GOD EATER-BURST~縋る神なきこの世で~ 作:A-Gyou
五感が死ぬような寒さは感じない。むしろ、少し暑いとさえ思えるような状態だ。
恐らくシノが作り出していた___としか思えないあの空間を包み込んでいた光の影響だろう。あれが身体の中に入り込む度に、五感が正常に回復していったのだ。
今考えると、何がトリガーであの現象が発現したのかがよく分からないが、そんなもの後で考えれば良い。
環境に耐えきれず野垂れ死ぬ、その道は免れた。しかし、もっと現実的な脅威___ヴァジュラが、本当にすぐそこにいる。
(……あの光、身体を温めるだけで傷を癒やしたりする効果はねぇのか)
五感がしっかりと戻ってきた途端に、全身がズキズキと痛み出した。コンゴウにやられたもの、ヴァジュラにボコボコにされて出来たもの。何であれ、今の彼は満身創痍である。
(気付かねぇでくれよ……)
息を潜め、ヴァジュラが出て行くことをただ祈る。祈るしか、今の彼には出来ない。
戦闘など、出来ない。きっと今の彼が攻勢に転じようとしても、すぐに返り討ちに遭って一方的になぶり殺しにされる。
見つかるな、ただそれだけを考えできうる限り最大限に気配を殺す。
呼吸音を、身じろぎ1つを確実に小さくする。
ズシン、ズシン、とヴァジュラが1歩を歩く度に重量を感じさせる足音と、揺れを感じる。動き回る度に、天井からぱらぱらと木くずや、雪が落ちてくる。
足音が、近い。
ヴァジュラが動く度に、イリヤが座り込んでいる床が、もたれかかっている壁がギィと木質のきしみを上げる。
ギ、ギィ、ギィ、ギギィ
(……拙い!!!!)
そう思った瞬間、おもむろにヴァジュラが周囲の壁を破壊し始めた。
(バレた!!)
舌打ちしたいのを堪えて、その場からの離脱を試みる。
同時に、さっきまで自分が身を任せていた場所がぶち破られた。
木片が飛び散り、1部は彼に襲いかかる。
(見つかった…!!!!)
舞い上がる塵、ぱらぱらと落ちてくる木片。
その先に立つのは雷獣ヴァジュラ。暴力の権化。
その目で睨まれた瞬間、イリヤの脚は竦んだ。そして、次に全身が震えだした。
恐怖で。
生物としての本能が叫ぶ。
・・
“目の前にいるのは敵ではない___『天敵』だ”
全身から冷や汗が吹き出し、呼吸は乱れ、心臓は苦しい。筋肉はガチガチに硬直し、そのくせ全身はガクガクと震える。
その場から、動けない。
恐怖に、打ち勝てない。
ヴァジュラが咆哮と共に腕を振り上げた。
勢いよく振ったその質量の塊のような腕は、しっかりとイリヤの左側面をとらえ、そして振り抜かれた。
「はがぁっ_____」
イリヤの身体が、まるで紙屑のように吹き飛ばされる。
吹き飛ばされた勢いは常識の外を行く威力で、イリヤは何本もの支柱と何枚もの壁を突き破り、最後の壁をぶち抜いて宮内の外に打ち出された。
身体が地面の上を何回か転がり回り、石壁に激突してようやく動きが止まった。
あの一撃で、彼はほぼ全ての体力を根こそぎ奪われた。もう、彼に戦うだけの力は残っていない。逃げるための体力ですら、ほとんど底を尽きかけている。
全身が痛む。
立ち上がり、せめて相手を睨み付けたいところだが、それですらもう出来ない。
「っ___っはが___うぐぅ」
呼吸がままならない。
鳩尾にクリティカルヒットを食らったときのように、身体中の空気が押し出され、入れることは出来ない。
物理的な痛みと、呼吸が出来ない苦しさ。
生への執着を全て奪い去られる。
死を受け入れるつもりは毛頭無いが、生き残る気力も無い。
ヴァジュラが、宮内から出てきた。
仕留めた獲物を遠目からじっくり観察したいのか、歩み寄る速度は嫌みったらしいくらいにゆったりとしている。
(クソッタレが……こん畜生が……!!)
目と鼻の先に、ヴァジュラの前足があった。
グルルル、と小さなうなり声を漏らしながら品定めをするように全身をくまなく観察する。
(喰うなら喰えよ、こんクソが……!!!)
