Ghost~君の傍に   作:アノマロカリス

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大変お待たせしました。Part2です。

それではどうぞ。


第2話 命は何のために (Part2)

 希と少年がゆっくりと後ろに下がったのを感じ、俺はガンガンセイバーを構え、ゆっくりと電気眼魔に向けて歩み出す。

 

「ふぅ、オラァッ!!」

 

「っ!」

 

 しかし俺が近づこうとするや否や、電気眼魔はその萎れた電球のような手から強力な電気を発生させたのだ。バチバチと破裂するような音をたてて放電する電気の塊は、電気眼魔が腕を振ることによって俺に向かって放たれた。しかしその電流の動きも先程見たものと同じであり、俺は横に軽く跳んでその攻撃を躱す。

 

「ふんっ、まだまだァ!」

 

 耳が割れそうになる程の爆音を上げて、更なる雷撃が俺に向かって放たれる。離れているとはいえ希達の方も心配になってしまうが、どうやらこの眼魔は俺以外には全く目も呉れていないため、率先して彼女達を狙うことはないだろう。

 しかし、このままずっと電撃の応酬が続いては俺も敵に近づくことが出来ない。何とかして電撃を掻い潜り、ガンガンセイバーの一撃を食らわせるか? いや……。

 

「だったらこれで!」

 

「むっ、ぅおぅあッ!?」

 

 俺はガンガンセイバーを解体、変形させて、その構造を大剣から銃のような形に変えた。ガンガンセイバーに備わっているのは斬る力だけではない。このようにして銃に変形し、射撃も行うことが出来るのだ。今のガンガンセイバーはブレードモードではなく、言うなれば“ガンモード”といったところか。

 そして俺はガンモードに変形したガンガンセイバーの銃口を電気眼魔に向け、その弾丸を撃ち放った。電気眼魔はその銃撃を全弾食らい、あっけなく吹っ飛ばされていく。

 

「っし、どうよ。飛び道具を持ってるのはお前だけじゃないんだよっ。この納豆腕」

 

「……何度も……調子に乗るなァ!!」

 

「っ!? ちょっ、待っ、デカッ!? うぉおおおっ!!」

 

 怒声と共に放たれた電撃は先程までとは比べ物にならないほど巨大で、まるで生きているかのようにうねうねと曲がりながら俺へと迫ってくる。俺が避けるたびに雷撃は境内の地面を抉り、よく見れば高熱で石畳が溶けているのが確認できた。

 

「ちょっ、シャレになんねぇぞこれ……っ」

 

「チッ、いい加減当たれェェッ!!」

 

「っ!? ッグアアアアァァッ!!」

 

「翔君っ!!」

 

 そして俺は遂に雷撃に捕まってしまった。しかも厄介な事に、雷撃は直撃した俺を吹き飛ばすことなく、束縛してしつこくその電撃を俺の身体に浴びせ続けていたのだ。あまりの激痛にその場にガンガンセイバーを落としてしまい、跪く。その時、ようやく俺の身体は電撃から解放された。

 

「フンッ。ようやく跪いたか。いいザマだな、ゴースト」

 

「っ、っつつ……ただのゴーストじゃなくて、仮面ライダーゴーストだって言ってるでしょ……っ、腕だけじゃなくて耳まで納豆まみれかよアンタ……」

 

「まだそんな口を聞けるか。だったらもう一度食らわすまで」

 

 そう言って電気眼魔は再度その腕を俺に向けてくる。一方俺の方は、今の雷撃でかなり身体にきてしまっている。時間が経てばまた動くようになるだろうが、今は全身をめぐる激痛と痺れによって自由な制御が困難な状況に陥っていた。こんな状態でまたさっきのようなバカデカい電気を浴びたら今度こそ変身を解除されてしまう。そうなれば相当ヤバイ……。

 

だけど……。

 

だけど、俺は……。

 

「逃げてっ! 翔君!!」

 

「逃げる……? 冗談言うなって」

 

「え……?」

 

 希の必死の叫びに俺は相変わらず高いトーンで否定を返す。

 

 

 そう、今の俺に「逃げる」なんて選択はない。

 

 何故ならそれは、自分を裏切ることだからだ。

 

 俺は自分を裏切らない。

 

 もう自分に嘘は付かない。

 

 俺は決めたのだ。

 

 仮面ライダーゴーストの名を受け入れたその時から、既に。

 

 

