ケンプが穿つ!   作:アルキメです。

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ガバガバ設定だわよん。
これが終わったらイェーガーズ編やりたい(願望)


夜襲を穿つ!

 夕食時。

 詰め所の一階は、一息吐くのに適した広間となっている。

 そこには薄汚れた木製のテーブルが三つ、設けられていた。

 そのうちのひとつ―――窓際に最も近いテーブル―――を選び、お互い向かいあう形で、これまた少しガタがきている木製のイスに座る、ケンプとクランリー。

 テーブルの上には、並べられた料理。

 木の根焼き。

 蒸かしたジャガイモ。

 これだけだ。

 ―――質素というか、簡素というか、貧窮というか。

 げんなりとした内心のまま、ケンプは、木の根を口に運んだ。

 木の根はいやに固く、非常に噛み千切りにくいものであった。

 味は、お世辞でも美味しいとは言葉にし難く、土を連想させる風味が、口内に充満した。

 ケンプは、木の根の乗った皿を肘で押しやり、さり気なく端に寄せながら、急いでジャガイモを頬張る。

 塩が少ないのか、妙に味気なかった。

 だが、木の根よりも、十分に食べられる。

 もう一個を食べようと、ジャガイモに手を伸ばそうとした時―――

 

「ケンプちゃん」

 

 ふいに声が、かかった。

 視線を上げれば、ニコリと微笑みを浮かべたクランリーがいた。

 いかにも人の良さそうな、優しさを象徴した表情を浮かべていた。

 反面、彼女から放たれる雰囲気には、あまり優しさは感じられなかった。

 

「な、なんでしょうか?」

「お残しは、ダメだからね」

 

 冷気を伴った語調に、ケンプは堪らず目を逸らした。

 視線の先には、端に寄せた木の根焼きが。

 

「あ、いや、これはその」

「ダ・メ・よ」

「―――はい」

 

 クランリーから放たれる、言いようのないプレッシャーに、ケンプは素直に従うしかなかった。

 とにかく、木の根をかじる。

 時には息を止めて、味覚を半減させて。

 時にはジャガイモと一緒に、味覚を誤魔化して。

 時には飲み水と飲んで、胃袋に流し込んで。

 ようやく一本丸々、食べ終えることができた。

 

「げふぅ」

 

 不可思議な達成感に、ケンプは自らの腹をさすって、一息吐いた。

 ―――これで、後はジャガイモを存分に味わえる。

 舌に残った、わずかな土の風味に、一時の別れを次げながら、ケンプを目を開いた。

 ジャガイモしか残っていなかったはずの皿の上に、二本目の木の根が置かれていた。

 

「ほらほら、若い子はもっと食べないと」

 

 木の根をかじりながら、クランリーが告げる。

 ケンプは、死刑宣告を言い渡された被告人のような青い顔で、眼球を動かして、木の根とクランリーを、交互に見た。

 微笑みを絶やさないクランリーの糸目が、背筋をなぞる。

 ―――もっと調理のしようが、あると思うんだけどなぁ。

 もはやこれまで。

 諦めて、半ば自棄気味に木の根にかじりつくケンプ。

 それを見て―――

 

「軍人は身体が資本だからね。たくさん食べなくちゃ!」

 

 どこか嬉しそうに、クランリーが呟いた。

 それを見て、ケンプの口が、自然に動いた。

 

「なんか、クランリーさんって、お母さんっぽいですよね」

「あらそう? いやんもう、照れちゃうわ~」

「アハハ……」

 

 両手を頬に当てながら、上半身をくねらせ照れるクランリーを見て、ケンプは薄く笑った。

 お世辞ではない。

 実際に、そう思ったのだ。

 食事を摂る自分を見る視線が、まさしくそんな感じだったと。

 

「ご結婚とかは、なされているので?」

「してないわよ~。まだまだ独身。売れ残りよん」

「へぇ、意外ですね。美人なのに」

「やぁんもうっ、おだてちゃって~!」

 

 頬をうっすらと紅潮させながら、クランリーは、ふところから取り出した扇子で口元を隠した。

 照れる仕草が、中々可愛らしかった。

 

「いやいや、本当ですって! クランリーさんを見逃す人こそ、節穴ですよ!」

「そんなことないわよ~」

 

