった。確かに大学に入っても新しい友達はできた。いい先生にも巡り合えた。しかし、かつて自分たちが一つになって、文字通り青春を謳歌した“彼女達”との別離は、予想以上に私の心を空虚なものにしていた。

 しかし全く彼女達に会えないわけではない。現についこの間の夏季休講の間にも、私たちは“9人”揃って新しく思い出を作っていたのだから。しかし会ったからこそ、会ってしまったからこそ、今隣に彼女達がいないことがこの上なく侘しく感じていた。あの高校時代の、9人で駆け抜けてきた楽しい時間が、今独りになることで余計に輝かしいものに感じられ、今が少し退屈に感じてしまう。

 自分で詞を考えた手前恥ずかしい話であるが、私は今の自分の過ごす時間が「最高」だとはこれっぽっちも思えなかった。

 

 だからこそ、そんな中吹いてきた穏やかな風が、私に一つの思い出を蘇らせらせた。

 

 あれは私が高校――音ノ木坂(おとのきざか)学院に入る前の話。私と、幼馴染みの穂乃果(ほのか)、ことりがまだ中学生だった頃。そんな私たちの隣にはいつも“あの人”がいてくれた。

 “彼”は私たちより一つ年上の男の子。軽く見えるようで実はしっかりしていて、自分に正直で、それでも少々軟派な部分が目立つけど、根がとても真面目な、私たちの憧れだった人。その減らない口からは想像できず、昼寝と演歌が好きな人。

 

 しかし彼は中学を卒業すると同時に、彼の伯父に引き取られるようにしてアメリカへと渡ってしまった。それ以降は彼とは碌に連絡を取る事もなく、私たちの間でも彼の話題が出ることはなくなっていった。みんな、彼の消失によって生じた胸の傷口に互いに塩を塗るのを避けていたからだ。

 

「(そう言えば、私の実家の庭園の景色が大好きでしたっけ)」

 

 ふふっ、と思い出してつい破顔してしまう。風を、青空を見ると、つい“あの人”の事が頭をよぎってしまう。仲間内でも他の6人は知らない、私たちだけの友人の姿。思い返すたびに胸がほんのり温かくなる。でもこれはきっと「恋」ではないと思う。私たちが好きなのは人生の先輩としての、兄としての彼だったのだから。そこに憧れこそあれど、恋愛感情はない。

 

 青空を見るといつも彼を思い出す。彼女達――μ’s(ミューズ)のいない今の私だからこそ、余計に。

 

 そして先程到来した優しい風が、私に微かな予感を運んできた。そう、まるで彼がいるかのような、あの懐かしい感覚と共に。もしかすると、彼に会えるのではないか。近いうちに彼が私に、あの軽そうな笑みと共に会いに来てくれるのではないか。どこまでも遠く澄み切っている青空を見渡していると、途端にそんな期待が胸に押し寄せてくる。

 

――もしそうであるのなら、早く来てほしい。この虚しい胸中に囚われた私を今すぐ救い出してほしい。

 

なんて柄にもなく、まるで白馬の王子様に助けを求めるお姫様のような、そんな淡い気持ちを抱いていた。彼は今もアメリカにいるというのに、何とも我が儘なお姫様だと自分でも思い、内心苦笑する。

 

 しかしその時だった。

 

 

――チリィン

 

 

「……あれ?」

 

 静かに、それでいて力強く、儚い。そんな切なくて、どこか懐かしい匂いと共に一抹の鈴の音が聞こえてきた。

 

「(嘘……まさか……)」

 

 私はこの鈴の音を何度も聞いたことがある。何故なら、彼はいつもあの鈴を身につけていたのだから。何処にいてもすぐに分かってしまう、彼の存在を示すあの優しい音色。今にも消えてしまいそうな程静かだけど、生命の躍動にも似た力強い響きを感じさせるあの音が、私は大好きだった。

 いつも鈴の音と共に現れる彼。彼の到来を示唆する鈴の音につられ、私湧きだす想いを抑えきれず、ばっと振り返ってしまう。

 

「ぁ……」

 

 そして私の振り向いた先に……彼がいた。

 

