「第一高校はいい学校です。偏差値は高くて入るだけで箔がつくし、美人も多い。先生方の教導も的確でためになりまし、見目麗しい女性もたくさんいらっしゃいます。そんな第一高校に一科生として入学し風紀委員にも抜擢されました。抜擢されてからは模範的であろうと心掛けたつもりです。…あの日、当校にテロリストが侵入してきました。命をかけて戦いました。サイオンがなくなるまで戦い抜きました。私だけの力ではありませんが、結果として当校の生徒を守り抜けたつもりです。…目覚めたときは病院のベッドでした。ほぼ1ヶ月入院していたようです。目覚めてすぐ私は看護師さんに聞きました。学校の皆は無事だったかと。無事だと聞いたとき安心して涙が出ました。その後も退院まで何人かの人がお見舞いやお祝いに来てくれました。」
感極まったように森崎が涙を流す。
「でも気づいたんです…」
「何に?」
「同じクラスの連中は誰一人来なかったことに…」
「…、つまり森崎君は友達ができないことに悩んでいるのかしら?」
「違います」
「えーと、じゃあ私はどうしたらいいのかしら?」
森崎は周囲を伺うようにして顔を寄せ、小声で答えた。
「可愛い女の子紹介してください」
10話 遥ちゃん
「…それはできないわ」
「金なら払います!」
「もっとだめよ!大体、さっきの話とどう関係があるの?」
「俺孤独なんです」
「友達が居ないのね」
「居るもん!」
森崎が椅子からいきなり立ち上がり、退行した言動を発する。それを死んだ目で遥が見上げる。森崎がしばらくして視線を下げると遥の窮屈そうに押し上げられた胸と、その二つの双丘が織りなす、魅力的な谷間が目に入る。
「…、立ったままでいいですか?」
「…、座りなさい」
そういわれ、森崎は渋々椅子に掛けなおす。
「それで、なんでそんなこと考えたのか順序を追って話してちょうだい」
「いやー、命かけて学校守ったんだし、俺マジヒーロー?友達どころか彼女できちゃうよーって思ってたんですが…」
「彼女どころか友達すらできなかったわけね」
「…、野郎の友達なんて3人居れば十分です」
「誰のことかしら?」
「達也に、レオに、ミキヒコ…」
「全員二科生ね、本当に同じクラスに居ないの?」
「…、居ません、居ませんとも」
遥が溜息をつく。この少年どこかずれている。そのせいで周りもテンポを合わせづらいのだろう。だから、少し離れたところにしか友人ができない。
「森崎君、彼女ができなくたってあせることはないわ。たしかにあなたの活躍はすごかった。でも、それが今の環境を変えるとは限らないのよ」
「…全く変化が無かったわけではありません」
「あら、いいことでもあったのかしら?」
「なんか皆、俺と距離を置いて話すんです。委員長とか俺の3m圏内には絶対入ってきません…。百舌谷先生なんか教え子が活躍したっていうのに、時折仇を見るような目で見てくるんです」
今度は落ち込んでいる。躁鬱の気が見られる。さっきのぶっ飛んだ思考もそのせいだろう。
「森崎君、皆あなたに感謝してるわ。おかげでこちらの犠牲は驚くほど少なかったんだもの。だから、あなたを邪険になんて思ってないはずよ。でも少々突っ走りすぎね」
「というと?」
「例えば、あなたは一人で校門を守り抜いたけど、本当に一人ではいけなかったの?結果としてあなたは無事だけど、教員としては感心しかねるわ。もし複数であそこを守り抜いたのなら、きっとその人たちとは堅い友情が結ばれたはずよ」
「えっ、一人で十分だし」
「その考え方がいけないのよ。少しは周りを頼ってみることよ」
「なるほど、達也なら力を借りたんですが…」
そういえば達也には色々手伝ってもらった。おかげで今のところ会話の距離は一番近い。1m50といったところか。
「彼はいろいろと特別よ。私も興味深いわ」
「…、わかりました、周りを頼るんですね。心にとどめておきます。今日はありがとうございます。小野先生」
「遥ちゃんで」
遥がなにか言い終わる前に森崎はカウンセラーの部屋を退室した。
「べー、まじやべー、スタイラスペン無くしたわー」