 団欒。

 団欒である。

 帝都にいた頃も、同僚と同じ釜の飯を食べていた。

 何気ない今日一日の出来事を話の肴に、焼き魚をつつき。

 各所で話題になっている殺し屋集団のことを肴に、出汁鍋を囲み。

 仕事で巻き込まれた愚痴を肴に、エールをあおった。

 そんな風にして、笑ったり、不安がったり、怒ったりしていた。

 もう、あのような光景に巡りあえないだろうと思っていた。

 ―――あまりにも田舎すぎる想像ばかりしてたから、これが余計に染みる。

 じぃ~ん。

 何とも言えない暖かさに、目元が綻びかける。

 しかし、木の根の味が、それを良しとせず、現実に引き戻した。

 引き戻された上で、残り半分の木の根を、がむしゃらに食べつくした。

 

「ごちそーさまでした!」

 

 

 すっかり空になった皿を片付けた、木製のテーブル。

 そこには、湯飲みが二つ、置かれていた。

 食料はあまりないが、こういうものはそれなりに余っているとはクランリーの言である。

 

 この村は、かつて何かしらの方法で土地が死んでいったという。

 しかも、土地のみが枯れているだけではない。周囲を囲む山の半分ほども、同様に枯れているとのこと。

 そのため、いまだ平穏無事に聳え立っている健康な山を利用するしか手はなく、しかしその山自体、決して多くはなく、ならばと開拓しようにも危険種の存在がそれを阻んでくる。

 この辺境の管理を任された領主に頼ろうとしたが、返事は良いものではなかったらしい。

 ただ、月に一度、まるで思い出したかのようにわずかな物資が送られてくるだけ。

 しまいには村の健康な若者や女性、特に子供などは登用されるだけ登用され、今では村人の多くは老人、中年に偏っている。

 昔は数百人規模であった村人口は、気がつけば百どころか、その半分の五十にも満たないものとなっていた。

 そして、領主に登用された者たちが戻ってきたことはない。

 

「もしかしたらだけども、あまりよろしくない事をやっているのかもね」

 

 そんな言葉が、クランリーの口からつむがれた。

 とたん、ケンプの身体の内側から、熱いものがこみ上げた。

 

「そ、そんなっ!? そんなことが―――」

 

 ―――あっていいのですか。

 言い掛けて、口を閉ざした。

 そんなことがあっても、何ら不思議ではない。

 ケンプは、帝都で働いていた時に見た、様々を思い出していた。

 護衛の任務に際して、目撃することがあったことを。

 帝都の闇。

 帝国の黒。

 重税。

 圧制。

 公開処刑。

 知れば、原因の最もたる部分は、まだ幼い皇帝陛下を利用したオネスト大臣にある。

 意識。

 自覚。

 知覚。

 自分がどれほどまでに、見て見ぬふりをしていたか。

 あるいは、それらに慣れてしまっていたのか。

 憤る心が、また生きていたことにも。

 そして、今さらに憤りを思い出す自分に、後悔を抱いた。

 顔が、青ざめているのが分かる。

 

「まぁ、そんなものよ。帝具があるかも、ってことで、こうしていられるけど。

 それがなければ、何もない、見捨てられてもしょうがないところだもの」

 

 ケンプの様子を黙認し、クランリーはそう言って、肩を竦めてみせた。

 諦観の念が、ありありと相貌に浮かんでいた。

 

「それでも、物資を送ってくれるだけありがたいものよ。

 無事な山には、水もあるから、やりくりさえすれば、多少不便だけどなんとかなるし」

 

 それに。

 と、付け加える。

 その頃には、ケンプも落ち着いていた。

 青ざめていた顔が、肌色を取り戻しかけていた。

 

「辺境であっても、土地を担う者が、住民たちにとって不要であると判断されれば、こっちに暗殺集団、……例えば、ナイトレイドがやってくる可能性だって、あるでしょ?」

「ナイトレイド……」

 

 改めて、はっきりとクランリーの口から発せられた名称に、ケンプは唾を呑んで、喉を鳴らした。

 肌色を取り戻しかけていた肌が、ふたたび青筋を浮かべる。

 殺し屋集団・ナイトレイド。

 帝都を震えあがらせている殺し屋集団。

 帝都で警備兵として勤務していたケンプだからこそ、彼らの存在は、耳にタコができるほど聞いている。

 “対象を護衛する”ことが主な仕事となっていたケンプと同僚たちの間では、話題に挙がらない日はなかったという感じさえあった。

 幸い、ケンプは彼ら―――ナイトレイド―――に遭遇することはなかったが。

 そこではたと、同じ護衛職のよしみで、ウォールという、その道では有名な男を思い出した。

 以前、仕事の都合で知り合う機会があったからこそ、顔見知り程度にお互いを紹介していたのだ。

 ―――あーゆー有名な奴から、“自分が狙われるかもしれない”って感じてる奴の護衛任されて、ついでで死んだりするんだろーなー。

 