「うーみっ。久しぶりっ」

 

「カケルっ!」

 

 私より一つ上だというのに、子どものように明るく無邪気な笑顔。右手を軽くひらひらさせながら私の名を呼ぶその変わりない姿に、嬉しさからかつい人目も気にせず叫んでしまった。

 

 彼の名は、青空(あおぞら) (かける)。先も紹介した通り、私や穂乃果、ことりとは古くから付き合いのある、私たちの幼馴染みの男の子その人である。下にフードの付いたパーカーを来ているのだろうけど、その上には着物のような袖の広いジャケットを着ている。タイトパンツやアクセサリーなど、所々ファッションが現代的になってきているものの、相変わらず日本の様式が好きなようでどこかホッとしてしまう。

 しかし喜びもつかの間。互いに再開を喜び合うように近づいたと思えば、彼はとんでもない行動に出たのだ。

 

「会~いたかったよぉ~」

 

 なんと周りの目も気にせず、私に抱き付いてきたのである。しかし私とて武道を嗜んでいる身。そんな彼の不意打ちに対しても反射的に身をかわし、何とか彼の包容から逃れることに成功する。

 

「なっ、何をやっているんですか!? こんな公衆の面前で……だ、だだ……抱き付こうだなんて!?」

 

 急なスキンシップ(私に言わせれば異性同士としては過度な触れ合い)につい怒鳴ってしまったのも仕方のないことだと思ってほしい。元々こういう性分なのだ、私は。そして私の拒絶とも取れる言葉に、彼は輝かせるような顔を少しばかり曇らせて、申し訳なさそうに未だ抱き付こうと構えている身を引いてくれた。彼の悲しそうな眼に少なからず罪悪感を抱きそうになるが、流石に再び抱き付かれるのも困るので勘弁してもらいたいところだ。

 

「あー、ごめんねぇ。つい向こう(アメリカ)での癖が出ちゃってさ。ハハハ」

 

「あちらの癖って……」

 

 聞くところによるとどうやら相当アメリカの暮らしに馴染んでいたようだ。なるほど、だから人に抱き付く癖も……いや、恐らく関係ないだろう。そもそも、それ以前から彼はこのように軽い言動の多い人物であった。事あるごとに軽口を飛ばし、まるで幽霊のようにふわふわした印象を常に人から抱かれる。それが青空翔という人間の、大多数からの評価だ。だけど私は……いいえ、私たちは知っている。彼のその浮ついた言動の下には、どこまでも真っ直ぐで誠実な性分、そして真っ赤な情熱が秘められていることを。

 別に不真面目な人間が嫌いというわけではないが、単に軽い人間になら私はこのように馴れ馴れしくはしていないだろう。

 

「いえ……とりあえず元気そうで何よりです。こちらへはいつ帰ってきたのですか?」

 

「あ~、つい数日前にね。今は色々あって学校休学してんだ」

 

「いろいろ……とは?」

 

「あぁ~……ま、それはまた今度な。どうせ飛び級で入ってるからちょっとくらい大丈夫だって、ハハッ」

 

 などと余裕をこいて笑っている彼を引っ叩きたいという欲求に駆られたのは、ある程度釈明の余地がつくと思う。今の会話から分かる通り、彼はその言動に似合わず聡明な人間だ。高校から海外に留学し、大学にも飛び級で入学。しかも話を聞くところによると、既に研究室にも配属されてると聞く。きっと上辺だけの彼を知る者が聞いても信じないだろう、と内心苦笑する。

 

「あっ、そうだ! 見たよ俺!」

 

「はい? 何をです?」

 

 目を輝かせたかと思えば、突然声を張りだすカケル。見た、と言われても何が何だか分からず聞き返してしまう。

 

「ライブだよライブ! お前らさぁ、ニューヨークで踊ってたじゃん! 俺見たんだよ! あの場所で! すっげぇ綺麗だった!!」

 

「えっ……」

 

 彼のその発言に、一瞬言葉が詰まってしまう。彼の言う「ライブ」……それは約1年半前、私たちが音ノ木坂学院で結成したスクールアイドル「μ's(ミューズ)」が初めて世界に向けて発信した、今でも思い出深いあのライブの事だ。