次の授業が始まる前の教室で森崎がわざとらしい声を上げる。
「森崎君、これ使ってよ」
「お、サンキュ、屋良内」
「気にしないでいいよ」
森崎が謝辞を述べると、屋良内が天使のような微笑みを浮かべながらスタイラスペンを差し出す。
「べー、まじやべー、入院してたから勉強ついていけねえわー」
授業が終わった後、森崎がわざとらしく声を上げる。
「そう思って、ノートのデータを森崎君に送っておいたよ」
「屋良内…」
「森崎君…」
互いに見つめ合うがそこには温度差が生じていた。
「べー、まじやべー、弁当忘れたわー」
「食堂か売店行けばいいだろう」
あまり森崎とは、喋らない男子生徒のツッコミに森崎は内心ほくそ笑む。
「いやー、俺、食堂とか利用したことないから、何がおすすめとか知らないんだよね」
「それだったら…」
「だったら僕が案内するよ、森崎君」
「屋良内…」
「森崎君…」
違う、こんなはずじゃない。そんなことを思いながら森崎は屋良内と食堂へと来ていた。
「実はここの食堂、結構レベル高くて大体どれも美味しいんだよね」
ならなぜついてきたこの野郎。
「ということは好みでいいのか、じゃあそばで」
森崎は極度の猫舌というわけではないが、あまり熱い食べものは好まない。理由は冷ます時間が勿体ないからだ。森崎は食券を購入し、お盆を受け取る。屋良内はとんかつ定食を頼んだようだ。
「さて席はと、おっレオが居るじゃん」
「レオ?」
「二科生のやつさ、いかついけどいいやつだよ」
そういいながら目的のテーブルへと向かう。
「レオ、ここいいか?」
「駿か、いいぜっと」
レオが言いかけ、周りに座ってた他の二科生に目配せをする。
「いいよ」「俺も」
「サンキュ」
「失礼します」
箸をつける前にお互い、軽く自己紹介をする。
「森崎の話はレオから聞いてる、いわく面白いやつだってな」
「見所があるって言ってほしいな」
「確かに見ててあきねえな、お前は」
ひとしきり笑い合ったあと、レオが急に真剣な面持ちをする。
「それにしてもお前が障害が残るかもしれないって聞いた時は、柄にもなく心配しちまったぜ。いや、改めて退院おめでとさん」
「ありがとう。このとおり元気さ。…それにしても他のメンツは?」
森崎は少し周りを見回す素振りをし、レオに尋ねた。
「基本バラバラだな、女子どもはともかく、達也は妹さんと一緒に生徒会室で食事をとってるだろうよ」
「ヒュー♪、羨ましい限りだ」
「俺は勘弁だな」
「そうか?生徒会は美人さんばかりじゃないか。あっ、でもあの堅そうな副会長と飯を食うのは俺も勘弁したいな。野郎だし」
森崎のくだらない冗談にまた笑いが起こる。
「どんな様子か、達也から聞いてないのか?」
「あいつはそんなこと喋らねーよ」
「流石だな。ふむ、思うに達也が給仕係だな」
「なるほど執事役か、たしかに似合うな。でも司波さんが達也に給仕なんかさせるわけねえだろ」
想像の翼を羽ばたかせようとした森崎にレオが水を差す。
「…そんなにべったりなのか」
「お前は二人が一緒に居るところをあんまり見てないからだろうな。べったりもべったり。甘すぎて見てるこっちは胸焼けするぜ」
深雪と達也の見知らぬ一面に他の同席者たちも興味津々に耳を傾けている。そこで森崎は箸を手に取りそばをすする。
『お兄様、あーん』
『あーん、うん、美味しい』
深雪が達也に食べ物を勧め、達也は満足そうに食べ物を咀嚼し嚥下すると、満面の笑みを浮かべ感想を述べる。
『あらあら、まあまあ』
それを見て生徒会長が口に手を当て、笑みを浮かべる。摩利はヤレヤレといった感じで肩を竦めるがやはり笑顔だ。あずさは顔を赤くし羨ましそうにそれを見つめている。
『はいはい、お二人の空間はそこまでにしてください』
『あらあら、リンちゃんも本当は羨ましいんじゃないの?』
市原が手を叩き水をさすが、それを照れ隠しとみて真由美が茶化す。
『ほらリンちゃん、こっち来て。あーん』
『…、あーん』
頬を赤らめながら市原が真由美の差し出した食べ物を口にする。仏頂面で食べている市原に真由美が問いかける。
『おいし?』
市原は顔を赤くしながら俯いて、黙り込む。それを見て一同が微笑む。
