Ghost~君の傍に   作:アノマロカリス

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今回もバッチリミナー!
というわけでどうぞ、第2話です。


第2話 命は何のために (Part1)

「はぁ……はぁ……ク、クソッ! 何なんだよあのオレンジ色はよォ!」

 

 誰もいない薄汚れた廃工場の中心で、黒づくめの"それ"は息を切らせながらも、自分をここまで追い込んだ存在へ向けて悪態をついていた。本来なら自分は人間になど負けるはずがなかった。そもそも自分は眼魔――人には見えないのだ。どうあがいても人に対処できる存在ではないはずなのだ。

 しかしあの人間はそれを覆した。自分の姿を目に出来るのはまだ許容できる。だが、黄昏と暗闇の入り混じった奇怪な存在へ変貌したと思えば、想像を遥かに超える力を持ってして自分を打ちのめしたのだ。これに衝撃を覚えずにいられようか。

 そのため翔――ゴーストに敗退を喫したこの眼魔は、彼から受けた驚愕と苦痛、そして怒りに身を震わせていた。

 

「おや、帰ってきたのですか……」

 

 ふと声が聞こえてきたと思えば、突如として闇の中から帽子を被った初老の男がふわっと姿を現した。全身を黒ずくめの衣装に纏われたその男は、無様に跪いている眼魔を高い場所から見下ろして、まるで感情が無いかのように言葉を繋げる。

 

「帰ってきたじゃねぇ! 何なんだあのわけの分かんねぇヤツはよぉ!? あんなヤツがいるとは聞いてないぞ!」

 

 それほどまでに余裕がないのか、自身の生みの親である謎の男に吠える眼魔。一方男の方も、そんな眼魔を特にこれといった思いを抱いていない能面のような顔を見せながら、抑揚のない声を返した。

 

「ならこれを」

 

 ほんのそれだけ呟き、男は眼魔に向けて何かを投げ渡した。眼魔の掴んだそれは、どの家庭にも見られる、電波を受信するアンテナだった。そしてそのアンテナを掴んだ眼魔は軽く笑い声を発すると、アンテナを自身に取り込んでしまった。

 みるみるうちに姿を変えていく眼魔。その頭はアンテナのように長く伸び、やがて人とも似つかぬような造形を模した、不思議な外観を形作っていった。

 

「ふふっ。確かにこれなら……待ってろよあのオレンジ野郎……っ」

 

 電気のように稲妻の意匠を身体に彩られた眼魔――電気眼魔は、ぐわんと両腕を振るい、自分を痛めつけた存在への復讐を誓いながら快晴の空の元へと歩み出した。

 

「……ゴースト……か」

 

 そんな電気眼魔の意気込みを他所に、謎の男は一人闇の中で呟く。

 

「ここで再臨……ですか。でもまさか……貴方ではないでしょうね……翔希」

 

 最後に小さく、不気味なほどに並びの悪い歯を見せてニヤリと笑みを浮かべ、男は再び闇の中へと消えていった。

 

 

 

※※※※

 

 

 

『ぐあっ!?』

 

 苦痛に歪んだ断末魔と共に、力なく崩れ落ちていく俺の身体。目の前では俺の身体を貫いた、槍を持った一体の異形が、まるで虫けらを見るかのような目で倒れていく俺を見据えている。

 

――ダメだ。もう動かない。

 

 自分の身体の事は自分が一番よく分かっている。今の俺の身体はもう既に動くことが不可能なまでに壊されてしまっている。指先一歩とさえ動かすことは適わない。

 

 そんな事は分かってる。分かっているが……俺にはどうしてもこのまま息絶えることなどできなかった。

 

――今俺が死んだら……海未は……海未は誰が守るんだよ……っ!