 「スクールアイドル」というのはその名の通り、学生が主体となって行われるアイドル活動のことだ。アイドルとはいっても、テレビで見るような本物のアイドルとは違い、彼女達はあくまでも学生。部活動としての側面が強いため、誰でも楽しくアイドル活動ができ、尚且つ身近な存在であるがために同世代の人間から共感を得やすいのがスクールアイドルの大きな特徴で、強みでもある。私たちも、その応援があったおかげで今の自分たちがあると自負している。今では当たり前になったが、当時は大会が開かれるというだけでも大きなニュースになるほど、その存在自体も発展途上の扱いだった。しかし今では、スクールアイドルの祭典である「ラブライブ!」も当たり前に行われ、テレビでもトップアーティストと同じくらい、スクールアイドル特集が頻繁に扱われるようになっている。時の流れとは本当に強いものだ。と、かつてスクールアイドルに籍を置いていた自身を思い返し、少し感傷的な気分に陥ってしまう。

 

 しかし彼に何か返そうかと思うものの、感極まって喉から次の言葉が出てこない事態に襲われる。長年連絡も取れてなかった彼が、私たちのライブを見てくれた。あの時あの場所で、一生懸命全力で楽しんで舞っている私たちを、実際にその目で見てくれた。それが自分の思っていた以上に嬉しくて、胸の奥から何かが湧き出しそうになり、思わず両手で口を塞いでしまう。友達としか思っていなかったはずの彼の言葉に、目が熱くなり、そして胸を焼かれるような、以前なら起きなかったそんな異常に襲われる。

 

「やっぱり和風ってところがいいよねぇ。海未も穂乃果もことりも、すっごく綺麗だった」

 

「……ぁ、あ……ありがとう……ございます……」

 

「どういたしまして。My Angel(我が天使)ってね、あっはは」

 

「っ、ほんっとうに、アナタという人は……」

 

 やはり彼のふわふわした言動には今も昔も関係なく振り回されてしまうようだ。本気とも冗談とも取れる彼の言葉に一々顔を熱くさせられるのは本当に勘弁してほしい。

 

向こう(アメリカ)の連中に『あれ、俺の親友』って言ったらさぁ、後はもう質問の嵐よ。『彼女とは付き合ってるのかい?』とかな。いやぁ~俺も鼻が高いねぇ」

 

「っ!? つっ、付き合ってるなんてそんなっ?」

 

「バーカ。俺がそんな嘘付くわけないだろ?」

 

「そっ、そうです、か……」

 

 本当……勘弁してほしいものである。しかし、そんな彼の言動に振り回されるのも、また懐かしい気分に包まれて居心地がよく感じてしまう。やはり私は、彼の揺さぶりにかけられるのが一番自然体なのかもしれない。少々納得はいかないが、今一度自分と彼との関係性を確認できて、これもまた悪くないと思い始めていたところであった。

 しかし……。

 

 

――チリィン

 

 

「(……え?)」

 

 その時、風が吹いていないにも関わらず、再び彼の鈴の音が鳴り響いた。

 

「っと……ああ、悪ぃ海未。俺ちょっと待ち合わせしちゃってるからさぁ」

 

 そして突如として焦りの色を見せ出すカケル。そんな彼の言動を奇妙に思いながらも、彼の言う「待ち合わせ」という言葉が気になってしまった。

 

「待ち合わせ……とは?」

 

「ああ~……なんつーか……デートだよ。デートの相手待ってんのよ俺」

 

「っ」

 

 "デート"。その言葉を聞いた途端、頭をガツンと殴られたような衝撃が走る覚えがした。デート……彼女がいるのだろうか……しかも日本に……向こうから連れてきたのだろうか……カケルに彼女が……。何故だか分からないが、心臓の中に錘を入れられたように、胸が重くなるようなどんよりした気分に襲われる。鼻の奥を針で付かれたように、ツンとした痛みが目の奥からも感じる。そんな訳の分からない痛みを極力顔には出さないつもりでいたが、私は昔から思っていることを何でも顔に出す癖があるため、カケルには気付かれているかもしれない。それでもやはり、目の前の彼が既に自分が思っていた彼とは違うのだという事実を押し付けられているようで、とかく悲しい気持ちにさせられてしまう。

