GOD EATER-BURST~縋る神なきこの世で~   作:A-Gyou

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逃げるイリヤ。

そして、死を覚悟したとき____


愚衆醜悪 後

「おぉ~、今も昔も寒いまんまか……」

 

その地に降り立った男は、昔と変わることの無い風の振る舞いに、かつてこの戦場で起きた“思い出”を思い出していた。

 

「よっこら…せっとぉ」

 

自身の神機“神墜”を引きずり出して、肩に担ぐ。

ガトリング方の銃身が、鈍色に光る。

 

「さぁて、行くか……待ってろよ」

 

 

 

 

         イリヤさんよ

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

混濁。

 

まどろみ。

 

例えゴッドイーターであろうと、やはり結局は恒温動物。いくら身体能力を強化したところで、種としての限界を飛び越えることは出来ないらしい。

 

(寒ぃ……のか?)

 

もはや、寒いの寒くないのと言った以前の問題で、温度感覚が麻痺してしまっている。雪に晒される場所では無いが、いくら屋根の下と言ってもそもそもの冷気はどうにも出来ないらしい。

 

ガチガチと歯が鳴る。

 

(震えられてる間はまだ良いがな……)

 

その震えすら出来なくなったとき、彼は神機使いとしてでは無くただ生き物として死ぬ。寒さに体力を奪われて、野垂れ死ぬ。

 

少しでも体温を逃すまいとして、更に身を縮める。

 

(腹は……減ったな…。まだ寒い……な。眠たいのは我慢)

 

生理的欲求がまだ死んでいない事を確認して、気休めの材料を増やす。気休めを求める時点で、まだギリギリ正常な判断力がある、とも言える。

 

しかし、気休めは所詮気休めでしか無い。

 

ジワリ、ジワリ、と体力が奪われていく実感だけが明確にある。それに抗う方法は、無い。

 

(ちくしょう……まだ死にたくねぇぞ俺は)

 

少しずつかすんでいく視界。

 

抗いきれないほどの眠気が彼を襲う。

 

 

その時だった。

 

 

____クスン、クスン

 

 

啜り泣くような声が聞こえた気がした。

 

(あ? 幻聴か?)

 

 

____痛いよ

 

 

(やべぇ、いよいよ死ぬのか俺は)

 

幻聴だと信じ、自身の意識を手放しそうになった瞬間。

 

 

熱を感じた。

 

 

 

「痛い、痛いよ……」

 

 

 

声が、ハッキリと、聞こえた。

 

その瞬間、白い光が周囲を包みこんだ。

 

(?……現実、なのか…?)

 

ぼんやりとした温みを持ったその光がイリヤの周囲を包み込み、彼に熱を与える。

 

光が身体の中に入ってくる度に、震えがおさまり、五感が戻ってくる。

 

寒さは、感じなくなっていた。

 

「痛い……もうやだ……」

 

いつの間にか、そこに少女がいた。

 

こちらに背中を向けて、小さく、怯えるようにうずくまっている。

 

薄い黄色を帯びた長い銀髪。陶器のような白くきめの細かい肌。女性的な柔らかく細いラインの肩。病的な雰囲気を醸し出す、薄手の白いワンピース。

 

ただ、イリヤはその少女が人間では無いと言うことだけは理解していた。いくら全体のシルエットが人間のものだろうと、その身体は幻想的な淡い光を放っているのだから。

 

「……誰だ?」

 

いつの間にか無意識に、そう訊いていた。

 

「え?」     

 

弱々しい声の少女が、振り向く。

 

その横顔を見たとき、イリヤはゾッとした。

 

血に塗れた、顔面。その大きな愛らしい赤みの強い橙色の瞳からは、大粒の涙が止めどなく溢れ、頬を伝っている。顎まで降りた涙は、血に染まり赤黒い滴となって落ちる。

 

よく見れば、少女は体中に傷を負っていた。体中、至る所に血が滲んでいたり、アザが出来ていたり。少女と言うには、あまりにも哀れな姿だ。

 

「……誰? 私が見えるの?」

 

怯えきった仔犬のような目つきで問いかけられる。

 

「見えてる、んだろうな。こうして話せてるわけだしな。あぁ、あと名前はイリヤだ……お前は?」

 

何故か、イリヤは警戒心を抱くことも無く、少女に問いかけていた。むしろ、彼は少女に対して親近感にも似た感情を抱いている。

 

「………ずっと前はカエデって呼ばれてた…。今は、誰も私を名前で呼んでくれない……」

 

「そう、か……ん?」

 

そこで彼は気付く。“ずっと前は”と言うワードの存在に。

そして、何故か少女の全てを理解した。出来てしまったのだ。

 

「……“ミナシゴ”」

 

そう呼ばれた瞬間、彼女は明らかに肩を震わせた。

 

「やっぱり、か……」

 

「え? あなた誰なの? 何でその名前を……?」

 

少女___カエデはハッキリと怯えの視線を彼に向けていた。

 

そして、警戒をするためかカエデは彼と真っ向から向き合った。怯えきった表情のまま。

 

そして、イリヤは2度目の底冷えを感じた。

 

(なっ……)

 

胸の真ん中よりやや左寄りの部分。

ぽっかりと穴が開いていた。

 