 

 とある理由により急遽日本に帰国した俺が真っ先に目にしたのは、海未を付け狙う謎の存在――眼魔の姿であった。話を聞くところによると、海未は俺と同じく眼魂を持っているらしく、コイツはそれを狙っているようである。例え、その命を奪ってでも。

 そんな奴をそのまま見逃す俺では無い。何せ大切な幼馴染みの命がかかっているのだ。もう二度と、俺の前で誰かを死なせない……そんな決意を胸に、俺は無謀にもこの未知の存在へと立ち向かっていったのである。当初は自身の姿を見られることに若干の驚きを示した眼魔であるが、それがどうしたと言わんばかりに俺に襲い掛かってきた。

 

 そして結果が……このザマである。

 

 大切な人一人、いや、二人も守れない、こんな情けない男の最期が、誰にも看取られない薄暗い路地の中でだなんて、ホント……笑えるぜ。

 

『(海未……)』

 

 失意の中、暗闇に飲まれていく俺の意識。

 

 身体全体の体温が下がり、やがて全ての五感が消えていく。

 

 光も、音も、何もかもが感じられなくなった。

 

『……あれ?』

 

 しかし、遂に限界を迎えたのかと思ったその時、俺の周囲に光が灯った。それと同時に、意識がはっきりと戻る。先程まで死にかけていた身に、どういうわけか五感が戻っているのだ。それが不思議でならないが、とりあえず立てる程まで回復しているので、立ちあがって辺りを見渡そうとする。すると……。

 

『青空翔』

 

『うぉわぁっ!?』

 

 後ろを振り向いた瞬間、俺の視界全開に、超弩アップでおっさんの顔面が移り込んでいたのだ。しかもそれは非常に厳格そうな声色で俺の名を呼んだのだ。この距離で。それは悲鳴も上げるものだろう。

 

『どぉ? ビックリしたぁ~?』

 

『あっ、アンタ誰!? ってか軽っ!?』

 

 先の名前を呼んだ時とは一転、非常に人当りのいいおっちゃんのような甲高い声色を用いて俺に話しかける男。

 

『人の事言えんだろぉお前も。しかし儂か……儂はそうだなぁ……仙人だ』

 

『はぁ? 仙人!?』

 

 自分を仙人と語るこの男。しかし来ている衣服だけを見れば、東南アジアで修行している、あるいは高位の僧にも見えなくもないし、確かに日本人のイメージする『仙人』に近い格好をしている……かもしれない。

 

『いや、もうこの際誰だっていい。なあおっちゃん。俺って一体どうなってしまったんだよ?』

 

『死んだよ』

 

『え?』

 

『先の眼魔の手によって、お前の命は尽きてしまったのじゃ』

 

『っ……死って……』

 

 仙人(仮)から言い渡される衝撃の事実。しかしいきなり「死」と言われても、五感は感じるし、今こうして目の前のおっちゃんと会話しているし、どの道彼の言葉をそのまま鵜呑みにする事などできなかった。

 

『信じられぬか。ならばこれを見よ』

 

 その言葉と共に空中に一つの情景が浮かび上がった。それは先程まで俺がいた、秋葉原の人通りの少ない薄暗い路地。俺が先程、あの槍で貫かれたあの場所だ。そしてその通りの真ん中で……。

 

『俺が……』

 

『そう……お前の亡骸だ』

 

 どくどくと止めどなく流れる鈍い赤色が、動かなくなった俺の身体から溢れるように湧き出している。ゴミのように崩れているアレが、先程までの自分だと思うと身の毛がよだって仕方がない。

 

 そしてその様子を唯何事もないかのように見下している、長い槍を持った異形が一人。

 

『そうか……俺は……アイツに……っ』

 

 そうして俺は自覚する。俺はアイツに殺されたのだと。確かに死んでしまったのだと。

 

 しかし今の俺の心を突き動かしているのは、自分を殺したあの異形への恐怖でも、怒りでもなかった。

 

 ただ一つの心残り。今もあの異形に命を狙われている、俺の大切な幼馴染み。

 

『(海未……ゴメン……俺は……っ)』

 

 彼女を助ける、だなんて大それた事を抜かしながら、結局はこのザマだ。俺は彼女を守る事ができなかった。"また"あの時のように……大事な人を守れなかった……。それが悔しく、無念で仕方がなかった。

 

 俺が無力感を打ちつけられ、悔しながら地面にひれ伏し、拳を握りしめていたその時だった。

 

 この仙人とやらは、何の脈絡の無しに、いきなりこんな提案を持ちかけてきたのだ。

 

 

『ところで君。生き返りたい?』

 

 

『……え?』

 

 聞き間違いではなかろうか? と、もう一度耳をかっぽじっておっちゃんの方へと顔を向ける。

 

『う~んと~、僕ね~、一応だけど~、君を生き返らせることができるんだぁっ』

 

『ほ……ホントかよおっちゃん!?』

 

『ホントだよぉ~』

 

 まるで仙人の威厳など感じさせない軽い調子で語り掛けてくるが、そんな事を気にしていられる余裕はない。生き返る事ができる……本当にそんな事が出来るなら……っ!?