『アハハ』『ウフフ』
ブチッ。森崎はそこまで想像してから口でそばを切り、内心唾を吐く。
「どうしたんだ森崎?」
「そばが冷たい…」
「そばは冷たい食べ物だろう」
森崎のボケとも思える言葉とレオのツッコミに一同を笑いに誘う。「退院が早かったんじゃねーのか」という冗談にさらに笑い声は大きくなる。
少しして森崎が話題を変える。
「そういえば、ミキヒコも同じクラスなんだろ」
「ミキヒコ?ああ、吉田のことか」
(あいつは名字で呼ばれるのは嫌ってるはずだが)
その言葉だけでミキヒコがクラス内であまりうまくいってないのが森崎にはわかった。
「うーん、浮いてるよな」「たしかに」
他のクラスメイトの言葉からも、やはりうまくいってないのであろう。
「お前ら知り合いなのか?」
「吉田一門に入門してた時期があるんだ」
森崎の意外な過去にほかの面々は驚く。森崎一門は現代魔法の名家として通っている。その一門の男が古式魔法の教えを乞う。一部では対立があるほど溝が深い両者の組み合わせにレオたちは戸惑いを見せた。
「なんでまた?」
疑問を口にしたのはレオだった。
「いや視野を広げたいと思ってね。そこで古式魔法に目を付けて、で、たまたま近くで門戸を開けてたのが吉田一門だったのさ」
その答えを聞いて、レオたちは首をかしげる。古式魔法はガチガチの保守主義であることがほとんどだからだ。
「納得いってないみたいだな。いいか、古式魔法ってのは文字通り現代魔法より遥か昔からある。そこでだ、昔は魔法を何に使っていたと思う?」
「うーん、戦闘以外だと、火を起こすとか?」
屋良内が口を開く。
「いい答えだ。でだ、現代魔法を思い浮かべてみろ。はっきり言って血なまぐさくてしょうがない。現代魔法が研究されはじめた100年前は火を起こすのに困らなかったてのもあるんだろうけどな」
そういわれて自分たちの得意魔法を思い浮かべ、やはり戦闘前提なものであることに一同は感心する。とはいえ現代魔法は兵器として発展してきた事実があるので当然と言えば当然であるが。
「つまりお前は魔法を生活に活用したいと考えたのか」
「一部はそういう面をあるね。でもそれは現代魔法でもできることだ。要は現代魔法はほとんどが戦闘、あるいは純粋な研究目的から発展したものがほとんどというわけさ」
「なーる、たしかにそれは夢が無えな」
そう答えながらレオは自分の祖父のことを思い出していた。兵士として造られた己の祖父のことを。
「面白い言い換えだ。神と交信する。仙人になる。新たな生命を一から作る。鉄を金に変える。それらを非科学的だと一蹴するのさ、現代魔法は。自分たちだって100年前はかけらも信じられてなかったってのにね。勿論、全部がそうじゃない。でも少なくても森崎家はそうだったよ」
「どうだ?視野が狭いと思わないか?」と森崎は問いかける。いまだ魔法という世界に足を踏み入れたにすぎない彼らは黙っているしかなかった。
「べー、まじやべー、この問題まじわかんねーわ」
昼食後、森崎は端末を見ながら疑問の声を上げた。もっともその声は最早投げやりに近いものであったが。
「どうしたの森崎君」
フフフ、かかったな屋良内。今日の何回かの試行で俺は気づいた。ここでお友達を作るにはまずお前という壁を越えねばならぬと。お前がもう少し薄情だったり、気が利かなかったり、要領が悪かったり、愚図だったり、わがままだったり、席が離れていたりすればこんなことにはならなかった。お前がいけないのだ。
「いやなー、この問題難しくていまいちわからないんだよ」
「なんの問題?」
「常駐型重力制御魔法を利用した重力式熱核融合炉の技術的可能性及びその問題点」
ガタッ
森崎が声に出した瞬間、教室の中で音がし、その方向へ振り返ると、そこには深雪がいつものように座っていた。
「?」
「…、まあ、だ、これわかるか屋良内」
「いや、さっぱり。何言ってるのかもわからないよ。きっと生徒はおろか先生に聞いたってわからないんじゃないかな?」
屋良内が笑いながら返答するが、それを聞いて森崎は凍り付いた。