地面に這いつくばったまま、目玉を動かしてヴァジュラの目を睨み付ける。全身全霊の殺気を込めて。
だが、ヴァジュラがそれを気にするはずも無く。
捕食者の口が開いた。
(死んだ____)
「ネぇコスケえぇぇぇえええええ!!!!!」
ドスの利いた腹の底からビリビリと震えるような雄叫びと共に、信じられない速度の銃撃音ががなり散らした。
(____え?)
一掃射がなりを潜めた頃には、彼の目の前にいた怪物は、かなり離れた場所まで押し込められていた。
しかも、撃たれた側の半身はボロボロに結合崩壊している。
数多の穿たれた孔から体液が噴き出し、白い雪を赤黒く染めていく。
(何、が……)
その瞬間、イリヤは意識を手放した。
彼が覚えているのは、クヒヒヒヒ、と言う聞いた覚えのある耳障りな笑い声とけたたましい銃撃音だけ。
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「応えろ! 藤木コウタ2等兵!! これは、下手をすれば査問委員会ものの事案なんだぞ!!!」
ツバキは、八つ当たりとも言えるほどに高圧的な口調でコウタを問い詰めていた。
目の前の少年は、怯えたように縮こまっている。やり過ぎたか、と思う反面、その態度にすら苛立ちを覚える自分がいる。
「何故、貴様とイリヤ2等兵が廃寺エリアにいたんだ!? あのエリアは現在規制がかかっていて、貴様等は本来あそこに行けないはずなんだぞ!?」
バンッとデスクを叩きつける。
その音にまたビクッと身体を震わせるコウタ。
彼の中には葛藤が生まれていた。
(ここで本当のことを言ったら、絶対またあの先輩に何かされる……。でもイリヤはこのままじゃ死んじまうし……でも、絶対ここで本当のことを言ったら絶対にもっと酷いことになる……俺のせいでイリヤがもっと孤立しちまう……分からねぇよ、どうしたら良いんだ、ああ、駄目だ、駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ)
コウタの暗く陰鬱に濁りきった目を見た途端、ツバキは変に冷静な思考を取り戻した。
今の彼は、正常では無い。
「藤木コウタ!!!!!」
コウタはその瞬間ハッとした。
「貴様……何に怯えている? ヴァジュラか? それとも私か? それとももっと別な何かか? それだけでも良いから応えろ」
目の前に来ているその視線には、先ほどまで孕んでいた威圧的なものは無くただひたすらに真剣そのものだった。
自分自身を溺れさせていた陰鬱な思考の螺旋が、少しずつ解れほどけていく。
ようやく正気に戻った。
ちゃんと応えなければ。
「………別の…何か………です」
絞り出した声は、かすれ震えていた。
ツバキは、コウタのその声で、態度で、目で、全てを悟った。
藤木コウタは怯えている。
何に?
アナグラを包み込む悪意に満ちた空気に。
そして、今回の案件を引き起こした張本人に。
「……よく言った。医務室で検査を受けたら後は部屋でゆっくり休め」
ツバキはそう言ってコウタの肩、優しく、力強く手を載せた。その中に、もう怯えなくても良い、と言う思いを込めて。
(さて……誰だ?)