 

『っ……でも、どうせあの妖怪には……』 

 

 そこまで考えて、ふと冷静に戻ってしまう。そうだ、俺はあの異形に殺されてここ(天国?)に来たのだ。今生き返ってところで、また殺されてしまうのが目に見えている。

 

『青空翔。お前の考えてることは分かる。だが案ずるな。策はある』

 

『本当かおっちゃん!?』

 

 仙人らしい威厳のある声色を持ってして、彼はそう告げる。俺の心配を他所に既に対策はあったようだ。

 

 仙人の言う、"策"。あの異形を何とかできる、その方法。

 

 彼は……その答えをくれた。

 

 

 

 

『ゴーストになるのだ』

 

 

 

 

『……ゴー……スト? 幽霊?』

 

 それと同時に、俺の腰回りにオレンジ色の帯がまかれ、腹部には一つ目の意匠が施された奇妙なバックルが付けられていた。この不思議体験に俺としたことが、とても情けの無い声を挙げて狼狽えてしまう。

 

『うおぉぉぉっ!? な、なななんだぁぁあ!?』

 

『ゴーストドライバー。これでお前は、戦士『ゴースト』へと変身できる』

 

『変身っ? ってか戦士って、これで戦えって事?』

 

『ピンポーン! 正解っ!』

 

『真面目に言えっ!!』

 

 再び先程の軽いおっちゃんに戻る彼に、ほとほと疲れてしまう。俺も人の事言えた義理ではないが、このおっちゃんも相当だ。しかし海未も普段、俺に対してこういう気苦労を背負っていたのかと思うと、少し申し訳なく思ってしまう。今度会えたらもう少し大人しくしてやろうか。

 

『だけどね、生き返れる期間は99日だけだからね』

 

『っ?』

 

 さらっと、本当にさらっと、このおっちゃんはそんな大事な内容を、流すように告げたのだ。

 

『99日以内に、君の持ってるソレ――眼魂を後15個集めないと、今度こそ本当に死んじゃうからね』

 

『ちょ、ちょっと――』

 

『しかも、歴史上の英雄の魂が込められた眼魂だよ。君の手にしてる"何者でもない"眼魂じゃダメだからね』

 

 更に告げられる衝撃のノルマに、遂に閉口してしまう。眼魂を集める……簡単に言ってくれるが、そもそもこんな異形が見えるようになる特異なアイテムをどうやって集めろというのだ。そんな半ば絶望的な条件を前に、先程まで生まれてきた希望が食いつぶされるような感覚に襲われる。

 

『そんな事言われても、どこ探せば――』

 

『大体は奴らが持ってるよ。あの眼魔共が』

 

『眼魔が……?』

 

『前のゴーストが集めてたのを一部盗られちゃったんだよねぇ~。だから、そいつ等から奪い返すってのが一番楽かもっ』

 

『"前の"ゴースト……?』

 

 おっちゃんの言うその言葉に疑問を抱く。前の? つまり俺の前にも同じようにゴーストがいたって事なのか? しかも同じように眼魂を集めて……アイツらに奪われた……と言う事なのだろうか?

 

『なあ、おっちゃん。その前のゴーストってのは一体――』

 

 これはきっと聞き逃してはダメな情報だ。これからの幽霊生活のためにも、そして眼魔と戦うためにも、何としてもその先代ゴーストとやらの話を聞き出さなければならなかった。

 

 だと言うのに、その前にこのアホ仙人は……。

 

 

 

 

『ではレッツゴー!! 行ってまいれぇ(うつつ)の世へぇ~!!』

 

『――って、待てやゴラァァァアアアアア!!』

 

 

 

 

 いきなりおっちゃんに胸を押され、後ろへと飛ばされる俺。

 

 彼が俺を飛ばした瞬間、目の前が光に包まれ、彼の姿は俺の前から消え去ってしまっていた。

 

 結局、あの仙人から先代ゴーストの話を聞けずじまいのまま、俺は現世へと蘇ってしまったわけだ。

 

 

 

 

 そして俺は……。

 

 

 

 

『レッツゴー! 覚悟! ゴ・ゴ・ゴ! ゴースト!』

 

 ゴーストとして蘇った。

 

 仮初の命と共に。

 