 

「そ、それなら……邪魔な私はそろそろ行きますね。この後講義もあるので」

 

「え? あ、ああ、悪いね。じゃ、またな。海未」

 

「……はい……それでは、また……」

 

 それだけ残して、なるべく彼の顔を見ないようにそそくさと早足でその場を後にする私。口ではああ言ったものの、本当のところは彼の前から早く去ってしまいたかった。だって、きっとこれ以上彼の前にいたら……もっと辛い気持ちになると思ったから。

 

「カケルの……バカ……」

 

 私の小鳥の囀りにも劣る呟きは誰に聞きとられることもなく、ただ寂しく風に攫われ青い空の向こうへと流れていく。胸に残った小さなモヤモヤは、彼の前からいなくなっても消えることはなかった。

 

 

 

****

 

 

 

 寂し気な表情を隠しきれないまま俺の前から去っていく海未を、俺はこの場で最後まで見届ける。変な事を言って彼女を悲しませてしまったことに心が痛むが、それでも彼女を"この場"から離れさせるためにはこうする方が手っ取り早かったのも事実だ。

 

『あ~んな突き放し方は無いんじゃないかぁ~?』

 

 その時、俺の背後から、少年とも少女とも聞き分けの付かぬ甲高い声が聞こえてくる。

 

「いいっていいって。ああした方がアイツは離れてくれるからさ」

 

『ひぇ~薄情だなぁお前ぇ』

 

「自覚してるよ。ユルセン」

 

 そうして俺は声の主に向かって振り返る。そこにいたのは人ではなかった。パッと見てるてるぼうずのような風貌をした"何か"が、俺の眼前でゆらゆらと飛んでいたのだ。てるてるぼうず宛らの白い布をマントのように羽織った、オレンジ色の幽霊……と言えば聞こえはいいかもしれないが、その頭部は目玉の親父宛らの一つ目だ。もう一度言う、一つ目の小さな幽霊だ。

 コイツの名はユルセン。詳しいことは後々話すとして、とりあえず一言で言うなら……俺のアドバイザーってところか?

 

『それよりお前っ、さっきあの女に抱き付こうとしただろ? もしあの女が避けなかったらどうするつもりだったんだよぉ? ったく本当に訳わかんねぇょなぁ』

 

 そして俺に負けず劣らずの減らず口の持ち主である。

 

『まぁいいか。あの女が眼魂(アイコン)を持ってるのは確かなんだ。後で絶対に回収しろよぉ』

 

「わぁーかってるって。それより……」

 

 そこで一旦ユルセンとの会話を切り、俺は先程海未が去った方向とは反対側へと視線を向ける。俺の言葉につられ、ユルセンも同様に振り返る。そこには……。

 

「ほ~ら。デートの待ち合わせ相手が来たよ?」

 

『"デート"の相手にしたら可愛げが無さすぎるだろぉ……』

 

 俺たちが目にしているもの。それは全身を黒いタイツで覆われ、腹部には目玉のようなバックルを付けた奇妙な人影だった。パッと見ただの変質者にしか見えかねないソレだが、今この場に置いて非常に奇妙な現象が起きていた。俺たちの周りを歩く人間が、ことごとくその存在を認識していないのだ。まるでそこに何も存在していないかのように。その人影が全く見えていないかのように。

 

 いや、本当に見えていないのだ。普通の人に、『眼魔(がんま)』の姿は目に映らない。そして今この場で、この異形の姿を認識できるのは俺とユルセンだけなのだ。

 

 やがて人影――眼魔は、俺だけが自身の姿を認識できると知るや否や、進めていた足――海未を追っていた足を止め、俺の方へと意識を向けた。

 

「お前……眼魂(アイコン)を持ってるな……あの女と同じ……」

 

「……」

 

「寄越せ。死にたくなければな」

 