「とゆーか、こんな辺境まで来るんですかね」

「さぁ? ナイトレイド自体は、富裕層を主な標的にしてるから、来ない可能性もあるわねん。

 あ、でもこっちはここら辺の一帯が枯れてるだけで、領主側の土地は普通に生きてるのよね。

 まぁ、少なくとも口伝の真偽を探るために革命軍の一兵たちと遭遇したこともあったし、それ以外の賊連中なんちゃらと戦ったことはあるけど」

「自分的には、来ないでいてくれたほうが」

「嬉しいわよねん」

 

 お互いに、頷き合う。

 

「―――さて、と」

 

 クランリーは、手にした扇子を横に構え、その先端をケンプに向けた。

 細い糸のような目が、見据える。

 先ほどまでの、ほがらかな雰囲気から一転。

 緊張を孕んだ空気が、足元から膨らんできた。

 扇子を向けられたケンプは、ピクリとも、不思議と動けないでいた。

 

「あの、クランリーさん」

「うーん、まだ二人とも帰ってきてないんだけどねぇ」

「その扇子」

「困ったわね~。私、あんまり戦闘向きじゃないし~」

「なんで私に向けてるんで―――」

「じゃ、そういうことでケンプちゃん?」

「―――」

「初仕事、よろしくねっ!」

「はい? ―――はいぃ!?」

 

 突然の言葉に、しかし立ちあがる間もなかった。

 立ち上がろうとした、―――その瞬間に、詰め所の扉が、思い切り開かれた。

 

 *

 

 訪れは唐突だった。

 クランリーの不穏さを伴った宣告とほぼ同時に、それは来た。

 

 バンッ!!

 

 殴った、あるいは蹴ったような、乱暴な音をたてて、扉が大きく開かれたのだ。

 ケンプの目に映ったのは、人間。

 体格。

 長身。

 細身。

 男性。

 筋肉。

 褐色。

 出で立ち。

 異民族風。

 顔に巻いた布。

 右手。

 得物。

 先の尖った刃物。

 瞬時に認識できたのは、それくらいだった。

 開いた扉側に佇んでいた男は、すぐに視界の中央から消えた。

 視界の端。

 男は上半身を屈ませ、駆け出していた。

 進行方向には、クランリー。

 手には、凶器を示す銀色の鈍い輝き。

 ―――こいつ!!

 即断。

 湯飲みを握り、男に目掛けて投擲。

 男は、慣れた動作で刃物を振るい、湯飲みを一閃。

 真っ二つに分かれた湯飲みから、残った茶が零れる。

 男が刃物を振るった、その一寸に、ケンプは動き出していた。

 

「こっちだ!!」

 

 わざと声をあげて、意識を向けさせる。

 男の視線が、クランリーからケンプに移った。

 

「らぁっ!」

 

 手にした木製の椅子を、男の顎を狙って振るい上げる。

 しかし、男の行動も迅速だった。

 刃物を手のひらで回し、逆手に握りなおす。

 素早く、迫る椅子に目掛け、それを振るう。

 

 カツッ!

 

 刃先が、木製の椅子に突き刺さる。

 軽快な音が室内に響く。

 男が、グッと力を入れた。

 途端、突き立てられた刃物は深々と裂け目に入り込み、椅子をあっさりと切断した。

 

「な、ん……!? その切れ味っ!?」

 

 木屑が宙に散る。

 その中を、男は迷わず、狙いをケンプに定めていた。

 手首を振るい、袖に隠していたナイフを投げた。

 射線はケンプの額。

 的確。

 このままであれば、ケンプの顔面にナイフが突き立つのは明白。

 自分の腕に自信がある。

 それを示すように、男は、すぐにクランリーに視線を戻した。

 刃物を逆手に握ったまま、後はクランリーにこれを突き入れるだけ。

 しかし―――

 

「な・め・ん・なぁぁぁぁっ!!!」

 

 そうはならなかった。

 そうはさせなかった。

 ケンプは、飛来するナイフを見定めて、あろうことかそれを、目一杯に開いた口で、受け止めた。

 一歩間違えれば、ナイフが口を裂く危険性さえあった。

 だが、彼女は、己の限界を凌駕した咬合力を発揮して、ナイフをまさしく“噛み止めた”のだ。

 その光景を横目に確認した男の身体が、ほんのわずかに、躊躇いを覚えた。

 それが、大きな隙となった。

 

「ひゃっほひ!」

 

 白い歯を剥き出しに、そのままの勢いで拳を繰り出す。

 咄嗟。

 男は左腕を動かし、迫り来る拳を防ごうとした。

 結果―――

 