「俺は俺を信じる……そう決めたから」

 

「信じる……」

 

「今ここに俺がいるなら、精一杯今を……命を燃やしきる。それが俺の決めた道だから」

 

「命を……燃やす?」

 

 俺の言葉を繰り返す少年。眼魔との戦いが始まってからようやく言葉を発してくれた彼に、俺は仮面の奥で笑顔を浮かべながら少年へと語り掛けた。

 

「そう、今ここにいる証明……それが命だよ。それに最後まで嘘を付かず、最後まで使いきる。アイツを倒した後でしっかり教えてやるから……そこで待ってて」

 

「……うんっ」

 

 少年の言葉を受けた俺は落としたガンガンセイバーを握り締め、ふらふらながらも再び立ち上がる。眼魔はどこか馬鹿にしたような素振りを見せて俺たちの会話を聞いていたようだが、それが終わったのを悟るや否や、その手に電撃を纏わせ始めた。

 

「別れの挨拶でも済ませたのか?」

 

「いいや、君のお葬式の相談かな」

 

「ほざけっ!!」

 

 そして放たれる、先程よりも巨大な雷撃。四方八方から向かってくる電撃の雨に囲まれ、誰もが助からないという答えを導きだすであろう絶望的な絵画を作り上げていた。

 

「翔君!」

 

「お兄さんっ!」

 

「ハッハッハッハァッ!!」

 

 次の瞬間、雷撃が境内の地面を大きく抉り、爆発が起こった。

 

 

 

※※※※

 

 

 

 私の目の前で、強烈な光が戦士を包み込む。瞬間、辺りは爆音と土煙に包まれ、五感が何も認識しなくなってしまう。恐ろしい光景を前にして、目を背けたい気持ちになってしまう。

 

「……か……(翔君……っ)」

 

 それでも私は、その光景から目を離すことが出来なかった。土煙が目に入らないよう少年を抱き寄せながらも、私は彼が立っていた場所から目を離すことは出来なかった。

 一つには彼の無事を祈っていたから。そしてもう一つには、彼の……その仮初めの命を燃やす様を、最後まで見届けたかったから。会ってまだ半日と経っていないけど、どういうわけか私はこの少年の言葉、在り方を信じたくなってしまった。

 

「ッフッフッフ……案外呆気ないものだな、仮面ライダーゴースト」

 

 煙の向こうでは怪物が勝ち誇っている。彼がこのまま終わるはずがない。そう信じていただけに、その声が悔しくて仕方なかった。

 

 だけど、そんな怪物と私たちを隔てていた煙が晴れようとしていた。

 

 土煙が舞う中、私と少年は戦士の無事を祈り、怪物は勝利を確信していた。

 

 やがて煙が晴れ、誰もがその爆発の中心に目を凝らしていた。

 

 そこにいるのか。それとも消し飛んでしまったのか。

 

 その詳細を探るために。

 

 

 その時であった。

 

 

「エエアアァァッ!!」

 

「ッグォアアアアアッ!?」

 

 

 鋭い音と共に、怪物の悲鳴が辺りに木霊したのは。同時に煙が完全に晴れ、私の目に、怪物を大剣で斬り上げている彼の姿が映った。

 

「翔君!」

 

「な、何がァ……?」

 

 彼はまるで地面から飛び出したように怪物を斬り上げ、そのまま高く跳躍していた。そもそも土煙が起こっていたのだから私には分かり様もない。だけどそれはあの怪物も同じだった。どうやって攻撃を躱して、どのように攻撃をしてきたのか理解が追いついていない怪物に、翔君は言い放った。

 

「誰が教えるかよっ!」

 

『ダイカイガン!』

 

 怪物の疑問をばっさり切り捨てた彼は、その大剣をベルトにかざし、今度は上から大きく大剣を振りかぶった。その瞬間、彼の背後には巨大な目を模した魔法陣が現出し、そこからエネルギーが放射状に剣へと吸い込まれるように流れていく。そうすることで大剣は、見る者を夢幻へ誘うかのような黄昏色の輝きを放ち出した。

 

『ガンガンミナー! ガンガンミナー!』

 

「ふんっ!」

 

 空中から輝く刃を振り下そうとする翔君。だけど……。

 

「舐め……るなァ!!」

 

「っ!?」

 

 怪物はまたもや電撃を繰り出して、彼に向けて発射した。

 

「っ、ふんぬぉぁあああああ……っ」

 