コウタの背中を見送った後のツバキの目は、静かな怒りが燃え盛っていた。
(ミコトのときと同じ轍は踏まん)
その決意を共に宿しながら。
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「ん……あぁ?」
まぶたから透き通ってくる、オレンジ色の光にイリヤは目を覚ました。
「? おぉ、起きたか。気分はどうだ……っつっても最悪だろうがな」
どこかで聞いた記憶のある声だ。
すると、目の前に見覚えがあるような気がする男性が現れた。だが、ハッキリと想い出せない。まだ、頭が正常に働いてくれない。
今まで経験してきた記憶の全てに、ぼんやりと霞がかかったような感覚。
覚えはあるが、思い出せない。
「あぁ、無理矢理変なこと考えるな。お前さん、今相当弱ってるからな。少し強めのクスリ使ったから、しばらくまともにものが考えられねぇぞ」
「…くすイ……?」
気になった言葉を問おうとしても、ろれつが回らない。身体が、鉛のように重たい。眠気のように、考えがまとまらない。
「裂傷、骨折、打撲、火傷、感電……しかも出血多量と来た。お前さん、ショック死の一歩手前まで言ってたからな。とりあえず“神機使いのモルヒネ”を使って色々誤魔化してる状態だ。クスリ切れたらお前さんは死ぬ。まぁ、もっともクスリが切れる前にちゃんとした医療施設に放り込まれるだろうがな」
一気に言葉が耳を通じて頭の中に流れ込んでくる。しかし、そのどの言葉も音を認識できても意味の理解が追いつかない。男が何を言っているのかが、分からない。
分からないが、訊きたいことは山ほど浮かんできた。
男が誰なのか。
ここはどこなのか。
ヴァジュラはどうなったのか。
自分の神機は。
コウタはどうなった。
アナグラはどう言う状況か……
挙げればキリが無い。
「それにしても、よく生き残れたもんだ。普通新人が1人でヴァジュラに追いかけられていたらその内喰われるもんだが、お前さんは良く生き延びた。しかも、あんだけボロボロの神機引っさげて、だ。と言うか、どんな使い方したらあんな風に壊せるんだ?」
男はそう言って、ある1点に視線を移した。イリヤも、それに吊られて視線を動かす。
その先にあったのは、壁に立て掛けられた自身の神機“シノ”と、見たことの無い形の遠距離型の神機。
「しかも、随分と懐かしい神機だ。いつの間に掘り出されたんだ? “あの神機”は封印されていたはずなんだが」
そこまで言って、あそう言えばお前さん今舌が回らねぇんだった、と額をペチンと叩いた。
イリヤは、自身の耳でとらえた音をかみ砕くので一杯だった。
よくいきのこれた
ふつうしんじん
ひとり
う゛ぁじゅら
くわれる
ぼろぼろの
じんき
どんなつかいかた
あんなふう
こわれるんだ
一つ一つのフレーズを理解するのに10秒以上の時間がかかる。そして、文章に組み立てるのに更にそれの倍以上の時間を要する。
(このオッサン……なにをいってる…?)
ゆっくりと、時間をかけながら聞き取ったフレーズを文章にして頭の中に落とし込む。
五分近い時間をかけて、ようやく1つの文章が出来上がり、そしてやっと男が何を言っているのかを理解する。
そして、男の言葉に対する答えを探す。
(……神機の破損は……盾でコンゴウを殴ったから………いつの間に掘り出されたんだ? ……知るかそんなこと)
答えを得たところで、それを発音して相手に伝えることは出来ないのだが。
(このオッサン……誰だ? 覚えはあるんだが……分からねぇな。思い出せねぇ)
重たいまぶたを半開きにしたまま、目の前の男が何者なのかを必死に思い出そうと、脳味噌が足掻く。
「……もうそろそろ迎えが来るな」
足掻く脳味噌が、いったん足掻くのを止めた。耳で聞き取った音を理解しようと、改めて働き始める。
得た答えを理解して。
(また、あそこに戻らなきゃならねぇ、のか)
ただでさえどんよりした気分が、更に沈む。
あぁ、あんな場所戻りたくねぇな……
最後にそう思って、イリヤは意識を手放した。
吹雪が荒れ狂う中。
「どこだ! どこにいる! 倉橋ケンジ!!」
やけに高圧的な声が流れてくる。
「おぉ、ここだ。やかましくしないでもちゃんといるから喚くな」
小屋からひょっこり顔を出して、そう返す。
「っ……貴様!」
「アンタの苛々晴らすのは後だ。なかなかに重症の神機使いがいる。早く助けねぇと死ぬぞ」
顔を真っ赤にして腹を立てている男に、むしろ冷静な声色でそう伝える。
「何!? その神機使いはどこにいる」
「ほら、そこの小屋ん中にいる。アイツの神機は俺が持つから、アンタラはアイツを急いでヘリまで運べ。アナグラのメディカルセンターにも連絡入れろ」
小屋を指さしながら、淡々と次の指示を進めていく。
「貴様! 囚人の分際で我々に指示を出すな!」
「守られる分際で偉そうなこと言うなよ。ほら、さっさと動かねぇとアンタ等のせいで1人の神機使いが死ぬんだぞ」
「……クソッ! 覚えておけよ倉橋……何をしている、早くタンカを出せ!!」
「さて、俺は2人分の神機を運ぶか……」
倉橋はそう呟いて、神墜とシノの柄を掴んだ。
荒れ狂う吹雪の中、男達の姿が白の中に溶けていく。