 高圧的な態度で俺の『眼魂(アイコン)』なるものを付け狙う眼魔。確かに俺は眼魔の言う『眼魂』と呼ばれるアイテムを所持している。しかし俺にはどうしても果たさなければならない目的があり、そのためにはどうしてもその『眼魂』が必要なのだ。そんな大事なものをみすみす手放す訳がない。

 そして眼魔に対しても俺はアクションを返す訳だが……。

 

「ねえねえ、そのキラキラした素敵なグローブとブーツってさぁ、どこに行ったら貰えるの? 俺にもちょっと教えてよ」

 

「……何?」

 

 ほんの少し声の高くして、まるで友達に語り掛けるように眼魔に訊ねる俺。隣でユルセンが『あーい変わらずかっるいなぁ……』と呆れているが無視だ。俺の挑発とも取れる……いや、挑発にしか聞こえない煽りを受けた眼魔の言葉の端からは、隠しきれない怒りの感情が見て取れた。

 

「俺を舐めているのか? だったら――」

 

「いやぁ~そういう性分なんでねぇ……で、どこで支給されてるの? そのダッサ~いグローブとブーツ。気になって夜も眠れないよ。あ、昼寝はするけどね」

 

「……」

 

 あくまでも余裕の表情を崩さないまま、俺は眼魔を煽るように会話を続ける。いや、会話になってないや。完全に俺の一方的な爆言街道まっしぐらであった。

 

「口の減らない小僧が……殺してやる」

 

 流石にそこまでコケにされて起こらない奴もいないだろうよ。拳を握りしめて指をポキポキさせながら、俺に対して殺意を明確に見せる眼魔(この時「へぇ~、ちゃんと骨あるんだね君」と煽らなかっただけ褒めてほしいところだ)。だが俺とてここで殺されるわけにはいかない。これ以上は……。

 

「……流石に二度も死ぬわけにはいかないんでね」

 

 その言葉を発した一瞬、俺の周囲では急激に気温が低下したような錯覚に包まれたことだろう。道行く人々が肌寒さを感じて身を縮こめているのが何よりの証拠だ。そして俺の言葉に僅かに眼魔も反応を見せた次の瞬間には、俺の腰には目玉を内蔵したような構造を持つ奇妙なバックルが巻かれていた。

 

「っ? なんだそれは!?」

 

「さぁ~て……な~んでしょうねぇ~?」

 

 冷気を感じさせた今の瞬間とは一転、再び先程のような減らず口のスタイルに戻る俺。そして自分の腰に巻かれている大きなバックル――ゴーストドライバーに目をやると、懐から小さな球体を取り出した。

 

「むっ!? 眼魂(アイコン)……っ」

 

「そっ。君がど~うしても欲しいって駄々こねてるものだね。欲しい? んっふふ、あ~げないっ」

 

『当たり前だぁっ! 何考えてんだよ全くもぉっ』

 

 俺が取り出した小さな球体。それは「目玉」だった。白い眼球の中心からは、吸い込まれそうなほど深い黒色の瞳孔が覗かせている。目玉の周りには、まるで何かを封じ込めるかのように、その異様な眼球を囲む黒い装飾が施されている。一見何の変哲もない玩具の眼球にしか見えないが、実はこの眼の中には想像を絶する程の強大な力が内蔵されているのだ。

 

 これが『眼魂(アイコン)』。世界中の偉人の魂が込められた神秘の(まなこ)

 

 ……と言っても、俺の持つ"この目玉"については偉人と呼んでいいのか分からないけど。

 

「ならば殺して力づくで奪うまでだ」

 

「ん~出来るかなぁ~?」

 

 きっと脅しなどではなく、本気で俺を殺そうと殺気を飛ばしてくる眼魔。常人では到底出すことのできない強い殺気が肌にヒシヒシと伝わってくるが、俺はあくまでも余裕の表情を見せるのを忘れることなく、眼魔を見下す姿勢を崩さない。

 しかしそんな俺に対して、ユルセンはダメ出しをしてきた。

 

『待て待てぇぃ。何か余裕見せてるけど、お前だってまだ2日目(・・・・・)だろぉ。ちゃんと戦えんのかぁ?』

 

