——ここは、どこだろう。
辺りは暗く、光は無い。
身動き出来ないくらい狭い中に直立の姿勢で封じ込められている様な……あるいは棺の中で寝ている様な。
不意に背中が冷たくなっていく。
ゆっくり。じんわりと。
水が広がる様に。
冷たさは背中を浸すと、ゆっくりと胸にせり上がっていく。
顔まで覆い尽くしたそれは塩っぽかった。
顎を、口を、鼻を、目を潰し、しかし息苦しさを感じることは無い。
『水*み**、***母『*1*』適応*験、良*。艤*の取り**を*め*』
頭上からくぐもった声が聞こえる。
同時。
形容しがたい激痛が私を襲う。
それは自分の中身をミキサーで直接かき混ぜられているかのような壮絶なもので、光すら無い筈なのに視界がチカチカするのを感じた。
涙も鼻水も涎も悲鳴も——当然恥も外聞も無く垂れ流しだ。
『失敗*?』
その言葉を聞いた瞬間。
凄まじい怒りが頭を支配した。
#
——あれから三日経った。
座敷牢のような場所に、私は寝ている。
光は幽かで、辺りは薄暗い。
時折啜り泣く声が聞こえるのは、私と同じ境遇の子達か。それとも幻聴か。
人型潜水空母『伊19』適応試験。
それが、私に施されていた謎の痛みの正体らしい。
隣だった『伊400』を名乗る女の子が教えてくれた。
この座敷牢は適応試験に成功したが、問題のある艦娘——適応試験に成功した少女を指す。男性体は存在しない——を閉じ込めておくスペースとのこと。
伊400は先日、牢から出された。標的艦がどうとか言っていたのが聞こえた。
戦場に送られたのだろうか。
ふと、トイレの上に備え付けられていた鏡を見てみる。
自慢だった黒髪は海を思わせる水色を主体に、毛先だけ赤紫あるいはピンクに染まっている。
ガラスのように何の希望も映さない目の色は赤に変わっていて、どちらかといえば地味な顔立ちだった私は明らかな美少女へと変貌を遂げている。
笑えばさぞかし可愛らしいだろう。
声も少し低めだったのが見た目通りの高くて可愛い声になっている。
変わらないのは華奢な——胸が無いとは認めない! 断じて!——体型だけ。
何かのコスプレなのか『伊19』と大きく書かれたゼッケンを縫い付けたスク水だけを着ている。
いい加減寒い。
「……はぁ……」
ため息だって漏らしても誰も反応しない。
ここに収容されているのは、問題児か発狂した艦娘だけだから。
と、誰かの足音が響いてきた。
シン、と空気が張り詰める。
看守の巡回? それにしては早い。
「伊19だな? 貴様の配属が決定した。横須賀行きだ」
「……は」
従順に返事をしなければ殴られる。
片膝をついて返事をすると、満足そうに看守は笑った。
鍵を開き、扉を開け、私を引きずり出す。
裸の足裏が痛かった。
そしてしばらく歩かされると——羨望に満ちた艦娘達の視線からすると、横須賀は素晴らしい場所かもしれない——私は一人の男性軍人に引き渡された。
「提督が自ら迎えになど来なくとも……」
「なに、彼女らには全員、遠征と海域の攻略に出させているからな。空いているのは私だけなのだ」
既に私の脳は、彼らを認識していなかった。
まるでがかかったように見える。
小さく礼をすると、私は男性軍人——粟倉提督というらしい——に連れられて外に出た。
私はトラックの荷台に、荷物よろしく積み込まれた。
近くの段ボールに、小さな人影がせっせと何かを運び入れている様子が見える。
こっそり近寄って開いてみると、ピンクのリボンが三つと、探知機のような小さな髪留め型の機械が入っている。
「わぁ!? 艦娘さん! まだ見ないでー! すけべー」
「伊19さん……さん? なんだか聞いていたよりお胸が……むぎゅ」
胸のことを言い出した人影は握っておいた。
どうやら、彼女達は妖精……という不思議生命体で、私たち艦娘の武器や防具、もしくは何かの事象に宿る存在だとか。
基本は艦娘と一部適性を持った男性軍人のみに見ることが出来る……というわけだが、その希少性と裏腹に、好奇心旺盛、自由奔放、天真爛漫と三拍子揃った子供みたいな存在だ。
私が開いた段ボールには『伊19』すなわち、私の装備が入っているらしい。
どうせなら、とセッティングしてもらった。
サラサラした長い髪がひとりでに浮き上がり、両耳の上、うなじの辺りと三束に分かれる。
リボンが妖精さんの指揮に合わせて動き出し、結ばれる。
最後に髪留め型の電探を髪に差しておしまいだ。
「伊19は潜水艦系の艦娘ですので、魚雷を主に使います。使い方は分かりますです?」
「分からないなの」
「では私から。——気合です」
耳を疑った。
気合だと断言したのかこの妖精。
「手に魚雷を持ち出すイメージを具現化して! そう! あぁ! だめ! それは単装砲!」
ジョウロみたいな銃器が出てきた。
こりゃすごい。
しかし、要領はつかんだ。なるほど、確かに気合だ。
こう。ふんん……と来て、ズンッ! と出す感じ。
「中々見所がある様子。これは当たりですかな」
「うおおおお! 凄いぞ! うおおおお! きゅぴっ!?」
四人いる妖精さんの姿もモヤモヤしてるからなんとも言えないが、一人すごいうるさいのがいる。
握って黙らせて、あとは遊んでいると、不意にトラックが停車した。
手を引かれて荷台から降ろされ、大きな建物の中に入り、そのまま出撃命令が下る。
オリョクル体制とか何とか。
近いうちに大規模な作戦をするため、オリョールなどに出撃させ、重油などを得る……ということらしい。
なんのノウハウもないまま私は港から叩き落とされ、妖精さんの案内によってオリョール海に向かう。
そこで、私は戦場を、この世界を知る。