 99日以内に、残り15個の眼魂を集めるため。

 

 自分の命を取り戻すために。

 

 この世に蔓延る眼魔を殲滅するために。

 

 そして、大切な人を守り抜くために……。

 

 

 

※※※※

 

 

 

「……というわけで、俺は仮面ライダーゴーストになったってわけ。理解した?」

 

 場所は移り変わり神田明神。境内を眩しく照らす太陽、そして見事に透き通る青空の元、俺は先程のゴーストの戦闘を目の当たりにした女性――東條(とうじょう)(のぞみ)と、デートとしゃれ込んでいたわけだ。え? デート違う? こまけぇこたぁいいんだよ。そう言う事にしとけって。

 そして俺は彼女に、昨日自身に起きた出来事を説明していたところだ。海未を守ろうとしたが眼魔に殺され、仮初の命を持って蘇り、今こうして眼魔と戦う戦士になっている。そんな現とは思えぬ夢物語を真剣に聞いていた希は、俺が話し終えても未だ難しい表情を崩さず、どこか神妙な顔つきになって俺の顔を見つめていた。

 

 やはりそう簡単には信じてもらえないだろうか。そう思っていたのだが……。

 

「え、ええっと……うん、ちょっと胡散臭いところもあるけど、翔君が嘘ついてるとも思えんし……」

 

「……」

 

「うん……ウチは信じるよ。翔君のこと」

 

「ありがとう(っしゃあぁぁよかったぁぁぁぁぁっ!!)」

 

 口には出さないが心の中で盛大に感情を爆発させて喜ぶ俺。ゴーストや眼魔の姿が見えるってだけでも有難い話なのに、それを信じてくれるなんて……この子は本当にいい子だよっ! うんっ、絶対いい子だ!

 と、俺が希に対する感動を心の中で爆発させている中、彼女はふと感じた疑問を俺に投げかけた。

 

「それで……その変なおじさん……ていうより仙人って今はどこにおるんかな?」

 

「ああ、今俺が泊まってるホテルにいるよ」

 

「ええっ!?」

 

 さら~っと、それこそあのおっちゃんが俺に吹っかけたような軽さで、何ともないような素振りで答える。案の定、今までで一番大きな声を挙げて驚愕の声を挙げる希。そんな彼女にしてやったり顔を浮かべながら、俺は説明を付けたした。

 

「昨日ホテルに帰ったら勝手に入っててさ。いや、アレはビビったね。めっちゃ叫んだよ」

 

「うん……簡単に想像できたわ……」

 

「でも、何だかんだ言ってアドバイスはくれるんだよ。肝心なことは全部はぐらかされるけど……」

 

「そ……そうなん……」

 

『お~い。こっちも忘れるなよぉ~』

 

 俺がおっちゃんについて話していると、今まで何処に居たのやら、姿を消していたユルセンが現れて俺たちの間にゆっくり降りてきた。

 

「ま、基本的にはこのユルセンが俺のアドバイザーだけどな」

 

『なんだその紹介の仕方はっ。まあいいや、ユルセン様と呼びなぁ』

 

「へぇ~ユルセンちゃんかぁ……可愛いなぁ~」

 

『ユルセンちゃん!?』

 

 完全に希にマスコット扱いされたユルセンの気持ちは如何なものか。まあ、俺には関係ないからいいんだけどねぇ。

 

「それよりユルセン。どうして希には"見える"か分かったのか?」

 

『い~やぁ。眼魂も持っていなければ、既に死んでいるわけでもない。なのに見えるなんてそうそうある事じゃないぞぉ』

 

「そう、なのか……」

 

『そう、なのだ』

 

 本来、ゴーストや眼魔と言うのは人には見えない存在なのだ。眼魔は人には見えないところで悪事を働き、人もそんな眼魔の暗躍をただの超常現象としか認識できない。しかもユルセン曰く、そこに霊感が強かったり、というのは関与しないらしいのだ。しかし普通の人間にも眼魔を確認できる方法がある。それがこの眼魂だ。眼魂に触れることにより、人は眼魔を、ひいてはゴーストの姿を目視することができる。

 しかし希は眼魂を持っていない。これにはきっと何か大きな事情があるのではないか? 元々霊感が強い以外の何かが、彼女にはあるのでは……?