 せっかく人が余裕を見せてると言うのに、このてるてるぼうずもどきは……。しかしユルセンの言う事も尤もではある。俺が“この力”を使うのは今回が二度目、日で言うなら二日目なのは確かであるのだから。普通の人が考える分には“日が浅すぎる”のだ。しかし……俺は違う。もう、そんな事を言っていられる余裕はないのだから……。

 だから俺はユルセンに告げる。

 

「いいや……もう(・・)2日目さ」

 

『お前……』

 

 静かに答える俺に、ユルセンはそれ以上何も返すことはなかった。

 

「そういうこと。それじゃあ……いくよ」

 

 そして俺は腹部のゴーストドライバーの上部を開き、祈るように広げた左掌に眼魂を押し付け、その横にあるスイッチを押す。すると眼魂の真っ黒な瞳孔に「G」の文字が浮かび上がり、俺は眼魂をすぐさまドライバーの中に入れ、ドライバーのカバーを閉じる。

 

『アーイ!』

 

 ドライバーから発せられる陽気な起動音。そしてすぐさまドライバー横のトリガーを引く。

 

『バッチリミナー! バッチリミナー! ――』

 

 どこまでもその場に似合わぬ陽気なラップがあたりに響き渡る。しかしこの音を認識しているのは俺とユルセンと眼魔のみであり、周囲を歩く他の人間にはこの騒音にも近い喚き声はまるで届いてはいなかった。いや、それどころかもはや俺の姿すら見えているのかすら微妙なところだ。もしかすると眼魔同様、この時点で俺の姿は人には見えなくなっているのかもしれない。

 しかしこのドライバーは、とにかく俺を見るよう主張を飛ばしてくる。誰にも見えないのに。誰も見てくれないのに。しかしもし今の俺の姿を見えるものがいるとすれば、それは……目の前の眼魔のみだ。

 ならば見せてやる。俺の姿を……俺の変身を……っ。

 

「ぬぅ!?」

 

『――バッチリミナー! バッチリミナー! ――』

 

――ああ、そうさ。だったら……ばっちり見ておけよっ!

 

 前方に勢いよく付きだした開いた左手の甲に、祈るような手の形をした右手をあて、すぐさま右手を天高く振り上げる。そのまま右手をゆっくり顔の前までおろし、手前に引いた左手と共に胸の前で十字をつくるように構える。

 

 そして俺は……その言葉を叫んだ。

 

 

 

 

「変身!」

 

 

 

 

『カイガン! オレ!』

 

 右手でドライバーのトリガーを押し込んだ瞬間、ゴーストドライバーから黒とオレンジの独特なパーカーを着こんだゴーストが出現した。そして俺の身体も既に元の人間の姿を保ってはおらず、オレンジ色の線が幾何学にも近い謎の模様が刻まれた黒色の"何か"へと変わり果てていた。

 そして出現した謎のゴースト――オレゴーストが、姿が変わった俺――トランジェントに引き寄せられるように憑依した瞬間、ただの黒色の存在だったソレは、黄昏にも似た輝きを爆発させた。

 

『レッツゴー! 覚悟! ゴ・ゴ・ゴ! ゴースト!』

 

 次の瞬間、その場に現れたのは真っ黒なパーカーを被った一人の戦士だった。真っ黒な能面だった顔面には骸骨宛ら大きな目が浮き上がり、奇妙に捻じれた一本角が生えている。仮面で覆われた顔はフードを被っていても、眩しくオレンジ色に発光しており、昼間であるにもかかわらず異様な存在感を放っていた。

 

「お前は……っ?」

 

「名前は無い。強いて言うなら……ただのゴーストだ」

 

 "ゴースト"。そう名乗った俺は、深く被っていたフードをゆっくりと後ろに外す。

 

 そして、静かに宣言した。

 

 

 

 

 

「命……燃やすぜ」




μ'sアフター × ゴーストビギンズ ここに開幕……!

ゴースト開始とほぼ同時に始まった本作品。続くかどうかは皆様のお声にかかっています。
感想や評価、どうかお待ちしております!

そしてPart2、変身してもカケルの減らず口が消える事はなく……?
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