にっちもさっちもわっちゃわちゃなのであります。
あと一話毎の文字数って基本どんくらいがえーんでしょーかね? やっぱり2500字以上?
パラ、パラ、パラ、パラ。
屑を落として散らす壁に開いた大の字の大穴。
それを見ながら、ケンプは呆然としていた。
「―――はっ! ぁ、えっ!?」
意識が段々と整理され、あるべき場所にあるべき感覚が戻ってきた。
我に返った、というやつである。
ケンプは、目の前の、壁に開いた大穴を確認し、次いで周囲に目を配る。
そして、床に尻もちをついたクランリーを見つけた。
「あっ、大丈夫ですか!?」
「えぇ」
落ち着いた調子でクランリーが答える。
彼女に手を貸そうと、差し伸べようとした時に、それに気がついた。
自分の腕が、白銀の腕になっていることに。
正確には、白銀の甲冑を纏っていたのだ。
見れば、全身もそうであった。
自身の身体をまじまじと観察し、あるいは手を握ったり開いたりし、またあるいは脚をあげて足の裏を見たり、摺り足とともに数種の構えをとったりとした。
手を貸すことをすっかり忘れて、しばらくそれを繰り返してから改めて、力強く叫んだ。
「な、な、……なんじゃこりゃぁあ!?」
驚愕。
驚嘆。
驚倒。
古今東西のあらゆる“びっくり”を含んだ叫び声は、ヘルムフェイスで若干くぐもった声音であった。
それを合図にしてか、壁の穴が崩れて、大の字ではない、文字通り大きな丸い穴を作った。
「それが、帝具よ」
*
ふいに、クランリーの声がかかった。
顔を上げると、立ちあがっていたクランリーが、扇子で口元を隠して、佇んでいた。
傍には、どこからか持ってきたのか、いつのまにか立ち鏡が置いてあった。
おそるおそる鏡面を覗いてみる。
一角を有する白銀の騎士の姿が映った。
それが、今のケンプの姿であった。
「これが、帝具……ですか」
「さっきの襲撃の時に、それを使って変身したのよ。憶えてる?」
「あ、えっと、無我夢中で、正直あんまり……」
「ふむふむ、つまりは、ほとんど無意識状態みたいなものだったわけね」
「多分、そうかと……思います」
どうにも漠然としていた。
と言うのも、あの時、ケンプは確かに“間に合え”と強く思った。
そのための思考を、一瞬のうちに幾度とのなく考えるほどに。
そこからだ。
突き立てた白槍が視界に入った途端、まるで知っているのが当然のように、頭の中に“何をすればいいのか”が湧いてきたのだ。
あとはもう、自然とその名を叫んでいた。
直後に身体中を、びりりっとした痺れがはしり、その後は、すぐに熱に変換された。
それから、景色がスローモーションになって、三歩駆けたと思ったら男の背中に迫っていて、勢いのまま右ストレートを繰り出した。
それだけだ。
これが帝具だとか何であるとか、そういうのはいっさい考えていなかったのだ。
だから、実際こうして認識してみても、まだ妙にぼやけた感覚しか抱けなかった。
とりあえず鏡の前でポーズをとってみる。
「―――カルタゾノス」
あの時、叫んだその名を、呟いてみた。
今度は、はっきりと意識して。
―――これが、ジジイから譲り受けた、私の帝具。
話で聞き、想像していたものが、実際に自分の手にあり、そしてその力を自らで体験した。
えもいわれぬ感覚が、身体の内側をぞくりと舐めた。
―――いけない。
かぶりを振った。
―――力に呑まれてはいけない。
脳内で戒めの言葉を反芻する。
それは父親の言葉であり、ジジイの言葉でもある。
息を吐く。
脱力。
ようやく、まともな落ち着きを身体が思い出してきたのだ。
途端、
くらり。
と、足の支える力が自然と抜けて、思わず倒れそうになった。
何とか踏みとどまり、姿勢を正す。
それと同時に、白銀の鎧が砕けた。
否、砕けたという表現には語弊がある。
