「・・・あら、扶桑さん。こんにちは。いつものお見舞いですか?」
「はい。」
「わかりました。それではここに記入を・・・」
横須賀の軍病院。それも艦娘専用だ。入渠ドックで治らない怪我等を妖精さんが集中治療するための施設だ。それだけではなく、退役した艦娘等もお世話になっている。
「・・・。」
白い廊下を歩くとちまちまと妖精さんが忙しく鋼材等の資源を持って飛んでいく。人間の姿は少ない。
「伊勢?いるかしら。」
「扶桑!いらっしゃい!」
「失礼するわね。」
扶桑が入った病室には、水色の病院着を着た伊勢型戦艦の伊勢がいた。長い髪がどれ程ここにいるのか物語っている。
「これ、大湊で買ったチーズケーキよ。」
「大湊かぁ。いいねぇ佐世保とは反対側だね。」
「そこで、長門に会ったわ。」
「長門って・・・あの、長門か?」
「えぇ。元気そうだったわ。」
「そっかぁ・・・あいつも、長いよなぁ」
「ええ本当に。報告では大湊が襲撃されたとき艤装無しで戦ったらしいわ。」
「あいつ規格外だよねー昔泊地に取り残された時も一人で帰ってくるし。」
「ええ・・・でも、もう、限界よ。」
「そっかぁ・・・そうだよなぁ・・・」
「入渠の時間がとても伸びて来ている・・・長門も、いつ動けなくなるか・・・一応、鳳翔に話してあるから。大湊に横須賀から何人か、長門に無茶させないよう移籍するって」
扶桑がお土産のチーズケーキを切りわけて伊勢の口に運ぶ。
「どう?美味しい?」
「うん!美味いなぁ・・・」
「私ね・・・長門に嘘をついてしまったわ・・・貴方のこと・・・」
「そっかぁ・・・」
「佐世保で、暴れまわってるって・・・」
「本当は横須賀で腕も動かせず、ずーっとぼんやりしてるって知ったら・・・どうなるだろうね。」
「・・・長門のことよ。黙って睨み付けて後で子どもみたいに泣くのよ。それに私も、そろそろ貴方の仲間入りよ。」
「扶桑もかぁ・・・お疲れ様、だな。」
「艤装を付けて立ち上がれないってわかった時に、悟った、わ・・・もう戦えないんだって。」
「もう、30年?いや、建造されてから数えると40年を超えるくらいになるのかぁ・・・」
「そうね、あんなに、元気に、動ける長門が羨ましいわ。」
「・・・でも、もう、長くない。」
「・・・。」
「扶桑、チーズケーキちょうだい?」
「あ、ごめんなさい。」
「あーん・・・うん、美味い!」
「あ、そうそう。長門ね。大湊でママなんて呼ばれてたわ。」
「えぇー!なんだそれ!!」
「ドロップ艦の夕立にね?なつかれたみたいで。おんぶひもで夕立を背負ってエプロンしてるのよ?笑っちゃいそうだったわ。」
「ふぁーっはっはっはっは!!長門ぉぉぉほんとなにしてんのぉぉぉぉあっはっはっ!!げっほげっほ、うぐ、いたたたた・・・」
「伊勢!」
「うぐぐ・・・ちょっとつった・・・扶桑、ごめん、ちょっと・・・」
伊勢のお腹をさする扶桑、落ち着いたら水差しで水を飲ませてチーズケーキを一口食べさせた。
「にしても、ママかぁ・・・艦娘でそんなふうに呼ばれる話が聞けるなんてなぁ・・・長生きするもんだね。」
「そんなこと言ったら私達だって山元三姉妹だなんて言われてたじゃないの。ね?伊勢ちゃん?」
「参ったね・・・じゃあ扶桑おねーちゃん長門おねーちゃんって呼んだ方がいい?」
「今さら過ぎてなんでもいいわ。」
「なんだよー」
病室に二人の小さな笑い声が響く。
「長門のこと、言ってあるのは鳳翔だけ?」
「大湊の提督にも話すつもりでいるわ。珍しく長門が気を許しているみたいだし。」
「ほう、長門が。」
「ママなんて言われて少し丸くなったのかしらね。」
「そうかもね。」
「・・・そのまま、丸くなって自分から退役してくれないかしら。悲しいことに、なる前に。」
「・・・どう、なんだろう、な・・・あいつは。」
「・・・老朽化が、艦娘にもあるなんてね。」
「艦娘も、生きているんだ。寿命くらいあるさ。最近は、なんか新しい建造、改修、解体の方法が出来つつあるなんて聞くけどねぇ・・・」
会話はなくなり、扶桑はチーズケーキを食べさせ、伊勢は食べては窓の外を眺める。
「私、そろそろ行くわね。」
「あぁ。いつもありがとう。」
「次何か食べたいものとかある?」
「そうだなぁ・・・間宮のアイス、食べたいな。・・・また、みんなで。」
「みんな、で。」
「長門にも、いつまでも嘘ついていられないだろう?」
「そう、ね・・・」
「じゃ、またね。」
「えぇ、また・・・」
扶桑は病室から静かに出て、唇を噛む。通りかかった妖精さんが佇む扶桑を見つめていた。