「何っ!?」

 

 しかし彼もまた、その刃を止めることはなかった。彼の剣が電撃を斬り裂いていたのだ。落下の影響もあったのかもしれないけど、やはり一番には彼の精神力……命を燃やすという、並々ならぬ彼の覚悟があったからだと思う。

 電撃を断ちながら迫る刃は、徐々に怪物へと迫っていく。

 

 そして……。

 

『オメガブレイク!』

 

「せぇやぁあああああっ!!」

 

「ングォアアアアッ!!」

 

「やった……っ」

 

 彼の一太刀が、怪物を斬り裂いた。

 

 その瞬間、辺りは再び爆風に包まれる。

 

 彼が勝った。私も少年もそう思っていた。

 

「っ……」

 

 しかし翔君は未だ構えを崩すことなく、煙の向こう側を見つめていた。そんな彼の油断を見せない姿勢に、私も再び緊張を取り戻してしまう。そして煙が晴れていき、私たちはそれを見た。

 

「……ゼェ……ゼェ……ッ……ァ゙ァ……」

 

「嘘……」

 

 怪物は……未だ顕在していた。

 

 

 

※※※※

 

 

 

「くそっ……」

 

 電気眼魔を倒しきれなった事実に、俺は悪態をついてしまう。電撃の痺れによって全開で剣を振るえなかった、先程の電撃との激突などで威力を落とされた等、理由はいくらでも考えられるが、結果として倒しきれなかった以上、失態なのは同じ事だ。

 しかしそれでも電気眼魔は満身創痍で、先程のぶつかり合いで身体を庇った両腕の電球が完全に破壊されている。もはや電撃は出せないだろう。ならばもう一度斬って、今度こそ終わらせるまで。そう思って駆け出そうとした時だ。

 

「っ……ぐぐ……ぅらあ!」

 

「っ、なっ!? なんだこいつ等!?」

 

「しかも、こんなにいっぱい……っ?」

 

 電気眼魔の身体から何かが無数にばら撒かれ、そこから眼魔に似た何かが出現したのだ。似た「何か」と言うのは、それらには眼魔にあるはずの「目」が存在せず、のっぺらぼうであるからだ。ゴーストでいうところのトランジェントと似たようなものだろうか。とりあえず集団でいるのだから「眼魔コマンド」と呼ぶべきか。

 ゾンビのように、のらりくらりと立ち振る舞って俺に襲い掛かろうとする、眼魔コマンド。一体一体は強そうに感じられないが、ここまで数を増やされてはとても面倒だ。俺はガンガンセイバーを振ってコマンドを蹴散らしながら、内心悪態を付いていた。

 

「ふんっ、はっ……くっ、キリがない……っ」

 

「い、今の内に……」

 

「翔君! 電気の怪物がっ!」

 

「あっ、待て……っ、くっ、邪魔だっ! ハァッ! ……くそっ」

 

 そして眼魔コマンドを相手取っているうちに電気眼魔は逃げ果せてしまった。後を追おうにもこの数が邪魔すぎるし、放っておけば背後の希達を危険に晒してしまうかもしれない。悔しいが今はこいつ等の相手に専念した方がよさそうだ。

 

「ふっ、らぁっ……とは言うものの……ばら撒きすぎだろアイツっ! ふんっ」

 

 電気眼魔が出現させた眼魔コマンドの数は境内を覆い尽くさんばかりの大軍隊だった。このまま一体一体倒していくのは骨が折れるし、第一これ以上暴れさせて境内をボロボロにするのも気が引ける。どうにかしてこの群れを一網打尽にできる方法がないか模索していた。

 

『あ~もうじれったいなぁ~』

 

「ユルセンっ?」

 

『これ使えばぁ? ほら』

 

 そう言って突如現れたユルセンが俺に渡してきたもの。それは……。

 

「えっ……眼魂……?」

 

『そうだよぉ~。先代のゴーストが盗られなかった眼魂の一つさ。それで少しはマシに――』

 

「もっと早く出せよっ!!」

 

『ぅわぁっ!? 何だよ声大きいなぁもぉ~……』

 

 こちとら必死になって眼魂を探しているというのに、その内の一つを隠し持っていただなんて。しかも何が酷いって、これ……初犯ではないのだ。

 

「まあいいや。使わせてもらうよ」

 