白銀の鎧は、ケンプの状態を察したかのように、背後から細々とした粒子となって、その身を解放したのだ。
粒子は、鎧と同じ白銀のきらめきを飛行機雲のような引いて、大気に溶け込むように、やがて消えた。
鎧を纏っていた時の、力が湧いてきたかのような感覚が、今度はふわりとした浮遊感と解放感へと変貌した。
「およよ?」
次いで、疲労感が押し寄せてきた。
ふたたび足の力が抜けていくのを感じる。
傾いたケンプの身体を、クランリーがそっと片手を回して支えた。
「あっ、と。す、すみません」
「いいのよこれくらい。帝具は使用した人への負担が大きいから」
知っているような、否、まるで体験したことがあるような口ぶりだった。
しかし、今のケンプに、それを気に留める余力はなかった。
「でも、すごいわね」
「―――?」
「普通ならね、その手にした力の強大さに、溺れてしまう人だっているから」
「あぁ……」
確かに、そうかもしれない。
普通、人並みから逸脱した大きな力を手に入れたら、何かが崩れてしまいそうになる。
何か。
言葉では言い表せば、それは自制心かも知れない。
ひとたび、そこにひびがはしり、砕けてしまえば、どうなってしまうのか。
考えたくはなくった。
考えることもしたくなかった。
「力に呑まれてはいけない。……振るうべきその時を見失うなってはいけない」
ケンプは、ぼんやりと呟いた。
「それは?」
「父と叔父から、よく聞かされた言葉です」
「いい親御さんね」
「えぇ、とても」
言われて、思わずはにかんだ。
父は、死ぬまで立派な軍人だった。
娘のケンプから見ても、少々人の良すぎるきらいはあったが、かつては将軍にも上りつめた人だ。
憧れないわけがない。
叔父のこともそうだ。
ジジイだのクソジジイとは言っていたし、実際女関係では軽蔑してもいいような人ではあったが、何だかんだといって嫌いではなかった。
槍の突きかたも、振りかたも、父がいなくなってからのすべては、ジジイから教え込まれたものだ。
父から教わってきたこと。
叔父から授かってきたもの。
そして―――
母から与えられた温もり。
―――ああ、母さん。
思わず、気持ちが音となって口から零れそうになった。
「あ、……もう、大丈夫です」
言って、クランリーから離れる。
まだ少しだけ、拭いきれない疲労感がはっきりと感じとれるが、支障はなさそうだと判断する。
数時間、寝て、起きればすっかりとはいかなくても、十分動けるまでには回復しているだろう。
椅子に腰を落ち着け、一息を吐く。
「無理しちゃダメよ」
「体力だけには自信がありますから」
心配そうにケンプの顔を覗きこむクランリーに、微笑を浮かべて答えた。
実際、体力には絶対的な自信があった。
毎日の鍛錬で帝都内を走り回ったり、小岩を貫いて団子状にした棒を槍代わりに素振りを繰り返したりとしていたからだ。
気が付けば、一周二周程度では息切れもしないほどに、余裕と体力がついていた。
思い返していると、父と叔父が課せられた鍛錬メニューは、ほぼ同じだったことに気づいた。
―――やはり親子というものか。
ケンプは、知らず知らずに笑みを浮かべていた。
その様子を見て、クランリーも釣られて笑んだ。
「ん、なるほど大丈夫そうね」
「はい。ご心配おかえし―――」
―――て。
と、言おうとし、最後の一音が舌先で転がった。
気配。
足音。
それら二つの要素を、同時に感じとったからだ。
方向。
壁。
大穴。
クランリーからして左側。
ケンプからして右側。
両者からすれば側面。
ケンプは、青筋を額に浮かべて、眼球を動かす。
視線の先。
左肩が砕けた異民族風の男が、幽鬼めいて立っていた。
ヒュウ。
ヒュー。
壊れた笛のような息を鳴らして、右手には先端の鋭利な刃物を携えている。
―――あいつ、まだ!?