放課後、森崎は達也と風紀委員の取り締まりを行っていた。
「ところで森崎」
「うん?」
「お前が重力式熱核融合炉に興味があると聞いたんだが」
「ああ」
「?、どうしたんだ」
「いや、それを喋ったとき司波さんが妙に取り乱してるように見えたからさ」
「ああ、俺も深雪から聞いたからな。俺の研究テーマの一つなんだ。で、どうなんだ」
「…、実を言うとクラスの連中をぎゃふんと言わせたくて、口走っただけなんだ。一応、本家の研究施設で資料は読んだことがある。でもそれだけだ。期待させて悪かったな」
「いや、構わないさ。こっちが勝手に期待しただけだからな」
達也が何のことのないように正面へ向き直す。こいつはいつもクールだが、今みたいに興味本位で質問してくるのは珍しい。落胆させたのは間違いないだろう。
「俺なりの感想でいいかな?」
「構わない」
「核融合そのものを発生、制御するのはさほど難しくないと思うんだ。問題はそれをどうやって維持するかだと思うんだが」
「それは実用的な観点からだな。しかし技術的な観点から見ても重力式熱核融合炉に関する問題は加重系統の三大難問に挙げられるほどだぞ」
森崎の意見に、若干の批判を滲ませながら達也が答える。それを聞いた森崎はニヤリとした顔を浮かべ、達也の方へ振り向き、左手の人差指を立てる。右手で懐から汎用型CADを取り出して操作すると二つの魔法式を待機させ、ほぼ同時にそれを発動させる。すると、人差指の先にゴルフボールほどの白い球が浮かび上がっていた。
「これは…、窒素か。いや、しかし、液体になった様子もなかった」
今のは一瞬だった。冷却を得意とする深雪でも難しいだろう。それに何よりこの個体窒素は常温である。圧力をいじった形跡もない森崎の魔法に達也は首をひねる。
「そんな難しいもんじゃないぜ。今のは空気を振動させたあとに、窒素を凝固、固体化させる魔法を使ったんだ」
達也はさらに困惑した。固体窒素を作るのならば、圧縮と冷却を行うのがポピュラーかつ効率的な方法だ。しかし、森崎はその手順を踏んでいないし、そもそも空気を振動させる必要がない。
「二つ以上の魔法を高速で発動させると、2つ目以降は割と適当な記述でも魔法が成功するんだよ。今の魔法も最初の振動自体に意味はない。まあ一つ目の魔法が失効してから、すげー短い時間で発動させる必要があるけどな。俺はこれを"二重の極み"と呼んでいる」
「なるほど、FAE理論か」
「え、名前あるの?」
「いや、理論だけだな。予想といってもいい。それに日米の極秘研究で提唱されたものだ。別にその名前でも構わないんじゃないか」
「…いいよ、FAEの方がなんかかっこいいし」
森崎がいじけるが、生身でFAE理論を実現するこの男に達也は内心驚いていた。なにせFAE理論のタイムラグは1ms以下の時間しかないと言われいてたのだ。森崎の体内には原子時計でも埋め込まれいるのではないかと達也は冗談交じりに考えていた。
「しかしそうか、この理論の前ではほとんどの技術的な問題は解決するな」
「そうつまり、俺があと何人かいれば、核融合炉も夢じゃない!」
解決にならない森崎の答えに達也は苦笑するしかなかった。
森崎と達也との距離が5cm縮まった。
「頼るのは性に合いません。ここは頼られようと思います」
「できなかったのね…、友達」
森崎の答えに遥は若干気落ちした。
「…、二科生の友達が増えました」
「…」
面談終了まで遙の心が浮上することはなかった。
森崎が退室したあと、遥は束の間の休憩とカウンセリングの予約状況を確認していた。そして、予約リストに意外な人物が載っているのを確認すると、緊張のあまり休憩という状況ではなくなっていた。少しして慎まやかなノックが鳴り響く。
「どうぞ」
「失礼します」
そこにはこの世のもの(ry、端的にいうと司波深雪が居た。
「こんにちは、司波さん」
「今日はよろしくお願いします」
挨拶を済ませると、遥は深雪に席を勧める。
「それで、今日はどんな用かしら?」