 そうして俺は、ユルセンから託された「青色の眼魂」のスイッチを入れた。ゴーストドライバーからオレゴースト眼魂を取り出すと、ゴーストが纏っていたパーカーが消え去り、俺の身体は素体のトランジェントへと戻る。そしてすぐさま「04」のナンバーが込められた眼魂をドライバーにセットした。

 

『バッチリミナー! バッチリミナー!』

 

 トリガーを引き、青いパーカーゴーストが出現して俺の周りで浮遊を始める。冬物のジャケットのようにふわふわした温かそうなパーカーであり、その腕はまるで地球のように丸く、重々しい印象を抱かせている。

 

 そしてこのゴーストもまた過去の偉人の魂。

 

 過去にその命を燃やしきり、歴史に名を刻んだ人。

 

 そしてこの人は……。

 

 

『カイガン! ニュートン!』

 

 

 トリガーを押し込み、ドライバーが彼の名を告げる。

 

 

 そう、彼の名はアイザック・ニュートン。

 

 物理学者であり、数学者であり、自然哲学者としても名を馳せる、世紀の天才学者。

 

 彼の提唱した「万有引力の法則」は、その理論を理解していない子どもですら名を知っているほどの有名な法則であり、それだけでも彼の残した業績の大きさが分かるであろう。また、過去の学者たちが提唱しては立証されなかった地動説を、遂に確立させたのも彼である。

 

 ともかく、現代の自然科学において最も影響を残した偉人の一人であることには間違いない。

 

 そして、ニュートンゴーストが俺の身体を覆うようにして、ゴーストは新たなパーカーを羽織る。

 

 彼が俺に力を貸してくれるのだ。

 

 自然科学の革命的学者の魂が、俺の元に舞い降りる。

 

 そしてゴーストドライバーは、ニュートン魂の変身音を響かせた。

 

 

『リンゴが落下~! 引き寄せまっか~!』

 

 

 ……ふざけてんのか? このベルト……。

 

 一応偉人の魂だぞ……これ……。

 

 しかし今更このドライバーのテンションの高さに突っ込んでいても仕方がない。今はこの大群を片付けることが優先だ。

 

「ぅっ……重力と斥力……そうかっ」

 

 ニュートンゴーストを身に付けたことで俺の脳内に彼の力が直接流れ込んでくる。どうやら新たなパーカーゴーストを羽織ることで、ゴーストは自然にその力を理解することができるようだ。

 

「ふんっ!」

 

 そして俺は右手のボクシンググローブとも違わない巨大な球体の手を地面に叩きつけた。

 

 その瞬間、境内は大きく揺れ、そこにいる誰もが足をふらつかせた。

 

 そして……

 

「うわっ、な、何なんっ?」

 

「すごい、全部浮いて……」

 

 地面に流れたエネルギーを眼魔コマンド達に流す事で、彼らの身体に斥力――互いに遠ざけようとする力が発生する。すると眼魔コマンド達の身体はふわりと地面から浮き上がり、なおもどんどんと空高くへと上昇していく。大量の黒色が青空を埋めつくさんとする様はある意味壮絶な絵面であったであろう。

 

 圧倒的なエネルギーを操り、重力を自在に操作する力。これぞ俺の新たなる姿――

 

 仮面ライダーゴースト ニュートン魂

 

 やがてそれぞれの眼魔コマンドが点のようになるまで小さくなってしまったところで、俺は斥力を操作する右手のリパルショングローブを地面から離し、力の操作を一旦緩めた。そして今度は左手のグローブを天高く掲げた。

 

 そして――

 

「はぁぁっ!」

 

 瞬間、爆音が辺り一帯を包み込んだ。

 

「きゃあぁっ!」

 

「わっ!」

 

 ニュートン魂のもう一つの力——引力を左手のアトラクショングローブから発生させ、空中で眼魔コマンドを一つに密集。そのまま力任せに重力を身体全体に負荷させて、全ての眼魔コマンドを押し潰した。爆音と共に墨のような黒い液体が、まるで血のように降り注ぐ。しかしその黒色も、地面に着く前に完全に消滅してしまった。

 

「ふぅ……ま、こんなもんか」

 

『オヤスミ〜』

 

 とりあえずは片付いた。眼魂を取り出して変身を解除し、俺は一息つく。さっきの眼魔にはまたもや逃げられてしまったが、あのザマじゃしばらくは何も出来ないだろうし、何より後ろの二人に大事がなかっただけでも今回は上出来といったところだろう。

 