 

「なあユルセン。お前……いや、仙人は何か知ってるんじゃないのか?」

 

『さぁ~どうだろうねぇ~? 聞いたところでまたはぐらかされるだけだぞぉ?』

 

 一つの希望が見えてきたが、やはり予想通りの返答を貰い、もはや慣れた溜息をつく。

 

「あー、さいですか…………役立たず」ボソッ

 

『あ゙ぁっ!? お前今『役立たず』って言っただろ! 』

 

「知るかっ。本当の事だろが、このてるてるぼうずもどき」

 

『言ったな!? 密かに気にしてること言ったな!? もう許さないぞぉ~!』

 

「ユルセンだけに『許せん』ってか? いいぜかかって来いよ。雨の日に窓際に干してやらぁっ」

 

 くだらない事を発端に始まる俺とユルセンの喧嘩。ユルセンはその小さな身体を用いて俺を翻弄しつつつついてくる。俺はそんなユルセンを捕まえてはぶらんぶらんと揺らして参らせようとする。そして手元から逃げられ、また頭から繰り返す。

 希はそんな俺たちを呆れたような目で見ているが、こちらは真剣なのだ。少しくらい見逃してくれてもいいだろう。

 

「さ、さっきまで協力していた仲はどこに……ん?」

 

 そんなバカやっている俺達を他所に、希は何かを発見したようだ。それと同時に、俺たちのミニ喧嘩の決着も付く。結局小さい身故のすばしっこさに翻弄された俺が、最後まで遊ばれる形で終わってしまった。くそっ、無念だ。

 

『へっへへ~まだまだだなぁ~。んじゃあなぁ~』

 

「あぁ~くっそぉ……って……どうした希?」

 

 ユルセンとの喧嘩を終えた俺もすぐに希の視線が他所を向いているのに気付き、彼女と同じ方向へと目をやる。

 

「いや、あの子な、って思って……」

 

 希が指差したのは、まだ小学生4、5年と言ったほどの、まだあどけない顔持ちをした少年だった。しかし今日は平日だ。本来なら学校があるはずなのに、あの子は学校に行く素振りも見せず、ただ寂しそうに……いや、まるで死人のように、生気を失った顔で長椅子に腰を掛けていたのだ。

 まるで生きる希望を失ったかのように。

 

「希、あの子って……?」

 

「最近ずっとここでああしてるんよ。あ、ウチここで巫女さんのバイトしてるから、ずっとおるんやけどね。だからあの子の事も少し知ってるんよ」

 

 希が神田明神で巫女さんをやっているのは初耳で驚きだが、今はそんな事に気を取られている場合ではない。すぐに彼についての情報を彼女から聞き出すべきだと俺の心が叫んでいた。

 

「で、どうしたんだ?」

 

「お父さんとお母さんが……事故で……その……」

 

「……亡くなった……のか?」

 

「うん……」

 

 何ともまあ、当たってほしくない予想が当たってしまったものだ。しかしそれであの気力のない顔にも納得がいく。やはり今のあの子には……。

 

「それで、生きる希望を失った……と」

 

「うん。それでウチな、何度もあの子と話をして……でも、何にも変えられんかって……」

 

「……」

 

「あの子、いつか自分で自分の命を絶つんじゃないかって、それが心配で……」

 

 希の言うことは分かった。確かにあの少年に同情できる部分もある。大切な人が亡くなれば、誰だってああなるものだ。死んでしまいたい。彼の人がいない世に生きていても仕方がない。そういう人間は世の中に山ほどいる。

 人間なら仕方ない。大切な人を失うのは、誰だって辛いことだから……。

 

 だけど……だから自分も死ぬなんていう道理は、今の俺(・・・)には到底許せなかった。

 

「ちょっと行ってくる」

 

「えっ? か、翔君!?」

 

 意を決して例の少年の元へと足を進める。思い違いであってほしいが、今のこの子にははっきりと死相が見えている。今の俺には分かるのだ。近いうちに、この子はきっと死んでしまうと。自分でその短い生涯を終わらせてしまうと。だから……ほっとけない!