「ぐがっ!?」

 

 とも、

 

「あぎゃっ!?」

 

 とも聞こえる、短い悲鳴を零して、男は吹き飛んだ。

 壁に打ちつけられ、苦悶を刻んだ皺を眉間に表したが、それも一瞬だった。

 即座に体勢を立て直し、刃物を順手に持ち変えた。

 ケンプとクランリー。

 両者を視界内に収めながら―――

 じり、

 じり、

 と、摺り足で間合いを計る。

 

「あらぁ、結構やるものね~」

 

 状況が状況だというのに、その場の緊張にそぐわない、間伸びた声を、クランリーが発した。

 

「今そんなこと言ってる場合ですか!?」

 

 構えたまま、男をしっかりと視界に捉えた状態で、ケンプが叫ぶ。

 対する異民族風の男も、ケンプたちを警戒しながらに、隙を窺っていた。

 ―――暗殺者?

 思考。

 先ほどの身のこなしから、相応の実力であることは明白。

 得物である先の鋭い刃物に至っては、ガタついていたとはいえ、木製のテーブルを事も無げに切断してしまうほどの切れ味をもっている。余程の業物であろうことは、想像に難くない。

 ―――間合いを詰められるとまずいな。

 先ほどは上手く決まったが、やはりステゴロでの接近戦は不利。

 そう論を結んだ。

 

「どうするの?」

「どうするもこうも、自分の前でみすみすと、誰かを殺させる訳ないじゃないですか!」

「あらぁ~、おっとこまえ~!」

「それに、暗殺者は嫌いですから、―――ねっ!」

 

 先に動いたのは、ケンプ。

 手には、背にかけていた槍が、既に握られていた。

 体勢。

 腰を低く構え、男の足元を睨む。

 男は必然的に、ケンプを迎えうつ形となった。

 ―――決して、“死に腕”にはするな。

 心の内で戒めを呟き、短く息を吐いた。

 槍撃。

 槍が男の足元を狙って、繰り出される。

 

 ビュオッ!

 

 風を切る音が鳴る。

 足元を狙って突き出された白い穂先は、しかし空を穿った。

 そこには、男の姿はなかった。

 男は、跳んでいたのだ。

 刃物を縦に構え、目標をケンプの脳天に定める。

 

「っらっしゃぁっ!!」

 

 気合一声。

 ケンプの怒号が響く。

 柄を握りこんだ腕に力を込め、槍を回転させる。

 穂先は下へ。

 紙を裂くように、床を抉りながら。

 石突は上へ。

 男の胴を狙い、迫る。

 

「―――っ」

 

 男は即座に、空中で身をよじる。

 胸板をスレスレに、石突が通過していく。

 だが―――

 

 ピタリッ!

 

 石突が、柄が、その途中で停止した。

 ケンプが、無理矢理にでも槍を止めたのだ。

 なにかしらの槍流派の型に嵌らない、不意の一手であった。

 槍は、すぐに横薙ぎに振るわれる。

 

「~~~ッッ!?」

 

 避ける暇などなく、男の胴に吸い込まれるように石突が打ち込まれた。

 身体のどこかが砕けたような音が聴こえ、わずかに身体をバウンドさせ、床に叩きつけられる。

 

「む、ぐぅ……」

 

 ぐったりと、男は身体を起こそうとし、力が抜けるように倒れる。

 ふたたび身体を起こそうと、二度目も倒れてしまう。

 その様子を見て、ケンプは慎重な足取りで、男に近づいていく。

 

「殺しはしない。ただ、お縄についてもらうだけだ」

 

 穂先を、倒れこんだ男に油断なく向けたまま。

 一歩。

 二歩。

 三歩。

 

「クランリーさん、縄を!」

「あ、ケンプちゃん」

 

 縄を要求するのとほぼ同時に、クランリーが何事かを思い出したように、言った。

 

「目の前の敵に集中し過ぎるのも、いかがなものかな~なんて思うの」

「えっ?」

 

 クランリーの言葉に、ケンプが反応した、瞬間である。

 

 コツン。

 

 ケンプの足元に、何かがぶつかった。

 その感触に、視線を落とす。

 確認。

 視認。

 黒塗りの円筒が、そこにあった。

 

 カシュ。

 

 間抜けな音とともに、円筒の両端の蓋が飛んだ。

 ケンプの脳裏に、いくつかの未来が、幻覚めいて到来した。

 閃光か。

 煙幕か。

 毒煙か。

 自爆か。

 

「あ、やば―――」

 

 転瞬。

 身体が動いてしまった。

 後退。

 飛び退く。

 しかし、円筒にそれ以上の変化はなかった。

 ―――フェイク!?