 ただ一つ問題があるとすれば……。

 

「あぁ~……ごめん希。境内……ボロボロになっちゃった」

 

 先の戦闘で無残にも灰と化したベンチや抉れた広場など、些か無視できないほどまでボロボロになってしまった境内であろうか……。

 

 

 

※※※※

 

 

 

「ねぇ、お兄さんがさっき使ってたのって、ニュートンだよね?」

 

 あれから場所を移し、今度は公園で俺は再び少年と話し合おうとしていた。眼魔の横やりによって邪魔されてしまったが、本当なら先ほどもこの少年と向き合っているはずだったのだ。ゴーストやら眼魔やら、いろいろと大変なものを見せてしまった気がするが、彼も希も特に混乱している様子はなかった。おかげで落ち着いて少年と引き続き会話を交わすことができる。

 俺も希も少年も、三人共ブランコに腰を掛け、ゆらゆらと揺れていた。しかしそんな中、ブランコを止めた少年は不意に尋ねてきたのだ。そしてその時の彼の目は、今までになくキラキラと輝いているよう見えた。

 

「ん? そうだけど、どうしたの?」

 

「え? あ、いや、その……ちょっと気になったから……」

 

 時間が過ぎれば絵空事のように思えてしまうだろう先程の戦闘よりも、その時に聞こえたニュートンという言葉が気になった様子の少年。しかし俺が聞き返すと恥ずかしそうに言葉が小さくなっていってしまう。

 だがその時、少年の隣で揺れるブランコを止めて希が尋ねてきた。

 

「ねぇ。もしかして、昔の偉人とか好きだったりするんかな?」

 

「……うん」

 

 僅かに頬をピンク色に染め、恥ずかしげに頷く少年。希の問いかけに観念してか、頬の色を変えることなく少年は自分について語り始めた。

 

「学校の教室に、よく置いてあるんだ。エジソンとかニュートンとか、そんな昔の人の伝記が。僕、それを読むのが好きで……だから……」

 

「歴史や偉人が好きなんやね」

 

「うん……」

 

 照れを隠すかのように、再びブランコを小さく漕ぎだす少年。その時の少年の顔は一瞬笑顔にも見えた。

 

「でも……」

 

「?」

 

 しかし、すぐにその笑みは消え失せ、先程までの重い表情へと戻る。

 

「でも、僕はああいう風にはなれない」

 

 今の自分の境遇や実力を、かの偉人達と比べているのか、意気消沈として自信なさげにため息をつく少年。

 

「ニュートンは好きだよ。天才だし、何でも解けちゃうから。でも……」

 

 そして僅かに間を溜め、少年は溜めていた想いを俺たちに吐きだした。

 

「僕がこの先生きてても、多分何もできない。何もやることが見つからないと思うもん。ニュートンみたいに何かを遺せるなんて思えない。ただ何も成せずに生きてるのって、それ、意味ってあるのかな? 死んでるのと同じじゃないのかな?」

 

 両親を失った体験から生まれた虚無感からだろうか、彼の言葉の節々から重い空気が感じられる。その議題は果たして小学生が抱けるものなのだろうか。いや、これは生きている限り誰もがぶち当たる壁だ。人は誰も、自分の生きる意味を探している。彼はその壁に人より少し早くぶつかっただけだ。

 

「だから思っちゃうんだ。僕の命って、誰かのためになるのかって? お父さんやお母さんにもう何もしてあげられない僕に、価値はあるのかなって……」

 

「無いかもねぇ」

 

「翔君っ!」

 

 少年の想いに少しばかり共感して応えた俺に、希はブランコから立ちあがって怒声を放つ。先程の蝶々の時とは違い、割と本気で起こっているのがその声色から分かる。

 

「『かも』って言ったでしょ。いいから座んなさいって」

 

「でもっ、命に価値が無いなんてそんな――」

 

「見方によっていくらでも変わるよ。そんなもの」

 

「……見方?」

 

 希に返したつもりの言葉に、今度は少年が反応した。ずっと揺れていたブランコをようやく止めて、俺は昔の事を思い出しながら彼に説明を加える。

 

「同じ命でも見方を変えれば無限に価値が違うってこと」

 

「?」

 

「君が君自身を価値の無い命だと思ってても、俺たちからすれば価値があるんだよ。でも関係ない人なら、どうでもいいって言う。大体そんな感じで、君一人の命にもいろんな価値が付けられるってこと」