 

「ねぇ、ちょっといいかな?」

 

「……」

 

 案の定、俺の呼びかけに対して何の返事もない少年。しかし、そんな事想定内だ。俺はこれからこの少年に生きる目的を教えなければいけない。少なくとも、自分で命を絶つだなんて馬鹿な事はやめさせたい。

 

 ……正直、メンタルケアとかやったことないから不安だけど。

 

「隣、座るよ」

 

 そう言って俺は少年から僅かに一席分開けて、同じ向きに長椅子に腰を掛ける。とりあえずは向き合わず、少年と同じ景色を眺めることにした。

 

「ああ……今、蜘蛛の巣に蝶々が捕まっちゃったね……」

 

「……」

 

「あの蝶々も、多分死んじゃうんだろうね……」

 

「(ちょっと翔君!)」

 

 背後から希の非難にも似た小さな声が届くが、今はこの子に集中したいのだ。だからもうしばらく無視させてもらう。

 

「ねぇ……命って、何だと思う?」

 

 それが今俺が彼に問いかけたい質問。彼が自分の命についてどう考えているのか、それを聞き出すための問題。そして非常に微量ながらも、消えてしまいそうなほどの微かな少年の声が俺の耳に届いた。

 

「……――もの……」

 

「ん? なんて?」

 

「……いつでも……消えるもの。消せるもの……だと、思う……」

 

 いつでも消えるもの。そしていつでも消せるもの。彼はそう命を称した。なるほど、これは……確かにその通りかもしれないな。

 

「確かに、それも間違ってないかもね。でも、どうしてそう思ったの?」

 

「……」

 

「いいよ言っちゃって。な~んも間違ったことなんて言ってないんだから」

 

「……お父さんも……お母さんも……簡単にいなくなった……」

 

 両親が死んだ時の事を思い出してか、次第に声色に感情乗せられていき、そのボリュームもだんだんと大きくなっていく。

 

「いなくなるはずないって思ってたけど……本当は全然そんな事なかった。簡単に、いつでも消えちゃうものなんだって」

 

「そっか……そうだよね。分かるよ。俺も命ってすぐ消えちゃうものだって思ってるところあるから」

 

「ホントに?」

 

「ああホントよホント。俺もあるからさ、そういう経験」

 

 その時、俺の脳裏に浮かぶのは、殺される俺自身の思い出と、そして……あの時の、燃え盛る巨大な炎……。

 

 そしてその時思い知ったのが、己の無力さと、命の重さ……。

 

「……それで、君は自分の命も簡単に消えると思ってるんだね?」

 

「うん。だって、あの階段から転がり落ちれば、多分死んじゃうよね、僕」

 

 そう言って神田明神にある石段を指差す少年。もしかしてあそこから転ばれば死ぬと思ってるのかな? ま、確かに勢いがあればそのまま死んでしまうだろうが。

 

「う~ん……どうだろうね。でもあそこ意外と緩いから途中で止まるかも」

 

「じゃあ、あのビルとか。絶対無理だよ。死んじゃう」

 

「ああ、確かに俺でも死んじゃいそうだアレは」

 

 少年が指差したビルを眺めながら、半ば冗談のようにケラケラと笑う俺。しかしきっとこの子にとっては冗談ではなく、本気だろう。顔が全然笑ってない。

 やはり、この子にとっては自分の命もすぐに消えると思っているのだろう。自分の両親と同じように。

 

「じゃあさ、今度は俺の話聞いてくれる? 命って何かって」

 

「? お兄さんは違うの?」

 

「まぁね。でさ、命ってね……――」

 

 今まで何物にも興味を示さなかった少年の視線が、ここにきて俺に向く。きっと自分の意見に同意されながらも、また違う観点を持った俺の話に興味を抱いたのだろう。

 

 そして俺は告げる。命とは……人間の命とは……。

 

「――命って、軽いけど……重いんだよ」

 

「?」

 

 俺の矛盾した言葉に、頭を傾げてしまう少年。恐らく後ろで様子を見ている希も、完全には理解していないだろう。ならばと、俺は自身の持つこの眼魂を握りしめながら、優しく少年に語り掛けた。

 

「命って軽いけど、一つしかない。触ってみたら軽いかもしれないけど、価値はどんなスゴイお宝よりも高いんだ。だから重い」

 

「……う~ん?」

 

 あれ? まだちょっと分からないか。ならば別の言葉で言いかえてみようか。

 

「命って、チャンスなんだよ。みんなそれぞれたった一度与えられた、貴重なチャンス。それをどう使うかが重要で――」

 

「お兄さんの言ってること、難しくて分からないよ」

 

「あ、あれ……?」

 

 バッサリ。まさかの一刀両断。いい事を言っているつもりなのだが、どうやらこれではこの少年には届かないらしい。

 