迂闊。
帝具の発動に呆然として、確認に行くのをすっかり怠っていた。
立ちあがろうとして、しかしクランリーに制止された。
額の真ん中あたりに右手の指を一本、押し当てたのだ。
たったそれだけ。
たったそれだけで、ケンプは立てなかった。
力で抑えられているというわけではない。
そっと額に指を当てられているだけなのだ。
なのに、まったく立てることができないでいた。
「あ、あの……!」
「問題ないわよ~」
焦燥の色を浮かべるケンプとは対象的に、クランリーは暢気なものだった。
左手に持った閉じた扇子で口元を隠している。
異民族風の男が、ゆらりと傾いた。
否、動いたのだ。
左腕がまともに機能せず、半身にも相当な痛みがはしっているはずなのに、その動きは素早い。
―――手負いだからこそ、か。
額に指を当てられたまま、ケンプは思う。
手負いのランドタイガー。
袋小路のマーグパンサー。
とかく手負いの獣は普段以上に危険である。
それは生存本能か、あるいは執念からくるものなのだろうか。
油断をすれば、こちらが一瞬で殺られかねない。
それほどまの気迫を、男は纏っていた。
対して、クランリーは構えない。
どころから、未だにケンプを制止させたままの状態でいた。
―――このままじゃ!?
男が刃物を突き出す。
最悪の未来を、ケンプのその瞬間に幻視した。
だが、事態は一瞬で展開する。
クランリーの左手が、フッとぼやけて、ケンプの視界から消えた。
突然の消失を、脳が認識した瞬間―――
ギィィィンッ!!
金属と金属が擦れ合う音が鼓膜を叩いた。
真っ直ぐに突き出された刃物は、クランリーが順手に持った扇子で防いでいた。
わずかに手首を傾け、刃物の方向を何もない宙空に逸らす。
渾身を込めたであろう一撃は、むなしくも空を斬っただけだった。
―――死に腕だな。
その光景に認識が追いついたケンプは、舌の上で言葉を押し留めた。
死に腕。
力を込めて突き出し、伸びきった腕は、その瞬間どのようにも変化できない。
それは即ち、致命的な隙を晒してしまうことになる。
特に熟達した者同士の戦闘ならば、なおさら留意しておくべきことである。
男も例に漏れず、渾身を込めて突き出した刃物―――そして腕は、力の限り突き出され、伸び、そして扇子によってあらぬ方向に逸らされたことで、完全な死に腕となっていた。
くるん。
手早く、クランリーの手首が下に回り、円を描く。
そのまま、扇子が男の額を軽く打ち据える。
コツォーンッ!
と、どうにも間抜けた音が響いた。
一拍の間。
男は突然、鼻から血を噴き、ぎゅるりと白目を向いて、その場にくずおれた。
何が起きたのか解らず、ケンプはクランリーを見る。
その時には、既に左手に持った閉じたままの扇子で、口元を隠していた。
「命が惜しくば、ここは退け―――ってね」
「それ、相手がかかってくる前に言う台詞だと思うんですけど」
「あら、そうだったかしらん?」
何とも暢気がすぎる人だと、ケンプは思う。
同時に、やっぱり嘘が下手な人だとも思っていた。
この後、異民族風の男に手当てを施し、縛り上げた。
結構なダメージを負っていても息があるのだから、しぶとい奴である。
ケンプは、途中から意識が途切れ途切れとなり、あろうことか床の上で寝てしまった。
壁に開けた大穴から、夜の冷たいそよ風が、身体を震わせた。
その上には、薄い布がそっと被せてあった。
・辺境
数ある辺境の土地のひとつ。
村を含む大地は枯れ果てており、あまり環境豊かとは言い難い。
領主が若い者を次々と登用したことで、今では老人が多く、全体的な活気もあまりない。
・口伝
村に伝わるはるか昔の伝承。
内容は「老いること死ぬことなく、若く強くあり続けた旅人」を綴ったもの。
その中に「何とも知れぬ雰囲気を宿した不可思議な器具」という記述があり、「これは帝具ではないか?」という疑惑が浮上した。
しかし、不老不死になるといった帝具はないため、信憑性は薄い。
だが所詮は口伝、されどて口伝。それが帝具ではないとは言い切れない、その歯切れの悪さから、クランリー率いる七人構成の秘匿調査隊「クロンフォート」を結成し、村に派遣した。