 

「かもしれないけど……」

 

 簡単に説明しすぎたためか、未だに腑に落ちない表情で足元を見つめる少年。しかし今彼に必要なのはこんな話ではない。

 

 先程聞かせてやると言った手前、嘘を付くことはできないからな。

 

「さっきさ、戦ってる時に俺が言った言葉覚えてる? 『命を燃やす』って」

 

「っ、うん。それってどういう意味なの?」

 

 同じようにその言葉に耳を傾けてきた少年に、俺は薄らと笑みを浮かべてから再び語り掛けた。

 

「さっき、偉人が好きって言ってたよね。まあ、俺に言わせれば英雄か」

 

「英雄……」

 

「そっ。それでね、世間で英雄だの偉人だの言われてる人って、みんな共通してることがあるんだ。それが」

 

「命を燃やす?」

 

「そう。限りある命を、いつか尽きてしまうその時まで使いきる。最後の最後まで」

 

 そして俺は懐から先程の戦闘で用いたニュートン眼魂を取り出し、慈しむかのように柔らかい笑みと共にそれを見つめる。確かに彼らは皆、後世に名を残したからこそ英雄として扱われている。しかし決してそれだけではない。彼らは皆、その命を最後まで生き抜いたからこそ……魂を燃やしたからこそ、今も輝き続ける英雄であるのだ。

 ゴーストの眼魂になるのも、その命を燃やしつくした英雄の魂であるとおっちゃんは言っていた。そりゃそうだ。途中で自分の命を投げ出す人物が眼魂になったりするはずがない。

 

「別にニュートンみたいに何かを遺せって言ってるんじゃないんだよ。せっかく親から与えられた命だもん。俺が君だったら、最後の瞬間が来るまで、全力で人生を走り抜きたい」

 

 それは既に命を失った俺だからこその想いだろうか。少年は俺が既に死んでいることなど露知らないだろうが、この想いだけはどうか伝わってほしい。俺はブランコから立ちあがると、眼魂を少年の目の前まで持っていき、最後に言い放った。

 

「ニュートンやエジソンのようになりたいんだったら、最後まで生き抜こうぜ。何かを遺した者が英雄なんじゃない。最後まで生ききって、命を燃やしつくした者が英雄なんだ」

 

「……」

 

「……って言ってみたり」

 

「って、そこはカッコつけへんのね」」

 

「てへっ」

 

 最後に少しだけおどけてみせたが、少年の神妙な顔つきは以前変わらぬままだ。

 

「だから……」

 

「っ!? お兄さん、これ――」

 

「自分の命の価値だけは、絶対に見失わないでくれ」

 

 俺は少年の目線に合わせるようにしゃがみ込むと、そのだらんと下ろされた両手を合わせて、ニュートン眼魂を握らせた。そのアイテムが俺にとって大事なものであるのが分かっているのか、驚きで目を見開く少年。横で見守っていた希も同じようで、俺の耳に彼女の息を飲む音が聞こえた。

 

「でも翔君、それは……」

 

「英雄の……ニュートンの魂が宿った眼魂。少しの間だけ持っててくれないかな? その人生を生ききった英雄の命の重さを、感じてくれ」

 

「……うん」

 

 少し躊躇いながらもゆっくりと俺の目を見て頷く少年に、俺はほほ笑んで彼の頭を撫でたくなるも、"今の自分"にはそれが出来ないことを思い出して動かそうとした腕を引っ込める。

 眼魂を受け取った少年は両手の中のそれを神妙に、しかし緊張した趣で見つめていた。きっと彼も感じているのだろう。その眼魂に秘められた英雄の魂……命を燃やしきったその人生の重さが。

 

 一見小さい玩具にしか見えない眼魂。しかしいざそれに触れた時、誰もがその小さな塊に宿した偉大な痕跡を感じずにはいられないのだ。初めて英雄眼魂に触れた俺や希も、今の彼のように息を飲んでその魂の熱さに圧倒されていたことを思い出す。

 

「……」

 

「(少しはマシになったかな)」

 

 先刻まで自分の命を軽く見ていた少年の姿は何処へ行ったのやら、自身の手の中の眼魂をまるで自分の命であるかのように大切そうに見つめる少年。生きる希望とまではいかなくとも、自分の命の価値感に何かしらの疑問を抱いてくれれば俺としても万々歳だ。

 

「ねぇ、そう言えばまだ名前聞いてなかったよね。俺は青空翔。君は?」

 