 そして、気づく。

 男から視線を外してしまっていたことに。

 

「あっぅ……!」

 

 それと同時に、痛みがはしる。

 脚に、ナイフが深々と突き刺さっていた。

 後に続いて、同じナイフが数本、飛来。

 

「こいつ、まだ……!?」

 

 ―――隠し持っていたのか。

 口には出さず、身体を動かす。

 

 グオンッ!

 

 槍を回し、あるいは柄で、弾く。

 そのうち数本、槍の防御を掻い潜ったナイフが、

 左肩。

 左腕。

 右胸。

 横腹。

 それぞれに突き刺さった。

 

「くっ!」

 

 痛覚。

 怯み。

 一寸。

 痛みで姿勢を崩しそうになるのを留める。

 槍を杖代わりに、床に突き立てる。

 眼球を動かし、確認。

 男は既に、クランリーのほうへと駆けていた。

 ―――間に合うか!?

 否、間に合わない。このままでは。

 ―――どうする!?

 思考。

 思案。

 猶予はない。

 考えろ!

 考えろ!

 考えろ!

 須臾。

 巡る脳内。

 感覚。

 自分の手で握っている白槍を見る。

 

「あ」

 

 気づく。

 身体が、自然とそれを求める。

 顔を動かす。

 痛みはない。

 内側から溢れるものが、感じる痛みを薄くさせていた。

 

「一角開来―――」

 

 無意識か、意識か。

 口が、よどみなく言葉をつむぐ。

 腹の底から。

 心の奥から。

 肺の内から。

 喉の枯れるほどに。

 

「カルタゾノォォォォォォォォォスッ!!!」

 

 咆哮。

 絶叫。

 叫喚。

 ただある限り、その名を、魂を込めて叫んだ。

 それに応えるように、白槍が輝いた。

 

 直後。

 視界は鮮明に。

 身体はしなやかに。

 動く。

 動く。

 動いた。

 もはや思考はない。

 追いつけと。

 間に合えと。

 拳を握り。

 脚をバネに。

 駆けた。

 真っ直ぐに。

 ひらすらに。

 一足。

 二足。

 三足。

 それで十分。

 それだけで届く。

 間合い。

 繰り出す。

 右拳。

 今まさに、クランリーに凶刃を振るおうとした男は―――

 

「あ?」

 

 振り向く余裕もなく。

 何が起きたのか理解する時間もなく。

 

 ドッゴォンッ!!

 

 快音。

 盛大。

 響き渡る。

 衝撃。

 ぐらり。

 揺れる。

 壁が大きく振動し、埃が薄い煙となって舞いあがる。

 異民族風の男は、壁を突き抜け、そこに大の字の大穴を残して、見事にぶっ飛ばされていた。




・異民族風の男
 やたら切れ味のいい、先の鋭い刃物をもった男。
 自力はそれなりであるが、騙し討ちを用いた戦法を用いる。
 作中で行った「やられたフリ」や「円筒」が最もたる例である。
 ちなみに一人で夜襲をしかけたのは、それだけ自信があったと思われる。
 それがこのざまである。

・領主
 名前はイルズ。
 中央で真面目にやってたから辺境の地に送られたわけではなく、杜撰なやり方を咎められて、戒めとして辺境に送られた奴。
 どっちにしてもろくでもない人間。
 村に伝わる帝具の口伝を、表面上まったく信じておらず、そこに在住するクランリーら帝国兵士すら蔑ろにしている時点で、その性格の悪さを推して知るべし。
 そのうえ、自身の住まう小さな城には、自分が選んだ人間しか入れない無駄に慎重な部分もある。戒めとはなんだったのか。

・一角開来カルタゾノス
 鎧の帝具。
 万病に利く薬ともなる素材をもつ超級危険種を素材にして作られている。
 一角を有するフルフェイスタイプの頭部が特徴的な、白銀の鎧。
 福武装として「アークシース」という名称の槍が存在する。
 装着の際は、武器としても活用できる槍型の鍵に魂を込めて名前を呼ぶことで、はじめて鎧を纏うことができる。
 この時、素材となった危険種の特性から、纏う前に負った怪我や状態異常を治癒する効果が発現する。
 突撃の際に加速する機能があり、突撃するたびに加速は重なっていき、時間はかかるが最終的にはものすごく速くなる。
 それにより生じるソニックブームで、周囲を薙ぎ倒しながら突き進む。
 ただし、鎧は加速Gに耐えるための最低限の防御力しか有しておらず(それでも十分に堅いが)、また旋回性に欠ける面がある。
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