「?………!? いや!! 見ないで!!!!」

 

カエデはその穴を両手で塞ぐように隠した。

 

「……」

 

イリヤは、もはや何も言えなかった。否、何も口にすることを彼自身が許さなかった。

 

悟ってしまったのだ。

 

少女の、全身から滲む血の由来を。涙のワケを。

 

(全部……俺がやったこと、なんだな)

 

痛々しい少女の姿を見て、彼は罪悪感に押し潰されそうになった。

 

「お前……神機、なんだな?」

 

「誰なのよ……あなたは……?」

 

そう問われて、一瞬息を詰まらせる。

名乗らなければならないのか、心のどこかでそんな呟きが聞こえる。何も知らない傷まみれの少女に、傷つけた張本人が名を名乗り、そして少女を傷つけた本人だと改めて伝える。少女にも悪い気がするし、何よりも自分が傷つきたくないという本音がある。

 

しかし、少女の瞳には耐えられなかった。

 

「今のお前の使い手……だ」

 

少女の表情が固まった。

 

(そりゃあそうなるだろうな。何せ自分を傷つけた張本人とご対面なワケだ)

 

少女のリアクションを見て、自嘲気味にそう思う。事実、内心は自身を嘲笑っている。

 

「……」

 

「恨み辛みとかねぇのか?」

 

半ばやけになってそう訊いた。蘇ってきた情緒的な心が、自分を殴りつけてやりたいと責め立てる。

 

「……やっぱり、私なのね」

 

呟くような、少なくともイリヤには向けていない言葉。ただ、彼にはその声が随分サッパリとし過ぎな声に聞こえた。

 

(………何なんだ?)

 

「………ねぇ、イリヤ……だったかしら」

 

どこか遠いところを見つめていた目が、急に彼を見据えた。

 

「合ってる。…何だ?」

 

「名前……ちょうだい」

 

「……は?」

 

「名前よ。つけてちょうだい」

 

「何でだ? カエデって呼ばれてたんだろ。ならそれで良いんじゃねぇのか?」

 

「………その名前は……あの人にしか呼ばれたくないし。それに、その名前で呼ばれると嫌になるから」

 

あの人、と言う言葉に引っかかったが彼はそれには触れなかった。恐らく、触れない方がお互いのためだと感じたからだ。

 

「名前……ねぇ。つける分には構わねぇが、その前に1つ訊いて良いか?」

 

「何?」

 

「俺は、今までお前を傷つけてきた男だ。今日もお前のことをボロボロにした。お前は、俺が憎くないのか?」

 

これは、イリヤとしては放置しておけない話であった。果たして、今まで彼女を傷つけてきた自分は、これから先彼女を振るう資格があるのか。そもそも、人の姿を見た瞬間に罪悪感を覚えてしまったことにも嫌悪感が沸いてくるのだ。

 

「俺は、お前のその姿を見るまで何にも気付いていなかったような男だ。お前は、それでも良いのか?」

 

その問いに彼女は。

 

「殺せるなら殺したいわよ」

 

先ほどまでの、怯えきった仔犬のような雰囲気はなりを潜め、ただひたすらに冷たい声。まるで、氷の塊を胃袋にねじ込まれたような気分だ。

 

「___って言って、あなた素直に殺されるの?」

 

彼は、そう言って自分を見据える少女の目を見て、彼女の本質の片鱗を理解した。

 

(……アラガミと同じ目だ)

 

しかし、アラガミを彷彿とさせた目は、みるみる弱々しい先ほどまでの子犬の目に変わる。

 

その1連の様子を見て。

 

「無理だな」

 

何となく。しかし、確信を持って応えた。

 

「あぁ、殺されねぇだろうな。素直には」

 

そして、彼は何となくだが。きっと彼女は自ら人間を殺せないだろう、と思った。どれほどの殺意と憎悪に塗れてしまったとしても。彼女は、例えるなら猟犬だ。獲物を与えられ、それを狩り殺すことに秀でた猟犬。見境の無い野良犬では無い。

 

「……分かったよ、名前だな?」

 

彼は、それ以上考えるのを止めた。

意味が無いと悟ったのだ。

 

 

「名前ねぇ………久しぶりだな」

 

 

長らく忘れていた感覚。

 

 

「………仔犬……シシェノーク…………シノ」

 

 

何かがはまった。ピッタリと。

 

 

「シノ。お前の名前、シノ。文句ねぇな?」

 

 

「シノ……うん、良いわ」

 

 

少女___シノはその名前を受け入れた。

 

その瞬間、周囲を包んでいた光が段々と薄らぎ始めた。

 

「……そう言えば1つ教えておくわ」

 

前触れも無く、シノは口を開いた。

 

「きっと、あなたが最後よ」

 

やけにぼんやりと曇って聞こえる声だった。ハッキリと声を認識しているのに、頭の中で活字化した途端にぼやがかかるような、不思議な感覚。

 

「どう言う意味だ?」

 

「さて、もうそろそろ時間ね」

 

「おい!」

 

話は一方的に切り上げられ、周りを包み込んでいた淡い光も全て消え去ってしまった。

 

 

 

そして、とうとうヴァジュラが宮内に現れた。

 

 

 

 

                ~続く~

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