 今までずっと名前を問わず、少年と称していた彼の名前をここで訊ねることにした。少年は一度こちらを向くも、すぐにまた俯いて眼魂の方へと目をやる。もしかするとまだ名前を教えてもらう程信頼されていなかったのだろうか。そう不安になっていたが、その直後にぼそっと彼の口から洩れる声が聞こえた。

 

「……なり……」

 

「え?」

 

明成(あきなり)……観月(みづき) 明成(あきなり)。僕の名前」

 

 顔は下を向いているが、視線だけはこちらを向けて、遠慮しがちに自分の名を告げてくれた少年――明成。そんな彼の姿がどこか可愛らしく、そして初々しく思えてつい破顔してしまう。

 

「うんっ。じゃあよろしく、明成」

 

「……うん」

 

 まだ自分の命について答えは出していないかもしれない。それでも、俺の呼びかけに答えてくれた彼に、一筋の希望が見えた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『オイッ! お前何してんだよぉ! そもそもそれは俺様が渡した眼魂だろうぉが!』

 

 しかしこのまま綺麗には終わらせてはくれないようである。この一つ目小僧は。

 

「ぅわぁっ!? また何か出たぁ!?」

 

 眼魂を手にしたものはゴースト及び眼魔が見えるようになる。それは同時に、ユルセンの姿をも見る事ができるというわけだ。

 

 

――はぁ……やっぱりこうなるのね……。

 

 

 未だ燥ぎ立てるユルセン。耳元で叫ばれて鬱陶しく耳を塞ぐ俺。そして急に横から現れるユルセンの姿に声を上げて跳びあがる明成。そんな状況を少し離れた場所で苦笑しながら見守る希。

 

 どういうわけか、俺にはその光景がこれからも続きそうな予感がしていた。

 

 

 

※※※※

 

 

 

「おや……また帰ってきたのですか」

 

 とある廃工場の一角で、黒い衣装に身を包んだ男が、満身創痍の状態で自分の元へと帰ってきた電気眼魔に向けて淡々と言葉を放っていた。

 

「ッググ……うる、せぇよ……次こそは」

 

「また負けるでしょうねぇ」

 

「何だとォ!?」

 

「事実です」

 

 まるで感情を見せずにつらつらと辛辣な言葉を浴びせる謎の男に、電気眼魔は更に声を立てる。ここで男に向かって電撃を放てればよかったのだが、生憎先の戦闘において彼の電球は破壊され、満足に電気を生成できない状態にあった。そんな事を知ってか知らずか、男はなおも冷静に高所から電気眼魔を見下ろしていた。

 

「フンッ、見てろよ。次こそはあの野郎を殺して――」

 

「そもそも彼はゴースト……既に死んでいます。そんな人をどう殺すのですか?」

 

「何っ?」

 

 男から語られた事実に電気眼魔は驚愕する。そもそもの根本的な知識から彼は間違っていたのだ。青空翔はゴーストであり、既に故人である。そんな存在を殺すと言うこと自体おかしな話だったのである。

 

「じゃあどうすればいいんだよっ! クソがッ!」

 

「彼の眼魂を奪うのです。英雄の眼魂ではない、彼の魂の入った眼魂を。いや、いっそのこと壊してしまえばいい」

 

「っ、そうかそうすれば……っ」

 

「しかし今の貴方には無理でしょう。そこで……」

 

 男は自身の提げていたトランクを開け、中から黄色い何かを取り出した。

 

「そ、それは……」

 

「貴方も英雄の力を使うといいでしょう。これで……ゴーストの眼魂を破壊するのです」

 

 それだけ呟き、男は黄色い眼魂のスイッチを入れて眼魔に向かって投げつけた。

 

 

「っ!? ぅ……ぅぉぉ……ぅぉおおオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

 眼魂が……いや、眼魂から現れたパーカーゴーストが電気眼魔に憑りついた瞬間、その身体は巨大化していき、ヒト型を成していた電気眼魔の身体は原型を留めないほどまでに変化していった。そして、戦艦とも虫とも思える奇妙な姿へと変貌した電気眼魔は、身体中からバチバチと電気を発生させながら、昼間の街中へと飛び出していった。

 

 そんな様子を、男は薄ら笑みを浮かべながら傍観していた。

 

「さて、最終ラウンドですよ。頑張ってくださいね……」




第3話に続く……!

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