「(う~ん……何か……何かいい言い方はないか……)」

 

 少年への理解を諦めきれず、誰にも悟られないよう必死で言葉を探す俺。だが、その時思い出したのは、おっちゃんが言っていたあの言葉。

 

『英雄の魂』

 

「(そうだっ!)」

 

 肝心なことは教えてくれないクソ仙人ではあるが、こういうところで役に立ってくれるのは予想外だ。そして早速、英雄の魂になぞった言葉を彼に伝えようとする。

 

 

 しかし、その時であった。

 

 

「っ!? 危ないっ!!」

 

「ぅええっ!?」

 

「翔君!! 僕っ!」

 

 俺が何かを察して少年を抱えて長椅子から飛びのいた後、俺たちの背後を眩しい何かが轟音と共に流れていったのだ。振り返れば長椅子は黒焦げで、やがて消し炭になって跡形もなく消え去ってしまった。

 そして俺は先程の眩しい光――電撃の射出方向へと目をやる。そこには……。

 

「よく躱したなゴースト! だが次は殺す! 絶対殺す!」

 

 見た事もない奇怪な姿をした眼魔が、その萎れた電球のような両手を振り上げながらこちらに向けて叫んでいた。しかしあの声からして、アイツは俺が先程取り逃がした眼魔で間違いないだろう。全く、何が『しばらくは動けない』だ。ユルセンの嘘つきめ。

 

「ったく……もう死んでるっての。それよりおたく、なんか以前にも増してダサくなってませんこと?」

 

 少年を抱えつつゆっくりと起き上がりながら、いつも通りの軽口を忘れることなく叩き込む。しかし物質を取り込んで強化したことで幾らか余裕が出来ている眼魔――電気眼魔は、そんな挑発に乗ることなく雄弁に構えている。

 

「もうそんな挑発には乗るか。さっきの恨み晴らさせてもらうぞぉ!」

 

「はぁ~、暑苦しいのはやだねぇ。希、この子を頼む」

 

「うん、分かった」

 

 眼魔との戦闘に何も見えない子どもを巻き込む事は出来ない。それを希も分かっているのか、早々にこの少年の面倒を引き受け、希は少年をしっかりと抱き寄せた。

 

 しかしその時、少年の周りで変化が起き出した。

 

 

 

 

「う、うわぁぁっ!? な、何アレ!? よっ、よよ妖怪っ!?」

 

 

 

 

「はぁっ!?」

 

「ぼ、僕っ。アレが見えるの!?」

 

 少年が希へと触れたその瞬間、なんと彼の目には眼魔の姿が映ったのだ。

 

「(一体どうなってるんだ……っ、いや、それよりも今はコイツに集中しないと)」

 

 希に触れた人間には眼魔が見えるようになる。そんなとんでもない事実が明らかになるも、今は目の前の厄災をどうにかして片づけなければならない。

 俺は腹部に覆うように両手を被せると、そこからゴーストドライバーが現出する。まるで最初から俺の一部であるかのように、自然と身体にフィットしたソレを確認し、俺は懐から眼魂を取り出した。流れるようにオレゴースト眼魂の横のスイッチ、ゴーストリベレイターを掌で押し、ドライバーにセットする。

 そしてデトネイトリガーを引いた瞬間、ドライバーの眼からオレゴーストが出現し、俺の周りを踊り出した。

 

『バッチリミナー! バッチリミナー!』

 

 ドライバーから流れるアップテンポのリズムをバックに、手早く、流れるように手で印を結び、そして……。

 

「変身!」

 

『カイガン! オレ!』

 

 魂の叫びと同時に、俺はデトネイトリガーをドライバーに押し込んだ。

 

『レッツゴー! 覚悟! ゴ・ゴ・ゴ! ゴースト!』

 

 俺の身体がゴーストの素体――トランジェントに変化し、すぐさまオレゴーストが覆いかぶさることで、ゴーストへの変身が完了。同時に俺の周囲は暗闇とも黄昏ともつかぬ暗がりに支配される。

 

「な、何だアレ……すげぇ……」

 

 背後から俺の姿を見た少年の、感極まった声が届き、どこか得意げになってしまう。

 

 よし、折角だ。このまま名乗らせてもらおう。

 

 

 

 

「俺は、仮面ライダーゴースト。さぁ……命、燃やすぜっ!」




次回、Part2へ続く。
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