遥のカウンセリングを始める常套句であるが、いつにもなく気合いが入る。彼女ほどの有名人、完璧な美少女がいったいどんな悩み事を抱えているのか。体裁も完璧に整える彼女のような女性は風聞を気にして、ここを訪れることは滅多にない。故に遥は深雪のような女性のカウンセリングを行ったことがない。経験不足からくる気負いから、思わず言葉が力んでしまう。
「実は、クラスメイトの男子のことが気になって」
深雪の言葉から発せられた爆弾発言に思わず腰が砕けそうになるが、堪えて遥は聞くに徹した。
「その方なのですが、実は…」
「実は…」
遥が唾を飲みこみ、先を促す。
「殿方が好きなようなのです」
「えっ」
だめだ。遥は全身から力抜けていくのを感じていた。この女が何を悩んでいるのか全くつかめない。いや、まだだ。話は終わっていない。
「いえ、他人の趣味嗜好にけちをつけるつもりは無いのですが、やはり私には理解できないといいいますか、ええ。それで彼は他の同性のクラスメイトといつも仲睦まじくしているのです。それだけならなんの問題も無いのです」
深雪はそこまで言い切ると俯く。
「それなのにあの男、あろうことかお兄様を」
しばらくして、深雪が顔をあげるが、その眼は血走っている。
「あの男、いつも屋良内君といちゃついてるくせに、お兄様を風紀委員まで追いかけていくなんて、不埒にも程があります。そもそもお兄様は二科生であなたは一科生ではありませんか。授業見学のときも私がクラスメイトと親交を深めているのに、お兄様を狙って付け回して、勧誘週間のときもお兄様を監視?あれはどう見てもストーキングです。あまつさえお兄様の研究まで関わろうなんて…」
血走った眼はもはや遥を見ていなかった。そして視線を上げ虚空を見つめる。
「ああ、お兄様、なぜ気づかないのですか?あの下種な視線を。あの破廉恥な気配を。あの下心丸見えな言葉を。どうしてあんな男と授業見学を楽しそうしていらっしゃるのですか?どうして風紀委員の仕事を一緒にしていらっしゃるのですか。深雪が生徒会活動中に風紀委員室で何をしていらっしゃたんですか?お兄様、お兄様…」
今度は顔を手で覆い、下を向くと嗚咽を漏らし始める。
「お兄様、お兄様…、深雪を置いていかないでください」
あまりにか弱い一人の女子生徒を前に遥も意を決する。この女が何を喚いているのかいまだ理解できないが。遥は深雪の肩に手をかけ、それに気づいた深雪がビクッと身を震わせるとおずおずと顔を上げる。
「司波さん、いいえ、深雪さん」
「小野先生…、私、私」
遥が首を横に振る。
「遥ちゃんでいいわ」
「小野先生…」
「…深雪さん、私、男同士もありだと思うの…」
「小野先生、小野先生」
遥は自分を呼ぶ声に気を取り戻す。
「あれ、私?」
「お疲れのようですね。今日は俺の面談を行う予定なので来てみれば眠っていましたよ」
「そ、そう」
達也の答えに遥は相槌をうつが、いまだ完全に覚醒したわけではなく虚ろな目をしている。
「達也君、ここ寒くない?」
「いえ、普通だと思いますが」
遙が身を震わせて達也に訪ねるが、今カウンセリング室は空調も効いており快適な温度だ。
「どうやら、風邪をひいたようですね。今日はもう帰ってお休みになった方がいいんじゃないでしょうか」
「そ、そういうわけには…、いえ、そうね。達也君、ごめんなさい。面談はまた今度でいいかしら?」
「構いません。小野先生も体は大事にしてください。それでは自分はこれで」
カウンセリング室を出た達也は溜息をついた。深雪から泣きそうな声で小野先生にコキュートスを放ってしまったと聞いた時は流石に焦った。急いでカウンセリング室へ駆けつけると泣きはらした深雪と椅子に座って俯いている遥が居た。その状況から最愛の妹を追い詰めたのだろうかと思ったが、妹が違うと訴えたのでひとまず、激情をおさめた。もっとも深雪は詳しい事情を話そうとしなかったが。遙の状態を確認すると精神崩壊寸でのところだった。未だ目を赤くはらした深雪に、気の毒ではあったが軽く注意をしたあと退室させた。その後何事もないかのように取り繕って遥を起こしたのだった。
「しかし、本当に何があったんだ?」
そう独りごちながら達也は廊下を歩いて行った。